「広告」でも「報道」でもない──インフルエンサーが壊す選挙の枠組み

「広告」でも「報道」でもない──インフルエンサーが壊す選挙の枠組み 民主主義

 SNSで見かける政治的な投稿。応援メッセージのように見えるが、それは広告なのか、それとも単なる個人の意見なのか。その曖昧さが、今や選挙制度の根幹を揺るがす問題になっている。

 オタワ大学の研究チームが2025年4月に発表した報告書『Influencers and Elections: The many roles content creators play』は、インフルエンサーが現代の選挙で果たす役割を8つに分類し、それぞれの実例を通じて制度的な課題を明らかにする。重要なのは、これが単なるメディア環境の変化ではなく、選挙の法制度そのものに対する挑戦であるという点だ。

インフルエンサーが制度の外から動かす選挙

 報告書が取り上げる8つの役割──広告主、著名人、メディア、運動員、データブローカー、記者、ロビイスト、そして一般人──は、それぞれ異なるように見えて、共通して選挙制度の「想定外の存在」となっている。

 たとえば、2024年の米大統領選では、民主党がインフルエンサーに約250万ドルを投じ、200人以上を全国大会に招待した。そこで彼らは候補者と並んで写真を撮り、動画を投稿する。しかし、それは広告として開示されていない。投稿内容は「個人の体験」として拡散されるが、その背後には明確なキャンペーンの意図がある。

 一方、ブラジルではYouTuberのフェリペ・ネトがルーラ候補を支持し、テレビCMのナレーションまで務めた。本人は報酬を否定しているが、その影響力は政党関係者に匹敵する。支援か戦略か、境界はあいまいだ。

 カナダでは、保守党党首ピエール・ポリイヴルが心理学者ジョーダン・ピーターソンのYouTube番組に出演し、政治的メッセージを発信。伝統的なメディアではなく、質問も編集も自身に有利な場を選ぶことで、より効果的な発信が可能になる。

 インフルエンサーがこうして「広告主」「著名人」「メディア」として機能することで、政治キャンペーンは、透明性の義務や広告規制を回避しながら、大衆に訴えかける手段を獲得している。

データと信頼、そして制度の空白

 報告書が注目するのは、インフルエンサーの影響力が単なる「発信力」ではないという点だ。彼らはフォロワーの属性や関心を把握しており、収集した情報をマーケティングに活用する「データブローカー」としての機能も持つ。法的にはグレーなこの領域で、個人情報が選挙戦略に組み込まれている可能性がある。

 また、インフルエンサーの語りは「本音」に見えるが、その多くは戦略的に設計された“演出された本音”だ。フォロワーとの関係性──いわゆるパラソーシャル関係──が信頼を生み、それが候補者への信頼に転送される。これが「報道」とは異なるかたちで、政治的意思決定に影響を与えている。

 報告書は、こうした現象の背後には制度的な空白があると指摘する。広告と認定されない限り、選挙資金としての報告義務もなく、広告表示義務も課されない。ジャーナリストでない限り、ファクトチェックや倫理規定の対象にもならない。プラットフォーム上での投稿が、いつの間にか政治を動かしている。

外国干渉と偶発的政治化

 さらに報告書では、ロシアからの資金で運営されていたとされるTenet Mediaの事例を取り上げ、インフルエンサーを経由した外国干渉のリスクにも言及している。複数の保守系インフルエンサーが、意図的に親ロシア的な言説を拡散していたとされ、資金の流れも不透明なままだ。

 一方で、明確な政治的意図を持っていなかったユーザーが、バズによって「政治インフルエンサー化」するケースもある。2024年の英国選挙では、政治的な投稿を偶然拡散させてしまった一般人が、その後も注目を集め続け、政治的影響力を持つようになった。

 政治的影響力は、今や意図して得るものだけではなくなっている。

透明性と規制のための提案

 報告書はこの状況に対し、いくつかの提案を行っている。

  • プラットフォーム外での支払いも含めた広告ライブラリの整備
  • インフルエンサー向けの倫理ガイドラインの策定
  • 市民へのメディアリテラシー教育の拡充
  • 政党による個人データ利用に対する法的規制

 こうした提案はいずれも、インフルエンサーを排除するためのものではない。むしろ、彼らが民主主義の中で果たしている役割の大きさを認めたうえで、透明性と説明責任のための枠組みを整えようとする試みである。

まとめ:制度が見落とした“個人の投稿”

 この報告書が示しているのは、SNS時代の選挙では、制度が“個人の投稿”という形で回り道され、結果として制度の枠組みそのものが空洞化しつつあるという現実だ。

 投稿者本人が「政治活動をしているつもりがない」ことさえある。だが、その投稿が政治的影響力を持ち、制度の穴を通じて戦略的に利用されている。この問題は、もはや技術やプラットフォームの話ではなく、選挙と民主主義の構造に関わる問題なのだ。

 『Influencers and Elections』は、その構造を可視化するための最初のマッピングとして読むに値する。制度が変化に追いつけない時代に、何が規範であり、何が新たなルールとなるのか。そのヒントが、ここにはある。

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