米国心理学会(American Psychological Association, 以下APA)は、米国内の成人を対象に毎年ストレスの実態調査を行っている。2025年版の報告書「Stress in America™ 2025: A Crisis of Connection」は、社会の分断や孤独、そして情報環境の変化が人々の心理と健康にどのような影響を及ぼしているかを分析したものである。調査はThe Harris Pollがオンラインで実施し、対象は18歳以上の成人3,199人である。孤独感の測定にはUCLA三項目孤独尺度(Three-Item Loneliness Scale)が使用された。
本年の調査では、経済的な不安や政治的対立よりも、社会的分断と情報の不確実性が主要なストレス要因として認識されていることが明らかになった。APAは、社会的な不信の拡大が個人の情動や健康行動に及ぼす影響を、定量的に示した。
社会的分断と孤独の関係
回答者の62%が「社会の分断を強いストレスと感じる」と回答した。分断を感じる層では、61%が「他者から孤立している」と答え、分断を感じない層の43%を大きく上回った。また、「仲間外れにされたと感じる」と答えた人は57%(分断ストレス層)と39%(非該当層)であり、「親しい人がいない」と感じる割合もそれぞれ54%と44%であった。
これらの数値は、社会的分断が個人の孤独感を増幅させていることを示している。APAは、社会の分断を「政治的意見の違い」にとどまらず、「日常的な人間関係への不信や断絶を引き起こす情動的ストレス要因」として位置づけている。つまり、分断の経験が直接的に孤立感を強めており、心理的な結びつきの喪失が進行している。
孤独と健康・行動の関連
孤独の影響は心理的な側面にとどまらず、健康状態や行動面にも及んでいた。孤独の高い群では、慢性的な疾患を抱える人が80%に上り、低孤独群(68%)や中間群(66%)よりも高い割合を示した。うつ病や不安障害、慢性疼痛などが主な健康問題である。
行動面でも差が大きい。高孤独群では以下の行動変化が確認された。
- 将来の計画が立てにくい:70%(低孤独群26%)
- 意思決定が難しい:75%(30%)
- 自己管理を怠る:71%(23%)
- 家庭・職場・学校での責任を果たせない:65%(19%)
また、身体的なストレス症状も顕著である。高孤独群の94%が何らかの身体的症状を経験しており、低孤独群の61%を大きく上回った。代表的な症状は、不安(60%)、疲労(53%)、頭痛(48%)、抑うつ(65%)である。
APAは、これらの結果を踏まえ、孤独を「社会的な問題であると同時に、公衆衛生上の課題」と位置づけた。感情的な孤立は、判断力や行動意欲の低下を通じて日常生活の機能を損ない、健康リスクを高めることが明確に示された。
感情的支援の不足と社会的ネットワークの脆弱化
調査では、69%の成人が「この1年で必要な感情的支援を十分に得られなかった」と回答した。前年の65%から増加しており、感情的支援の不足が拡大している。分断を強いストレスとする層ではこの割合が75%に達した。
孤独の度合いに関わらず、支援を求める傾向は全体に共通している。APAはこの結果を、社会的ネットワーク全体の機能低下とみなしている。個人の孤独だけでなく、社会的な支え合いの仕組みそのものが脆弱化しているという点が重要である。支援を求めても得られない状態が、人々のストレスを持続させている。
情報環境の変化がもたらす新しいストレス
2025年版の報告で新たに顕在化したのが、情報環境に関するストレスである。「不正確または誤解を招く情報の拡散(the spread of inaccurate or misleading information)」をストレス要因と答えた人は69%で、前年の62%から7ポイント増加した。「AIの台頭(the rise of artificial intelligence)」をストレスとする人も57%で、前年の49%から上昇した。
この傾向は特に若年層と家庭層に顕著である。18〜34歳ではAIをストレスとする人が65%(前年52%)、学生では45%から78%へ急増した。子どものいる親では、年齢層を問わず60〜70%台で推移しており、教育や将来の仕事への影響を不安視する傾向が見られる。
APAは、こうした結果を「情報の信頼性への不安が日常的ストレスとして定着している兆候」と分析した。情報の過剰さや真偽不明な内容の拡散が、社会的分断と同様に個人の情動に影響を与えている。何を信じてよいかわからない状態そのものが心理的負荷として機能しており、情報環境がストレス構造の一部となっている。
将来への不安と希望の格差
社会的分断や情報不安に加えて、「国の将来」をストレスと感じる人も76%に達している。若年層(18〜34歳)では63%が、社会の状況を理由に海外移住を考えたと答えており、国家的な不安が生活意識にまで及んでいる。
一方で、個人の将来に対しては一定の希望が維持されている。84%が「世代は違っても良い人生を築ける」と回答した。低孤独群では88%、高孤独群では77%であり、つながりの有無が希望の強さに直結している。
また、65%が「国の未来を形づくる責任を感じる」と答え、親世代では72%に達した。APAは、社会的な結びつきが強い層ほど、自己効力感と社会的責任意識を保ちやすいことを指摘している。
結論:信頼とつながりの再構築に向けて
APAの「Stress in America 2025」が示したのは、分断・孤独・情報不安が複合的に作用し、人々のストレス構造を変化させている現状である。これらは相互に関連しており、分断は孤独を増幅し、孤独は健康と行動を損ない、情報の不確実性がそれらをさらに強化する。
報告書は偽情報やAIの倫理問題を直接の主題としてはいないが、提示されたデータは、情報への信頼が失われた社会で人々がどのような心理的反応を示すかを明確にしている。偽情報対策やメディア信頼回復の議論において、この報告は「社会的受容環境の心理的基盤」を理解するための重要な一次資料と位置づけられる。
APAは最後に、「connection(つながり)の回復が、社会の健全さを取り戻す鍵である」と述べている。情報の真偽をめぐる議論の背後には、信頼の欠如と感情的孤立が存在する。信頼を再構築するためには、情報よりもまず人と人の関係の再結合が求められている。


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