国際新聞編集者協会(IPI)とMedia and Journalism Research Center(MJRC)は2026年10月、EU加盟国のメディア捕獲を国別に追跡する年次報告シリーズの2026年版ルーマニア編として、Media Capture Monitoring Report 2026: Romania — Measuring compliance with the European Media Freedom Actを公表した。IPIは1950年創設でウィーンに本部を置く編集者・ジャーナリスト・メディア経営者の国際ネットワーク、MJRCは中東欧のメディア政策研究で知られるマリウス・ドラゴミルが率いる独立研究機関であり、両者が編集を担当し、執筆はブカレストを拠点に表現の自由を扱うNGO、ActiveWatchのリアナ・ガネアとラズヴァン・マルティンが担った。シリーズは欧州全域で報道自由の侵害を記録・対応する枠組みMedia Freedom Rapid Response(MFRR)の一部で、欧州委員会の共同出資を受けている。報道自由の擁護を使命とする団体による評価文書であり、さらに執筆団体のActiveWatchは、報告書が批判する首相報道官の公共ラジオ理事指名に反対した共同声明の署名団体でもある。この当事者性は読解の前提となる。一方で事実主張にはすべて注で出典が付され、ルーマニア語の報道、公文書、裁判所決定に遡って検証できる構成になっている。
評価枠組みは、2024年に採択され2025年8月8日に全面適用となった欧州メディア自由法(EMFA、規則2024/1083)のうち、メディア捕獲に直結する4つの保護措置である。公共サービスメディアの独立(第5条)、メディア規制機関の独立(視聴覚メディアサービス指令第30条)、国家資金による報道への影響の防止(第25条)、所有の透明性と多元性の確保(第6条・第22条)の4領域について、2025年版の基準評価から何が変わったかを追う設計で、本文は約10ページに意図的に絞られている。結論は冒頭で明示される。2026年9月までの1年間、ルーマニアのEMFA実施は一歩も進まなかった。
政治的文脈と1年間の推移
報告書の前提には、2024年と2025年の選挙をめぐる混乱と極右の急伸がある。報告書外の背景として補足すると、2024年11月の大統領選第1回投票では無名に近かった極右系候補カリン・ジョルジェスクが首位に立ち、TikTok上の協調的な宣伝活動を示すとされた情報機関文書の機密解除を経て、憲法裁判所が12月に選挙全体を無効とした。2025年5月のやり直し選挙ではニクショル・ダンが当選している。ルーマニアの放送規制機関が偽情報対策に傾斜していく文脈は、この経緯と切り離せない。
報告書によれば、2025年6月に4党連立で発足した政権は巨額の財政赤字を受けて財政再建を最優先とし、緊縮策は景気後退を招いてメディア市場にも波及した。ただしメディア総収入は2025年8億4,000万ユーロ、2024年8億3,800万ユーロとほぼ横ばいである。緊縮は連立も割った。社会民主党(PSD)が2026年4月に離脱し、5月5日には極右政党ルーマニア人統一同盟(AUR)が提出しPSDが支持した不信任案で政権が倒れ、以後は暫定内閣が続いている。この状況下でEMFAへの法整合や規定順守への政治的関心は「低いか皆無」と評される。文化省は新政権発足前の2025年にメディア・市民社会団体との協議を実施したが、その後の公開協議は一度もなく、整合化の法案も提出されていない。公的機関が国家広告の透明性などで実務を自主的に改めた形跡もない。報告書が掲げる1年間の主要事象は次のとおりである。
| 時期 | 出来事 |
|---|---|
| 2025年11月 | 議会が公共テレビTVRと公共ラジオSRRの新理事会を選出。首相報道官がSRR理事に指名される |
| 2026年2月 | 視聴覚評議会(CNA)が動画共有プラットフォーム上の一部チャンネルを届出制の対象とする新規則を採択 |
| 2026年4月 | CNAが罰金未納を理由にRealitatea PlusとGold FMの免許を取り消し、両局は提訴。憲法裁判所がTVR・SRR理事会の任命を違憲と判断 |
| 2026年5月 | AUR提出・PSD支持の不信任案で政権崩壊、暫定内閣へ |
| 2026年7月 | CNAが無承認の所有変更でRealitatea Plusを制裁。ハンガリー語ラジオ網のUDMR上院議員への売却計画を審議 |
| 2026年9月 | 憲法裁判所決定が発効。議会常任理事会がTVRにAUR推薦の暫定トップ、SRRにも暫定トップを任命。CNAの動画共有規則が施行 |
規制機関CNA:強化された執行と脆弱な基盤
放送規制機関である視聴覚評議会(CNA)は会長不在のまま運営され、会議の議長と対外代表はヴァレンティン・ジュカン副会長が務めている。報告書の要約部分によれば会長はすでに選出されているが、議会による承認がなされていない。2026年予算は前年比126.59%増の4,777万レイ(約937万ユーロ)に膨らんだが、増額分はEU資金によるデジタル化事業DECAのためで、人件費総額は逆に4.72%減った。DECAはSNS上の協調キャンペーンを検知する監視能力の強化を目的とし、機材とソフトウェアを調達する計画だが、執筆時点で稼働していない。2025年の平均職員数は承認定員151人に対し113人で、定員の約4分の1が欠員のまま緊縮で予算も削られた。
執行面では、2024年選挙以降のCNAは重大違反への反応が速くなり、扱う案件が増え、処分も重くなったと報告書は評価する。2025年の制裁は179件で、うち罰金66件の総額は170万7,500レイ(約34万ユーロ)、残りは警告などの非金銭的制裁だった。オンラインでは超大型オンラインプラットフォームに違法コンテンツの削除を命じる決定を412件出している。それでも現行法の制裁水準は軽く、放送局の違反を抑止できていないというのが報告書の判断である。例外的に最大の処分が科されたのが2026年4月の2件で、ニュース局Realitatea Plusとラジオ局Gold FMが罰金の期限内未納を理由に免許を取り消された。両局は提訴し、ブカレスト控訴裁判所は確定判決まで処分の効力を停止した。AURはこれを検閲と非難し、議会でCNAを解体して権限を裁判所に移すよう求めた。
政治的影響も残る。2025年12月、公共テレビTVR1が独立調査報道メディアRecorderによる司法機能不全のドキュメンタリー「Justiție capturată」を放送すると、PSD推薦のCNA委員がTVRを聴聞に呼び出し、司法機関トップの人事に影響を与えようとするキャンペーンの一翼を担ったと非難した。聴聞は制裁なしで終わった。加えて報告書は、偽情報対策への熱意からCNAが規則の解釈を拡張し続けている点を問題視する。2025年版でも指摘されたとおり、CNAは管轄外の視聴覚素材にまで制裁を加え、そこには一般のネット利用者がSNSアカウントに投稿した「偽情報」とされる内容も含まれていた。一般利用者はメディアサービス提供者とはみなし得ない、というのが報告書の立場である。
動画共有チャンネルへの届出制:事実上の登録化
この拡張の制度化として報告書が詳述するのが、2026年2月24日採択のCNA決定116/2026である。8月28日に公布され9月27日に施行されたこの規則は、視聴覚番組サービスの届出・免許・許可の手続を改定・明確化するもので、従来型のリニア放送に加え、動画共有プラットフォーム上にチャンネルを持つ一部のオンデマンド型視聴覚メディアサービス提供者に固有の規定を設けた。具体的には、プラットフォーム利用者がオンデマンド型提供者に該当するかの判定基準を新設したうえで、さらに5つの基準に基づく届出手続を導入した。報告書が例示する基準は、合算の視聴者数または登録者数が10万以上であること、金銭その他の利益をもたらす商業活動であること、ルーマニア国内の利用者または在外ルーマニア人を対象としていることである。
報告書が問題とするのは手続の実態である。届出にはCNA指定の書式による一連のデータと書類の提出が求められ、その範囲は視聴覚法第48条の列挙事項を大きく超える。しかも書類は形式上の理由で却下され得るため、届出は事実上の登録制に転化する。この点の出典は、ルーマニアのデジタル権利団体である技術・インターネット協会(APTI)のボグダン・マノレアによる分析で、同分析は規則を「インフルエンサー登録」と位置づけ、法的不確実性の創出、視聴覚法の逸脱、膨大な数の利用者に対する過剰な事務負担を批判している。報告書の総括はより端的で、この二次規則は大量の動画プラットフォーム利用者を事実上の視聴覚メディアサービス提供者に変えるものだとする。
公共放送TVR・SRR:党派配分と暫定トップ
公共放送については、EMFA第5条への整合化に向けた法案作成すら行われておらず、独立性を損なう長年の構造問題が2025年と2026年に再燃した。2025年11月、旧理事会の任期満了を受けて議会がTVRとSRRの新理事会を選出した。連立与党が各党の推薦枠を事前に合意していたため投票は円滑に進んだが、政府がSRR理事に推薦したのは首相報道官のイオアナ・エネ・ドジオイウだった。著名な元ジャーナリストである彼女は首相府の職を辞さないまま指名を受け、メディア・市民社会団体から強い批判を浴びた。
より深刻な問題が手続全体を憲法裁判所に持ち込んだ。法律上、理事会の8議席は議会の政党に割り当てられ、議会の政治構成に応じて配分しなければならない。AURは各党の指名がこの要件を無視したとして違憲を主張し、憲法裁判所は2026年4月29日、決定394号と決定395号でこれを認め、現在の議会構成を反映して8議席の任命をやり直すよう求めた。決定は9月3日に発効した。9月8日、議会の常任理事会は新たな8人の理事任命までの60日間の暫定措置として、TVRのトップをアドリアナ・サフトイウからジャーナリストのソリナ・マテイに交代させた。マテイはAURの推薦で、PSDとAUR以外の極右議員も支持した。同日、2021年から2025年までSRRの社長兼総局長を務めたラズヴァン・ディンカがSRRの暫定トップに任命された。報告書の結論部はこの帰結を明確に指摘する。憲法裁判所の判断は党派議席の配分方法をめぐるものにすぎず、暫定トップはPSDとAURの票で議会指導部が選んだ。
資金面では、両局とも国家予算から直接資金を受ける仕組みが続き、EMFAが求める透明かつ客観的な基準に基づく適切・持続可能・予測可能な資金とは相いれない。両局は資金不足を訴え、とりわけ技術基盤と保守のための増額を求めたが、2026年予算の伸びはインフレ率を下回った。
| 項目 | 前年比 |
|---|---|
| TVR予算(2026年) | +3.34% |
| SRR予算(2026年) | +5.45% |
| インフレ率(2026年予測、ルーマニア国立銀行) | 6.1% |
| インフレ率(2025年、国立統計研究所) | 7.3% |
名目では増額でも、両局の予算は実質で減少したことになる。
国家資金と政党補助金:第25条の外側を流れる公金
公的資金の配分に関するEMFAの規定についても、実施に向けた措置は皆無である。緊縮下でも地方自治体は忠実なメディアへの優遇的な資金提供を続けている。手法は自治体所有メディアへの直接補助から、広告枠や宣伝の契約、さらに大量部数の購読契約、イベント運営、宣伝物制作の発注といった「工夫を凝らした」仕組みにまで及ぶ。報告書が引く地域メディアBuletin de Bucureștiの調査によれば、同紙が「パンデレのプロパガンダ・テレビ」と呼ぶMetropola TVは5年間で2,000万ユーロ超の公金を受け取りながら巨額の負債を抱え、監査対象81局のランキングで79位にとどまる。
報告書が最も重視するのは政党補助金である。2026年予算で政党への国家補助金は20%削減されたが、近年この補助金は多くのメディアにとって重要な収入源となってきた。削減後も政党の政治広告・宣伝支出の不透明さは変わらず、主要政党のPSDと国民自由党(PNL)は2024年・2025年の選挙期に約束したにもかかわらず、メディアとの政治広告契約の公開を拒み続けている。一部のオンラインニュースサイトやテレビのニュース局は、政治広告契約を結んだ政治家に好意的な報道を続け、その最も目立つ例が、大半の時間AURを公然と支持してきたRealitatea Plusだという。
前進はEMFAとは別の経路から来た。2025年10月に適用が始まった政治広告の透明性とターゲティングに関する規則2024/900により、一部のメディアは政治広告契約の透明性通知をサイトに掲示し始め、資金提供者、キャンペーンごとの金額、契約期間が示されるようになった。ただしこの通知で把握できるのは政治広告支出の一部にとどまる。この点の出典として報告書が挙げるシンクタンクExpertForumの集計は、2026年の政党とメディアの契約資金の80%を3社が受け取っていると示している。メディア側の自主開示も一例ある。オンラインメディアHotNewsは2026年5月、2024年と2025年に国や欧州の公的予算、政党の政治広告から得た収入の総額を公開し、報告書はこれをEMFA第6条1項が求める開示の自主的な実践として評価する。
制度上の論点として報告書は注で重要な整理を示す。EMFA第25条の対象は「公的機関または公的主体」、すなわち第2条18号が定義する国・地方政府、規制機関、およびそれらが直接・間接に支配する主体であり、政党は含まれない。政党が買った有償の報道は規則2024/900上の政治広告に当たり、編集責任下のコンテンツを除外する規定も報酬が介在する場合には適用されない。しかしその義務が及ぶのは支払いが申告された場合に限られる。報告書は、政党補助金による報道の買収は第25条の外にあるものの、公金で編集内容を買うという点で、編集の独立に与える影響は捕獲された国家広告と区別できないと結論づける。
所有構造と多元性:Realitatea PlusとAURの一体化
EMFA第6条が求めるメディア所有データベースの整備も、CNAの視聴覚事業者一覧を除いて手つかずで、第22条の市場集中評価も実施されていない。停滞する市場で、大手プラットフォームとテレビ局が支配する限られた資源をめぐる競争が続き、一部のメディアと政党の「有害な関係」が温存されていると報告書は描く。所有者の政治的利害や公然たる党派的結びつきと市場に流れ込む政党資金が、市場と公共の議題をともに歪め、特定の政治アクターに奉仕する物語の拡散を通じて報道への信頼を損ない、分極化と極右の急伸に寄与しているという評価である。
その最も鮮明な例として報告書はRealitatea Plusを取り上げ、人事、所有家族、融資、広告の4層の結びつきを列挙する。
| 結びつき | 内容 |
|---|---|
| 看板司会者 | アンカ・アレクサンドレスクが2025年12月のブカレスト市長選に「無所属」として出馬、AURが全面支援 |
| 所有家族 | 同局でプライムタイム番組を持っていたアレクサンドラ・パクラルがAURの幹部職に就任 |
| 融資 | 元所有者で現所有者ダニエラ・マディ・パクラルの夫であるマリチェル・パクラルが、2024年欧州議会選でAUR候補に約230万ユーロを貸し付け、候補はそれを党に貸し付けた |
| 広告 | 同選挙期間中、AURとの政治広告契約は200万ユーロに増加 |
融資について常設選挙管理機関(AEP)は法定上限超過を理由に払い戻しを拒み、候補たちは党を提訴した。2026年7月、CNAは同局がCNAへの通知と事前承認なしに所有構造を変更したとして制裁を科した。
所有の動きは方向が分かれた。2025年末、50か国以上で独立メディアに投資する米国の非営利団体Media Development Investment Fund(MDIF)がHotNewsの株主に加わった。一方、ジャーナリストのコルネル・ニストレスクはオンラインメディアcotidianul.roをClever EADグループに売却した。同グループはprofit.ro、primanews.roなどを発行し、テレビ局PrimaとPrima Sportを所有し、国内サッカーリーグの放映権も持つ。報告書はこの取引を大手グループ間の統合と市場集中の強化の例とする。
とりわけ懸念されるのがハンガリー語メディアである。ハンガリー系少数派の規模に加え、その代表政党ルーマニア・ハンガリー人民主同盟(UDMR)は過去30年ほぼすべての連立政権に加わってきた。元ジャーナリストで元CNA委員、地方紙Szatmári Friss Újságを所有するUDMR上院議員ロラーンド・トゥロシュが、ハンガリーの非営利団体MMTKからAlamo Impex 97社の株式55%を取得する予定だと、ハンガリー系調査報道メディアAtlatszo Erdélyが報じた。同社は最近までハンガリー政府の直接資金を受けており、地方ラジオ12局(Radio GaGa)の免許と商標、さらにトランシルヴァニアのハンガリー語媒体KrónikaとSzékelyhonの商標を保有する。取引はCNAに通知され、2026年7月22日の会合で審議された。
報告書の結論と論点
「状況は改善したか」という問いへの報告書の答えは「否」である。2025年版はEMFAのいずれの要素も未実施と判定し、以後一歩の前進もない。5月の政権崩壊後の政治的膠着は制度の機能不全を深め、近い将来の立法をさらに遠ざけた。公共放送の理事とトップは議会多数派が任命し、資金は単年度で国家予算から割り当てられる。CNAは免許取消に踏み込むほど積極化したが、会長は不在で、人員は不足し、政治的圧力にさらされている。報告書は、わずかな改善である規則2024/900に基づく政治広告通知とHotNewsのような自主開示が、ルーマニア国家のEMFA整合化ではなく、他のEU法かメディア自身から生じたものだと総括する。
ここから先は独自の分析である。本報告書の特徴は、偽情報対策を主題とせずに、偽情報対策をめぐる制度的緊張を浮かび上がらせている点にある。CNAは選挙無効化後の情報環境で、協調キャンペーン検知のための予算を倍増させ、一般利用者の投稿にまで制裁を広げ、登録者10万人規模の動画チャンネルを届出制に組み込んだ。他方で同じ機関は会長が議会承認を得られず、PSD推薦委員が公共放送の調査報道を聴聞に付し、AURからは検閲機関として解体を迫られている。偽情報対策の権限を拡大する規制機関の独立性そのものが政治的に担保されていない構図は、オンライン言論の規制を放送規制機関に委ねる設計を検討する他の加盟国にとっても参照点となる。もう一つの論点は、報告書が注で示した監視の空白である。政党補助金で買われる報道はEMFA第25条の対象外であり、規則2024/900の義務も申告された支払いにしか及ばない。Realitatea Plusの事例が示すように、所有家族、看板司会者、融資、広告契約が一つの政党に収斂するとき、その影響は政治広告の透明性通知という枠では捉えきれない。EUのメディア関連法制が国家による捕獲を想定して設計されている一方、政党を経由した公金による報道の買収が制度の継ぎ目に位置しているという指摘は、ルーマニアに固有の問題を超えた射程を持つ。


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