本稿が紹介するのは、2026年3月にAlliance4Europe(A4E)が公表した「Information Laundering in Slovakia: An Analysis of Russian Influence Operation Networks」である。著者はA4EのMaria Voltsichina、寄稿者としてNEST InstituteのDomicián ZahorjanおよびPatrik Haburaj、スロバキアのファクトチェック組織Hoaxy a podvody、中東欧の調査報道ネットワークVSquareが参加している。
なお、A4EはEU資金を受ける市民社会ネットワークであり、本報告書はCounter Disinformation Network(CDN)の活動記録としての性格も持つ。NEST Instituteはスロバキア拠点の親NATO・EU志向のシンクタンクである。制裁強化・DSA執行強化という政策方向性と不可分な文書であることは念頭に置く必要があるが、定量データと具体的事例の記述水準は個別に検証可能な部分が多く、実証的価値は高い。
報告書が提示する中心命題は明確である。スロバキアはEU加盟国中で対ロシア制裁執行が最も弱い国であり、その結果としてロシア国家メディアの制裁対象コンテンツが翻訳・再配布される情報ロンダリングのエコシステムが事実上無規制のまま機能し続けている。調査では75アセット(ウェブサイト57、Telegramチャネル14、両方で活動する3アセット)が直接確認・分類されたが、スロバキア国内で稼働する影響工作アセットの総数は推計253に達するとされる。
スロバキアの情報環境:親露感情の構造的背景
スロバキアの情報空間の脆弱性は、世論調査データが示す親露感情の推移に端的に現れている。GLOBSECが2020年に実施した調査では、スロバキア人の78%がロシア人を「伝統的なスラブの兄弟」と見なし、過半数がロシアを世界の主要軍事大国と位置づけていた。2022年3月、ロシアによるウクライナ全面侵攻直後には62%がロシアを安全保障上の脅威と認識し、これは東欧諸国の中でも高い水準だった。しかし2024年のGLOBSECフォローアップ調査ではその数値が49%に低下し、ロシアをウクライナ戦争の責任者とみなすスロバキア人はわずか40%にとどまり、東欧で最も低い水準となった。同時期の調査ではスロバキア人の51%がウクライナまたは西側諸国を戦争の原因とする見方を示しており、ロシアに責任があるとする40%を上回った。最新の2025年GLOBSECトレンド調査では再び50%がロシアを脅威と見なし、32%が戦略的パートナーと位置づけている(2024年比5ポイント増)。この世論のボラティリティは、親露感情が固定的イデオロギーというより、情報環境と政治文脈によって動態的に変動するものであることを示している。
歴史的背景として、チェコスロバキア分離(1993年)後、スロバキアの政党は1990年代を通じて外交政策方針で分裂が続いた。左派および急進右派はロシアとの関係強化を志向し、ユーロ大西洋統合への曖昧な姿勢がクレムリン系ナラティブの浸透に適した土壌を形成した。チェコとスロバキアの言語的・文化的近接性も構造的リスクを生む。チェコで活動する影響工作アクターがスロバキアに越境して活動できるだけでなく、チェコを主な読者層として制作されたコンテンツがスロバキア語圏の受け手に再配布される際のコストも極めて低い。ただし調査データが示すように、チェコ社会はスロバキアと比較して親露傾向が著しく低く、陰謀論への信頼度も低いため、両国の言語的連続性がそのままエコシステムの対称的統合を意味するわけではない。
情報ロンダリングの定義と3段階パイプライン
報告書は情報ロンダリングを次のように定義している。「脅威アクターが使用する手法であり、制裁対象または悪意あるコンテンツを、その出所を隠蔽しフリンジな情報源から主流の言論空間へと移行させるために、仲介者(SNS、ブログ、フリンジメディア等)を経由させるプロセス」である。マネーロンダリングとのアナロジーは操作的であるが、構造的には有効だ。Placement(初期投稿、多くの場合非真正)、Layering(出所を隠蔽するための仲介配布)、Integration(主流メディアまたは信頼できる人物による採用)という3段階を経て、操作された情報の追跡が困難になるとともに、仲介経路の正統性・信頼性が付与される。
法的次元では、EU制裁規則(Council Regulation 269/2014および833/2014)のもとで制裁対象のロシア国家メディアのコンテンツ配信はEU域内において禁止されている。欧州委員会の解釈によれば、制裁指定者が制作した音楽・映像・その他コンテンツの「利用可能化または配信」は、それらのアクターへの経済的資源提供とみなされ、制裁体制の違反を構成する。この解釈に基づけば、制裁対象ロシアメディアのコンテンツを翻訳・再配布する情報ロンダリング行為自体が制裁違反に該当する。報告書はこの法的論点を前提として分析を展開しており、問題を偽情報の倫理的問題としてではなく、執行されていない制裁法制の問題として位置づけている点が方法論上の特徴である。
75アセットの分類と規模推計
調査はA4EとスロバキアCDNパートナーが共同実施したマッピング作業に基づき、2026年3月時点でスロバキアにおいてロシア制裁コンテンツの再配布・集約に関与する75アセットを記録・分類した。チェコとスロバキアの情報空間の言語的・文脈的重複を考慮し、スロバキアのユーザーシェアが計測可能なチェコのアウトレットも一部を含んでいる。
| カテゴリー | 定義 | 確認数 |
|---|---|---|
| Primary Source | VPN不使用でスロバキアからアクセス可能なロシア情報源 | 12 |
| Secondary Source | ロシア情報源から直接転載するスロバキア語・チェコ語フロント媒体(出所明示の有無を問わない) | 56 |
| Aggregators | セカンダリソースからコンテンツを引き込み自ドメインで再配信するウェブサイト | 7 |
Hlavné správyとプライマリソースを除く、セカンダリソースドメインとアグリゲータードメインの月次累積オーガニックリーチは推計111.6万ユーザーに達し、うち約43%がチェコ共和国のユーザーに帰属するとされる(ただし、データセットへのチェコドメインの算入により過剰推計の可能性がある)。Meltwaterのソーシャルリスニングツールを使用した2026年2月10日から3月10日の1ヶ月間の分析では、エンゲージメント数上位のアセットは以下の通りである。
| 順位 | メディア名 | メンション数 |
|---|---|---|
| 1 | Hlavné Správy | 3,240 |
| 2 | Asociace nezávislých médií | 1,590 |
| 3 | ParlamentníListy.cz | 1,430 |
| 4 | INFOKURÝR | 1,230 |
| 5 | eREPORT | 765 |
地理的分布では、データセット内のアセットへのエンゲージメントの大多数はスロバキアのユーザーによるものであり、チェコのウェブサイトが含まれる場合もスロバキアユーザーが最大シェアを占めるというパターンが一貫して観察された。制裁対象として2022年に拡大が始まったリストは現在32エンティティを包含し、Russia Today、RIA Novosti、Rossiya 24、Rossiya 1、Rossiyskaya Gazeta、Izvestiaなどを含む。ISDが2025年6月に実施した監査(2025年8月5日公表)では、スロバキアに執行メカニズムが存在しないため、テスト対象とした26エンティティすべてへのアクセスが可能な状態にあることが確認されている。
ロンダリングパイプラインの実例解剖
報告書が提示する最も具体的な事例は、TASS→Aeronet→InfoVojnaという3ステップのコンテンツ伝達連鎖である。2025年11月3日、TASSがクピャンスク付近でウクライナ軍ドローンオペレーターが民間人を殺害したとする動画と記事を公開した。翌4日にはチェコ拠点のロシア系影響工作アウトレットAeronet[.]newsが同一内容をコピー貼り付けで掲載したが、出所の欄には「Aeronet Newsの編集長」とのみ記載し、TASSへの言及は一切なかった。さらに翌5日、InfoVojnaがAeronetのみを出所として同記事と動画を転載した。この事例では、制裁対象メディアTASSが一次情報源でありながら、48時間のうちに2段階の仲介を経て出所が完全に消去されている。
Hlavnydennik[.]skによるLenta[.]ru記事の転載はより直接的な制裁回避の例を示す。制裁対象であるLenta[.]ruがウクライナ軍の移動式火葬炉使用疑惑を報じた記事は、わずかな表現の変更を加えたほぼ逐語的な翻訳としてHlavnydennikに掲載された。Lentaへの言及はなく、一部箇所は直接引用形式で再現されており、Hlavnydennik側の独自情報・分析の追加はゼロである。
ドメイン移転による制裁回避の事例としては、InfoVojnaが2022年のスロバキア政府による一時ブロック後にドメインを.skから.bzベリーズに移転したことが記録されている。同様の移転行動は複数のアセットで観察されている。
オーディエンス越境増幅の構造はczechfreepress[.]czとotvoroci[.]comの比較で明確に示される。czechfreepress[.]czのトラフィックはチェコ84%・スロバキア16%と圧倒的にチェコ読者向けだが、同サイトのコンテンツを定期的にフィードするotvoroci[.]comではスロバキア94%・チェコ6%という逆転した分布が観察される(2026年3月11日計測)。チェコ語圏向けに制作された影響工作コンテンツが、アグリゲーターを1段階介在させるだけでスロバキア語圏の多数派読者に届く仕組みが可視化されている。otvoroci[.]comはメインページに2つのニュースフィードアグリゲーターを設置しており、一方はde.rt[.]com(Russia Todayのドイツ語版)、もう一方はczechfreepress・novarepublika[.]cz・ereport[.]sk・novoslovo[.]euなどスロバキア・チェコの影響工作アセットを表示している。
Telegramエコシステム:45,000件のメッセージ追跡
NEST Instituteによる分析は、2022年以降のロシア系影響工作拡大を受けてTelegramが主要伝達経路として確立した過程を定量的に記述している。スロバキアの8チャネルが体系的にロシア国家ソース・国家報道機関・軍事プロパガンダのコンテンツを採用・再配布しており、2022年初頭以降これらのチャネルが集合的にロシア語チャネルから45,000件超のメッセージを転載した。特筆すべきは、このコンテンツの80%超(36,000件超)がわずか7チャネルに起源を持つという集中度である。主要一次ソースとして特定されたのは、在スロバキアロシア大使館のFacebookページ、制裁対象のRIA Novosti、Russia Today、軍事ブロガーのRybarである。
主要なスロバキア語Telegramチャネルの規模は以下の通りである。
| チャネル名 | フォロワー数 |
|---|---|
| Casus Belli Live | 41,281 |
| Pravda Víťazí | 10,323 |
| KSB Správy | 5,802 |
| Infokanál Klubu Nekonvenčne Mysliacich | 821 |
Casus Belli Liveは190,000件超の投稿と約40,000フォロワーで2億6,000万の総ビュー数を記録しており、tvotv.skのTelegramチャネルは年間61,300件の投稿で2,060万ビューに達した。伝播速度の実例として、2024年8月16日に制裁対象ロシア軍事Telegramチャネル@Rybarが「汚染爆弾」に関する偽情報ナラティブを投稿した事例が詳述されている。同日夜にはCasus Belli Liveを経由してスロバキアのチャネル群に到達し、10,000ビュー・32シェアを記録した。一次情報源から中欧のオーディエンスへの到達にかかった時間は約2時間である。このパターンは日常的に反復されており、コンテンツの検証プロセスを経ない機械的なリレーとして機能している。
チャネル間の相互接続の強度もNESTの分析で定量化されている。InfokanálとCasus Belli Liveの間だけで30,000件超のインタラクションが記録されており、ロシアの一次ソースを単純中継する以上の協調的増幅が存在することが示唆される。Pravda Víťazíの全コンテンツの45%がロシア語ソースに由来し、さらに23%がスロバキア語のNEWS-FRONT.INFOから引用されている。NEWS-FRONT.INFOはロシアのNewsFrontネットワークのスロバキア語系列である。InfokanálとPravda Víťazíはともに再シェアコンテンツが全投稿の60%超を占めている。
インフラ解剖:Stormwall s.r.o.とDoppelgangerへの接続
VSquareが提供したデータが明らかにするのは、ロシア系影響工作の技術インフラの重要な構成要素がEU加盟国スロバキアの法人格を介して機能しているという構造である。
ブラチスラバ登録の企業Stormwall s.r.o.(創設者Ramil KhantimirovとAlexei Shiyan、両名は2025年5月時点でブラチスラバを公式居住地として申告)は、複数のロシア系影響工作ネットワークのインフラを支える役割を担っていると指摘されている。技術的経路はSafe Value Limited(セーシェル)→Moscow拠点のStorm Networks→Stormwall s.r.o.(ブラチスラバ)という構造をなしており、Safe Value LimitedはDDoSプロテクション・ドメイン登録・ホスティングを多数のロシア系ウェブサイトに提供している。Safe ValueのIPアドレスの一つは、dnr-pravda[.]ru、gazeta-dnr[.]ru、podvig-dnr[.]ru、dnr-hotline[.]ru、pressadnr[.]ruなどを含む「Pravdaネットワーク」と結びついている。
Rybar[.]ruのドメインホスティングも2022年以降Safe Valueに帰属しており、rybar[.]ru、ForeignCombatants、Safe Value LimitedのウェブサイトはいずれもStormwallが管理するサーバーを使用している。Rybarの名義上の著者・共同オーナーとされるMikhail Sergeevich Zvinchukは複数の制裁リストに掲載されており、米国のRewards for Justice情報サイトによれば、RybarはUS制裁下にあるRostec国営企業から報酬を受け取っているとされる。ウクライナメディアはRybarとVatforがロシア軍参謀本部情報総局(GRU)に関連すると報じている。
DFRLabによるDoppelganger調査では、ロシア法人としてアラブ首長国連邦に登録されたクラウドホスティングプロバイダーVDSINA(2014年設立、主にモスクワとオランダにサーバーを設置)とStormwall s.r.o.の接続が確認されている。StormwallはVDSINAをヨーロッパでホストしており、VDSINAは第2ステージドメインのプロバイダーとして機能する。報告書は「この接続のみではStormwallがDoppelganger運用の中核にあることを証明できない」としつつも、さらなる調査を要する重大な関連性として記録している。2023年にはStormwallを含むDDoSプロテクション事業者がDoppelganger関連企業とピアリング契約を締結したことも過去の調査で確認されている。証拠としての確実性の水準に留保は必要だが、EU加盟国に法人登録された商業インフラが制裁対象エンティティにサービスを提供しているという構造的事実は、既存規制の執行問題として明確な政策的含意を持つ。
主要ナラティブと制裁不執行の帰結
Meltwater分析に基づき、特定アセットが流通させるナラティブは3つのカテゴリーに分類される。第一の反ウクライナナラティブは「ウクライナは歴史のない人工国家」「ウクライナは腐敗したファシスト政権が支配」「戦争は2014年にドンバスでロシア人を殺し始めたウクライナのナチスが開始」「ウクライナ軍は敗退しており経済は崩壊寸前」などを含む。第二の反西洋ナラティブはNATOと米国がロシアにウクライナ侵攻を強いた・EUがスラブ連帯を裏切っている・西側制裁がロシア以上にスロバキアを傷つけている・スロバキアへのNATO展開は「ヴェルマハトの歓迎」に等しいなどの主張を含む。第三の親ロシアフレーミングはロシアを西洋の侵略の被害者・伝統的価値の守護者・ファシズムと戦う正統な解放者(第二次大戦への歴史的対比)として位置づけ、平和はロシアの要求(実質的なウクライナの無条件降伏)の受け入れによってのみ可能だという主張を流通させる。
コンテンツ生産規模の時系列的推移については、チェコのVoxpotがデータ分析チームDruitとの共同調査(2025年8月25日公表)で重要な数値を提示している。この調査は16プラットフォームにわたる過去25年分36万件の投稿を分析した結果、2025年8月時点で16の偽情報ウェブサイトが月約4,000件(1日約130件)という過去最高水準の記事生産を行っており、この量は国内の主流ニュースアウトレットの合計出力を上回るとしている。Hlavné správy単体では2026年2月に700万件超の訪問者数を記録した(報告書の結論部では850万件超とも記載)。
2022年3月にスロバキア政府が一時的にブロックした4サイト(Armádny magazín、Hlavné správy、Hlavný denník、InfoVojna)のブロック措置は同年9月に期限切れとなり、更新されなかった。同省の報告書によれば、このブロックはフォロワーをTelegramチャネルへ移行させる効果をもたらし、結果としてTelegramの影響工作における優位性を強化した。2026年3月時点で、これら4サイトを含むほとんどのアセットがフル稼働状態にある。
提言と評価
報告書は立法・規制、技術インフラ、市民社会・メディアの3領域で提言を示している。立法・規制面では、プライマリロシアメディアに加えてそのスロバキア「ミラー」プラットフォームおよびプロキシサーバーへの制裁積極的執行、高リーチニュースポータルへの強制的所有権透明性、政府系企業・大口広告主が意図せず偽情報プラットフォームに資金提供しないための広告規制の調整、EUレベルではTelegramへのVLOP指定審査と外国情報操作に関するシステミックリスク軽減義務の適用が求められている。技術インフラ面ではAIを活用したロシア国家ソースとスロバキア語コンテンツのリアルタイム意味類似性比較システムの開発、疑わしいネットワークインフラの監視(特定ホスティングサービス・大量ドメイン登録)が提言される。市民社会・メディア面では情報ロンダリングアセットの公開レジストリ設置、OSINTツールと逆引用検索による外国ニュースの出所検証の制度化、DSAに基づくVLOPからの研究者へのデータアクセスの実効的確保が挙げられている。
アドボカシー文書としての性格から、これらの提言は制裁強化・EU規制拡大という特定の政策ベクトルと整合するものであり、独立した中立的分析として受け取ることには留保が必要だ。他方、75アセットの実態マッピング、Meltwater分析、Telegram追跡、Stormwall関連のインフラ調査が提示する記述的事実は、政策的立場から独立して検証すべき実証的素材を含んでいる。特にEU加盟国内に登録された商業インフラが制裁対象エンティティへのサービス提供を継続しているという構造は、制裁執行の実効性という問題を技術的・法的な具体性をもって示している点で、この分野の研究者にとって参照価値の高い文書である。
書誌情報 Maria Voltsichina, Information Laundering in Slovakia: An Analysis of Russian Influence Operation Networks, Alliance4Europe / Counter Disinformation Network, March 2026. URL: https://alliance4europe.eu/report/information-laundering-in-slovakia-an-analysis-of-russian-influence-operation-networks

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