本稿が扱うのは、東フィンランド大学カレリア研究所(Karelian Institute, University of Eastern Finland)博士研究員でヘルシンキ大学アレクサンテリ研究所客員研究者でもあるTeemu Oivoと、ラップランド大学(University of Lapland)芸術デザイン学部博士課程研究者Niko Väistöによる共著論文「Staging (un)acceptable death: Techniques in Russian war propaganda」である。掲載先はSAGEが刊行する査読誌Media, War & Conflict(2008年創刊、メディア・戦争・紛争報道研究に特化した専門誌)で、2026年7月31日にOnline First(組版前の早期公開)として掲載された。DOIは10.1177/17506352261463024、クリエイティブ・コモンズ表示4.0ライセンス(CC BY 4.0)によるオープンアクセスである。研究資金はフィンランド研究評議会(Research Council of Finland)のPROFI7枠組みによるプロジェクト「GLOBINTERACT」(決定番号352968)から拠出されている。著者らは謝辞で、校正・言語の微調整に限定してMicrosoft Copilot(GPT-5チャットモデル)を使用したが、実質的な分析・解釈・主張はすべて著者自身によるものだと明記している。
論文が問うのは、ロシアのウクライナ侵攻をめぐるテレビ・プロパガンダにおいて、死という主題の言説的な力(discursive power of death)がいかに動員されているかという問いである。分析対象は、国営チャンネルRossiya 1(VGTRK=ロシア国営テレビ・ラジオ会社が運営)で放送される週刊ニュース番組Vesti nedeli(「今週のニュース」の意)を、2024年4月から2025年2月にかけて追跡した37エピソードのコーパスである。著者らはこの中から精密な事例研究に適う3つのセグメント――ドンバス紛争10周年記念特集、祖国の英雄の日の勲章授与式、クルスク州ルースコエ・ポレチノエでの「ウクライナ軍による残虐行為」報道――を選び、批判的談話分析(Critical Discourse Analysis、以下CDA)によって精読している。結論の核心は明快である。ロシア兵の死は個人史に基づく英雄化された物語として提示され、遺体そのものは一度も画面に映されない。対照的に、敵側による民間人の死は法医学的・検死的な語彙と生々しい映像によって描写され、証拠としての客観性を装う。この非対称な描き分けの技法を、著者らは「死をめぐるネクロポリティクス(necropolitics、死をめぐる主権的権力の行使)」という理論枠組みのもとで具体的に記述している。
理論的な立ち位置――「プロパガンダ」と「ディスインフォメーション」の切り分け
論文はまず、扱う概念を厳密に定義することから始める。著者らはJowett and O’Donnell(2019)の定義に依拠し、プロパガンダを「知覚を形成し、認知を操作し、プロパガンダの発信者が望む意図に資する反応を引き出すために行動を方向づける、意図的かつ体系的な試み」と定義する。この概念の強みは、真偽の検証が困難な戦時下においても、対象読者(この場合は国内視聴者)に影響を与えるために設計された特定の技法に焦点を当てられる点にあるとされる。重要なのは、プロパガンダとしての分析はその表象に内在するバイアスを前景化するものであり、Tolz and Hutchings(2023)が論じる「ディスインフォメーション」概念とは異なり、虚偽性を含意しない、と著者らが明確に区別している点である。つまりこの論文は、ロシア国営テレビの報道内容が事実かどうかを検証する研究ではなく、真偽の検証が困難な題材(戦死者数、戦況、残虐行為の詳細)を、視聴者の感情と認知にどう作用するように演出しているかという「技法」そのものを対象にしている。
分析の理論的支柱の一つがネクロポリティクスである。著者らはMakarychev and Medvedev(2024)が論じる「ネクロポリティカル・バイオポリティクス」を引用し、フーコー的な生政治理論――人口の活力が、自己規律化する主体を通じて働く規範的・言説的な知によって涵養されるという理論――が、主権権力による生死の統御と融合したものとしてこれを位置づける。もう一つの柱がEisenstein(1974)のモンタージュ理論であり、画像の並置によって連想的な意味を生成する手法として、テレビニュースの感情的・イデオロギー的な手がかりの構築を分析する枠組みに用いられている。
著者らは研究の自己反省性にも一節を割いている。「ロシア・ウクライナ紛争」といった一見中立的な呼称でさえ、戦争の開始責任を両者で共有するかのような道徳的曖昧さをロシアのプロパガンダが戦略的に利用していると指摘したうえで(Alyukov and Zavadskaya 2026)、著者ら自身の立場を明示する一文を置いている。「我々はロシア政権の権威主義的統治とウクライナへの残虐な侵攻、それを支えるメディア装置を非難する」。そのうえで、本研究の主眼は個別の事例を超え、戦死という主題が現代においてどう道具化されるかについての学術的議論に貢献することにあると述べている。
分析枠組み――3つの分析カテゴリーと事例選定の基準
CDAはMüller(2013)の枠組みに従い、戦死の表象を「典型性(typical)」という観点から読み解く。ここでいう典型性とは、個別の例外的な死ではなく、兵士や民間人という一般的なカテゴリーに沿って反復可能なものとして提示される死を指し、この典型化の操作そのものが死を「受容可能」か「受容不可能」かに振り分ける言説的な権力として機能するとされる。著者らはこの読解を3つの分析カテゴリーに沿って実施した。
| 分析カテゴリー | 問い |
|---|---|
| 言説戦略(Discursive strategies) | どのような言語的・修辞的装置が死を受容可能/不可能なものとして構築するか。感情的訴えはどう構成されるか |
| 話者の位置(Speaker positions) | 誰が語っているか、いかなる権威・代表性の立場から語っているか。その立場はどう構築・強化されているか |
| 場面設定と視覚的枠づけ(Scene settings and visual framing) | 死と犠牲はどのように視覚的に演出されるか。どのような象徴・場所・ミザンセーヌが用いられるか。画像はモンタージュ理論に沿ってどう接続されるか |
事例選定の手続きも具体的に記述されている。著者らは2024年4月から2025年2月の37エピソードを視聴し、軍事的・民間人の死を典型として言説的に正常化するセグメントに絞ったうえで、次の3基準でさらに絞り込んだ。第一に、セグメントの冒頭で兵士または民間人の死が典型として提示されていること。第二に、その企画が1週間以上前から準備されていたと推測される事象(発生から時間が経過している、または固定の記念日であること)で、組織的かつプロパガンダ目的で製作された可能性が高いこと。第三に、記事の分析範囲内で十分な深度を持った文脈依存的分析を可能にする内容と死者数であること。この基準によって除外された事例として、2024年6月30日・9月29日・10月6日の民間人死者報道、12月8日の戦死兵士報道、11月24日の遺族の母親についての報道が明示的に挙げられている。これら以外にも死への言及を含むエピソードは複数あったが、断片的で分析対象とするには展開が不十分だったとされる。
最終的に選ばれた3事例の概要は次の通りである。
| 放送日 | 長さ | 主題 |
|---|---|---|
| 2024年4月29日 | 15分29秒 | ドンバス紛争10周年、「祖国の最初の防衛者たち」の追悼特集 |
| 2024年12月15日 | 7分12秒 | 祖国の英雄の日、300人の民間人・兵士への勲章授与式(プーチン大統領自ら金星章を授与) |
| 2025年2月2日 | 9分23秒 | クルスク州ルースコエ・ポレチノエでの、ウクライナ軍兵士による民間人22人殺害疑惑 |
なお12月15日と同一放送内では、憲法記念日の式典でも軍人と「傑出した市民」への表彰が同様の要素を伴って放送されており、著者らはこれも補足的に参照している。
番組と放送環境の位置づけ――テレビは今もロシア国内世論の主戦場である
著者らがVesti nedeliという単一番組を選んだ根拠として、テレビというメディアそのものの位置づけが詳しく説明されている。デジタル化が進む中でもテレビは依然としてロシア国内で最大の視聴者を抱え、親クレムリン層にとって主要な情報源であり続けているとされる。2023年1月の調査(FOM 2023)によれば、ロシア国民の62%がテレビからニュースを得ていたのに対し、ニュースサイトからは42%、ブログやSNSからは23%にとどまった一方、テレビへの信頼度自体は42%と報告されている。著者らはさらに、テレビ視聴を優先する層はTelegramやYouTubeを主に利用する層に比べ、戦争を正当化・支持する傾向が有意に強いという先行研究にも触れている。
放送環境としては、Rossiya 1、その24時間ニュースチャンネルRossiya 24、Pervyi kanal(チャンネル1)、NTVが主要局として挙げられ、いずれもニュースのスタイルに大きな違いはなく、強い感情(特に道徳的憤慨)を喚起し、視聴者の注意を一つの問題から次へと誘導しながら最終的には公衆を政治的に鎮静化させることを狙っているとされる。Vesti nedeliの司会を務めるのはDmitry Kiselyov(1954年生まれ)で、通信社Rossiya Segodnyaのオーナーでもあり、ロシアのメディアリサーチメディアDozhd(2023年)からは「知識人のプロパガンディスト」と評されている。同番組はロシアのテレビ視聴率調査機関Mediascope(2024年)のデータでも人気番組の常連であり、毎週日曜20時に放送される2.5時間枠は、長尺のインタビューや現地取材を可能にする一方で反復も生みやすいと著者らは指摘する。
「受容可能な死」の演出技法――英雄への変容と、語る立場の使い分け
分析の第一の柱は、ロシア兵の死がいかに「受容可能」なものとして構築されるかである。著者らはまず話者の立場に注目する。メディア専門家、遺族、目撃者、政治指導者という4種類の話者それぞれの権威が、個人の振る舞いや番組制作の技術によって静かに強化されているとされる。Kiselyovは常に視聴者を直視し、深刻な表情や軽い笑みを使い分けながら、これから提示される内容を解釈する枠組みを先に与える。「受容可能な死」を演出する際、彼はまず視聴者に「これから英雄たちを目にする」と告げ、その後に対象を映し出すことで、視聴者があらかじめ定められた通りに人物を認識するよう準備させる。
ロシア国営メディアが一般に「真実の相対性」を推進する傾向にあるとされる中でも(Alyukov and Zavadskaya 2026)、Vesti nedeliの司会者やレポーターは戦時の現実を語る権威ある媒介者として自らを位置づけている。2024年12月15日放送で戦死した従軍記者を追悼するセグションでのKiselyovの導入発言は、この立場を象徴する引用として論文に収録されている。「従軍記者は塹壕で本当に何が起きているかを我々に見せてくれる。それは強さ、勇気、献身、そして何より並外れたプロフェッショナリズムを要する、非常に危険で高貴な使命だ。彼らは前線の兵士について語る正確な語調を見つけ、煙の中、血と泥の混じり合った状況の中で英雄を見出し、ストレスと非人間的な疲労の中でも勝利を固く信じ続けなければならない。従軍記者の仕事は犠牲である。真の秩序が後方に伝わるよう、真正性の名のもとに捧げられる犠牲だ」。
10周年記念特集では、教師のような雰囲気を持つ女性レポーターが兵士にインタビューする場面が特徴的に描かれる。彼女の語りは、ドネツク州で最も高い地点の一つである記念の丘サヴル・モヒラを背景に権威づけられ、やがて2014年へと橋渡しされ、「ウクライナのナチス」から自らを守るためにドンバスの住民が同地で「自ら組織化した」という語りへとつながっていく。ナレーター自身の役割も分析の対象となっている。ナレーターは視聴者の内なる声に似た、非人称の証人・理由づけ役として機能する。ドネツクのセグメントでは、墓地の場面を「乾いた塵を風が動かしている」といった文学的・映画的な文体で描写する一方、ルースコエ・ポレチノエのセグメントでは残虐行為の死者数など客観的に響く事実を提示し、信憑性を担保する語り口に切り替えている。
遺族――特に母親と妻――は、勲章授与式と10周年特集の両方で中心的な代表者として登場する。12月15日の授与式では、2人の戦死兵士の妻と1人の母親が取り上げられ、ある未亡人はスピーチの中で夫がいかに家庭的だったかを語り、最後に会った時の記憶を語った。中心的に取り上げられた母親の役割は極めて身体的なものとして描かれる。彼女は言葉を発せず、授与された賞状をなでるように触れたのち、涙を流して顔を背ける様子だけが映される。もう一人の未亡人が彼女を抱きしめて連帯を示す場面では、ナレーターが「二人は以前面識がなかった」と説明を加え、視聴者に共感を通じた哀悼と連帯への参加を促す構成になっている。この勲章は、失われた兵士とその息子の代理(メトニミー)として機能し、誇りと、家族への国家的支援を象徴する。ただし著者らは、こうした含意は視覚的な枠づけとモンタージュ――哀悼の場面から、顔を上げて気丈に立つ未亡人たちの映像への移行――を通じて伝えられており、喪失の受容を暗示する編集上の効果であると分析している。
遺体を映さない兵士、写真に重ねられる影――メトニミーとしての軍服
論文がとりわけ具体的に描くのが、メトニミー(換喩)的な概念ペアの使用である。2024年4月から2025年2月の対象期間中、Vesti nedeliは民間人犠牲者について行ったのとは異なり、ロシア兵の死を一度も遺体として描写していない(民間人の場合は映像のぼかし処理や遺体袋での描写がなされる)。その代わりに兵士は軍服姿の肖像として提示され、「無垢な少年」から「英雄」への変容を象徴的に表す。この死のイメージは、直接的な描写からではなく、編集によって生み出される感情的な統合から立ち上がる。
具体例として論文が示すのが、ドネツク出身の母親ヴェラの映像である。彼女は顔を手で覆い、束の間安堵のため息をついたところを画面に収められ(「ドネツク人民共和国」という字幕とともに)、その手前には亡くなった息子の軍服姿の写真が置かれている。この写真には、彼が私服を着ていた頃の姿の影のような像が重ねて合成されており、著者らはこれを、私人から兵士へ、子どもから英雄への変容を象徴する視覚的技法として読み解いている。軍服という視覚的記号は、無垢な市民のイメージとの並置を通じて、戦争における英雄性という規範的な連想を強化する機能を果たしているとされる(Seppänen 2005: 84)。
取り上げられた各遺族はいずれも死を受け入れる様子で描かれるが、その不可避性についての疑念も短く挿入される。ドンバス特集に登場する、1人が戦死し1人が行方不明という母親と、クレムリンでの授与式に登場する未亡人がそれである。彼女たちは、家族が前線に赴くことへのためらいを感じていたと認めつつも、それを回避しがたい祖国への義務として受け止めている。授与式の場面では、この義務は個人の価値観に基づく自発的な選択として描かれる。ある未亡人は、夫に前線へ行かないよう頼んだことを語るが、その声はナレーターの「もちろん彼女は夫を行かせた」というコメントにかき消され、結果を伴ってもそれが正しい選択だったことが示唆される。この未亡人は別のインタビューで、それ以外に道はなかったと確認している。著者らは、こうした「愛国的」規範として枠づけられた個人の決断が、学校・メディア・その他の制度によってロシア(そして旧ソ連)で集団的に課されてきたものであり、それが明示的に語られないまま視聴者にとって既知のものとして機能していると指摘する(Alava 2026)。
プーチン大統領は、戦死者について語る話者の中で最も入念に追跡されている人物である。授与式のセグメントでは、ナレーターが最高司令官としてのプーチンの役割を視聴者に想起させながら、兵士とその家族へ語りかける様子を映す。プーチンの発言は、兵士の英雄的な死を個人の決意・真実・強さと結びつける。遺族との交流は主に身体的な接触と身振りを通じて行われ、勲章授与後に未亡人の手を握る、別の兵士の母の肩に手を置くといった仕草が、最高権威からの承認と支援を象徴的に示す。プーチンが遺族に家族の暮らしぶりを尋ねる場面も映されるが、その会話は途中で打ち切られ、ナレーターが「そうした話題はカメラの外で話す方がよい」と補足する。著者らは、これは事例固有の判断だった可能性があると留保を付けつつ、2024年1月の戦死兵士遺族との面会ではこうした会話がカメラの前で行われていた例があったことにも触れている(Oivo and Väistö 2024)。
負傷兵についても独特の描き方がなされる。負傷兵は犠牲者や障害者としてではなく、画面に登場する際には笑顔で活力に満ちた、回復力のある存在として描かれる(Baker 2020)。10周年特集に登場するオレグ・パペンコフは、中年の教師であり兵士でもある人物として紹介される。学校での紹介の後、場面は農村の墓地に切り替わり、言葉を発さないパペンコフが真剣な表情で墓を見つめる。ナレーターは、この墓地が学校のすぐ近くにあり、多くの元教え子が「手榴弾の下に眠るドンバスの防衛者」になっていると語る。続く場面は学校の廊下にある追悼の壁で、パペンコフは戦死した兵士たち――ナレーターは彼らを指小形の「マリチシキ(少年たち)」と呼ぶ――について語り、彼らの永遠の無垢さを強調する。この追悼の壁を背景に、ある兵士が戦死者の家族の経歴を語り、彼らが実在の、よく記憶されている人物であることを印象づける。学校という無垢で日常的な空間から、場面は取材対象の兄弟の実家へと移り、彼らの母親へのインタビューへとつながっていく。
「受容不可能な死」の演出技法――検死報告としての民間人犠牲
論文の後半が扱うのが、クルスク州ルースコエ・ポレチノエをめぐる2025年2月2日放送のセグメントである。この村の状況は前段の放送ですでに紹介されており、ウクライナ軍の撤退後の廃墟として描かれ、ロシア国防省はこれをテロ攻撃だと非難している。この映像は、その後カメラが向かう、砲撃を生き延びた地下室――そこで対面での残虐行為があったとされる場所――への布石として、村全体の壊滅的な破壊を示唆する構成になっている。この残虐行為セグメントへの導入の締めくくりとして、Kiselyovは詳細が身の毛もよだつものであると述べるが、著者らはこれをグラフィックな内容への注意喚起であると同時に、視聴者の好奇心を煽る仕掛け(voyeuristic hook)として機能していると分析する。
セグメントは、加害者の身元特定についてのナレーションから始まる。迷彩フードを着た手錠姿の男が、ロシア兵に連れられて廊下を歩かされ、その後屈辱的な形で獄中の姿として映される映像が伴う。ナレーターはこのウクライナ人の年齢・氏名・所属部隊を明らかにし、彼が残虐行為への関与を「自供した」と強調しつつ、彼が志願兵として従軍していたことも付言する。黒い服を着て、無精ひげを生やし、緊張した様子でどもりながら話すこの人物は、従軍記者との対話の中で、ロシア人への敵意を抱いていたことを認め、指揮官から民間人殺害を命じられたと主張する。記者はここで、その敵意が特に民族的ロシア人(ルースキエ)に向けられたものかどうかを問いただし、捕虜はこれを認めたうえで、それが民間人全体にも及ぶと付け加える。セグメント後半、取調官への供述の中で彼は、自身と同僚が若い女性たちを暴行した後に処刑したと告白する。
続くスマートフォン撮影の映像は、床のほとんどが判別できないほど強くぼかし処理された地下室に、兵士たちが降りていく様子を映す。ナレーターは、倫理的な理由からロシア兵が実際に目撃した映像そのものは公開しないと説明する。視聴者に視覚的な体験は与えられないが、代わりに兵士たちが互いの発見を反復して伝え合う驚愕の声や、一人の兵士がショックで嘔吐する音を聞かせる構成になっている。地下室で発見された身元不明の民間人犠牲者は、高齢の女性3人、高齢の男性3人、若い男性1人、若い女性2人と報告される。顔を覆った2人のロシア兵――「ロード」と「イースト」という偽名で呼ばれる――が、遺体をどのように発見・回収したかをカメラに語り、犠牲者の身体に残る暴力の痕跡について詳細に説明する。ロードはさらに、敵の砲撃によって遺体回収作業が中断され、犯行現場が破壊されたと述べている。
このセグメントには、捜査委員会(Investigative Committee、ロシア連邦の重大犯罪捜査機関)の関係者――取調官、副捜査責任者、法医学の専門家――も登場する。それぞれが被害者の身体的外傷について徹底した説明を行い、司法的・科学的な信憑性を付与している。セグメント中唯一の女性の声である法医学専門家は、被害者が耐えた苦痛の大きさゆえに遺体の検分が極めて困難だったことを強調する。捜査委員会はまた、「ウクライナ軍の犯罪」の目撃者に名乗り出るよう呼びかけており、地下室に潜んでいた際に最後の電話で連絡を取った故人についての親族の証言も含まれている。人間の犠牲者に加え、地下室の階段には死んだ犬が横たわっている様子も短く言及される。動物は共感や同情を望む対象への感情移入を喚起するためにプロパガンダで用いられてきた経緯がある(Mathers 2020)。地下室の外では、手持ちカメラの映像が完全に破壊された屋外の光景を捉え、カメラマンは、映っているワゴン車の背後にある黒い遺体袋にはさらに3体の遺体が収められ、警察へ搬送される途中だと説明する。セグメントは、2週間の待機の後、国連事務総長のオフィスがこの疑惑について「無関心に響く、形式的な声明」しか出さなかったことを指摘して締めくくられ、ナレーターは「我々は自分たち自身にしか頼れない」と、加害者とその命令者の特定・捜査を続ける姿勢を主張する。地下室の映像は結びの部分で再度反復される。
著者らはこのセグメントの構造を、Eisensteinの弁証法的モンタージュの観点から読み解く。善と悪は、身体的にも修辞的にも対極として描かれる――悪は落ち着きなく不穏であり、善は冷静で統制されている。この対比は、ロシアのテレビニュースに典型的なモンタージュに基づく編集の様式を体現しており、視聴者の同一化を権威ある側へと方向づけ、それぞれの立場が割り当てられた役割の通りに振る舞うという二項対立的な道徳の枠組みを強化する。死は曖昧でも倫理的に複雑なものとしてではなく、英雄性と悪の境界を固定する物語装置として描かれる。著者らはこれを、エイゼンシュテイン的な用語で言えば「反転した形式の弁証法的モンタージュ」――画像同士の衝突が新たな理解を生み出すのではなく、これらの死に付与された意味をその場に固定し、視聴者に押し付けられた道徳的分割を認識し受け入れる以外の選択肢を残さないもの――と位置づけている。
議論――「英雄」の実像と、非対称な死の物語がもたらすもの
考察部分で著者らは、いくつかの重要な補助線を引いている。第一に、「受容不可能な死」の表象は敵という人物像に結びつけられ、この事例ではあからさまなナチス的象徴こそ使われていないものの、捕虜は冷酷でロシア人を憎悪する殺害者として構築される。この役回りは、2024年9月29日放送で見られたような「戦闘に強制的に従事させられた哀れな男たち」というウクライナ兵捕虜の描写と並んで、ロシアのプロパガンダにおいて捕虜に定型的に割り当てられる役柄の一つだと著者らは位置づける。残虐行為の描写は、メディアの視聴者に対して適切な暴力の提示をどう行うかという、感情的距離と強烈な体験との間のジレンマを反映しており(Florea and Rabatel 2011; Möller 2009; Sontag 2003)、ロシアのテレビにおけるこのアプローチは、Danahay(2022)が論じる「清潔で、抑制され、ほとんど不可視な、善良で受容可能な死」という概念と一致すると論じられる。民間人の死は負傷と検閲された遺体の描写を通じて生々しく表象される一方、兵士の死は死そのものではなく個人の生活史に焦点を当てることで無菌化されている。
著者らはさらに、「祖国最初の防衛者たち」――ドネツクの元高校生を含む地元の一般人――としての英雄的な死の表象が、競合する語りとは著しく対照的であると指摘する。研究者マーク・ガレオッティ(ロシアの治安機関・非正規武装組織を専門とする西側の研究者)によれば、実際の武装勢力の参加者の多くは、ロシア出身の様々な犯罪者・義勇兵・傭兵、そしてユーロマイダン革命でデモ隊に発砲したウクライナの暴動鎮圧警察であったとされる(Vishenevetskaja and Ostaptschuk 2014)。同様に、愛国的犠牲の祝賀に兵士の妻や母親が組み込まれることは、彼女たちが歴史的に果たしてきた「軍による徴集兵の無謀な危険への曝露を非難する」という批判的な役割とは正反対のネクロポリティカルな主体性を構築するものだと著者らは論じる(Eichler 2022)。
兵士の物語には複数の水準で曖昧さが残されている点も指摘される。画像の選択や場面の象徴的な演出といった比喩的な選択がなされ、目立つように配置された肖像写真や戦争関連の象徴が頻繁に用いられる一方で、兵士の死そのものが明示的に語られることは稀であり、望ましいメッセージを画像や象徴を通じてアレゴリー的に補強しているとされる。メディア専門家は、致死的な紛争を「勝利の名のもとの、危険で高貴な使命」という2014年4月から続く一貫した10年単位の軌跡として提示するが、こうした枠づけは戦争の開始と全面的なエスカレーションの両方に対するロシア国家の責任を回避すると同時に、「いつからこの戦争が『我々のもの』になったのか」という連続性の問題を生む。プロパガンダは所属の公式・非公式な感覚を意図的に曖昧にし、ドンバスの地域が公式にロシアの一部と主張される以前から、視聴者がその地の人々と死者を(歴史的に)「我々のもの」として同一視するよう仕向けている。これは人々を、国民という枠組みよりも曖昧で柔軟なアイデンティティのカテゴリーへと主体化するものであるが、それでもなお、長く確立されたアイデンティティの構築がロシアのプロパガンダの語りの訴求力を持続させていると著者らは論じる(Mamedov 2024)。
自国の国境や市民権の外にある死者への追悼は、大祖国戦争(Great Patriotic War、GPW、1941〜1945年のナチス・ドイツとの戦い)におけるソ連の全犠牲者をロシアの記憶として専有し、その戦争の遺産をロシアに帰属させてきた、ロシアの記憶政治の延長線上にあると位置づけられる。この「曖昧化」の技法とは対照的に、ルースコエ・ポレチノエの犠牲者について、Kiselyovが(彼にしては珍しく)「ロシア国民(ロシヤーニェ、公民としてのロシア人を指す語)」という公式の国民的呼称を用いた点も指摘されており、これはより法的な戦争犯罪の枠組みの一部として著者らは解釈している。
結論――「英雄化」と「検死化」という2つの様式
結論部で著者らが強調するのは、Vesti nedeliが用いる技法の多くが映画的な慣習、とりわけ弁証法的モンタージュを、驚くほど露骨な形で善悪の描き分けに用いているという点である。これは、旧ソ連的な、あからさまに単純化されたプロパガンダに対する脱ソ連的な忌避感がロシア社会に根強いとされる中でも(Roudakova 2017)顕著だと評される。放送局はスマートフォンなどのローテク機材を頻繁に用いて素材の証言としての生々しさを強調しつつ技法を多様化させているが、あらゆる画像はEisensteinの古典的な弁証法的モンタージュに従って目的を持って配置されており、死は曖昧さを剥ぎ取られ、物語の道具へと転換されている。その結果として構築されるのは、敵を悪魔化するための「受容不可能な死」か、「愛国的犠牲」を賛美するための「受容可能な死」のいずれかであり、この素材は視聴者に解釈の余地を残さず、特定の道徳的枠組みに感情的に同調するよう誘導する。
著者らが同定する明確なパターンは、英雄的な死の「人格化」と、受容不可能な死の「医学・法的枠づけ」である。戦死した兵士は個別に認識され、その物語に時間が割かれる。死の受容は、嘆く母親と未亡人によって体現され、その役割は、Pajari(2015: 197)によるヨーロッパの国民的語りにおける女性の位置づけ――「息子を戦士としての英雄の役割を担えるよう育て上げ、彼らが祖国のために命を捧げた際には最初にそれを悼む母」――と一致するとされる。国民的記憶への親しみやすく認知しやすい言及は、人々を説得し行動へと動員する古典的な言説戦略であり(Davydova-Minguet 2022; Jowett and O’Donnell 2019)、ロシアの戦争プロパガンダはこれを極端な水準で体現している。GPWは歴史的な参照点としてだけでなく、精査を経ないまま服従を促す神聖な、儀礼的な、根源的な義務・形而上学的真理として一貫して呼び出されており、これはロシアのネクロポリティクスにおけるフーコー的な「真実の体制」を例証するものだとされる(Müller 2013)。
本研究が示すのは、ロマンティックな追悼・比喩・換喩に彩られた兵士の死の表象とは対照的に、ロシアのテレビが受容不可能な死の言説をより科学的な表象を通じて構築しているという点である。民間人の死は、負傷の生々しい詳細を強調する好奇心を煽るような手法と医療化的な手法を用いて表象され、これによって受容不可能な死であることの否定しがたさを言説的に強化する一方、加害者は司法的な語彙で語られる。ルースコエ・ポレチノエで主張された残虐行為に見られる悲哀にもかかわらず、それは例外的な死を構成するのではなく、2014年以降ロシアのプロパガンダに繰り返し登場してきた類似の事例を確認するものに過ぎないと著者らは位置づける(Mamedov 2024)。しかし同時に、2022年以降のロシアのプロパガンダにおける敵の残虐行為の表象は、ブチャやイルピンなどでロシア軍が行ったとされる残虐行為への告発のうち最も顕著なものへの応答としても理解しうると付け加えられている。
長期的に見れば、媒介された死の認識は、個人的・間接的な経験と認知的に融合していく傾向があるとされ(Sontag 2003)、戦死のプロパガンダ的な映像は、紛争そのものの直接的な文脈を超えて、戦争の解釈を形成し続けるだろうと著者らは論じる。プロパガンダの分析的な有用性がここで特に関連するのは、それが事実としての正確性にかかわらず、感情的な印象と認知的な効果を浮かび上がらせる点にあるとされる。10年以上にわたって毎週の報道番組を通じてロシアのウクライナ関連プロパガンダの不可欠な一部を形成してきた戦死の映像表象は、若い男性たちが故郷から遠く離れた場所で暴力的に死んでいくことの言説的な正常化に寄与していると見ることができる、というのが本論文の締めくくりである。
研究の意義と限界
本研究の意義は、ロシアの戦争プロパガンダにおける「死」という主題を、これまで見過ごされがちだった技法のレベル――誰が語り、何を見せ、何を見せないか――で具体的に記述した点にある。ロシア兵の死が対象期間中一度も遺体として映されていないという指摘、そして軍服姿の肖像と私服姿の影を重ねる合成画像という具体的な視覚技法の発見は、抽象的な「プロパガンダは英雄を美化する」という一般論を超えて、実際の編集上の操作を跡づけている点で説得力を持つ。また、民間人犠牲者の描写における「法医学的・検死的」な語彙という着眼も、単なる「悲惨さの強調」ではなく、司法的信憑性の演出という具体的な機能に結びつけて分析している点が的確である。
一方で留意すべき制約も明確である。著者ら自身が明言する通り、この研究は37エピソードから厳選した3セグメントという質的な事例研究であり、一般化を意図したものではない。対象はVesti nedeliという単一の週刊番組に限定されており、日々のニュースやTelegram・SNSなど、ロシア国内で近年存在感を増している他の情報経路は範囲外である。また著者らは、批判的談話分析という手法上、ロシア政権とその侵攻を非難するという評価的立場を分析の出発点で明示しており、これは批判的談話分析の分野では標準的な作法である一方、記事として紹介する際には、この研究が「プロパガンダの技法の解剖」であって「ロシア側の主張の事実検証」ではないという点を読者が混同しないよう留意する必要がある。実際、ルースコエ・ポレチノエでの残虐行為疑惑そのものの真偽について、論文は独自の検証を行っておらず、あくまでその「描き方」を分析対象としている。
もう一点付け加えておくべきは、この論文が「プロパガンダ」と「ディスインフォメーション」を意図的に区別する立場を取っている点である。真偽の検証を主眼とする偽情報研究とは異なり、本研究は説得のための表象技法そのものを対象としており、この軸のずれを踏まえたうえで紹介記事を構成する必要がある。とはいえ、死という極めて感情に訴えやすい主題が、国家の情報空間においてどのように選別され、演出されているかを具体的な語彙・映像技法のレベルで示した本研究は、戦争報道・プロパガンダ研究・メディア分析いずれの観点からも参照に値する事例研究である。

コメント