2025年7月、EUのデジタルサービス法(DSA)の下で「偽情報コード・オブ・プラクティス」が正式に「行動規範(Code of Conduct)」に格上げされた。これは単なる名称変更ではない。プラットフォームにとっては、偽情報への対応が「自主的な取り組み」から、規制対応におけるリスク軽減策の一部へと変わったことを意味する。行動規範に署名していれば、DSAで求められる「合理的・比例的・効果的な対策」を講じていると説明できる。しかし逆に言えば、署名しておきながら約束を果たさなければ、それ自体が不履行の証拠になりかねない。
この節目にあわせて発表されたのが、European Fact-Checking Standards Network(EFCSN)による報告書「The Moment of Truth for the Code of Conduct on Disinformation」(2025年9月)だ。EFCSNは欧州の60以上の独立ファクトチェック団体を束ねる組織であり、このレポートは彼らの立場を色濃く反映している。つまり、プラットフォームがどれだけファクトチェッカーと協力し、制度を履行しているかを中心に検証し、その不足を強く批判する内容だ。
Google / YouTube —— 「not subscribed」で終わらせた責任放棄
最も厳しく断じられているのはGoogleとYouTubeである。両社は2025年1月、ファクトチェックに関するコミットメントから完全に離脱した。レポートが指摘するのは、その手続きのあまりに露骨な単純さだ。最新の透明性報告書の該当欄には、ただ“not subscribed”と記載するだけ。以前の報告では「欧州ファクトチェッカーと協力している」として、実際にはミャンマーやブラジルの団体を列挙していたが、今回の報告ではそれすらやめ、実質的に「ゼロ回答」に転じた。
かつてGoogleは「Elections24Check」プロジェクトに資金を出し、40以上の欧州ファクトチェック団体が欧州議会選挙の偽情報に対応するためのライブデータベースを構築した。これは学術研究にも利用され、一定の成功を収めた事例だった。しかし2024年7月に終了。その後、2025年6月には検索結果にファクトチェックを表示するClaimReviewスニペットを突然廃止した。半年で1.2億回の表示を生んでいた機能であり、EFCSNはこれを「最も成功した統合の終焉」と評している。
YouTubeも同様で、2022年に署名した「ファクトチェック統合」や「データアクセス改善」の約束は実行されないまま、EFCSNからの提案も無視された。EFCSNにとっては、両社の離脱は「誠実さの欠如」であり、DSAの監査から逃れるための形式的操作に過ぎないと受け止められている。
Microsoft / Bing —— 「協力」の実体を欠いた報告
Microsoftの検索エンジンBingは、依然として欧州で2番目のシェアを持つ。報告書が問題視するのは、同社の協力姿勢が透明性を欠き、検証不能になっている点だ。
前回の報告では、AFPとの契約を41回も繰り返し記載して「欧州全域をカバーしている」と誇張していた。これに対しEFCSNは「単なる配信契約を欧州全域の協力と見せかけている」と批判。今回の報告ではそれを引っ込めたが、代わりに「独立組織と契約した」との曖昧な一文だけを残し、団体名も件数も明らかにしていない。
技術的にはBingもGoogleと同様にClaimReviewを利用している。レポートはこれを「Bingのファクトチェックプログラム」と自称する姿勢を取り上げ、しかし実際にはファクトチェッカーから無償提供されるオープンデータに依存しているだけで、金銭的補償は一切ないと批判する。
さらに新導入されたMicrosoft Copilotについても触れられている。Copilotは検索体験を置き換える存在になりつつあるが、ファクトチェック情報をどのように組み込んでいるかは説明されていない。EFCSNは「引用元を明示する点は評価できるが、ファクトチェックと連動させなければ意味がない」として、将来的な透明化と補償の必要性を指摘する。
LinkedIn —— 「信頼イメージ」と現実の乖離
Microsoft傘下のLinkedInも批判の対象となっている。表向きは「比較的安全で信頼されるプラットフォーム」とされるが、その安心感がむしろモニタリングの盲点を生み、偽情報の検出を遅らせていると報告書は指摘する。
数字はそれを裏付ける。ファクトチェッカーによってレビューされた件数は、コード署名直後の252件から146件、さらに最新では106件へと減少している。つまり制度化以降も実績は減る一方である。
LinkedInの協力先はReuters一社のみ。21言語をカバーするとしているが、EFCSNの基準では「対象地域でのローカル知識と文脈理解」が必須とされており、一極依存は不十分だと批判される。さらに「自社のリスクプロファイルに比例しない」との理由でコードから離脱したが、EFCSNは「比例性という免除条項はコードに存在しない」として、独自解釈で責任を逃れたと見ている。
TikTok —— 拡大するが「見えないファクトチェック」
TikTokは欧州で1.59億ユーザーを超え、急速な拡大を続ける。表向きはファクトチェックプログラムを展開し、新たにアルバニアやセルビアなどにも拡大したと報告している。EFCSNは「国ごとの協力団体名を明示したこと自体は透明性の前進」と評価する一方、そのプログラムがアプリ内部のバックオフィス処理にとどまり、ユーザーに公開されていない点を強く批判している。
実際にユーザーに見えるのは一部のメディアリテラシー動画や警告ラベルだけである。ラベルの効果は数字で示されており、「未検証」と表示された後に共有をやめる率(share cancel rate)は29.7%から32.2%へ上昇した。これはユーザー行動への一定の影響を示すものだが、EFCSNは「削除ではなくラベルを拡充すべき」と強調する。
また、TikTokのパートナーが作成する「偽情報トレンド報告」は一歩前進とされるが、本来コードで規定された「ファクトチェッカーへのデータアクセス権」——具体的にはTikTokのファクトチェック用リポジトリ——は依然として閉ざされたままであり、制度の精神が果たされていないと断じられている。
Meta —— 現在は模範、しかし将来に不安
FacebookとInstagramは依然としてEFCSNから「最も整備されたプログラム」と評価されている。2024年後半だけで、Facebookは15万本のファクトチェック記事を基に2700万件のコンテンツにラベルを付与し、Instagramは4.3万本の記事で220万件を処理した。ラベル警告後にシェアが取りやめられた割合は、Facebookで47%、Instagramで46%と報告されており、これは実際に行動を変える効果を持つことを示している。
また、MetaはCrowdtangleに代えてMeta Content Libraryを導入し、欧州のファクトチェッカーがアクセスできるようにした。画像内テキストの検索など、質的には改善された部分もある。
しかし懸念は大きい。2025年1月、Metaは米国でのファクトチェックプログラムを終了し、代替策としてCommunity Notes型の仕組みを導入すると発表した。X/Twitterと同様のボランティアモデルだが、信頼性や効果に大きな問題があるとされる。EFCSNは「欧州にも波及するのではないか」と強い警戒感を示す。さらに、政治家投稿を対象外とする carve-out も依然として残り、構造的な穴と見なされている。
EFCSNの立場とレポートの意味
この報告書は単なる外部評価ではなく、EFCSNの立場性を色濃く反映した政治的文書である。
- プラットフォームの「不履行」を告発することで、独立ファクトチェッカーの協力が不可欠であると制度的に位置づけようとしている。
- プラットフォームが契約や補償を避ければ、「それはDSA不履行の証拠」となる、と論理を転換させている。
- したがって、批判の矛先は常に「ファクトチェッカーとどれだけ協力しているか」に集中しており、コストや規模、技術的制約といったプラットフォーム側の事情は顧みられない。
結論 —— 形骸化のリスクと制度化の攻防
DSAの下で「行動規範」となった偽情報対策は、制度的にはプラットフォームに大きな責任を課す。しかし現実には、GoogleやMicrosoftの後退、TikTokの不透明性、Metaの将来不安といった要素が積み重なり、制度の形骸化が進んでいることをEFCSNは強く警告する。
ただし同時に、このレポート自体もファクトチェッカーの制度的地位を確立するための戦略文書であることを読み解く必要がある。プラットフォーム批判の裏には、「我々と協力しなければDSAを満たせない」という自己主張が透けて見える。
偽情報対策の制度化は、規制当局、プラットフォーム、ファクトチェッカーという三者のせめぎ合いの場でもある。この報告書はその力学を露わにしたものと言えるだろう。
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