ルーマニアの調査報道メディアSnoopは2026年9月11日、The Kremlin’s Digital Pirates: How Russian Tracking Pixels Harvest Romanians’ Data to Fund Conspiracies and Extremismを公開した。ロシア起源の広告ネットワークAdNowが、ルーマニアのニュースサイトや偽情報サイトに埋め込んだ計測コードを通じて閲覧者のデータを同意なしに収集し、ロシア国内のサーバーへ転送している実態を、広告コードと通信ログの解析から再構成した調査記事である。Snoopは非営利団体Asociația Articolul 31が発行する媒体で、筆者のVictor IlieはRISE ProjectやRecorderに寄稿し、Panama Papersにも参加した調査記者である。英語版はルーマニア語原本Pirații digitali ai Kremlinuluiの翻訳で、同名シリーズの第1回にあたり、同じくロシア起源とされるMGIDとAdsKeeperの分析は次回に回される。調査はJournalism Science Allianceの助成を受け、フィンランドのオープンソース調査企業CheckFirst、ロシアの亡命独立メディアThe Insider、チェコの調査報道媒体Investigace.czなどが協力した。
Snoopは2024年にStrategia cu bani rusești、2025年にPe urmele banilor din reclamele ruseștiを公開し、同じAdNowを追ってきた。両記事はニクショル・ダン大統領のコペンハーゲンやウィーンでの発言で取り上げられ、カリン・ジョルジェスクとホラツィウ・ポトラを国家反逆罪で起訴した起訴状に言い換えの形で取り込まれた。本稿は、自らの報道が2024年大統領選無効化をめぐる政治・司法過程に組み込まれた当事者による続報である。登場する専門家も、アイルランド市民的自由評議会のJohnny Ryan、オーストリアのWolfie Christl、広告取引の調査ツールDecryptAdsのZach Edwards、ルーマニアのデジタル権利団体APTIのBogdan Manoleaと、アドテク産業を批判してきた論者で占められる。形式は調査報道であり、収集データセットは公開されていない。
調査設計:10万件の広告と通信ログ
取材班は独自ソフトウェアで、5か月間にわたり東欧の131サイト、1,145ページに表示された10万件超の広告を追跡した。解析は二段構えである。第一段はCheckFirstによる広告HTMLの取得とデコードで、AdNowの広告コードは他の可視コードの内部に埋め込まれた難読化形式で配信されるため、各HTML要素をBase64で復号して可読化し、広告ごとの入札価格や分類パラメータを取り出した。第二段はHARファイル(ページ読込時の要求と応答をすべて記録するログ)の解析で、利用者に見えない1×1ピクセルの画像でページの開封、画面解像度、端末種別をサーバーに知らせる計測と、クリックのたびに閲覧経路を送る計測の二種類の通信を抽出した。さらにソースコード検索エンジンpublicwww.comでAdNowの配信ドメインnnowa.comを含むページを検索し、antena3.roやbzi.roなど過去の掲載サイトも特定した。
同意拒否を無視する送信
検証の出発点はニュース局România TV(RTV)のサイトである。Snoopは以前の報道で、RTVが2016年から2020年にかけてAdNowから資金を受け取っていたことを明らかにしている。RTVのGDPR同意通知は取材時点で1,019社の広告パートナーを列挙していた。サイトのads.txtに記載された事業者数は監視期間中に1,000社から1,600社の間で変動し続けた。取材班は2月26日と5月3日にRTVで同意通知のデータ収集を拒否したうえで通信を記録したが、データはそれぞれ10社と17社へ送られていた。APTIのManoleaは、クッキー、ピクセル、フィンガープリントなど端末に情報を保存し、あるいは端末から情報を読み取る技術にはeプライバシー指令に基づく事前同意が原則として必要であり、例外は通信の伝送か利用者が明示的に求めたサービスの提供に厳密に必要な場合に限られ、GDPR上の「正当な利益」も広告目的のサイト間追跡の根拠にはならないと説明する。
AdNowの広告と計測コードを過去10年間に掲載したルーマニアの媒体は79に上り、記事はこれを三つの層に分ける。
| 層 | 具体例 |
|---|---|
| 全国ニュース局・ポータル | Antena3、B1TV、RTV、Realitatea TV、OrangeSport、Puterea |
| 広告収入の乏しい地方ニュースサイト | BZI、Lugojeanul、BotosaniNews、VoceaValcii、TVFOltenia、ExclusivGorj、DeBraila、CarasOnline |
| 偽情報・釣り記事サイト(過半) | Stiri-Extreme、Stiai-Ca、PoateNuStiai、Desteptarea、Efemeride |
広告は記事末尾に並び、奇跡の治療薬、精力増強、外国為替や暗号資産の儲け話を宣伝し、Google広告ではなくAdNow自身の配信基盤を通る。
識別子の生成から国外転送まで
記事は収集過程を五段階で記述する。
| 段階 | 観測された内容 |
|---|---|
| 1. 訪問 | FilmeSiSeriale、RomaniiNostri、JurnalulDeArges、Realitatea TV、RTVなどAdNow掲載サイトを開く |
| 2. 識別子の付与 | ブラウザ、CPU、画面など数十項目の技術情報からハッシュ値を計算し、「ssp-」で始まる固有コードを生成する。筆者に付与されたのはSsp-9d8f214f-e1ae-d68c-5edf-5edf-cbfb0f915c |
| 3. 拒否後の送信 | 同意を拒否しても、コードと技術情報がAdNowのサーバーへ送られる |
| 4. サイト横断追跡 | 同じコードが他のAdNow掲載サイトでも認識され、閲覧記事の主題が興味として蓄積される。広告を出していないサイトでも計測ピクセルだけが動く |
| 5. 国外転送 | データはまずドイツとオランダのサーバーに着き、そこからロシアへ送られる。コード内にはノヴォシビルスクの開発者が残したロシア語のコメントがある |
取材班が通信から抽出したコードは、フィンガープリント生成ライブラリを呼び出し、端末一覧、画素比、追跡拒否設定、フラッシュのフォント、端末メモリ、フォント、音声処理の各項目を除外したうえで残りの属性値を連結し、128ビットのハッシュを計算して「ssp-8桁-4桁-4桁-4桁-4桁-10桁」の形に区切る処理である。クッキーを拒否しても削除しても、同じ端末を識別し続けられる。筆者のコードで「5edf」が二度続くのは、公開コードが16文字目からの4文字を二回切り出していることと符合し、記事は指摘していないが、掲げられたコードと識別子の整合を示す細部である。サイト横断追跡については、AdNowがセルビアのPravdaと結んだ契約が根拠として示されている。契約は提携サイトに対し、xre4xdxrc[.]ruやteotfgbyn[.]ruといったロシア登録ドメインへ送信する計測ピクセルの設置を義務づけていた。teotfgbyn[.]ruはRealitatea TVやRTVのパートナー一覧には載っていないが、広告表示と同時にデータが届いていた。
Facebookのクリック識別子の転送
取材班はFacebookにログインした状態でAdNow掲載サイトを開き、送信内容を比較した。Facebook上のリンクをクリックすると、URLにfbclidというクリック識別子が付く。HARの解析では、AdNowがこのfbclidと、閲覧先サイトが生成するuordというパラメータを同意なしに受け取っていた。データは広告の読込時と、広告が画面に表示される5秒後の二回送られる。いずれも氏名を含まないが、組み合わせれば同じ訪問、同じブラウザを複数の情報源のデータと突き合わせられる。Edwardsは、20社が同じ利用者のfbclidを受け取れば、それが各社共通の識別子となり、別々に保有されていた情報を同一人物に結びつけられると説明する。西側の広告事業者も同じデータを受け取るが、公開のパートナー一覧に載りEUの規則に服する。AdNowは2026年5月以降、IAB Europeの同意管理の枠組みからもRTVのパートナー一覧からも消えたが、データを受け取り続けている。
資金の流れ
取材班が収集した入札データから、ルーマニアに流れる金額の規模が推計されている。
| 項目 | 数値 |
|---|---|
| AdNowが称するルーマニアでの月間表示回数 | 5億回 |
| 1,000回表示あたり単価(CPM)の平均 | 0.12ドル |
| CPMの中央値 | 0.054ドル未満 |
| 最高価格帯のCPM | 0.490ドル超 |
| 平均CPMでの推計月額 | 約6万ドル |
| 大半が最高価格帯だった場合の推計月額 | 約25万ドル |
| ルーマニア企業がRenodo Media EOODに請求した額(2022年8月〜2025年12月) | 1,913,334レイ(約42万ドル) |
記事自身が、取得できたのは表示の一部にすぎないと明記している。支払いの大半はPayPalや暗号資産経由のため、税務当局が把握できるのは、AdNowを運営するブルガリア法人Renodo Media EOODへのルーマニア企業の申告額に限られる。
データが詐欺の顧客名簿に変わるまで
匿名のコードに氏名と電話番号が結びつくのは、詐欺の販売ページである。記事が示す投資詐欺広告では、ジョルジェスク、前大統領クラウス・ヨハニス、首相イリエ・ボロジャンが使われ、ジョルジェスクはこの仕組みで130万レイ稼いだと好意的に語り、ボロジャンは民衆が飢える中で私腹を肥やす人物として描かれる。広告をクリックするとコードが10個の閲覧セッションを人為的に生成し、戻るボタンを押しても新たなページへ転送され続ける。どのページにも同じ計測ピクセルが仕込まれ、薬の抽選ルーレットはどこを押しても最大割引が当たり、個人情報の入力へ誘導する。
規模の手がかりとして、記事はロシア企業RocketProfitの従業員が撮影した画面を示す。Snoopは2025年の報道で、同社がAdNowと提携関係にあり、FSB(ソ連KGBの後継であるロシア連邦保安庁)から個人データ管理の認可を得ていると報じている。画面には医学的効果のない六つの「奇跡の薬」、Tensital、Inspicure、Steplex、Ultravix、Viarex、Paraxanの市場データが映っていた。このうちUltravixは、外科医Irinel Popescuが推奨しているように見せるAI生成広告に使われていた。
| 段階 | 人数・金額 | 前段からの比率(筆者算出) |
|---|---|---|
| 広告の閲覧 | 445,836回 | ― |
| 販売ページへの到達 | 1,856人 | 0.42% |
| 氏名・電話番号・住所と代金の提供 | 843人 | 45.4% |
| 回収額 | 29,594ドル | 1人あたり約35ドル |
期間は不明で、数百ある商品のうち六つだけの数字だが、到達者の半数近くが個人情報と代金を差し出している点は、事前の関心による選別が効いているという記事の主張と整合する。2025年の報道後、ルーマニアの通信規制機関ANCOMはrocketprofit[.]comへのアクセスを遮断した。遮断先のIPアドレスは、国際制裁下にあるRussia Today、RIAノーボスチ、スプートニクの遮断と同じであった。
広告分類コードとヘイト
AdNowの配信システムは、広告とサイトを性的・暴力的内容の度合いで分類している。コードにはsex_rateとbrutal_rateという広告側の性的・暴力的内容の水準を示す値と、show_sex_rateとshow_brutal_rateという各提携サイトが受け入れる上限を示す値の四つが現れ、上限以下の広告だけがそのサイトで入札にかけられる。これらの値は最初の表示時点からサーバーへ送られ、取材班はそこにGDPRの同意信号を確認できなかった。同じブラウザが複数のサイトを訪れたことだけでなく、性的・暴力的なサイトに長く滞在する利用者かどうかまで、同意なしに伝わることになる。Ryanは、AIDS患者や、アイルランドの性暴力被害者200人からなる広告対象区分を持つ企業の存在を証言している。
記事の題名にある「ヘイト」に対応するのがIAB25-5である。IABの分類は広告業界が内容に応じて広告やページを類型化する規約で、自然療法の広告には対象とする病気ごとに区分があるほど細かい。同性愛嫌悪や反ユダヤ主義の言説を含む記事を読むと、ブラウザで動くコードにIAB25-5の付いたロシアの広告が現れる。AdNowはLinkedInでIAB Europeの一員であると誇示し、大手プラットフォームと同じ規格の上で営業する信用を得ていた。IAB25-5が付いた広告の実例は、Gorj OnlineやZiarul Argeșulといった地方ニュースサイトの見出しを模し、「年金改革に驚くことになる」と不安をあおるもので、クリックすると年金減額を恐れる高齢者をロシアのドメインxre4xdxrc[.]ruへ運ぶ。2026年2月から3月は年金改革と裁判官の特別年金削減が激しく議論された時期である。並行して、ジョルジェスクやジョルジェ・シミオンの記事の末尾には、行列に並ぶ高齢者や泣く高齢者の画像広告が現れた。記事は、ページを開くたびに閲覧内容が数十から数百の企業に送られるリアルタイム入札の構造を前提に、AdNowのネットワークで最も高値が付く広告は陰謀論や過激主義のサイトに置かれたものであり、IAB25-5に分類される読者がそこにいるからだと結論づけ、AdNowの媒体担当責任者の話として、その読者はFacebook経由で流入すると伝える。その結果、陰謀論やヘイトに関心を持つ利用者のデータがFacebook由来の識別子と結びついてロシアに蓄積されている、というのが記事の到達点である。
運営者の人脈と業界団体による除名
AdNowはパンデミック初期、フランス、ドイツ、インドのインフルエンサーにファイザーとアストラゼネカのワクチンに関する陰謀論を広めさせようとした件で報じられた企業である。創業者Yulia Serebryanskayaは与党「統一ロシア」の広報部門出身で、プーチンとメドベージェフの大統領選挙運動に携わった。Snoopは2024年、AdNowのIT基盤が制裁対象のカリーニングラード州知事Aleksey Besprozvannykhの選挙運動に使われたことも突き止めている。ルーマニアへの資金は英国法人AdNow LLPを通じて流れ、同社を支配したStanislav Fesenkoはロシア国防省高官の息子で、その妻の身分証はロシア軍参謀本部情報総局(GRU)の学生寮に登録されていた。現在の運営主体Renodo Media EOODの所有者Gyorgy Abuladzeはジョージア出身でロシアとの関係を否定するが、Snoopが入手した雇用契約は、AdNowの従業員が長年ロシアの労働法の適用を受けていたことを示す。Abuladzeは2020年にブルガリアでIT企業53社を設立し、一部はロシア国籍者との共同設立であった。全社が同じ会計事務所を使い、その所有者Emil Haralambevは2017年にロシア国籍のDmitry Panin所有のSiberikaにもサービスを提供していた。Paninはロシア内務省の特殊部隊GROMの一員としてヘルソン戦線に現れ、ウクライナ当局から民間人に対する犯罪で告発されている。
除名の経緯は異色である。取材班が文脈として技術データを渡したプログラマティック広告の業界団体Prebid.orgの専門家が、取材班の同意なく5月5日にこれをIAB Europeへ転送し、AdNowとMGIDについて照会した。5月25日、IAB Europeは同意管理枠組みの事業者一覧からAdNowを外し、リアルタイム入札で広告を配信する資格を取り消した。以後AdNowはルーマニアとEUで広告配信を止めたとされるが、取材班はnnowa.comなど届け出のないサーバーを通じた配信の継続を確認している。
ルーマニア国家機関の対応
2026年3月、Snoopは国家サイバーセキュリティ局(DNSC)に詐欺被害の苦情の有無を照会したが、返ってきたのはオンライン詐欺全般の増加を示す報告書のデータだけであった。DNSC内部の情報源によれば、DNSCは2025年からANCOMに投資詐欺広告の誘導先neotex[.]proの遮断を求めていたが、遮断が実行されたのはSnoopが3月に情報公開請求を出した後である。デジタルサービス法上の調整官であるANCOMは、個人データの処理や移転を調査する権限はなく、DNSCの要請は1サイトだけだったと回答した。ANCOMは2025年5月の大統領選前に、AdNow、MGID、AdsKeeperの広告を通じたドッペルゲンガー型ネットワークについて警告を出したが、その後の措置はなく、他機関からの要請は機密と答えた。ルーマニア情報庁(SRI)も機密を理由に回答せず、警察と個人データ保護監督庁は公開時点まで無回答であった。
評価:観測された事実と推論の境界
本稿の強みは、HARと復号済みHTML、公的記録、契約書に裏づけられた具体的事実の積み重ねにある。偽情報対策の議論はこれまで、広告収入が偽情報サイトを潤すという資金面に焦点を当ててきた。本稿はそこに、偽情報サイトの読者そのものが関心と脆弱性の属性付きで外国の事業者に収集されるというデータ面の経路を重ね、詐欺の販売ファネルと政治的な不安喚起広告が同じ基盤で回っていることを示した。業界団体の枠組みからの除名が配信停止に直結しなかった点は、同意管理の枠組みを執行の要とすることの限界を示す。ANCOMはデータ保護の権限がないと述べ、データ保護当局は沈黙しており、デジタルサービス法とGDPRのどちらの執行者もこの問題を引き受けていない。
一方で、区別すべき点もある。第一に、データが「ロシア国家にアクセス可能なネットワーク」に入るという主張は、FSBに通信網への技術的アクセスを与えるSORMなどの法制度から導いた推論であり、実際のアクセスを観測したものではない。第二に、ads.txtの扱いである。ads.txtは広告枠の販売を許可された事業者の一覧で、データの受け手の一覧ではない。記事はRTVの同意通知の1,019社とads.txtの1,000〜1,600社をともに「パートナー」と呼び、ads.txtでデータの行き先を確認できると勧めているが、両者は性格の異なる一覧である。第三に、IAB25-5の解釈である。IABの旧分類でIAB25-5は「ヘイトコンテンツ」にあたり、通常は広告主が掲載を避けるためのブランドセーフティ区分である。実例が年金不安をあおる広告であることからすると、このコードが読者、ページ、広告のどれの分類なのかは本文から確定できない。ヘイト系サイトの広告が最も高値という結論も、区分別のCPMは示されておらず、AdNow関係者の証言に支えられている。第四に、月6万〜25万ドルの推計は、一部の入札のCPMを自己申告の表示回数に掛けた外挿である。
これらの留保は技術的観測の価値を損なうものではない。シリーズ次回でMGIDとAdsKeeperに同じ手法が適用され、区分別の価格や国家アクセスの経路について直接的な証拠が示されるか、復号済み広告データやHARの一部が検証可能な形で公開されるかが、この調査の評価を左右する。


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