「Misinformation and Its Correction」:誤情報はなぜ訂正されにくいのか?

論文紹介

はじめに

 心理学者であるステファン・ルワンドウスキーらの論文「Misinformation and Its Correction: Continued Influence and Successful Debiasing」は、誤情報の「訂正の難しさ」と「その効果的な対策」について詳細に解説しています。この論文が驚くべき点は、10年以上前に書かれたものであるにもかかわらず、その内容が今なお鮮明に私たちの誤情報対策に関わっていることです。本記事では、この論文の内容と、誤情報訂正における興味深いメカニズムを考察します。


誤情報の持続的な影響と「継続的影響効果」

 論文は、誤情報が人々の認知や意思決定に及ぼす「継続的影響効果(Continued Influence Effect)」に注目しています。これは、誤情報に対して訂正がなされても、元の誤情報が記憶に残り、意思決定に影響を与え続ける現象です。

 例えば、ある事件について誤情報が報道された後、訂正報道が出ても人々の記憶には最初の誤情報が強く残り、訂正された内容は十分に反映されないことがよくあります。なぜこんなにも訂正が難しいのでしょうか?それは、感情的な影響や最初の情報の「印象」が強く、訂正情報がその影響を打ち消すのが難しいからです。

 この継続的影響効果は、特に政治や宗教のように価値観と密接に関係するテーマにおいて顕著であり、個人の信念や偏見をさらに強化してしまうことがあるため、非常に厄介です。

「バックファイア効果」とは?訂正が逆効果になる現象

 誤情報の訂正には「バックファイア効果(Backfire Effect)」という、興味深い現象も発生しがちです。バックファイア効果とは、訂正が逆に誤情報を強化してしまう現象です。たとえば、ある人が強く信じている誤った情報が訂正された場合、その人は訂正を受け入れず、むしろ自分の信念をさらに強固にすることがあります。

 この効果が生じる背景には、自己防衛機能や「確証バイアス」があります。人は、自分の信じている情報を守ろうとする心理的傾向があり、特に価値観やアイデンティティに関わる情報が訂正されると、拒否反応を起こしやすくなるのです。つまり、訂正が逆に誤情報を信じる気持ちを増幅させてしまうのです。


誤情報の影響を減少させる効果的な方法

 論文では、誤情報の影響を抑えるためのいくつかの有効な方法を提案しています。ここでは、それぞれの方法について見ていきましょう。

1. 事前警告(Pre-bunking)

 事前警告は、誤情報が提示される前に、その情報が誤っている可能性があることを警告する方法です。たとえば、「これから紹介する情報には誤りが含まれているかもしれません」と事前に伝えることで、読者や視聴者が警戒心を持って情報に接することができ、誤情報の影響を低減させる効果があります。これは、ワクチンのように「先に軽度の免疫を付けておく」という考え方に近いアプローチです。

2. 筋の通った代替説明の提供

 単に「この情報は誤りです」と伝えるだけでは、受け手にとって納得しにくい場合があります。そこで、誤情報に代わる筋の通った代替説明を提供することが効果的です。例えば、陰謀論に対してただ否定するのではなく、科学的根拠に基づく説明を丁寧に示すことで、受け手が新たな理解を形成しやすくなります。代替説明を提供することで、受け手は情報を再解釈し、誤情報への依存度を低下させることができます。

3. 繰り返し訂正を行う

 一度の訂正では、誤情報の影響を完全に消すことは難しいため、繰り返し訂正することが有効です。たとえば、ニュースメディアやSNSで誤情報が広がった場合、複数回にわたり訂正情報を提供し、様々なチャネルで発信することで、誤情報の影響を減少させることができます。こうした繰り返しによって、訂正情報が記憶に残りやすくなり、誤情報の影響を薄めることが期待できます。


誤情報訂正の難しさ:なぜ私たちは誤情報を信じてしまうのか?

 私たちが誤情報に騙されやすいのは、心理的なバイアスや感情が大きく影響しているからです。特に、人は印象深い情報や感情を揺さぶる情報を強く記憶する傾向があります。また、繰り返し目にする情報は真実とみなす「熟知効果(Illusory Truth Effect)」もあり、最初に見た情報が誤っていても、繰り返されると信じてしまうのです。

 さらに、SNSやインターネットの普及は、このようなバイアスを加速させています。SNSでは、アルゴリズムにより興味関心に合う情報が多く表示され、エコーチェンバーやフィルターバブルの中で情報が拡散されるため、誤情報が訂正されにくい環境が作り出されています。これにより、ますます誤情報の訂正が難しくなっています。


考察:今後の誤情報対策に向けて

 論文が示している対策方法は実践的である一方で、これらを効果的に適用するためにはいくつかの課題もあります。例えば、事前警告や代替説明は、適切に実施されなければ逆効果となる可能性もあります。また、メディアやSNSプラットフォームは、誤情報の影響を低減するために訂正を繰り返し提供する必要がありますが、現実にはそれが難しい場合もあります。

 社会全体のリテラシー向上も重要です。教育現場での批判的思考やメディアリテラシー教育を通じて、誤情報に対抗する力を養うことが必要です。個人が情報の正確性を自ら評価できる力を持つことは、誤情報の影響を減らすための最も強力な手段といえます。

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