KAS報告書『Cognitive Warfare: A Democratic Defence』:6層・2基盤の認知防衛枠組みとアルバータ・コンバージェンス

KAS報告書『Cognitive Warfare: A Democratic Defence』:6層・2基盤の認知防衛枠組みとアルバータ・コンバージェンス 情報操作

 ドイツのキリスト教民主同盟(CDU)系政治財団コンラート・アデナウアー財団(KAS)のカナダ事務所が2026年10月19日に公開した『Cognitive Warfare: A Democratic Defence』は、2巻・計427ページに及ぶ政策報告書である。著者はカナダ外相の国際安全保障担当上級顧問を務め、現在はモントリオール国際安全保障研究所のフェローであるエリザベス・アンダーソン、特別顧問は駐英・駐露・駐スウェーデン大使やリトアニア外務省のハイブリッド脅威担当大使を歴任したエイトヴィダス・バヤルーナスである。本報告書はKASカナダ事務所の委託により、カナダとドイツの政策コミュニティを主な読者として書かれた提言文書であり、中立的な調査報告ではない。現行の米政権を同盟国に対する認知領域の脅威アクターとして扱い、ドイツの右派政党「ドイツのための選択肢」(AfD)をロシアの情報工作の「議会内ベクトル」と位置づけるなど、政治的に争いのある判断を明示的に採用している。

調査設計と2巻構成

 第1巻「Protecting our Hearts & Minds in Defence of Democracy」は5部17章で、脅威の診断、防衛枠組み、ドイツ・カナダ・EU/NATOの主要事例、同盟の分裂と協力構想、提言から成る。第2巻「Country Summaries」はウクライナ、フィンランド、スウェーデン、ノルウェー、デンマーク、エストニア、ラトビア、リトアニア、フランス、英国、ポーランドの11か国と横断分析を収める。ドイツとカナダは委託元と読者を理由に第1巻の主要事例として扱われる。調査は2025年11月から2026年4月にかけての100件超の半構造化インタビューで、13の国別文脈のうち11で現地調査を行い、ウクライナは国外の対話者と既存文献、ポーランドは国外の対話者と二次資料に依拠した。全インタビューは発言者を特定しない条件で行われ、付録の機関リスト(NATO戦略コミュニケーション中核拠点、SIPRI、StopFake、DisinfoWatchなど)は「例示であって網羅ではない」とされる。どの主張がどの情報源に基づくかは読者には検証できない構造である。

定義:NATOの作業定義と「最大主義的定義」

 報告書は「最大主義的定義」を採用する。手段を問わず、人々の知覚・推論・行動に影響を与えることを主たる戦略目的とする作戦はすべて認知戦であり、区別の基準は戦略的意図に置かれる。対比されるのがNATO変革司令部(ACT)の作業定義で、認知戦を「認知的優越をめぐる戦い」とし、競争の連続体全体で同期された軍事・非軍事活動として規定したうえで、認知的優位を物語的優位(知覚と解釈への支配)、心理的優位(結束・士気・戦意への支配)、意思決定優位(状況理解と意思決定への支配)の3要素に分解する。著者が2026年5月にACTから提供を受けたこの定義はNATO標準化室を経ていない非機密の作業定義であり、軍事レベルでは承認されたが政治レベルでは停滞していると報告書は記す。より広い定義が必要な理由は、代理ネットワーク、経済的便乗者、非国家主体、意図と無関係に認知に作用するプラットフォーム設計が国家による同期作戦の枠に収まらないことに置かれる。

 作戦は、既存の不満を武器化する「メッセージ」、国営メディアやボット網、インフルエンサーから成る「メッセンジャー」、恐怖と怒りでエンゲージメントを最大化する「媒体」、ディアスポラや困窮者、思春期の若者を狙う「受け手」の4つのベクトルで構成される。報告書は全体の狙いを説得ではなく消耗に置き、民主的価値を私的に保持する市民に、周囲はすでにそれを捨てたと誤認させること、すなわち他者の認識についての認識を変えることを中核的な機制とみなす。

脅威アクターと手法

アクター報告書が描く手法・構造主な具体例・数値
ロシア再帰的統制理論を統合原理とし、ヴラニヨ(儀礼的な虚偽の演技)、情報過多、却下・歪曲・注意逸らし・落胆の「4D」、歴史戦、情報ロンダリングを併用2026年の国営メディア予算1,463億ルーブル(約16億ユーロ、前年比7%増)、NATO兵士による性暴力の捏造がリトアニア・エストニア・ドイツで再利用
中国中央国家メディアから、省・市・県レベルの200超の国際伝播センターを使う分散型体制へ移行。AIモデルに党の物語を既定値として内蔵スウェーデン心理防衛庁委託の10社のモデル検証、Qwen系が2025年上半期にHugging Face上の派生モデルの39%、ロシア語圏経路への移行
イラン体制維持のための情報統制装置を外向きに転用スコットランド独立を扱う偽英国人アカウント網、潜在閲覧2億2,400万回
米国同盟国の情報環境を握るプラットフォーム支配と、政権による対偽情報体制の解体国務省グローバル・エンゲージメント・センターの22か国との協定終了、2026年3月末のルビオ国務長官の公電
非国家主体休眠していた物語の再活性化、ディアスポラ共同体の不満の利用スウェーデンの社会福祉当局がムスリム家庭から子を奪うという物語が10年以上前から流通し、2021〜2022年に拡散

 ロシアについて報告書が最も重視するのは、ロシアは説得ではなく相手の意思決定の麻痺を最適化しているという診断である。1960年代にソ連の数学者レフェーブルが体系化した再帰的統制、つまり準備した情報を与えて相手に自発的に望ましい決定をさせる手法を上位原理とし、説得を前提とした西側の対抗言説は的を外していると論じる。対案は、ウクライナの実務家が提唱する、個々の物語ではなく制作能力、増幅網、資金、宗教機関、記者研修といった作戦インフラの結節点にキルチェーン方法論を適用する方法である。中国については、リトアニアの3つの情報源が独立に、中国がロシア語圏の情報経路を通じて物語を流す方向へ移行したと証言しており、言語やプラットフォームの痕跡で発信元を識別する帰属枠組みは中国の作戦をロシアのものと誤認することになる。イランの事例はクレムソン大学の調査で、2025年6月の空爆による通信途絶時に全アカウントが一斉に沈黙したことで発信元が露呈した。

 生成AIについては、EU対外行動庁(EEAS)が2025年に記録した外国情報操作・干渉(FIMI)事案540件のうち4件に1件がAIツールを伴ったこと、北欧のファクトチェック網NORDISの調査でChatGPT、Gemini、Copilotが北欧言語の質問に対し、150超の親クレムリン・サイト群「Pravdaネットワーク」の物語を出典表示なしに再現したことが挙げられる。ウクライナ偽情報対策センターが特定した、顔・背景・音声のすべてがAI生成の街頭インタビュー動画は、特定人物ではなく「世論の気配」を偽装する新類型として扱われる。報告書は2026年2月28日に始まった米・イラン戦争を、生成AIが戦時の情報環境の補助から中心へ移った閾値と位置づけ、Xが開戦3日以内に未開示のAI画像を投稿したクリエイターを収益分配から外した措置を、量が既存体制の処理能力を超えた証拠とする。

敵対者にとっての「成功」:5条件と9つの欲求

 報告書は敵対者の成功を5つの条件で定義する。市民が真偽を見分ける自信を失う認識論的麻痺、制度が市民を代表しているという信認の喪失、集合行為の崩壊、国際的関与から内政に引きこもる戦略的内向き化、そして民主主義モデルの国際的魅力の喪失である。最後の条件の根拠として、フリーダムハウスの評価で「自由」な国に住む人口が20年前の46%から21%に低下したことが示される。これらを生み出す技法が「平凡化」で、エネルギー網への冬季攻撃やバルト海の海底インフラ破壊を反復し、初回なら行動を引き起こしたはずの事象を背景条件へ格下げして対応の閾値を下げていく。

欲求敵対者の利用法
1 安全犯罪・移民・テロを存在論的危機として誇張
2 所属と繋がり内集団と外集団の境界を同時に先鋭化、ケア志向の市民の関心を誘導する「思いやりの捕獲」
3 尊厳エリートが市民を軽蔑しているという物語で、経済的な傷を説明する
4 意味と一貫性矛盾の洪水で意味が成立する条件そのものを破壊
5 アイデンティティと連続性歴史修正とノスタルジーの武器化
6 道徳秩序武器化された憤り、全員が同じく腐敗しているという偽の等価性、価値の反転
7 能力と理解陰謀論が「より深く考える」擬似的な理解を提供
8 自律自力で辿り着いたと感じる結論をあらかじめ配置
9 自由と前向きな関与政治を救いのない退屈なものと見せ、偽情報圏が物語的興奮を提供

 1〜5は前段の枠組みからの再掲で、6〜9が本報告書で追加された。いずれかの欲求が満たされないときに生じる情動的反応性が熟慮を妨げるという想定から、報告書は情動の自己調整を国家安全保障上の「認知防衛インフラ」と呼ぶ。同時に、制度が有効に機能するほど市民が警戒を制度に委ねるという、リトアニアの実務家が「受動的市民問題」と呼ぶ逆説も記録している。効果測定については、物語の浸透度を4,000人規模で測ったフランスのデカルト財団の研究を唯一の実証例とし、準備度の評価への転換を提案する。

6層・2基盤の防衛アーキテクチャ

 NATO主任科学者の研究プログラムに由来する保護・探知・対応の3目的の下に、著者は6つの運用層と、それを上下から挟む2つの基盤を置く。下部基盤は信頼、市民社会、国民奉仕、教育から成る社会インフラ、上部基盤は政治的意思とエリートの一貫性であり、この二重基盤構造は著者独自とされる。

層内容目的
第1層個人と社会の認知能力:情動の自己調整、社会的結束、アイデンティティの強靭性保護
第2層情報環境の完全性:メディア・デジタルリテラシー、ジャーナリズム、公共放送保護
第3層プラットフォーム構造とアルゴリズムの説明責任:掲載後の監視と生成段階の制約を区別保護
第4層探知と帰属探知
第5層能動的防御:帰属、暴露、コスト賦課対応
第6層主権的対応能力:立法・ドクトリン・規制・制度対応

 ACTの3つの優位との対応では、物語的優位は第2・3層、心理的優位は下部基盤と第1層、意思決定優位は上部基盤と第4〜6層で争われる。第2・3層は表現の自由を制限する層ではなく可能にする層と位置づけられる。能動的防御の中核は探知・帰属・暴露・コスト賦課の連鎖である。探知では、物語の量・強度・主題の推移を言語環境をまたいで追跡し、敵の作戦意図を推定する「物語インテリジェンス」が紹介され、この手法でロシアの全面侵攻を数か月前に予測したという市民社会の実務家の証言が示される。暴露では、低到達の物語には反応せず、到達度に応じて学術関係者、省庁専門家、高官、国家元首へと対応を段階化するリトアニアの11機関共通の評価尺度が最も具体的な運用例とされる。

 攻勢面は3段階で整理される。第1段階は専任機関による365日の平時防御、第2段階は物理的な武力行使の閾値を下回る範囲でのインフラ標的化(ボットネットの除去、ドメインの差し押さえ、資金網の凍結)と敵対社会の深い理解、第3段階は敵対国住民に向けた物語・影響作戦で、物理的武力行使の閾値を越えるまで休眠させる。ACTでの現地調査によれば、敵対国内部の聴衆に影響作戦を行う専用の軍事能力を持つのは米・英・仏の3か国に限られ、残る29か国は持たない。報告書は能力の構築と配備の決定を分離すべきだと主張し、行動科学や物語インテリジェンス分析官など8要素の最小限の能力パッケージを示す。一方で国内での濫用の危険を示す事例として、英陸軍第77旅団がCOVID-19流行期に英国市民のSNS投稿を収集して内閣府に渡していた件(2023年1月に当時のウォレス国防相が議会で認めた)を挙げ、1件のツイートの承認に11日を要したという評価とともに、軍の指揮系統の外での制度分離を処方とする。

ドイツ:世論とエリートの「逆転」

 ドイツ章の中心命題は、ロシアの認知作戦が一般国民より政治エリートに対して効果を上げたという「逆転」である。2022年1月にはドイツ人の73%がウクライナへの武器供与に反対していたが、数か月でほぼ完全に逆転し、現在は約80%がロシアを侵略者とみなし、74%がロシア依存を断つためのエネルギー価格上昇を受け入れると答えた。報告書は、敵の作戦は世論そのものの転換ではなく、世論の適応とエリートの対応の間のずれを維持することを狙っていると解釈する。連邦情報局(BND)長官は過去1年にロシアによるサボタージュ321件を記録したと述べている。シュピーゲル、ヴェルト、ビルトの複製サイトを使うDoppelgänger作戦は、ロシアのSocial Design AgencyとStructuraに帰属されている。当初の分析ではロシアの祝日と夜間に活動が止まる人手のリズムが見えたが、1年後の分析ではその痕跡が消え、高度な自動化に置き換わっていた。Storm-1516は元インターネット・リサーチ・エージェンシー要員とロシア軍参謀本部情報総局(GRU)系インフラによるもので、100超のドイツ語偽ニュースサイト、約6,000のボット、20超のなりすまし組織を運用し、その内容はAfD議員団の立場と一致していた。

 AfDは2025年に約20.8%を得て最大野党となり、連邦憲法擁護庁は2021年3月に連邦組織を過激主義の「疑い事例」に指定、2025年5月に「確定的な右翼過激主義」へ格上げしたが、2026年2月26日にケルン行政裁判所が本案判決までこの表示を差し止めた。ザクセン、テューリンゲン、ザクセン=アンハルトの州組織への指定は維持されている。報告書は、米政府高官による指定批判を「調整を要しない、同じ媒体を経由する第二の敵対者」と記述する。制度面では、2024年11月に発足した国家安全保障会議の常勤職員が25人未満で、実務家は500〜1,000人が必要と評価している。そのほか、在外での攻勢的サイバー作戦を認めるBND法改正案、内務省に設置されたVIGINUM型機関ZEAM、ドイツ・フランス・ポーランドの実務家がほぼ週次で情報交換する「ワイマール三角」が記述される。ケルバー財団の調査では防衛費倍増への支持72%に対し、欧州での軍事的指導役への反対が61%で、この戦略文化が制約とされる。

カナダ:アルバータ・コンバージェンス

 カナダ章は、カナダがG7で唯一対外情報機関を持たず、唯一の包括的国家安全保障戦略が2004年策定でいまだにSARSを脅威として記載している点から始まる。2026年3月には即応メカニズム(RRM)カナダに5年間で3,150万カナダドルが措置され、選挙期間限定から通年探知へ移行したが、報告書は不十分と評価する。カナダ安全保障情報局(CSIS)は中国、インド、ロシア、イラン、パキスタンを干渉国に挙げたが、報告書はさらに政府文書が名指ししない「第6のアクター」として米国を加え、カナダ人の76.1%が米国を信頼できる同盟国とみなしていないという調査を引く。

 著者独自の概念「アルバータ・コンバージェンス」は、ロシアの物語インフラ、米政府高官の関与、越境的増幅網、国内の動員がアルバータ分離という一つの問いに収束した状態を指す。報告書は、外国勢力は分離主義を作り出したのではなく既存の不満を増幅したと明記している。分離支持は27%でケベックの28%と拮抗するが、アルバータの分離派の92%が与党・統一保守党の投票者で、分離運動と州与党が支持基盤を共有する。証拠として並べられるのは、ロシアの資金約1,000万ドルが米インフルエンサーに流れたTenet Media事件の起訴、ベッセント米財務長官による「アルバータは米国の自然なパートナー」発言(2026年1月22日)、米国務省が分離派団体Alberta Prosperity Projectと3回会合したというフィナンシャル・タイムズの報道、マギル大学メディア・エコシステム観測所らの報告「Slopaganda」が特定した、分離と米国併合を宣伝する20の非真正YouTubeチャンネル(約4,000万回再生)、DisinfoWatchなどによる報告でPravdaネットワークのカナダ欄が2025年12月〜2026年4月に「アルバータ」「51番目の州」を67件扱い、オンタリオは14件だったことである。国内側では、分離派関連団体が有権者名簿から約300万人分のデータベースを作成し、選挙管理当局が568通の停止要求を出した。この動員を実際に止めた唯一の制度はスタージョン・レイク・クリー・ネーションなど先住民による条約訴訟で、2026年4月10日に署名認証の一時差し止めが出されたが、執筆時点で州政府は2026年10月19日の住民投票を設定していた。報告書はこれを、連邦の安全保障体制ではなく条約に基づく憲法秩序が防衛線を担っている状態と評する。

EU・NATO、同盟の亀裂と回廊構想

 EU・NATO章は欧州連合軍最高司令部(SHAPE)高官の「物語的優位ではまずまずだが、心理的優位と意思決定優位では絶望的に負けており、何もしていない」という評価から始まる。EUについては、デジタルサービス法(DSA)初の不遵守決定(2025年12月、Xに1億2,000万ユーロ)が評価される一方、欧州ファクトチェック基準ネットワークの白書「The Great Retreat」が記録したGoogle、YouTube、LinkedInの偽情報行動規範からの撤退・縮小が、自主規制の限界の証拠とされる。同盟の亀裂としては、米国務省が2025年12月にファクトチェックやコンテンツモデレーションの経験者へのH-1Bビザ発給拒否を指示し、前欧州委員ブルトンら欧州人5人に入国禁止を科したこと、世界の民主主義支援予算の約9割を担っていた米国が対偽情報・報道の自由向けの2億6,800万ドルを引き揚げ、ウクライナの市民社会組織が縮小・閉鎖していることが記録される。

 これを受けて提案されるのが「カナダ・ドイツ・EU回廊」で、安全保障防衛パートナーシップやカナダ・ドイツの主権技術同盟など足場はあるが、認知戦の作業部会は存在しない。EEASの対FIMI部門は英国と少なくとも月1回の実務会合を持ち方法論の相互運用をほぼ実現しているのに対し、カナダとは同様の関係がない。報告書は、米国務省職員の出向の先例にならい、カナダ外務省職員のEEAS出向とEUからの受け入れを提案する。

提言の骨格

対象主な提言
ドイツ(7件)英国の合同情報委員会に相当する統合情勢評価、ロシアの脆弱性マッピング、ZEAMの規模拡大、連邦軍サイバー・情報空間軍への認知戦任務と全将校向け課程、カナダとのデジタル同盟の認知領域への拡張、有志連合の主導、連邦政治教育センターの任務に認知防衛を明記
カナダ(10件)RRMへの帰属・公表権限付与、デジタル収集を主とする対外情報機関、通信保安局の近代化と意味層作戦の法的権限、データ主権法制とDSA・DMAへの整合、分散型インフラへの投資、連邦・州・準州協議と年次公開脅威評価の義務化、情動自己調整の第1層化、カナダ認知防衛庁の設置、欧州パートナーシップ、自由な報道と「情報平和維持」ドクトリン
EU(6件)各国デジタルサービス調整官への資金、FIMI抑止プレイブックの運用、FIMIツールボックスの強化、域内情報環境の所管を欧州民主主義レジリエンス・センターに付与、規制圏の友好国への拡張、第1層基盤の構築
民主国家間協力(6件)FIMI情報共有分析センターと同センターを集団防衛の基盤に、規制圏の拡張、認知領域を明記した総合安全保障枠組み、防衛産業協力、米国内の民主主義エコシステム支援、ウクライナを作戦上の錨に

 報告書が「最も独創的」と自己評価するのはカナダ認知防衛庁で、公開情報のみを扱い、政府から距離を置いた独立機関として分析を公表し、市民社会や教育者、ディアスポラ共同体に直接働きかける。スウェーデン心理防衛庁を範とし、VIGINUMの60人超を下限とみなして100〜150人規模を想定し、公共の信頼を成果の中心指標とする。財源はNATOの防衛関連投資枠(GDP比1.5%)とされる。EU向けでは、制裁対象者の組織への賃金・家賃支払いを制裁違反とする論理で、内容判断を伴わずにSputnikの事務所を閉鎖したエストニア方式を雛形として回覧する提案が具体的である。

第2巻の横断分析

 第2巻の横断分析の第1の知見は「基盤が制度に先行する」である。最も強い認知防衛体制は、安全保障のために作られたのではない基盤の上に立っている。デンマークでは「ほとんどの人は信頼できる」と答えた人が74%で世界最高(ノルウェー72%、フィンランド68%)であり、国民学校では学級の時間「Klassens Tid」が週1時限置かれるが、デンマーク自身はこれを安全保障と名指ししていない。フィンランドは総合安全保障と1万人超が受講した国防課程により、両基盤がそろった基準事例とされる。対照的にフランスは、VIGINUMと2026〜2030年国家戦略を備えながら、2026年2月の調査で政府への信頼が17%、87%が政治家は市民を気にかけていないと答えており、制度が基盤を回復させない反例とされる。市民に能力を与えるスウェーデン型と、国家が帰属と暴露を担うフランス型は、防衛理論の違いとして区別される。第2の知見は「敵対者は火をつけない」で、ポーランドの反ワクチン網が2022年2月以降ほぼ一夜で反ウクライナに転じたこと、ラトビアで2022年のロシア系チャンネル禁止後に標的がロシア語話者からラトビア語の視聴者へ移ったことが挙げられ、認知防衛は作戦を止めるのではなく、作戦が取り付く面を減らす上流の作業だと結論づけられる。最後に、全事例に共通する欠落として、反応的な戦略コミュニケーション、効果を因果的に証明する手段がない測定問題、そして「社会安全保障」「心理防衛」「複合脅威」「外国デジタル干渉」など国ごとに異なる用語の断片化の3点が挙げられる。

評価:本報告書をどう読むか

 以下は筆者の分析である。本報告書の価値は、2025〜2026年に動いた制度、すなわちZEAM、RRMの通年化、EUのFIMI抑止プレイブック、ACTの作業定義、各国の公開脅威評価を、共通の6層モデルで13か国分並べた点にある。個々の数値は元の報告や報道に遡って検証できる参照点として使える。一方、一次データは限られ、中心は二次資料の再構成と匿名証言である。「リトアニアの3つの独立した情報源」や「500〜1,000人が必要」といった記述は検証できない。

 より重要なのは、議論の分かれる命題が報告書の中心的主張の前提として断定的に置かれている点である。強い情動で前頭前野が「オフラインになる」という神経科学的な表現、「ネット上ではAI生成コンテンツが人間の生成物を上回った」という主張(本文に出典なし)、「SNSの利用時間ではなく失業が感情的分極化を予測する」という主張(同じく本文に出典なし)は、情動の自己調整を国家安全保障インフラとして扱うという報告書の中心提言を支えている。9つの欲求も著者の構成概念である。第2巻自身が測定問題を普遍的な欠落とし、どの国も投資の効果を因果的に証明できていないと認めていることと、これらの断定の間には緊張がある。内部の不整合として、対象国数(15か国と13か国)、ZEAMの正式名称(第8章と提言章で異なる)、欧州民主主義レジリエンス・センターの発足時期(2025年11月と2026年2月)が食い違い、2018年設置のRRMをVIGINUMが「モデルにした」という主張には典拠が示されていない。

 枠組みの面では、報告書は行為者の属性ではなく作戦の性質で定義する防衛を唱えながら、米国とAfDの扱いでは政治判断を前面に出している。AfDを外国作戦の「接続点」とする記述は、内容の一致と時期の重なりに基づいており、調整を示す証拠を伴わない。報告書自身も「調整は不要」と書いている。本報告書は、事例と数値の参照集として、また6層・2基盤モデルを各国の制度の欠落を診断する道具として読むのが妥当であり、効果に関する主張は原典と測定研究に照らして個別に確かめる必要がある。

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