2025年8月にオーストラリア通信メディア庁(ACMA)が公表した「Digital platforms’ efforts under voluntary arrangements to combat disinformation and misinformation Fourth report to government」は、デジタルプラットフォームが自主的な規範のもとでどのように偽情報・誤情報に対応しているのかを詳しく記録している。自主規範(Australian Code of Practice on Disinformation and Misinformation)は2021年に導入され、Adobe、Apple、Google、Meta、Microsoft、Redbubble、TikTok、Twitchの8社が署名している。ACMAは毎年、各社の透明性レポートを取りまとめ、政府に提出してきた。今回の報告は、2024年の活動を総括し、2025年以降の課題を整理したものである。
国際的な事例と国内事例
報告書はまず、世界とオーストラリア国内での偽情報事例を取り上げる。
- ルーマニア大統領選挙(2024年)
憲法裁判所が選挙を無効とする異例の決定を下した。背景にはSNS、特にTikTokを通じた外国干渉、資金の違法流入、票操作が疑われる事案があり、欧州委員会はTikTokに対してデジタルサービス法違反の可能性を調査している。 - 英国サウスポート刺傷事件(2024年)
事件直後に拡散した誤情報が反移民暴動につながった。規制当局Ofcomはアルゴリズムの推奨が分断を助長したと指摘し、議会は「ソーシャルメディア、偽情報、有害アルゴリズム」の調査を開始した。Metaの監督機関であるオーバーサイトボードは、危機対応の遅さを問題視し、暴動を煽る危険性がある投稿を削除しなかったMetaの判断を覆した。 - オーストラリア・サイクロン・アルフレッド(2025年)
上陸前に「ブリスベンが時速220キロの風に襲われている」とする偽動画が出回り、「政府が気象を操作して人々の自由を奪おうとしている」という陰謀論も広がった。自然災害時に偽情報が人々の不安につけ込む典型例である。
ACMAは、豪州成人の74%が偽情報を懸念しており、世界でも最も高い水準にあると指摘している。一方でメディアリテラシー教育を受けた人は24%にとどまり、脆弱性が残されている。
プラットフォームの方針の変化
署名企業の透明性レポートからは、二つの大きな傾向が読み取れる。
ファクトチェックの縮小
- Googleはオーストラリア通信社(AAP)との契約を2025年に更新せず、検索やニュースでのファクトチェック表示も取りやめた。
- Metaは米国で第三者ファクトチェックを終了し、「Community Notes」型のユーザー参加方式に移行した。オーストラリアではまだ継続しているが、将来的な見直しが示唆されている。
- TikTokはAAPとの提携を継続し、ファクトチェックを組み込んでいる。
AI生成コンテンツへの対応
- Apple Newsは2024年7月から、AIで生成あるいは補助された記事をラベル付けする方針を導入した。
- YouTubeは2024年3月に、生成AIなどによる合成コンテンツに開示義務を課し、本人に似せた合成コンテンツを削除申請対象に追加した。
- Metaは政治広告や社会的問題に関する広告に対し、AI利用の開示を義務化した。
- Adobe、Microsoft、Google、TikTokはC2PA(Content Provenance and Authenticity)に参加し、透かしや「コンテンツ認証情報」技術を導入している。
これらは、ファクトチェックという事後的な対応から、AI生成コンテンツの真贋をあらかじめ明示する仕組みへと軸足を移していることを示す。
データから見える傾向
報告書は、各社が提供した豪州特化のデータを集計している。
- 誤情報削除件数の減少
Meta、TikTok、YouTube、LinkedInはいずれも、2023年から2024年にかけて豪州で削除された偽情報コンテンツ数が減少した。 - 広告違反の急増
Googleでは違反広告の削除件数が2023年の約3600万件から2024年には6000万件を超えた。Microsoftも同様に急増を記録している。広告分野の取り締まりは強化されている。 - 不正ネットワークの摘発
TikTokは2024年に59件の不正ネットワークを遮断。Metaはロシアの「Doppelganger」作戦を追跡し、6000以上の偽ドメインを摘発した。
これらの数字からは、偽情報コンテンツそのものの削除は減っている一方、広告と偽アカウントへの対策が拡大している傾向が見える。
メディアリテラシーと教育投資
報告書は教育面での取り組みにも注目している。
- MetaはAAPと共同でメディアリテラシーキャンペーンを行い、約253万人に届き、視聴回数は615万回を超えた。
- MicrosoftはOpenAIと協力して「Societal Resilience Grants」を創設し、選挙管理機関や高齢者、ジャーナリストにAIリテラシーを普及。
- Adobeは学校向けにメディアリテラシーカリキュラムを開発。
- TwitchはMediaWiseと連携し、利用者向けの教育資材を公開した。
さらに政府は2025年から初の「国家メディアリテラシー戦略」を策定し、教育・研究機関と連携して進める予定である。
自主規範の課題
報告書は自主規範そのものの課題も指摘する。
- 大手でありながら署名していないプラットフォームが存在する。
- 新規署名者「Legitimate」が2025年に脱退したが、正式な告知がなく透明性に欠ける。
- 月間利用者数100万人未満のサービスは報告義務が免除されているが、その基準が明確でなく、DIGIによる説明も不十分である。
2025年後半には規範の全面的な見直しが予定されており、透明性やガバナンスの強化、署名者拡大、苦情処理の整備などが議論されることになる。
まとめ
今回の報告書から浮かび上がるのは、削除による対応が減少し、AIコンテンツへのラベル付けや教育投資が中心に移りつつあるという方向性である。一方、ファクトチェックの縮小はリスクを高め、自主規制モデルの限界も示している。オーストラリア政府は法規制を撤回し、この自主規範に依拠していく方針を示した。今後のレビューで、透明性と実効性をどう高めるのかが大きな課題となる。
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