国際新聞編集者協会(IPI)とMedia and Journalism Research Center(MJRC)は2026年10月、EU加盟国のメディア捕獲を国別に追跡する年次報告シリーズの2026年版スペイン編として、Media Capture Monitoring Report 2026: Spain — Measuring compliance with the European Media Freedom Actを公表した。IPIは1950年創設でウィーンに本部を置く編集者・ジャーナリスト・メディア経営者の国際ネットワーク、MJRCは中東欧のメディア政策研究で知られるマリウス・ドラゴミルが率いる独立研究機関で、両者が編集を担当した。執筆はタニア・フェルナンデス・ロンバオ、セサル・フィエイラス・セイデ、マルタ・ロドリゲス・カストロ、マルティン・バス・アルバレスの4人で、2025年版の基準評価も同じ研究者が担っている。シリーズは欧州全域で報道自由の侵害を記録・対応する枠組みMedia Freedom Rapid Response(MFRR)の一部で、欧州委員会の共同出資を受ける。報道自由の擁護を使命とする団体が編集し、EU資金で運営される評価事業であることは前提として押さえておく必要がある。同シリーズのルーマニア編がNGOの活動家によって書かれ、党派人事や政党資金を告発する調子を帯びていたのに対し、スペイン編は研究者による法令・公文書の点検という性格が強く、「検討した文書と証拠からは実質的な改善は確認できない」といった抑制的な表現が繰り返される。
評価枠組みは、2025年8月8日に全面適用となった欧州メディア自由法(EMFA、規則2024/1083)のうち、メディア捕獲に直結する4つの保護措置である。公共サービスメディアの独立(第5条)、メディア規制機関の独立(視聴覚メディアサービス指令第30条)、国家資金による報道への影響の防止(第25条)、所有の透明性と多元性の確保(第6条・第22条)の4領域について、2025年版から何が変わったかを2026年9月まで追う。報告書の総括は「紙の上では前進したが、実務では前進していない」というものである。
1年間の推移:二つの法案と止まった時計
スペインのEMFA対応は二本の法案に集約される。一つは2025年7月30日に議会に提出された「デジタルサービスにおける民主的ガバナンスとメディア規制に関する法案」(法案番号121/000068)で、メディア規制機関の新権限、所有の透明性、集中審査を扱う。もう一つは2026年2月に閣議で第一読会承認された「公共部門広告法案」で、国家広告の配分を扱う。報告書の時系列は次のとおりである。
| 時期 | 出来事 |
|---|---|
| 2025年10月 | 2017年に期限切れとなった公共放送RTVEの枠組み命令を起草する議会小委員会が発足 |
| 2026年2月 | 閣議が公共部門広告法案を第一読会で承認 |
| 2026年4月 | 規制機関CNMCが広告法案を支持しつつ上限設計に疑問を呈し、執行人員の不足を改めて警告 |
| 2026年6月 | 国王令法16/2026がRTVE資金法を改正し、国庫への債務9億4,000万ユーロを帳消しに |
| 2026年7月 | フアン・ホセ・ガヌサがCNMC委員長に就任、新委員3人も従来規則で任命。政府の機関広報局長が辞任 |
| 2026年9月 | RTVEのニュース評議会が外部制作番組での首相インタビューを批判。法案121/000068は議会で修正案審議段階のまま |
| 2026年12月 | 政府のメディア広告枠一括購入の枠組み協定が、後継協定がなければ失効 |
報告書外の背景として補足すると、二本の法案はいずれも、ペドロ・サンチェス首相が2024年4月に妻をめぐる捜査報道を受けて「泥のマシーン」と呼ぶ報道環境への対抗を打ち出し、同年9月に閣議決定した「民主主義のための行動計画」に連なる。同計画は、虚偽情報を拡散する「疑似メディア」への公的広告の流入を問題視し、EMFAの国内実施を名目に広告配分と所有の透明化を掲げた。政府による偽情報対策の言説がメディア規制の改革と結びついている点で、スペインのEMFA実施はそれ自体が政治的争点になっている。
規制機関CNMC:新体制と未完の権限
スペインの視聴覚分野の規制は、2013年に競争当局と複数の分野別規制機関を統合して発足した国家市場競争委員会(CNMC)が担う。報告書が確認する最大の制度的変化は2026年7月の指導部刷新である。経済学・規制・競争政策を専門とするポンペウ・ファブラ大学教授フアン・ホセ・ガヌサ・フェルナンデスが7月22日、カニ・フェルナンデスの後任として委員長に就き、新委員としてカルメン・バルサ・パスクアル、ジョアン・カプデビラ・イ・エステベ、マリーナ・エチェバリア・サエンスが加わった。委員長と委員2人の6年任期の満了に加え、空席1を埋める人事で、CNMC設置法(法律3/2013)第15条の手続、すなわち政府の指名、議会の公聴会、国王令による正式任命に沿って進められた。
それでも政治的独立性への批判は残った。報道はバルサ、カプデビラ、エチェバリアをそれぞれ与党社会労働党(PSOE)、カタルーニャ共和左派(ERC)、左派連合スマールの後押しによる人選と伝え、委員会には国民党(PP)やVoxの推薦者が一人もいない。PPは協議がなかったと抗議し、両野党は候補の独立性を疑問視して任命阻止を試みたが失敗し、議会委員会は4人全員を適格とし利益相反も認めなかった。
権限面では停滞が続く。法案121/000068は基準日時点で下院の修正案審議段階にとどまり、修正案提出期限は延長が繰り返されている。CNMC自身のEMFA情報ページは、各国規制機関に想定される追加権限の行使には未成立の授権法が必要だと明記し、2026年行動計画も11ページで、デジタルサービス法(DSA)とEMFAに基づく組織再編と追加業務を、時期未定の法的授権に条件づけている。財政面では、2026年1月までに新たな国家予算が成立しなかったため前年度予算が自動延長され、前委員長が求めた追加資源の手当ては不透明なままである。設置法第34条は、所管省庁を経由して処理される拘束的な支出上限つきの予算制度を維持しており、行動計画自体が予算と人事の自律を効率的運営の条件として改めて挙げている。
報告書はEMFAが直接適用される規則である以上、既存の視聴覚監督が止まったわけでも義務が停止したわけでもないと断ったうえで、欧州の義務と国内の執行能力の間の溝を最も差し迫った問題とする。EMFA第7条は視聴覚メディアサービス指令第30条の独立性要件をEMFA上の任務にも拡張し、十分な財政・人的・技術的資源を求める。この基準に照らし、報告書は2025年版の区別、すなわち形式的な保障はあるが実効的な独立は部分的にとどまるという判定を維持している。
公共放送RTVE:期限切れの枠組み命令と外部制作番組
公共放送RTVEについては規制の変更がなく、理事会と会長の任命手続も外部監督の仕組みも従来のままである。報告書外の背景として補足すると、理事会は2024年1月の国王令法で10人から15人に拡大され、議会の党派配分による選任が続いており、2025年版はこの制度の下で実効的な独立が欠けていると判定していた。
1年間の主な動きは、RTVEの「枠組み命令」の起草である。枠組み命令はRTVEの公共サービス任務、資金、評価指標を定める複数年の基本文書で、最初で唯一の命令は2017年に期限切れとなり、以後延長され続けてきた。起草はRTVEを監督する上下両院合同委員会に移り、同委員会が設けた専門小委員会が2025年10月の発足以来20回以上会合を重ね、専門家、研究者、RTVE職員を招いて資金モデル、独立性、多元性、公共サービス評価の新指標を議論してきた。ただし草案は公表されておらず、承認時期も見通せない。報告書が注意を促すのは委員会の構成で、合同委員会とその小委員会は二大野党のPPとVoxが支配しており、作業の遅延や阻止もあり得るとする。
報道内容をめぐる摩擦も記録されている。RTVEの記者が選出する内部機関であるニュース評議会は、9月9日に外部制作番組『Mañaneros 360』で放送されたサンチェス首相のインタビューを批判した。根拠は、現行の枠組み命令がニュースと公的番組の自社制作率100%を目標に掲げているのに、インタビューがRTVE報道局ではなく外部制作会社の番組で行われた点にある。評議会はすでに2026年1月、外部委託の『Mañaneros 360』と『Malas Lenguas』を偏向的でRTVEの報道指針に反するとする報告書をまとめており、El Mundoの報道によれば両番組の編集判断はRTVE外部の人間が下していると指摘していた。
資金は引き続き主に一般国家予算から拠出される。報告書が主要な変化とするのは2026年6月の国王令法16/2026である。RTVEが負担する特定の税の控除可否をめぐる訴訟が多数係属していることを受け、政府はRTVE資金法を改正し、RTVEが控除できない税は同社が提供する公共サービスの費用の一部とみなすと定めた。これにより国は2015会計年度以降の控除不能な付加価値税を公共サービス費用として補填することになり、その総額は推計9億4,000万ユーロに上る。実質的には国庫に対するRTVEの債務の帳消しである。
国家広告:35%上限と調達モデルの転換
2025年時点の評価は、機関広告を律する法律29/2005には配分の検証可能な基準がなく、年次報告に媒体別・プラットフォーム別の内訳もなく、CNMCの監督は事後的だとして、第25条を部分的順守と判定していた。1年間で現行枠組みは変わらなかったが、立法と契約の二つの改革が並行して動き出した。2026年2月24日に閣議が第一読会承認した公共部門広告法案は、法律29/2005を廃止しEMFAを国内実施するもので、主な規定は次のとおりである。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 依存上限 | 国・自治州・地方の3層政府からの広告収入は、媒体・プラットフォームの年間純売上高の35%まで |
| 適用除外 | 売上高200万ユーロ以下で、視聴者が隣接する3自治州以内に集中する媒体 |
| 対象拡大 | オンラインプラットフォームを規制対象の受け手に追加 |
| 配分の前提 | 認証された視聴者測定システムと料金の透明性を要件化 |
| 登録と報告 | CNMCが管理する公的登録簿への登録、受け手の実質的所有者を特定する年次報告を6月30日までに議会へ提出 |
| 監督体制 | CNMCが監督し、独立機関を持たない自治州の情報も集約。機関広告・広報委員会を広告・広報委員会に改称し、国の商業広告と価格設定に権限拡大。通信担当国務長官が技術支援 |
CNMCは4月30日の意見書で法案を好意的に評価しつつ、3点を指摘した。第一に上限の非対称性で、特定地域で活動する媒体は売上高の最大100%を公的広告に依存できてしまう。第二に、自治州の補完的規定が経過的なものであることを明記すべきだという点、第三に、組織と人員の不足である。さらに法案121/000068も下院経済・通商・デジタル変革委員会で並行審議され、2026年前半を通じて公聴会が開かれており、両法案がともに公的資金に関する登録簿と透明性義務を想定しているため、二つの枠組みの調整という問題が生じ得ると報告書は指摘する。
契約面では、政府の広告枠一括購入を定める枠組み協定50/2023が、調達集中化を担う財務省の調達合理化・集中化総局によって2026年12月18日、または新協定の発効まで延長された。業界紙Dircomfidencialが報じた新モデルは、現行の評価方式を逆転させる。
| 枠組み協定 | 技術的基準 | 経済的基準 |
|---|---|---|
| 50/2023(現行) | 0% | 100% |
| 策定中の新モデル | 70% | 30% |
新モデルは、最大99%に達した値引き競争を手数料制の報酬に置き換え、ソーシャルメディアへの配分比重を下げて編集責任を負うメディアを優先する設計だという。人事面では7月7日、機関広告を配分する部署を率いてきた機関広報局長ホセ・マヌエル・ネバドが辞任した。El Españolは政府筋の話として、部署の将来をめぐる政府との意見対立が理由だと報じ、後任には通信担当国務長官府で機関広告課長を務めていたマリア・テレサ・ベリリャ・デ・ラ・ロチャが就いた。6月入札・9月落札という予定は守られず、延長期限は12月に迫る。報告書の結論は、第25条への収斂は1年たっても「おおむね計画段階」にとどまるというもので、124件・1億5,560万ユーロを見込む2026年機関広告・広報計画は2005年の枠組みのまま執行される。改革は、それが律するはずの支出サイクルの後に来ることになる。
所有の透明性と集中審査:法案121/000068の設計
2025年版は第6条・第22条について、所有の透明性の枠組みがほぼ視聴覚分野に限られている点と、メディア多元性と編集の独立の観点から市場集中を審査する固有の手続がない点を指摘していた。2026年9月時点でいずれも解消されていない。法案121/000068は、透明性について、視聴覚分野を律する一般視聴覚通信法(法律13/2022)の適用範囲を報道メディアに拡大し、CNMCが管理し地方の登録簿と連携する国のメディアサービス提供者登録簿を創設する。全国規模の事業者は、EMFA第6条1項が定める情報、すなわち影響力を行使し得る直接・間接の所有者、実質的所有者、国家広告として配分された公的資金の年間総額、第三国の公的機関・主体からの広告収入を登録し更新する義務を負う。登録は情報提供目的で、営業許可の性格は持たない。透明性義務の不履行、編集判断の自由を守る比例的措置の未整備、ニュースの提供に影響し得る利益相反の不開示は違反行為とされる。
集中については、競争法上の一般的な企業結合規制に加え、多元性と編集の独立への影響を評価する固有の手続を設ける。全国または複数地域にまたがる取引はCNMCが、単一地域内の取引は地方当局が審査し、EMFA第22条2項の基準を適用して、肯定的評価、約束や条件の付与、否定的評価のいずれかを下す。重大な悪影響が非常に深刻と認められる場合、CNMCは取引を禁止するか特定の約束を条件とすることができる。登録簿の運用も集中審査の詳細手続も、成立後の下位規則に委ねられる。
報告書はここで法的な位置づけを整理する。EMFA第6条3項の編集判断の独立と利益相反開示の保障は2025年2月8日から、第6条1項と第22条を含む規則全体は2025年8月8日から適用されており、移行を待つ指令ではない。スペインに欠けているのは、第6条2項が想定する国のメディア所有データベースや第22条が求める実体・手続規則など、規定を機能させる国内の制度装置である。その欠落の帰結を、報告書は2026年の外部評価で確認する。
| 評価 | 内容 |
|---|---|
| 欧州委員会・法の支配報告書2026 | 視聴覚サービス、動画共有プラットフォーム、インフルエンサー以外のメディアについて所有の透明性への懸念が継続 |
| Media Pluralism Monitor 2026 | メディア提供者の多元性は「非常に高いリスク」のまま。所有の透明性指標は「非常に高いリスク」から「中低リスク」に改善 |
| Euromedia Ownership Monitor 2025 | 分析した24媒体中13媒体で所有構造が複雑または非常に複雑。実質的所有者を直接開示する媒体は極めて少なく、媒体単位の財務情報も限定的 |
Media Pluralism Monitorは欧州大学院大学のメディア多元性・メディア自由センターが実施する加盟国別の定点評価、Euromedia Ownership MonitorはEU資金による所有構造の比較調査で、スペイン編は2025年9月15日までの情報に基づき同年12月に公表された。報告書は後者を2026年の悪化の証拠ではなく基準値として扱うべきだと断っている。所有の透明性指標の改善について、欧州委員会自身が予定される法改正、特に国の登録簿と新たな透明性要件の創設に結びつけている一方、委員会が聴取した関係者は、改革が発効するまで現行法では所有の透明性を保証できないと見ている。
報告書の結論と論点
「状況は改善したか」という問いへの報告書の答えは「紙の上でのみ」である。二本の法案が成立すれば2025年版が指摘した欠落の大半は埋まるが、いずれも成立していない。法案121/000068は1年以上議会にあり、広告法案は第一読会承認にとどまり、CNMCはその上限に疑問を呈し人員不足を再び警告した。CNMCの新権限は授権法待ちで、予算は延長予算に縛られ、新委員会は従来の手続で任命された。RTVEのガバナンスは変わらず、2017年に期限切れとなった枠組み命令は野党支配の委員会が起草している。1億5,560万ユーロの2026年機関広告計画は旧規則で執行される。
ここから先は独自の分析である。ルーマニア編との対比で見ると、スペインの問題は制度不在ではなく制度の完成が政治的分極によって宙づりになっている点にある。CNMCの委員会には与党側の推薦者しかおらず、野党は独立性を疑う。逆にRTVEの将来像を決める委員会は野党が握り、与党寄りとされる外部制作番組をめぐって局内のニュース評議会と経営陣が対立する。規制機関も公共放送も、片方の陣営が支配する機関がもう片方の陣営を監督する構図に置かれ、EMFAが求める独立性はどちらの側からも担保されていない。もう一つの論点は、偽情報対策と広告改革の結びつきである。広告法案の起点にある政府の「疑似メディア」対策は、公的広告への依存度の上限やプラットフォームの規制対象化、ソーシャルメディア配分の削減という形で具体化したが、CNMCが指摘したように地域媒体への適用除外は売上高の全額を公金に依存する余地を残す。偽情報を拡散する媒体への公金流入を断つという政策目的と、政府に依存しない地域メディアの育成という多元性の目的が、同じ上限設計の中で衝突している。改革が旧規則下の支出サイクルの後に来るという報告書の指摘は、こうした設計上の論点が検証される前に、さらに1年分の公的広告が従来の不透明な方式で配分されることを意味している。


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