インド・パキスタン衝突と影響工作の実態

インド・パキスタン衝突と影響工作の実態 情報操作

 2025年春、インドとパキスタンは再び衝突の危機に直面した。4月22日、カシミールのパハルガムで観光客26人が銃撃され、犯行はラシュカレ・トイバ(LeT)の代理組織とされる「The Resistance Front(TRF)」が主張。事件を契機に両国関係は急速に悪化し、5月7日のインドによる Operation Sindoor、5月10日のパキスタンによる Operation Bunyan-Al-Marsous へと短期間で軍事行動に発展した。

 Recorded Future の Insikt Group が2025年9月に発表したレポート「Influence Operations and Conflict Escalation in South Asia」は、この武力衝突の背後で展開された二つの影響工作ネットワーク──親インドの Hidden Charkha と親パキスタンの Khyber Defender──を明らかにしている。両者は衝突のあらゆる局面に介入し、軍事・外交・サイバーと並行して情報空間を戦場に変えた。


AI生成プロパガンダの実戦投入

 Hidden Charkha は 900以上の偽アカウントを使い、DALL·E 2 で生成した「インドの経済成長」「軍事技術の優位」を描いた画像を配信した。プロフィール写真はGANやAI生成を利用し、顔を布や建物で隠す加工で検出を回避。ニュース風の偽メディアや“ファクトチェック団体”を装ったアカウントも確認された。

 Khyber Defender は 300以上の偽アカウントを動かし、GPT-4oで生成した「黄色がかった宣伝画風」の軍事イラストを投稿。パキスタン空軍JF-17戦闘機を英雄的に描き、「インドの旧式ミグを凌駕する」と喧伝した。


偽造文書による「脆弱性」の演出

 Khyber Defender はインド軍の統合参謀本部やDRDOからの「流出文書」を装い、脱走者の増加やブラムオス・ミサイルの保管不良を主張。出典は匿名アカウントに過ぎず、信憑性は皆無だったが、軍の崩壊を印象付ける役割を果たした。


国内世論の締め付け

 両ネットワークは国外向けだけでなく国内世論操作にも注力した。Hidden Charkha は野党ラーフル・ガンディーを「テロリストの共犯」と呼ぶハッシュタグを拡散。Khyber Defender はパシュトゥン人権団体を「インドの手先」と断じた。影響工作が愛国心を利用して異論を封じる道具になっていたことがわかる。


外交と国際世論の操作

 国連安保理や国際メディアもターゲットとなった。Hidden Charkha は「パキスタンがTRFの関与を隠蔽している」と主張する偽画像を流し、#TerrorHasNoBorders のハッシュタグを展開。メディアが襲撃犯を「militant」と表現しただけで抗議し、国際世論をめぐる言葉遣いの戦いまで仕掛けた。

 一方、Khyber Defender はインダス川協定の停止を「国際法違反」と喧伝し、国際社会に「インドこそ侵略者」という印象を与えようとした。


軍事行動との連動

 Hidden Charkha は Operation Sindoor を「精密かつ抑制的」「国際的に支持された」と描写し、米国防長官やアフガニスタン元副大統領の支持を得たかのような偽画像を流した。
Khyber Defender は逆に「ラファール戦闘機を撃墜」と報じる映像を拡散し、「フランスメディアも驚いた」と脚色した。

 パキスタン側の Operation Bunyan-Al-Marsous では「インドのS-400を破壊した」と誇張し、精密攻撃の映像を拡散。インド側は「民間人を攻撃した」とするAI生成画像で応戦し、国際援助停止を訴えた。


サイバー攻撃の誇張

 Hidden Charkha は「パキスタンの監視カメラ1000台を乗っ取った」と主張し、Khyber Defender は「インド北部の送電網70%が停止」と吹聴。確認不能な情報をあえて誇張し、軍事とサイバーを結びつけてナショナリズムを煽った。


成果と限界

 両ネットワークは膨大な量の投稿を行ったが、有機的な拡散には失敗し、ほぼ愛国的なエコーチェンバーに閉じた。しかし、この「失敗の構造」こそが注目点である。つまり、成功したか否かではなく、国家間衝突において影響工作がどのように組み込まれるかが具体的に示されたのだ。

 Insikt Group は「直接的な国家統制は確認できないが、愛国心が政府方針と自然に一致して動いている」と分析する。今後の衝突においても、生成AIを駆使した類似のキャンペーンが繰り返される可能性は高い。


結論

 このレポートが描くのは、生成AIが戦場に持ち込まれた最初期の実例であり、同時に「偽造文書」「国内異論の封じ込め」「外交とメディアの操作」「軍事・サイバーの誇張」といった多層的な手法のカタログでもある。

 影響工作はエコーチェンバーの中で失敗したように見えるかもしれない。しかし、戦時の情報空間をかき乱し、敵の正当性を削り、自国の「道徳的優位」を主張する役割を果たしたことは否定できない。生成AI時代において、こうした事例は今後の研究にとって避けて通れない題材になる。

コメント

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