「気候偽情報」の議論が活発化するなか、ノルウェーではその矛先が一貫して「外国の敵」に向けられている。だが、自国の石油・ガス産業が果たしている役割には、制度的に沈黙が貫かれている。CAAD(Coalition Against Anti-Climate Disinformation)で公開されているKlimakulturによるレポート「A note on Norway and climate disinformation」(2025年6月)は、この構造的な盲点を詳細に分析している。
偽情報は外から来る──という公式見解
2025年5月にノルウェー環境省主催で行われたセミナー「Fighting disinformation and climate change」は、国内議論の典型的な例だ。気候偽情報は「政治的動機や利益目的によって故意に流される虚偽情報」と定義されたものの、その加害主体が国内である可能性には一切触れられていない。ロシアによるウクライナ侵攻後、ガス収入でノルウェーが得た1250億ドルの臨時利益すら議題に上らなかった。
子どもたちへの浸透──Equinorの教育戦略
Equinor(国が67%を保有する石油会社)は、教育を通じた「社会的許認可の獲得」に積極的だ。ノルウェー国内では科学センターへの出資や小学校プログラムへの協賛を通じ、石油の存在を日常に埋め込んでいる。イギリスで展開されたゲーム「EnergyTown」に関しては、7歳児に石油の必要性を刷り込む狙いが露骨に語られていた。
しかも、ノルウェーの学校で実施されている気候偽情報教育は「外国からの誤情報」にのみ焦点を当てており、国内産業による影響は教育課程から除外されている。
「脱炭素」なき石油政策
ノルウェーは自らを「気候政策のリーダー」と称しているが、その実態は世界最大の海洋油田投資国である。2024年には266億ドルを投じ、2025年にはさらに増額が予定されている。首相のヨナス・ガール・ストーレは「供給側を政治的に制限すべきではない」と発言し、エネルギー相テリエ・オースランは「英国の脱炭素政策は誤り」と明言している。
Equinorの幹部は「最後の一滴の石油はノルウェーから出るべきだ」と述べ、同社が世界最後の石油供給者になることを目標に掲げている。
ソブリン・ウェルス・ファンドと化石燃料
国家の年金基金(1.8兆ドル)もまた、石油経済と密接に結びついている。BPでは第2位、Shellでは第4位の大株主であり、他にもExxonMobil、Chevron、TotalEnergiesなどへの巨額投資が続く。批判に対しては「株主として影響力を行使している」と反論されるが、実際の株主投票では環境関連の提案に反対票を投じている。
加えて、財務相イェンス・ストルテンベルグは2025年5月、公共放送で「実際には石油の収益を使っておらず、使っているのはファンドの運用益だ」と語った。つまり、石油収入が社会保障を支えているという「必要性神話」は、国家自身によって否定されている。
気候外交というグリーンウォッシュ
2025年の外務省気候戦略では、ノルウェーの国際的な気候貢献が「他の石油輸出国との差別化要因」として明記されている。同時に、「石油・ガス産業の最終段階の戦略は策定しない」と宣言されており、積極的な国際貢献が、むしろ石油国家としての持続性を正当化する材料として利用されている。
構造的沈黙としての偽情報
Klimakulturはこのレポートの結語として、次のように述べる。「ノルウェーが石油国家から電力国家への転換を望まないのであれば、他国に変革を期待するのは無意味だ」。
ここで問題とされているのは、特定の誤情報の事例ではなく、国家・産業・教育・外交が一体となって気候政策の実効性を骨抜きにしているという「構造的な偽情報」の体制である。この問題は、ノルウェーに限らず、あらゆる資源国にとって本質的な問いを投げかけている。
コメント