欧州評議会の一機関である欧州視聴覚オブザーバトリー(European Audiovisual Observatory, EAO)は2026年3月、報告書『Platform regulation, disinformation and FIMI in Ukraine』を公刊した。EAOはストラスブールに本部を置き、欧州の視聴覚・メディア産業に関する情報収集・分析・普及を主任務とし、46の欧州評議会加盟国と欧州連合が参加する。本報告書の刊行は、ウクライナのEAO正式加盟を機に実施されたもので、ウクライナのメディアセクターおよびメディア法制を偽情報・外国情報操作・干渉(FIMI)との関係から包括的に分析する80ページの文書である。
著者は5名のウクライナ人研究者・法律専門家が担当した。ローマン・ホルビク(チューリッヒ大学)がメディアセクターの構造分析、テチアナ・アフジエイエワ(Digital Security Lab Ukraine、欧州評議会の表現の自由・個人データ保護専門家)がメディア法制、ダリア・オプリシコ(NGO Human Rights Platform)が偽情報対策ツール、オレクサンドル・モナスティルスキー(民主主義・法の支配センター)がFIMIの実態分析、イホル・ロズクラダイ(同センター副所長)がプラットフォーム規制を担当した。各著者が独立した章を書き下ろす構成であり、単一視点による要約ではなく多角的な専門分析の集積という性格を持つ。
ウクライナのメディアセクター:5段階の歴史的変遷
ホルビクは独立後のウクライナメディアを5段階に区分する。第1段階「萌芽期」(1989〜96年)には独立メディアが急増したが、ロシアメディアはウクライナで自由に流通した一方、逆は許されなかった。第2段階「統合期」(1996〜2004年)には、クチマ政権下で編集部に送付される承認テーマリスト(temnyky)という事実上の検閲がオリガルヒ系メディアに定着し、2004年のオレンジ革命と並行するジャーナリスト革命が主要チャンネルの編集権独立を宣言した。第3・4段階(2004〜13年)はデジタルセクターの急成長と調査・活動主義ジャーナリズムの台頭によって特徴づけられ、Viktor Yanukovychの親ロシア・権威主義政権による2010〜13年のメディア統制が最終的にユーロマイダンを招いた。
決定的な転換は第5段階「主権の確立」(2014〜22年)に訪れた。ロシアの軍事介入を受け、大統領令によりVKontakte・Odnoklassniki・Yandex・Mail.ruが遮断され、ロシア系ソーシャルメディアの月間リーチはピーク比で3分の1以下に激減した。80のロシアTVチャンネルが封鎖された。2014年当時、主要ソーシャルメディアアカウント4,000万のうちVKontakteが2,700万・Odnoklassnikが1,100万を占め、Facebookはわずか320万に過ぎなかった。TVコンテンツに占めるロシア系の比率は2014年末時点で42〜87%の幅があり、メールアカウントの64%がロシア系サービス(Mail.ru・Yandex・Rambler)を通じていた。ウクライナ語コンテンツの放送クォータが導入され、国家・自治体系印刷メディアが民営化され(2019年時点で地方メディアの62%、全国メディアの23%)、公共放送Suspilne(UA:PBC)が設立された。
2022年2月の全面侵攻後、ウクライナのメディア環境は「脱植民地化と通信主権の完成」段階に突入した。広告市場はTV81%・新聞79%・ラジオ61%の激減を経験し、主要TVチャンネルはSuspilneおよび議会チャンネルRadaと統合されて24時間報道テレマラソン「United News」を形成した。ウクライナ人の80〜90%が主要ニュースソースとしてTelegramを使用する一方、TV消費率は67%から30〜40%に急落した。全国で約300のメディアが閉鎖され、ニュースメディアの3分の1が活動を一時中断または停止した。22人のジャーナリストが職務中に死亡し、約30人が拉致された。メディア従事者の40%が物的被害を受け、85%が精神的問題を経験した。
ホルビクが「swarm communication(群衆型通信)」と呼ぶ分散型・水平型・流動的な情報流通がこの環境を特徴づける。約5,000の商業ISPが乱立する分散型インフラの脆弱性も同時に露呈した——クラマトルスクのような前線都市では通信インフラの最大4分の1が週ごとに破壊されており、地域ISPの起業家精神・公共奉仕・活動主義によってのみ維持されている状況にある。
2022年ウクライナメディア法:改革の内実と実施の課題
アフジエイエワはウクライナメディア法(UML: Law No. 2849-IX、2022年12月成立、2023年3月施行)を詳細に分析する。UMLはEU候補国資格付与(2022年6月)の条件として課された8項目改革要件のうち、AVMSD(視聴覚メディアサービス指令)との整合という中核要件への応答として位置づけられる。「メディアコード」として機能し、旧法(1992年印刷メディア法、1993年放送法等)に代わり、オンラインメディア・VOD・VSP(動画共有プラットフォーム)を含む全メディア類型を統一的に規制する。
規制対象の類型としては、線形視聴覚サービスプロバイダー、非線形視聴覚サービスプロバイダー(VOD含む)、印刷・オンラインメディアサービスプロバイダー、ICTプロバイダー、VSP、および「情報への共同アクセスを提供するプラットフォーム」(Telegram・Facebook・Xなどを含む)が定義された。後者のカテゴリーはUMLの規制義務の直接対象ではなく、NBCが協定・覚書を通じて「ソフトに」関与する対象として位置づけられるにとどまる。
国家放送評議会(NBC)の制度改革も重要な柱である。従前の法では大統領による任命に対する独立性保障が不十分だったが、新法では専門機関および市民社会からの推薦を経た独立審査による選考手続きが導入された。欧州評議会の専門家はこの変更を「正しい方向への一歩」と評価した。権限面では警告・制裁金・登録取消・ライセンス剥奪という段階的サンクション体系が整備された。
共同規制(co-regulation)モデルも重要な革新で、5領域(オーディオビジュアルメディア・音声メディア・印刷メディア・オンラインメディア・VSP)にわたる共同規制機関の設立が可能とされた。2025年11月時点で4機関が設立・登録済みだが、VSPの共同規制機関はまだ存在しない。正式承認・適用済みのコードは放送記念日に関するものが1件のみであり、その他の作業部会はコード開発の途上にある。欧州評議会は共同規制モデルについて「AVMSD型の優れた共同規制モデルに発展する可能性を持つ」と評価した。
実施上の主要な障壁として、NBCへの資金不足が深刻である。2024年・2025年の国家予算法はともにNBC委員・事務局の給与保証条項を停止した。欧州委員会の2025年拡大報告書はNBCへの十分な資金・人員確保を明示的に求めている。さらに司法省によるNBCの規制行為の義務的登録(いわゆる「司法クリアランス」)が新規の法令制定活動法によって再導入された。UMLはNBCが政府に従属しない独立した憲法機関であるとしてこの手続きを適用除外としているが、新法との矛盾が生じている。
偽情報対策の法的ツール体系
オプリシコの分析によれば、ウクライナ法制に「偽情報」の定義は存在しない。しかしUML第36条により14カテゴリーのコンテンツが禁止されており、第119条により武装侵略関連の追加4カテゴリーが禁止されている。追加禁止コンテンツの主要な2カテゴリーは「ウクライナへの武装侵略を内部紛争・市民紛争・市民戦争として描写する情報」と「侵略国家の行動・当局者・統制下の組織に関する信頼できない情報」で、ただし「敵意・憎悪の扇動、暴力的変革の呼びかけ、憲法秩序の転覆または領土一体性の侵害につながる場合」という限定条件が付く。
制裁体系も精緻化されており、重大違反に対してはライセンス料の25%相当の罰金(ライセンス取得済みの線形視聴覚メディア)または最低賃金10〜75倍(登録済み線形視聴覚メディア)などの段階が設けられている。2025年5月にはNBCが、EU外・ウクライナ未登録の外国線形メディア17チャンネルをチャンネルパッケージに含めたプロバイダーに対して罰金を科し、17チャンネル中16がロシア連邦に由来し禁止コンテンツを再送信しうる点を危険度加重事由として認定した。また2025年12月・2026年1月には、NBCが国家安全保障脅威リスト登録者の出演作品をカタログに掲載したとして、二つのオンデマンド視聴覚メディアサービス(YouTVおよびSWEET.TV)にそれぞれ296,000フリヴニャ・320,000フリヴニャの制裁金を適用した。
NCUによるウェブリソースのブロッキングは重大な問題をはらんでいる。戒厳令発令後、専門家推計で660の自律システム(AS)がロシア関連とみなされてブロックされたが、その結果として戦争・プロパガンダと無関係のリソースも大量に利用不能となった。一部のNCU命令は腐敗・違反を報じるジャーナリスティックな調査サイトや独立メディアにも及んだことが確認されている。
FIMIの構造と多段プラットフォーム戦略
モナスティルスキーはFIMIの歴史的文脈を、ソ連KGBの「積極措置(active measures)」——政治・経済・科学技術・軍事的立場において敵対者を弱体化させる影響工作——に遡って分析する。2000年代初頭の「コルチュガ作戦」(イラクへのレーダーシステム売却疑惑をめぐるウクライナの国際信用失墜工作)、その後も北朝鮮へのミサイル売却疑惑と類似の手口が繰り返された。2014年のクリミア占領・ドンバス侵攻後には「ウクライナにおける市民戦争」「ネオナチ政権」「歴史的・法的根拠に基づくクリミア占領」など相互矛盾するナラティブが同時に拡散された——ロシアが紛争に関与していないと主張しつつ、NATO拡大を反撃の理由に挙げるという論理的矛盾を含みながら。
2022年全面侵攻に向けて2021年から展開されたPSYOPS(心理作戦)は、ロシアを「無敵かつ抵抗不可能な力」として印象づけることを目的とし、いかなる反撃も自殺行為かつ必敗を招くという認識を相手の人口と政治エリートに植え付けることを狙ったものだった。「情報洗浄(disinformation laundering)」——事実とデマを混合して不確実性・不安・恐怖・不信を生み出し、未確認情報源への信頼を高める技法——が同時代のロシア工作の中核技術として機能している。
Telegramについてのプラットフォーム別分析が詳細である。Internews Ukraine(2025年)の調査では回答者の72%がニュースソースとして利用し、82%がコミュニケーションアプリとして使用する。全面侵攻以降、国家機関・公務員が村レベルに至るまでTelegramチャンネルを公的コミュニケーション手段として使用しており、これがプラットフォームへの依存を構造的に固定化した——ホルビクはこれを「政府自身が作り出した罠」と評する。匿名チャンネルはGRU(ロシア軍参謀情報局)とFSBにより積極的に運用され、軍動員・停戦交渉・法的不公正・腐敗・EU・米国の支援・NATO加盟といった社会的緊張を既に抱えるテーマが標的とされる。停電時には匿名チャンネルが停電スケジュールを求める住民の情報ニーズを逆手に取り、ギャンブル広告の掲載・他チャンネルへの誘導・不確実性と恐怖の増幅に利用される。占領地域では占領開始直後にTelegramチャンネルが設置され、ボットファームが占領地域をカバーするチャンネルのコメント欄でプロパガンダを展開する(Atlantic Council、2025年7月)。マリウポルの事例では、2022年5月以降に登場した「ローカル」と見せかけるTelegramチャンネルが実際にはロシア人によって運営され、基本的な地理・地形的誤りを含むことがジャーナリストによって確認された。
TikTokでは、信頼の厚い女性ジャーナリストの声・顔をAIでクローンした偽動画を、公式ニュースメディアを模倣したアカウントで配信する手口が報告されている(Texty.org.ua、2025年10月)。偽政府令や財政支援の約束など感情的反応を引き起こす扇情的主張が含まれ、視聴者をデータ窃取目的の悪意あるリンクや政治的偽情報へと誘導する。この多段拡散戦略はTikTok上の匿名アカウントによる初期播種→Telegram・X・Facebook上での操作的テキスト付きでの拡散→親ロシア大手プロパガンダネットワークによる「公式」ニュースとしての正当化という構造をとる。Facebook(ウクライナ人の53%がコミュニケーションアプリ、17%がニュースソースとして利用)は3プラットフォーム中最も厳格なコンテンツモデレーションを有するが、ソビエト郷愁コンテンツや親ロシアフェイクを発信するグループが確認されており、規制回避のためTelegramやWhatsAppへの誘導を試みる。Facebook自体は「入口」として機能し、初期的な注目を集めた上でより緩い監視環境に利用者を誘導する役割を担う。
プラットフォーム規制の現状と立法課題
ロズクラダイによれば、2024年のウクライナインターネット広告市場はバナー広告・VSP上の広告を含め約168億フリヴニャに達し、2025年予測は190億フリヴニャ。デジタル広告市場全体では330億から530億フリヴニャへの急成長が見込まれる。この経済的拡大がプラットフォーム規制の緊急性をさらに高めているが、実態はソーシャルメディアをニュースソースとして利用する割合が2015年の51%から2025年の86%に達する一方、オンラインメディア消費は60%から31%に、TV消費は85%から33%に低下するという構造転換と対応している。
UML下ではVSPのみが規制対象とされているが、2025年11月時点で登録VSPはわずか2社に過ぎず、Telegram・TikTok・YouTube・X・Facebookなど主要プラットフォームは実質的に管轄外に置かれている。管轄外プラットフォームに対してNBCが行使できるのは覚書・協定締結という「ソフト」メカニズムのみだが、MetaやGoogleとの交渉は2025年内に約1年継続したにもかかわらず合意には至っていない。
立法的解決策として2本の草案が注目される。Draft Law No.11115(2024年3月提出)は「情報共有プラットフォームのプロバイダー」という新たな規制主体カテゴリーを設けるもので、NBCからの要求に応じてウクライナ国内でのコンテンツ配信を制限する義務、苦情受付・処理の透明な手続き、所有構造・資金源の開示義務などを規定する。Telegramが主な想定対象とされているが、2025年9月に議会議程入りしたにもかかわらず本会議審議には付されていない。欧州評議会の法的意見は、VSPへの能動的監視義務に等しい規定を回避し、いかなるコンテンツ制限もNBCの決定を起点とするよう明確化することを要求した。
Draft Law No.8310(2022年12月提出)は選挙コード改正を通じて、選挙期間中のプラットフォーム上のキャンペーン透明性確保(ラベリング・スポンサー開示・苦情メカニズム)を義務付けようとするものだが、同様に未審議のままである。欧州評議会の法的意見は、草案が「情報共有プラットフォーム」にのみ言及してVSP(YouTube・TikTok・Instagramを含む)を実質除外している構造的不一致を問題視した。また既存の選挙期間の概念に限定されたアジテーション規制は選挙期間外の有料政治広告を規制の網から外しており、TTRARが明示的に対象とするこのギャップを補填する規定がないと指摘した。
EU加盟交渉における制度的ギャップと実効的整合の限界
ロズクラダイはEU加盟プロセスの特質を「平行する2本の線路を走る列車」に喩える。国内法整備による近接は可能でも、実際の収束はEUの制度的インフラへの参加(加盟)なしには不可能という認識である。この構造的制約は複数の局面で具体化している。
DSAにおいては欧州委員会が超大規模オンラインプラットフォーム(VLOP)の指定・監督調査・制裁・拘束的執行決定という権限を一手に担うが、これらは候補国であるウクライナには行使不可能である。EMFAにおける欧州メディアサービス理事会(EBMS)へのウクライナ参加は加盟国のみに限られており、国家公共放送SuspilneがVLOPに「テロリスト」コンテンツとして処理された場合に、EBMS経由の意見書要請という救済メカニズムにアクセスできない。TTRARにおいても、実施規則の採択・ラベリング要件の策定・広告リポジトリへのアクセス・域内市場での均一適用監督はすべてウクライナに及ばない。
ウクライナのEU加盟ロードマップ(2025年5月承認)はDSA・DMA・EMFA・反SLAPP指令の実装を明記しており、EMFA整合はEU加盟ロードマップ上の期限(2026年第4四半期)に向けてNBCが作業を進めている。しかし欧州委員会の2025年拡大報告書はEMFAが「部分的に」実装されたとするのに対し、Digital Security Lab Ukraineは「大半の規定がまだ適切に実装されていない」と反論している。デジタルサービス法を国内法化する「デジタルサービス法」草案はデジタルトランスフォーメーション省が準備中だが、2025年末時点で公表されていない。AIに関しては同省が2024年6月にEU AI Actへの準拠を視野に入れた「AI規制ホワイトペーパー」を発表し、国家能力形成→産業準備→自主行動規範等の先行措置という3段階のアプローチを提示している。
著者らが共通して強調するのは、国内法整備がいかに精緻であっても、EMBSやDSAの執行インフラへの参加なしには実効的な執行が困難だという構造的認識である。ウクライナの経験は、規制の近接化が実現できてもその実行は同一線路への合流、すなわちEU加盟後にしか完全には機能しないことを示している。そのため著者らは、戦後最初の選挙が実施される前に二国間枠組み(パイロット取り決めや移行期包括協力計画)を整備することの緊急性を説いており、EBMSおよびデジタルサービスコーディネーターとの構造的協力関係の先行構築が現時点での現実的な中間策として提示されている。

コメント