イスラエル・ハマス戦争とルーマニア:偽情報が露わにする分断と操作

イスラエル・ハマス戦争とルーマニア:偽情報が露わにする分断と操作 情報操作

 2023年10月に始まったイスラエル・ハマス戦争は、戦場だけでなく、情報空間においても激しい衝突を引き起こした。Xを中心に拡散された暴力的映像、誤情報、陰謀論。それらの多くは、自発的な誤解や偶然の誤報ではない。国家的な意図のもとで操作された「情報戦」の一部であり、とりわけ中央・東ヨーロッパ地域、特にルーマニアでは、既存の反ユダヤ主義や政治的分断と結びつく形で深刻な影響を及ぼしていた。

 欧州の調査報道ネットワークが2025年4月に発表したレポート『Disinformation Targeting the Israel-Hamas Conflict: Insights from Romania』は、この構造を丁寧に可視化している。以下、その中核的なポイントを見ていく。

戦争が「情報工作」の新たな土壌に

 報告書によれば、イスラエル・ハマス戦争は、単なる地域紛争ではなく、「代理戦争」の性格を帯びてSNS上で消費された。注目すべきはその広がり方だ。Xに投稿された偽の戦闘映像、過去の別地域の写真を使ったプロパガンダ、あるいは「ハマスが使っている武器はウクライナ製」というロシア発の偽情報——こうした情報がルーマニア語圏でも数多く拡散された。

 また、プラットフォーム側の対応も脆弱だった。レポートでは、Xがコンテンツモデレーション体制を大幅に縮小したことで、虚偽の投稿が「正当な現地報道」として錯覚されるリスクが増大したと指摘している。Meta系プラットフォームにおいても、非英語圏のモデレーションへの投資が著しく不足していたことが明らかにされている。

陰謀論のリサイクルと“アップデート”

 ルーマニアにおける偽情報の特徴は、それが単発のフェイクではなく、既存の陰謀論的言説に接続されて再利用されている点だ。

 例として報告されているのは以下のようなものだ:

  • 「イスラエル政府はキリスト教を禁止しようとしている」
  • 「ユダヤ人はAIを使って世界を検閲している」
  • 「カザール系ユダヤ人がグローバル秩序を支配している」

 これらはいずれも、古くから存在する反ユダヤ的陰謀論を、現代的な用語(AI・検閲・戦争)で“翻訳”したものであり、特にコメント欄やブログなどで集中的に拡散されていた。

 また、「イスラエルは10月7日の攻撃を知っていたが、ガザ侵攻を正当化するために見逃した」という“自己演出論”も広まり、少なくとも400件以上の言及が確認されている。その一部は事実を断片的に引用する形で語られるため、反論が難しく、分断を助長しやすい構造を持っている。

社会の“免疫力”の低さと極右の台頭

 レポートの中でもっとも憂慮されているのは、ルーマニア社会の“情報に対する免疫力の低さ”だ。EU諸国の中で最下位に近いメディアリテラシー、ファクトチェック文化の未成熟、そして信頼できる報道へのアクセスの難しさが、偽情報の浸透を助けている。

 こうした土壌の上に、2024年には極右政党が国政選挙で33議席中8議席を獲得。彼らは公然と反ユダヤ的、親ロシア的言説を唱え、情報空間上でもプロパガンダの一端を担っている。これは単なる「ネット上の話」では済まされない。

 2025年1月に行われた世論調査でも、以下のような結果が報告されている。

  • 「ウクライナの武器がハマスに使われた」と信じる人が30%
  • 「イスラエルは攻撃を知っていた」と考える人が25%
  • 「ロシアよりイスラエルの戦争行動の方が悪質」と答えた人が50%

 戦争の“正当性”をめぐって認識が割れ、陰謀論が政治的立場と結びつく構造が浮かび上がる。


おわりに

 本レポートは、イスラエル・ハマス戦争という一つの危機が、いかにして他地域における情報環境や政治構造にまで影響を及ぼしうるかを、ルーマニアという一国を通じて可視化する優れた分析である。単なる戦時下のプロパガンダではなく、既存の社会的分断や政治的極化を「加速」させる触媒としての偽情報のあり方を示しており、他国にとっても決して対岸の火事ではない。

 情報リテラシーの欠如が、国際政治をめぐる誤解を生み、やがて民主的制度そのものを脅かす。この構造の再確認こそが、本報告書を読む意義である。

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