ロシアの「認知的打撃」作戦が流出文書で露わに——パリのモスクへの豚の頭、ホロコースト博物館、アルメニア選挙介入まで

ロシアの「認知的打撃」作戦が流出文書で露わに——パリのモスクへの豚の頭、ホロコースト博物館、アルメニア選挙介入まで 情報操作

 国際調査報道機関OCCRP(Organized Crime and Corruption Reporting Project)とエストニアのメディア機関デルフィ・エストニアは2026年5月24日、ロシアの情報操作機関「Social Design Agency(SDA)」およびロシア大統領府の関与を示す流出文書群の調査結果「Leaked Documents Reveal Russian ‘Cognitive Strikes’ Against the West — Including Islamophobic ‘Pig Head’ Attacks in Paris」を公開した。数十点にのぼる内部文書とチャット履歴は、パリのモスクへの物理的破壊工作から西側の著名人を利用したメッセージ工作、アルメニア議会選挙への介入計画まで、欧州各地で展開された組織的な偽旗作戦の全貌を記録している。同調査はブルガリアのBIRD、フランスのLe Monde、オーストリアのProfil、イスラエルのShomrimを含む複数のメディアパートナーと共同で実施された。

Social Design Agency(SDA)とは

 SDAはロシアのPR企業として登録されているが、米国、英国、EUからいずれも制裁を受けており、過去の影響力工作においてロシア国家との連携が指摘されてきた機関である。2024年には前回の流出文書を受け、デルフィ・エストニア、南ドイツ新聞(Süddeutsche Zeitung)などの欧州メディアが、SDAによるウクライナ支持の切り崩しおよびEU議会選挙における極右政党支援の試みを報じている。同年、米司法省が公開した宣誓供述書では、FBI捜査官がSDAはロシア大統領府の「指示と統制(direction and control)」下にあると証言した。今回の流出文書はSDAの2025年の活動記録と2026年の計画を含み、大統領府幹部が具体的な作戦を指揮し予算権限を行使していた事実を裏付ける新たな証拠を提供する。

指揮系統:ソフィア・ザハロワとキリエンコ

 流出したチャット履歴において参加者は英語風の仮名を使用しており、「Alex Abbot」「Sam Spencer」「Bruce Lee」「Immanuel Kant」などの偽名が並ぶ。チャット画面は「Kristin Kiler」名義のアカウントの視点から撮影されており、これは1960年代にイギリス政府を崩壊させたプロヒューモ事件で知られるクリスティーン・キーラーへの皮肉的な言及と見られる。同アカウントの実名は流出したスプレッドシートによりソフィア・ザハロワと特定されており、ザハロワは2024年にEUから制裁を受けたロシア大統領府の広報部門幹部で、SDA代表イリア・ガンバシゼと直接協働していたと制裁通知に記載されている。チャット内でザハロワは資金管理を統括し、「SVKからのGOを待っている」と記述した箇所が確認されている。「SVK」はセルゲイ・キリエンコ(Sergei Kiriyenko)、大統領府第一副長官のイニシャルに対応する。

「認知的打撃」の戦略文書

 流出文書の中にはメタデータ上2023年5月に作成された戦略文書が含まれており、西側諸国を標的にした影響力工作の基本方針が示されている。「支配エリート内の内部矛盾の深化、野党勢力の抗議活動の刺激、反政府抗議の激化、NATOおよびその衛星諸国における無定形な有権者層の撹乱によってこの目標を達成する」と明記されており、手法として「露骨な親ロシア的メッセージを放棄した上で、西側がコントロールするインターネットプラットフォーム上で連続的な認知的打撃を与える」ことが提案されている。また「NATOの国々で大規模な抗議行動を組織することは重要な補完措置」とし、「海外に常駐する特殊な人員を動員する能力が備わっている」と記されている。工作の目的の一つとして、ロシアが「超大国のイメージを維持する」こと、「世界中で積極的な影響力工作に関与すればするほど、ロシアのグローバルな大国としてのイメージが強化される」という論理が示されている。

「豚の頭作戦」の内部記録

 2025年9月、パリ市内とその周辺の9か所のモスクおよびイスラム文化センターの玄関前に、「Macron」と青いインクで書かれた豚の頭部が置かれた。数か月後、セルビア人3名がセルビア国内でこの犯罪について有罪判決を受けた。判決文には「ロシア連邦の情報機関の組織」から指示を受け、不安と不寛容を煽ることを目的として実行されたと記されている。

 流出文書に含まれる「豚の頭作戦報告書(Report on Operation Pig’s Head)」は、この工作の内部計画過程を記録しており、これまで公開されたことのない豚の頭部が配置前に集められた写真を含んでいる。

豚の頭作戦の内部計画文書
「豚の頭作戦」文書内の写真。モスクへの配置前に集められた状態と、各モスク前に設置された状態が記録されている。(出典:James O’Brien/OCCRP)

 文書によれば、6名の工作員が9月7日にパリ入りし、9月8日に「偵察」を実施、翌夜に豚の頭を設置して「無事に出国した」。報告書末尾にはフランス語・英語・ロシア語の報道記事が列挙されており、「この作戦は世界のメディアで広く報道された」と誇示している。

フォルスフラグ作戦群:ユダヤ人コミュニティと移民を標的に

 セルビア人3名の判決によれば、同グループはユダヤ人コミュニティも標的にしていた。パリのホロコースト博物館と複数のシナゴーグに緑色のペンキが塗られ、ベルリンのブランデンブルク門付近(ホロコースト記念碑のすぐそば)にプラスチック製の骸骨が置かれた。この作戦の目的はユダヤ人とムスリムの間の「宗教的・民族的不寛容を煽り」、独仏の「状況を不安定化させること」だと判決は結論づけた。

緑のペンキで汚されたパリのホロコースト博物館
2025年に緑のペンキで覆われたパリのホロコースト博物館。(出典:Anahide Merayan/AFPTV/AFP)

 流出チャットでは「Edward Bernays」(操作的プロパガンダの先駆者として知られる実在の人物の名前を拝借した仮名)がザハロワに「緑のシナゴーグ(Green Synagogues)」と題したプロジェクトの概要を報告しており、「作戦はグローバルメディアの一面を飾った。目的は、パリにおけるイスラム系反ユダヤ主義の波を止められないフランス当局の信用を失墜させること。イスラエルを批判したマクロンへの打撃」と記している。

 ドイツでは数百台の自動車の排気管に膨張フォームが詰められ「もっとグリーンに!」と書かれたステッカーが貼られるという事案が発生しており、緑の党への関与を示唆する偽旗として機能した。チャット内でBernaysはザハロワにドイチェ・ヴェレの報道リンクとともに「ドイチェ・ヴェレが我々について書いている」と報告している。

 実行に至らなかった計画も文書化されている。パリのシャルル・ド・ゴール将軍記念碑を「ウクライナ民族主義者」の名で冒涜する計画では、実行者が逮捕される「高い可能性」を前提に、実行者自身を「ウクライナの利益のためにオレナ・ゼレンスカ財団(ウクライナ大統領夫人が創設した慈善団体)の指示で活動していると信じ込ませること」を特殊要件として明記している。別の計画では「移民を犯せ!」というメッセージを持たせた性的人形30体をセーヌ川に流すという構想も記録されている。

ド・ゴール像冒涜作戦の計画文書
ド・ゴール将軍記念碑への破壊工作計画文書。実行者がウクライナのために行動していると信じるよう工作することが「特殊要件」として明記されている。(出典:James O’Brien/OCCRP)

西側オピニオンリーダーの利用

 流出チャットでは「Karen Horney」(別の大統領府スタッフに対応する仮名)との会話でザハロワが米仏の複数のプロジェクトの進捗を報告している。「フランスの二人のオピニオンリーダーによる声明が準備完了」とし、「ドラワルド将軍(General Delawarde)」に言及、「簡潔なテーマの要旨:ロシアが勝利しており、和平はモスクワの条件で実現する」と付記している。このメッセージは2025年1月23日以前のタイムスタンプが確認されており、同年4月にロシア国営通信TASSがフランスの元将軍ドミニク・ドラワルドへのインタビューを掲載した。インタビューでドラワルドは2025年末までにウクライナ戦争は「ロシアの条件で」収束すると予測している(ドラワルドは翌月死去)。

 同じ会話の中でザハロワは米国の退役陸軍少将ポール・ヴァレリー(Paul Vallely)にも言及している。「ヴァレリーがイスラエルの主要メディアに『彼の』専門家見解を掲載するという予備的合意が成立。現在ヴァレリーの組織(Stand Up America U.S. Foundation)からメディア宛の書簡を準備中で、財務面も調整している。成功確率90%」と記し、「重要:ヴァレリーはトランプに近く、そのように受け止められている」と補足している。2025年3月、TASSはイスラエルの地域ラジオ局ガレイ・イスラエルが放送したヴァレリーへのインタビューを引用し、「ウクライナの素早い政権交代とロシアと西側の関係改善」を予測する発言を報じた。ヴァレリー本人は記者に対し当該インタビューを覚えていないと述べ、ロシアのいかなる組織とも正式な関係はないと語った。

アルメニア選挙介入計画

 流出文書のプレゼンテーション資料は、旧ソ連諸国を対象とするメディアグループ「SNG Media」(SNG=独立国家共同体のロシア語略称)がSDAの関連組織であることを示している。同グループは表向き別のロシア企業が運営する12媒体で構成され、アルメニア、カザフスタン、ウズベキスタン、タジキスタン、トルクメニスタン、キルギスタン、カスピ海地域を対象としている。

SNGメディアの12媒体リスト
SNGメディアグループの12媒体リストと対象地域を示すプレゼンテーション資料。(出典:James O’Brien/OCCRP)

 「ロシア系アルメニア人が決める(Russian Armenians Decide)」と題された文書は、アルメニアの有権者の大部分がロシア市民権も保有しており「これらの有権者が選挙結果に非常に大きな、決定的な影響を与えうる」と分析する。傘下メディアerevan.one(「エレバンワン」、アルメニアの首都エレバンのロシア語表記)は「ロシアのアルメニア系ディアスポラ向けに特化」しており、「現アルメニア当局およびパシニャン首相個人に対する否定的な態度を醸成し、ロシアとの最大限の連帯を主張する勢力への肯定的な態度を形成する」ために活用されると明記されている。文書内にはパシニャンを「アルメニアの深刻な国民的危機の象徴」と描写する極めて否定的な占い(ホロスコープ)も含まれており、類似の占いが2026年5月初旬にerevan.oneで実際に公開されたことが確認されている。

偽情報キャンペーンの実績記録

 流出文書には完了した偽情報キャンペーンの効果測定レポートも含まれる。「マルセイユ・メディアケース」文書はパシニャンがマルセイユに高級別荘を購入したとする偽情報キャンペーンの詳細な反応分析を提供しており、「世界中で1000万ビュー以上に達した」と記録している。別の文書はウクライナのゼレンスキー大統領がドバイのブルジュハリファに母親のための高級アパートを購入したとする偽情報(後にAFPファクトチェックにより否定)の拡散過程を記録し、8600万ビューを超えた規模に達したとしている。

中欧再編計画と2026年プロジェクト

 流出文書には2026年の計画をまとめた「Projects 2026」ファイルが含まれており、一部が既に着手済みとされる8つのプロジェクトが列挙されている。その一つはポーランド・チェコ・ハンガリー・スロバキアで構成されるヴィシェグラード・グループを「解体」し、オーストリア・ハンガリー・スロバキアによる「ウィーン合意」に置き換えることを目的としており、直近のハンガリーおよびスロベニアの選挙への介入意図も記されている。

組織のセキュリティ破綻と内部対応

 2024年の前回漏洩後、流出チャットはザハロワがSDA代表ガンバシゼに「閉鎖会議に関する全記録は何の目的で取られたか」と問い合わせた記録を残している。2025年6月には「Peter Parker」名義のユーザーがザハロワとセキュリティ強化策を協議しており、オフィスのラップトップからウェブカメラとマイクを物理的に切断することなどが議論されている。


 スウェーデン・ルンド大学の心理的防衛研究所(Psychological Defence Research Institute)所長でSDAを長年研究してきたジェームズ・パメント(James Pamment)は今回の文書群が「無謀なエスカレーションのパターン」を示していると評価し、「移住問題や宗教的緊張をめぐって、欧州の既存の緊張に火をつけることがいかに容易かは周知のことだ。危険だ」と述べた。EUおよびNATO加盟国のハイブリッド脅威対策を支援するヘルシンキ拠点のシンクタンクHybrid CoEのアナリストは、「効果が完全に顕在化するまでに数年かかる可能性があり、顕在化した時点ではすでに効果的に対応するには手遅れになっているかもしれない」と指摘した。

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