COP30前夜に石油企業は何をしていたのか──Google広告の異常値から読み解く情報空間の介入構造

COP30前夜に石油企業は何をしていたのか──Google広告の異常値から読み解く情報空間の介入構造 気候

 2025年10月、石油企業によるGoogle Ads出稿が前月比218%増という異常な伸びを示し、ブラジルでは同月2,900%増に達した。この数字は、広告予算の一時的な変動ではなく、COP30(ブラジル・ベレン)を目前に控えた時期に、主要な化石燃料企業が情報空間に対する働きかけを集中的に強めた結果として現れた“波形”である。本稿は、CAAD・C3DS・ClimaInfoの共同調査「A 2,900% Increase in Greenwash: Big Oil Targeted Brazil With Google Ads To Undermine COP30」が明らかにしたデータをもとに、何がこの異常値を生み、どのような構造がその背後に存在したのかを追う。焦点は広告量そのものではなく、その増減に表れる“介入の設計”であり、COPという国際政治のイベントの周囲で、石油企業がどのように情報空間を再編成したのかという点にある。

異常値の輪郭──企業単独ではなく“業界全体の同期”として起きた広告急増

 2025年10月の広告急増は、BPやAramcoなど個別企業の動きでは説明できず、複数の石油企業が同じ方向へ同時に加速した結果として生じている。実際、広告出稿は前月比でAramco+469%、ExxonMobil+156%、TotalEnergies+106%、BPは+1,369%という変化を示し、年間の他月に見られる緩やかな増減とは明らかに異なる“同期”が観測された。レポートは、3月・5月にも部分的にスパイクがあったものの、それらはAramco単独の動きであり、10月のような“複数企業が政治イベントに合わせて行動したケース”はそれまで存在しなかったことを示している。218%という世界データの跳ね上がりは、COP直前のタイミングを強く反映した「業界的行動」として読むのが適切である。

ブラジルだけが2,900%増──広告の“局地集中”が示す意図

 今回の現象で最も顕著なのは、ブラジルだけが世界の動きから桁外れに逸脱し、2,900%増という極端な値を示した点である。この偏差の中心にいたのが国営石油企業Petrobrasであり、ブラジル向けの広告全体の70%を同社が占めていた。広告の時間分布を見ると、7〜10月の四カ月間に80%が集中し、特に10月にピークを迎えている。この時期、Petrobrasはグローバル広告を20.6%減らし、その分をブラジル国内へ再配分しており、国際的ブランド戦略よりも“開催国の政治空間”に狙いを定めた投下であったことが明確になっている。広告形式も動画が中心で、検索広告以上に視覚的ストーリーづけを強める設計が特徴的だ。COP開催国での議論や報道環境に影響を与えるには十分な規模で、広告は地理的に精密なターゲティングのもとで再配置されていた。

“持続可能性”を語り、実態は化石燃料へ──語りと行動の乖離が広告量を支える

 Petrobrasは2025年の広告で「Just Transition(公正な移行)」を繰り返し掲げ、再エネや気候責任に取り組む企業であるという印象を強く押し出していた。しかしレポートが示すように、同社の2025〜2029年投資計画の約90%は化石燃料に向けられている。加えて、LinkedIn広告の分析では2023〜2025年の広告2,800件の52.7%がグリーンウォッシュ的要素を含み、Petrobrasが最も不誠実な広告群を発信していた企業として特定されている。さらにANPの記録ではブラジル国内の油流出事故の86%以上がPetrobrasに起因しており、広告で描かれる企業像は実態とは大きく離れている。この“語りと行動の乖離”こそが、COP前に広告量が急増した理由であり、広告が企業行動の正当性を補強するための“社会的許認可の装置”として機能していたことが見えてくる。

アマゾン油田探査を軸に見ると、“広告・政策・世論”は同じ時間に動いていた

 2025年7月、Petrobrasは「公正な移行」キャンペーンを開始し、その直後にアマゾン地域での新規油田探査許可を政府に申請した。9月の世論調査では探査反対が多数を占めていたが、10月に政府が探査を承認すると賛成は26%から42%へ急上昇している。広告が最大化したのも10月であり、このタイミングの一致は偶発的ではなく、広告、政策決定、世論変動が同じ期間に集中して動いたことを示唆する。レポートは因果関係の断定を避けつつも、この同期現象が広告の政治的機能を強く裏付けると指摘する。特にPetrobrasの広告は“気候リーダー像”を視覚的に演出し、探査の政治的リスクを緩和する地ならしとして働いた可能性が高い。

Googleという情報インフラが広告を“優先情報”に変える

 広告の影響力を理解するためには、Googleの構造を見落としてはならない。Googleは検索市場の73%以上、PPC広告の80%以上を握り、検索結果最上位に広告を恒常的に配置できる支配的な立場にある。2020〜2022年にGoogleが石油企業広告から得た収益は2,370万ドルにのぼり、プラットフォーム側にも化石燃料広告を維持する経済的インセンティブが存在する。Googleは2021年に“気候否定論の収益化禁止”を宣言したが、レポートの検証では気候誤情報動画への広告掲載は継続しており、実効性は限定的である。こうした環境では、石油企業が広告を大量に投下すれば、その語りは“事実より先に読者が接触する情報”として機能し、情報空間の優先順位を企業側が書き換える構造が成立する。COP前の広告急増は、その構造の上で最大限の効果を狙ったものだったと解釈できる。

結論:218%・2,900%という数字が示すのは、広告量ではなく“情報空間の再設計”である

 本レポートの核心は、石油企業の広告量が異常に増えたという事実そのものではない。218%・2,900%という数字が可視化しているのは、広告がPRエコシステム、企業実態との乖離、国家政策、Googleの情報インフラという複数の要素が結びついたときに生じる“情報空間の再設計”である。COP30前の動きは、交渉会場より前に情報空間で始まっている前哨戦を明確に示しており、化石燃料企業が自らの立場を維持するためにどのように情報の流れを操作するのかを、多角的なデータで描き出している。レポートは、曖昧な環境表現の禁止や広告監視機関の強化を含む包括的規制、さらには化石燃料広告の全面禁止を提案しており、それは広告を“表現”ではなく“情報空間の安全保障の対象”として扱う必要性を示すものである。

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