偽情報・信頼崩壊・制度的応答——2021年ペルー総選挙を解剖するInternational IDEAケーススタディ

偽情報・信頼崩壊・制度的応答——2021年ペルー総選挙を解剖するInternational IDEAケーススタディ 情報操作

 民主主義の技術的健全性と市民の信頼とは、必ずしも一致しない。2021年ペルー総選挙では、米州機構(OAS)とEUの選挙監視団がともに選挙プロセスの完全性を確認したにもかかわらず、国内では「選挙不正」ナラティブが空前の規模で拡散し、選挙管理機関(EMB)の幹部が殺害予告を受け、投票所周辺で暴力的示威行動が繰り返された。本稿で取り上げるのは、国際民主主義・選挙支援研究所(International IDEA)が2026年3月3日に公表したケーススタディ「Protecting Elections During the 2021 Peruvian General Elections」(著者:Pámela Cantuarias Ayo、Wendy Adrianzen Rossi、28ページ)である。

 International IDEAはスウェーデン・ストックホルムに本部を置く政府間組織で、民主主義の強化と選挙支援を専門とする。加盟国34か国を持ち、選挙管理、政治参加、民主主義指標の研究で国際的な参照基準を提供している。同機関の「Protecting Elections」イニシアティブは、選挙への外部脅威——特に偽情報、暴力、制度的信頼崩壊——に対する体系的な分析と実践的知見の提供を目的としており、本ケーススタディはその一環として、2026年選挙を控えるペルーへの政策的含意を射程に置いて執筆されている。


ペルー民主主義の構造的脆弱性

 2021年選挙の文脈を理解するには、ペルーの民主主義が置かれた構造的状況を確認する必要がある。2000年代以降、定期的な選挙は実施されてきたが、政治的不安定性は慢性化しており、4年間に大統領が6名交代するという異常事態も記録されている。民主主義の質を示す各種指標はいずれも低下傾向を示している。エコノミスト・インテリジェンス・ユニットの民主主義指数では、2022年以降ペルーは「民主主義」から「ハイブリッド体制」に分類変更され、フリーダムハウスの評価も2024年に「自由」から「部分的自由」へ格下げされた。バライエティーズ・オブ・デモクラシーの選挙民主主義指数では、2020年の0.82から2024年の0.63へと急落している。

 市民の制度不信は数値に明確に表れている。2025年時点で、民主主義に対して「適度な」支持しか示さない市民は55%に達し、民主主義の機能に不満を持つ市民は88%を超える。選挙機関への信頼度は特に深刻で、REINECが最も信頼される機関ながら44%程度に留まり、ONPEは14.1%、JNEに至っては10.7%しか信頼されていない。2021年時点では各機関が40%前後の信頼度を維持していたことと比較すると、2021年選挙をめぐる一連の出来事がいかに制度的信頼を毀損したかが浮き彫りになる。

 2021年選挙の特殊性を増幅させた要因の一つが、選挙の制度的複雑性と政治的断片化の極端な組み合わせである。大統領選には18名が立候補し、国会議員選挙には20の政治組織が参加、アンデス議会には16組織が候補者を擁立した。ペルーの選挙管理体制は三機関分立構造を採用しており、選挙の合法性審査と紛争解決を担うJNE(全国選挙審判所)、選挙の実施・管理を担うONPE(全国選挙プロセス局)、有権者登録を管理するRENIEC(全国身分証明・民事登録局)がそれぞれ独立して機能する。この設計は透明性と技術的堅牢性を確保するためのものだが、「三機関が連携して不正を行った」という陰謀論を誘発する構造でもある。


偽情報キャンペーンの構造と拡散経路

 本ケーススタディが最も詳細に分析しているのが、「選挙不正」ナラティブの生成・増幅・制度化のメカニズムである。

 不正ナラティブは第一回投票前から萌芽していた。元国会議員候補Ricardo Belmontは第一回開票前の時点で「腐敗による不正が行われている」と主張した。第一回の結果が確定すると、Renovación Popular党候補のRafael López AliagaがSNS上で「EMBは民意に反するプロセスに関与している」と主張し、党内に証拠があると称した。こうした言説は単なる政治的不満の表明に留まらず、組織的なキャンペーンへの足がかりを提供した。

 決定的な転換点となったのは、主要メディアによる「不正」言説の増幅だった。第二回投票前夜、民放テレビ局Willaxは「死亡者が有権者登録されている」と報道し、日刊紙Expresoは一面で「不正の謀議」を示唆する記事を掲載した。これらの報道が既存の不信感と組み合わさり、偽情報の拡散速度と受容率を急上昇させた。その後、政治家Lourdes Flores Nanoが「反不正」キャンペーンの広報役として名乗り出て、フエルサ・ポピュラー党(Keiko Fujimori率いる野党)は党のWhatsApp番号を公開し、「投票所での不正行為」に関する情報や動画の提供を一般市民に呼びかけた。

 最も深刻な偽情報の一例が、JNEの偽決議書の流通である。この文書はWhatsAppグループやSNSを通じて拡散し、Perú Libre候補のPedro Castilloを勝者と宣言する「公式開票結果」を主張するものだった。文書は二重の意味で偽造だった。第一に、開票作業がその時点ではまだ完了していなかった。第二に、署名が記された評議員はすでにその職にいなかった。また、JNEと外務省が実際には存在することを確認した在外投票所(特に米フロリダ州マイアミ)について「会場が見つからない」とする虚偽情報も流通した。さらに、JNEの審議プロセスの透明性を根拠なく糾弾する言説が組織的に拡散された。

 このような偽情報は断片的なものではなく、ケーススタディが指摘するように「感情——特に恐怖——を説得の主要手段として活用した組織的戦略」として機能した。2つの異なる経済・社会モデルを対峙させるというイデオロギー的フレーミングが偽情報に乗り、市民の感情的動員を最大化した。Fuerza Popular支持者が「不正調査」を求めて示威活動を行う一方で、Perú Libre支持者も対抗して活動し、双方が暴力的衝突へとエスカレートする事例も発生した。

 偽情報の拡散が制度的信頼崩壊に与えた影響は、選挙記録への異議申し立て件数の推移に端的に示されている。

選挙プロセス異議申し立て件数
2011年総選挙5件
2011年第二回1件
2016年総選挙7件
2016年第二回19件
2021年総選挙0件
2021年第二回1,084件

 2021年第二回の1,084件という数字は、過去10年間のいかなる選挙とも比較にならない。この急増は選挙不正の証拠ではなく——OAS・EU監視団はいずれも不正の証拠がないことを確認した——偽情報キャンペーンが選挙プロセスへの組織的な法的攻撃へと転換されたことを示している。


COVID-19下での選挙運営:制度的適応の実態

 偽情報キャンペーンと並行して、2021年選挙が直面したもう一つの前例なき課題がCOVID-19パンデミックである。ペルーは感染者数・人口百万人あたり死亡者数・超過死亡率のいずれにおいても世界で最も深刻な打撃を受けた国の一つであった。2020年3月15日に大統領令により国家非常事態が宣言され、移動の自由・集会の自由等の憲法的権利が制限され、国内外の国境が封鎖された。非常事態はその後も延長され、最終的に2022年10月まで継続した。

 ONPEは選挙延期を選ばず、感染防止プロトコルを組み込んだ形での実施を選択した。保健省(MINSA)の大臣令972-2020号および905-2020号を規範的枠組みとして、ONPEは「2021年総選挙COVID-19安全・予防プロトコル」を策定した。7つの固有プロトコルから構成され、投票所スタッフ・有権者・監視員・ジャーナリスト・政党代理人それぞれへの適用規定を含む。具体的な措置としては、手指消毒液の強制使用、入場時の検温(37.5℃超の場合は入場拒否)、社会的距離の確保、投票所定員の25%削減などが実施された。

 投票日当日の最大の課題は群集を回避することだった。ONPEが実施した4つの主要なイノベーションは次の通りである。第一に「投票所選択(Elige tu Local de Votación)」プラットフォームを活用して有権者が自宅近辺の3候補地から希望を提出し、ONPEが最適な割り当てを行う方式を導入し、投票所数を125%以上増加させた(公園・広場・スポーツ施設等の屋外・非従来型施設を活用)。第二に、国民身分証明書(DNI)の末尾番号に基づく時差投票制を実施し、高齢者・妊婦・障害者等の脆弱グループに特別時間帯を設けた。第三に、投票所スタッフへの金銭的インセンティブ(120ソル、約33米ドル)を初めて導入して終日稼働を確保した。第四に、発熱症状のある有権者を登録するアプリを開発し、棄権しても罰則を免除される仕組みを整備した。

 これらの措置は完璧ではなかった。第一回投票では、脆弱グループ専用の07:00〜09:00の時間帯に投票所スタッフが不足する事態が発生し(脆弱グループからスタッフを確保することが困難だったため)、列が長くなり健康リスクが増大した。この失敗を受けて第二回では脆弱グループの優先時間帯を午後(14:00〜16:00)に変更した。OAS監視団の報告によれば、全国で計画された投票所の98.99%が稼働し、スタッフ構成は正規62.2%、代替28.3%、ボランティア9.5%だった。市民教育については、ONPEが実施した選挙運営計画の評価によれば、有権者・投票所スタッフ・政党代理人を含む合計10,775,127人が研修を受けた。第一回の接触制限期間中は92%がオンライン研修で実施されたが、その後は最大20名の対面セッションも組み合わせた。

ジェンダーと情報操作の交差点

 ケーススタディは、偽情報・暴力・制度的排除がジェンダー軸に沿って特に深刻な形で現れた実態を詳細に記録している。

 JNEが実施した2021年国会議員候補者調査によれば、女性候補者の48.2%が政治キャリアを通じて少なくとも1件のハラスメント被害を経験していたと回答した。しかし被害のうち公式に届け出があったのは約4分の1に留まり、届け出がなされた場合でも半数以上のケースで加害者は何らの処分も受けなかった。

 メディア露出の格差は構造的な不公正を示している。女性候補者の報道カバレッジは35.8%に止まり、男性候補者は60%以上の報道を受けた。さらに、女性候補者を取り上げた報道の多くは政策提言や政治的実績ではなく、家族環境・外見・振る舞いを強調するものだった。SNS上での敵対的言説は、女性候補者を母親・家族の文脈でのみ語りながらその政治指導者としての能力を否定するパターンを踏んでいた。

 選挙キャンペーン期間中に記録されたジェンダーに基づく政治暴力は26件に上る。2021年に成立した「政治生活における女性へのハラスメント防止・処罰法(法律31155号)」はこれらに対して実効性を発揮できなかった。法律は選挙当日のわずか1週間前に成立したが、施行令が国会本会議で承認されていなかったため、選挙機関も司法機関も加害者を法的に訴追することができなかった。


制度的対応:透明性とファクトチェック体制の構築

 偽情報の大規模拡散に対して、JNEとONPEはそれぞれ独自の対応機制を開発した。その内容と規模の詳細がケーススタディの中核をなす。

 JNEは2021年選挙キャンペーンで生成された大量の偽情報への対応として「技術的ファクトチェック委員会」を設置した。委員会は3つの目的を掲げている。第一に、検証済み情報を平易な言語で市民に伝えることによる情報環境の維持。第二に、デジタルプラットフォーム利用者のデジタルリテラシー向上への貢献。第三に、偽情報対策における制度的主導機関としてのJNEの確立。委員会の活動の一環として、JNEは「偽情報対策ガイド」を公開し、情報操作への対応手順と民主的プロセス保護の原則を明示した。

 ONPEが導入したのはOnpeChequea——選挙情報を複数デジタルチャンネルで検証するオンラインプラットフォームである。選挙プロセス全体を通じて217件の対応を実施した。内訳はTwitter(現X)129件、Facebook 26件、Instagram 17件、LinkedIn 17件、メディア経由16件、ファクトチェッカー経由12件である。このプラットフォームは複数の官民機関から高評価を受け、各デジタルプラットフォームで広範なリーチを達成したとONPEは報告している。

 透明性確保の措置として最も象徴的だったのが、JNE評議会内部審議の公開化である。JNE議長Jorge Luis Salas Arenasの提案により、従来は非公開で行われていた評議会の内部審議が一般公開された。1,084件の選挙記録異議申し立てをめぐるすべての公開審問とその内部審議を市民が傍聴できる状態に置いたことは、制度的正当性を防衛するための前例のない措置だった。同時に、JNEは評議会プラットフォームを通じてJNE本体と分権化された特別選挙審判所(JEE)の全案件ファイルへのアクセスを可能にし、ONPEはリアルタイム開票結果プラットフォームで開票進捗を透明化した。


危機からの学習と2026年選挙への制度改革

 ケーススタディの後半は、2021年の危機経験が2026年選挙に向けてどのような具体的制度変更をもたらしたかを記述している。ONPE国家責任者Piero Corvetto(在任当時)の証言を軸に、内部管理・法的規範調整・外部コミュニケーションの三領域における学習が整理されている。

 内部管理改革として、ONPEは2001年以来稼働してきた技術システムを刷新することを決定した。ISO基準には準拠していたが現代的需要に対応できなくなっていたシステムを刷新し、新たな開票結果プラットフォームの開発と電子投票のパイロット実施が計画されている。これらのシステムは2025年12月に監査を受ける予定であり、EG 2026は全システムが完全監査された状態で実施される最初の選挙となる予定である。組織図も改定され、研修部門と組織部門の統合により、計画と実施の間に「好循環」を生み出す体制が整備された。

 法的・規範的調整として最も注目すべき変更は投票用紙の保存義務化である。Corvettoは「これが市民への最大の保証であり、2021年の多くの問題を回避できたはずだ」と述べている。2021年には物理的な証拠が存在しなかったために「反証不可能な不正主張」が生き続けたが、投票用紙保存は物理的監査によって主張を検証可能にする。同様に、「死亡者が有権者登録されている」という偽情報を防ぐために、ONPEとRENIECが死亡者登録の月次更新データを選挙当日まで共有する体制が構築された——2022年地方選からすでに実施されており、EG 2026にも適用される。投票所スタッフについては、正規3名に加え代替員を6名(従来の3名から倍増)選出することで、第一回選挙で9.5%の投票所がボランティアで補填せざるを得なかった状況への対応とした。投票時間も17:00まで延長される。

 外部コミュニケーション改革における核心的学習は「誰とでも話さなければならない」というCorvettoの言葉に集約される。2021年以前、ONPEは地方への現地訪問には取り組んでいたが、「利害関係者との関係管理が容易なはずだ」という誤った前提のもとリマでの活動を軽視していた。2021年の経験は、都市部が地方と同様——あるいはそれ以上に——組織的偽情報と政治的動員の震源地になりうることを示した。


考察:技術的完全性と信頼崩壊の逆説

 ケーススタディが提示する最も重要な知見は、「制度的能力の高さが選挙の正当性を保証しない」という逆説である。国際監視団がその完全性を認証した選挙が、国内では前例なき規模の信頼崩壊をもたらした。

 この逆説を読み解くカギとして、ケーススタディは三点を挙げている。第一に、選挙完全性への最大の脅威が内部的な組織的欠陥ではなく外部戦略環境——偽情報キャンペーン、EMB幹部への暴力的攻撃、政治的動機による正当性毀損工作——から来たという事実。第二に、これらの脅威がジェンダー軸に沿って女性の政治参加を不均衡に阻害したという構造的問題。第三に、「うわさには透明性で応える」という原則——JNEによる審議の公開化とOnpeChequea・ファクトチェック委員会による偽情報への実時間対応——が、信頼回復の核心的戦略だったという点である。

 JNEの審議公開とファクトチェック委員会は、2021年には緊急対応措置として導入されたが、いずれも恒久的な制度メカニズムとして定着した。ONPEとRENIECの月次データ共有も同様に、危機対応から標準運営手順へと転換された。この転換プロセス——危機によって露出した脆弱性が、構造的な制度改善へと昇華される過程——が、本ケーススタディが「回復と学習」として定式化する選挙危機管理の最終段階を構成している。

 2026年ペルー総選挙は、これらの制度的学習が実際に機能するかどうかを試す場となる。技術的な健全性だけでは不十分だという認識のもとで構築された新たな透明性機制と機関間連携が、次の偽情報サイクルに対してどこまで有効であるかは、ペルーにとどまらず偽情報と選挙の関係を研究するすべての実践者にとって注目に値する事例となるだろう。

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