ATAFIMIプロジェクト 2026年第1四半期モニタリング報告:ロシアの偽情報がエプスタイン文書・イラン情勢・グリーンランドをいかに利用したか

ATAFIMIプロジェクト 2026年第1四半期モニタリング報告:ロシアの偽情報がエプスタイン文書・イラン情勢・グリーンランドをいかに利用したか 情報操作

 スペインのファクトチェック団体Fundación Maldita.esが主導するATAFIMIプロジェクトは、2026年4月、2026年1月1日から3月31日までのロシア発の偽情報・情報操作インシデント(FIMI)に関するモニタリング報告書「The Epstein files, the Iran war, or the Greenland crisis: how Russian disinformation exploits major international events」を公開した。本報告書はスペイン、ウクライナ、リトアニア、ジョージア、ボスニア・ヘルツェゴビナ、セルビア、アルゼンチン、コロンビア、メキシコ、ベネズエラの10ヵ国の参加組織による横断的なモニタリングをまとめたものである。

ATAFIMIプロジェクトと参加組織

 ATAFIMIは、ロシア発のFIMI(Foreign Information Manipulation and Interference:外国による情報操作・干渉)を複数言語・複数国横断で検出・分析するための技術ツール開発を軸とするプロジェクトである。各参加国のファクトチェック組織が共通の方法論に基づいてコンテンツを収集・分類し、国境を越えて同時に流通するナラティブの識別を可能にするリポジトリシステムを構築しているのが特徴だ。参加組織は以下のとおりである。

国・地域参加組織
スペインFundación Maldita.es
ウクライナStopFake
リトアニアDelfi
ジョージアMyth Detector
ボスニア・ヘルツェゴビナZašto ne
セルビアRasKRIKavanje / FakeNews Tragač
アルゼンチンChequeado
コロンビアLa Silla Vacía
メキシコVerificado.mx
ベネズエラCazadores de Fake News

 欧州とラテンアメリカにまたがるこの連合体の構成は、ロシア発の偽情報が特定の地政学的近接地帯だけでなく、スペイン語圏を軸に南北両大陸に展開される構造を持つという前提認識を反映している。報告書はFundación Maldita.esが取りまとめたものであり、同組織はPoynter InternationalのIFCN(国際ファクトチェッキングネットワーク)に認証されたスペイン拠点のメディア系ファクトチェック機関である。

今期の総括:時事的枠組みへのナラティブ接合

 2026年第1四半期の最大の特徴として報告書が挙げるのは、既存のナラティブを当該期間に発生した具体的な国際的出来事に「接合」するという戦術の顕在化である。エプスタイン文書の機密解除、イスラエルとアメリカによるイラン攻撃、グリーンランドをめぐるトランプ政権の言動、2026年冬季五輪、ベネズエラのニコラス・マドゥロ拘束——これらはいずれも独立した事象として発生したが、モニタリングされたコンテンツはそれぞれをウクライナ・西側批判とロシア賛美という既成のナラティブ構造に接続するための素材として扱った。報告書は、このアプローチを前期報告と連続する「ニュースサイクル乗り便り型」の戦術として位置づけており、加えて今期の新たな重点として、AIを用いたウクライナ人の侮辱・パロディコンテンツと、オーディエンスのセグメンテーションに基づく標的型コンテンツ配信を指摘している。また増幅されたメッセージは「ウクライナ政府の国際的イメージの毀損」と「ロシアの肯定的な描写の推進」という二方向を同時に志向するものだったと報告書は整理している。

エプスタイン文書の武器化

 今期最も広範に観測された手法の一つが、ジェフリー・エプスタイン関連文書の機密解除を梃子にした偽情報の展開である。全モニタリング参加組織がエプスタイン文書に関連するコンテンツを検出しており、報告書は二方向の利用パターンを識別している。一方は親ロシアコンテンツの強化であり、プーチンがウクライナの子どもたちを「救出した」と主張するTikTok動画が300万回以上の視聴を集めたこと、エプスタイン文書がビル・ゲイツと秘密権力ネットワークとの関係を示すとしてロシアが調査を推進しているという虚偽の主張の拡散がその例として示される。他方はウクライナ反対ナラティブの強化であり、ウクライナの生物兵器研究所に関する陰謀論がエプスタイン文書によって「確認」されたとする偽情報、ゼレンスキーの児童売春ネットワーク関与疑惑、エプスタインとロスチャイルド家を2014年のマイダン革命に結びつけ同事変を西側主導のクーデターとして描き直す言説が検出された。ゼレンスキーとエプスタインが並んだ合成画像はスペイン、セルビア、ジョージア、リトアニアで同時に確認された。

イラン情勢・グリーンランド・冬季五輪の利用

 米国とイスラエルによるイラン攻撃は、反米・反イスラエル・親ロシアナラティブの強化に利用された。ボスニア・ヘルツェゴビナ、セルビア、スペインでは、ロシアがハリウッドに向かうイスラエル船からアドレノクロームの積み荷を押収したという陰謀論的主張が検出された。アドレノクロームをめぐるこの言説は西側行為者を悪魔化しロシアを正義の体現者として描く構造を持ち、エプスタイン文書をめぐる「隠された権力」言説と連動している。グリーンランドをめぐるトランプ政権の関心は、デンマーク・ドイツ・ウクライナの関係に関する虚偽の主張と組み合わされ、「デンマークがグリーンランドを売却してその資金を全額ウクライナに送ることが対ロシア対応として最善だ」とするゼレンスキーへの偽の発言として流通した。これはウクライナを西側同盟国にとっての重荷として描く目的で機能した。

 2026年2月の冬季五輪は、ウクライナ選手団を孤立・拒絶された存在として描く偽情報の媒体となった。ウクライナ人選手が他の参加者から意図的に隔離されているという虚偽の主張、ハンガリー人選手がウクライナへの敵意を示すメッセージを掲示したという虚偽、ウクライナ人選手とテロリスト的象徴を結びつける加工コンテンツ、さらにはシャルリー・エブドのウクライナ五輪チームへの嘲笑を描いた偽の表紙が流通した。「ウクライナ政府は市民を犠牲にして戦争を続けている」というナラティブの延長線上では、複数の選手が帰国を拒んで逃亡したという虚偽主張が各国で拡散した。ベネズエラのマドゥロ拘束に関しては、同一の偽の逮捕画像がリトアニア、スペイン、ジョージア、アルゼンチン、ボスニア・ヘルツェゴビナ、メキシコ、セルビアで確認された。マドゥロがニューヨークの檻に入れられて移送されているとする脱文脈化画像、ベネズエラ国民の嘆きを描いたAI生成動画なども流通し、これらの一部は親ロシアコンテンツを拡散する同一のエコシステムによって増幅された。

AI生成によるウクライナ人の侮辱という新戦術

 報告書が「台頭しつつある戦術」として記述するのが、ウクライナの当局者や軍人をAI生成コンテンツで嘲笑・パロディ化する手法である。恐怖感や被害者性を訴える旧来のアプローチとは異なり、このコンテンツは風刺的な偽情報として機能する。報告書が示す具体例としては、ウクライナ語の使用を訴えながらロシア語で話すウクライナ当局者を模した動画、食糧不足を語る肥満した兵士を描いた動画などがある。TikTokアカウント「@ua_telemarahvon」(フォロワー1万人超)はこうした嘲笑動画を継続的に投稿しており、他のプラットフォームへの転載を経てリトアニアやジョージアでも検出された。報告書はこの戦術の意図を「直接的な攻撃ではなく嘲笑を通じてウクライナの代表者の信頼性を失墜させること」と定義しており、前期報告からの戦術的進化として位置づけている。

繰り返し観測されるナラティブ群

 今期のモニタリングを通じて複数言語・地域にまたがって持続的に観測されたナラティブを報告書は整理している。最も反復頻度が高いのはゼレンスキーへの個人攻撃であり、EU資金でアストラゼネカ株を取得したという虚偽の主張(スペイン、リトアニア、セルビアで検出)、イスラエル国籍保持疑惑(ボスニア・ヘルツェゴビナ、スペイン、アルゼンチンで検出)が代表例として挙げられる。ブチャ虐殺など記録された戦争犯罪の演出説も、UNの偽報告書を根拠として喧伝された。スペイン語圏では親ロシアコンテンツとして「無償のロシア製がん治療薬」に関する投稿がメキシコとコロンビアで2万7000以上のいいねを獲得し、この情報が世界人口に届かないとすれば西側の利権ゆえだという含意を伴う形で提示された。西側からウクライナに供与された兵器が横流しされているというナラティブは拡大を続け、湾岸諸国やメキシコのカルテルへの流入を主張する虚偽情報として第三国オーディエンス向けに流通した。

国別動向:欧州

 ボスニア・ヘルツェゴビナでは、RT Balkanが拡散した少なくとも3件の虚偽情報が特定されており、ゼニツァ大聖堂の国有化をセルビア正教会財産の「略奪」と描く言説、クラヴィツァにおけるセルビア人犠牲者への虚偽帰属を目的とした遺骨写真の操作が含まれる。いずれもボスニアの歴史的事件とアイデンティティ対立を利用して社会的分極化を促進することを意図した内容だと報告書は評する。セルビアでは「ロシアがイランに500トンの兵器を届けた」というFacebook投稿が2300いいねを超え、「オルバンがウクライナに宣戦布告」「ハンガリー軍がウクライナ国境へ向かっている」という虚偽の主張も流通した(後者のリールは1900いいね)。報告書はセルビアでのハンガリー関連コンテンツの増幅を、地理的近接性と同地域の選挙的感度の高まりという文脈で解釈している。

 ジョージアでは、ウクライナの腐敗防止局(NABU)がユリア・ティモシェンコ邸宅捜索で黄金の車椅子を押収したというデマに対して3万5600人がFacebook上でリアクションし、AI生成のウクライナ兵士映像3本が計3390回以上リポストされ9300いいねを集めた。リトアニアでは「デンマークがウクライナに6億8000万ユーロの軍事援助の返済を求めた」という虚偽が観測されており、ウクライナを欧州パートナーとの対立の原因として描くナラティブの一環をなしていた。ウクライナ国内では、国際メディア(Euronews、Deutsche Welle、AFP、USA Today、Al Jazeera)のブランディングを模倣したディープフェイク動画と捏造映像が増殖し、ドバイでのウクライナ人による略奪、スペインでの暴力事件、ミラノ五輪中の窃盗などを描く偽ニュースを配信した。さらに、イランが米国とイスラエルをウクライナが供与したミサイルで攻撃したという主張も含まれており、これはウクライナが西側からの兵器供与を転売・再利用させているというナラティブとも交差する。報告書はこの戦術をロシアのサイバー干渉キャンペーン「Storm-1516」に関連するものとして位置づけている。スペインでは、3月26日に安楽死を受けた若いスペイン人女性ノエリア・カスティリョのケースが「移民集団によるレイプ被害者」という偽情報として利用され、政府が移民をスペイン国民より優先しているというナラティブを増幅する試みが観測された。この事例は、ウクライナや外交政策とは異なる国内的な政治的亀裂を利用した親ロシアアクターによる機会主義的な偽情報介入として分析できる。

 ドイツに関連しては、AfD(ドイツのための選択肢)の政治家アリス・ヴァイデルがゼレンスキーを「詐欺師」と呼んで祖国への裏切りを非難する操作されたコンテンツが流通し、ウクライナ産穀物がカビと幼虫に汚染されてフランスの家畜に皮膚病アウトブレイクを引き起こしたという虚偽情報も検出された。

国別動向:中南米

 アルゼンチンでは、ウクライナと児童売春ネットワークを結びつけるナラティブが今期も増幅されており、Xへの投稿が3000リポスト・4万5000インプレッションを記録した。並行して、複数メディアのコンソーシアムが漏洩文書に基づく調査報道を公開し、アルゼンチンのメディアに影響力を行使してハビエル・ミレイ政権の信用を失墜させることを目的とするロシアのキャンペーンの存在を明らかにした。コロンビアでは、プーチンを西側の偽善を告発する正義の行為者として描くナラティブが中心であり、コロンビアとロシアの安全保障・エネルギー分野における関係強化をプーチンが称えるとされる動画が1万1000いいね以上を獲得した。報告書はこれをコロンビア人オーディエンスに特化してターゲティングされたコンテンツとして記述しており、オーディエンスセグメンテーションを用いた標的型配信の具体例として扱っている。

 メキシコでは、メキシコ警察がカルテルの使用するウクライナ製「バーバ・ヤーガ」ドローンを押収したという偽情報が流通してウクライナを組織犯罪と結びつける試みがなされ、エプスタイン文書を利用した「ゼレンスキーが児童売買に関与」とするXの投稿が約50万ビュー、「プーチンが1万6000人のウクライナ人の子どもをキーウから救出」とするTikTok動画が2万1000いいね以上を獲得した。マドゥロ拘束に関連するコンテンツも同国では特に高い拡散力を示した。

 ベネズエラの事例は、今期の最も構造的な変化として報告書が詳述するものである。2026年1月3日のマドゥロ拘束をきっかけに、親ロシアコンテンツを増幅していたアカウントやチャンネルの活動が著しく低下した。複数のTelegramチャンネルが投稿履歴を削除し、ウクライナ戦争に関するミームや諷刺コンテンツを配信していたXアカウントはトピックから離脱するか他のテーマに移行した。その結果、親ロシアナラティブの拡散はインフォーマルで匿名的な分散型ネットワークではなく、国営メディアや政府系メディアにほぼ集中する形に構造転換した。報告書はこの変化を「より広いリーチと柔軟性を可能にしていた非公式な増幅層の縮小と、より制度化・統制化された環境への移行」と定式化し、ベネズエラにおける親ロシアコンテンツの流通が政治的文脈とアクターのリスク計算に応じて変動する調整された構造に依存していることを示すものと結論づけている。

構造的含意

 本報告書が示すATAFIMIの監視データからは、いくつかの構造的特徴が浮かび上がる。第一に、ナラティブの「転用可能性」の高さである。エプスタイン文書・イラン情勢・冬季五輪・マドゥロ拘束という性格の異なる事象が、いずれもウクライナ批判とロシア擁護という同一のナラティブ構造に接合されており、コンテンツの素材は可換であるがフレームは固定されている。第二に、AIを用いた侮辱コンテンツという手法の台頭であり、ターゲットを恐怖の対象ではなく嘲笑の対象として再定義することで、異なるオーディエンス層——特に若年層やカジュアルな視聴者——へのアクセスを可能にする。第三に、スペイン語圏という共通言語圏が欧州・中南米を横断する拡散のインフラとして機能しており、参加10ヵ国の地理的分布はこの構造と呼応している。ベネズエラの事例が示すように、このインフラの重要な部分がインフォーマルなアクターの自発的参加に依存しており、政治的ショックによってその動態が急速に変容することも確認された。これらは次の四半期のモニタリングにおいて継続的に追跡すべき変数を示している。

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