翻訳では届かない──アジア系アメリカ人の情報環境と5つの発見

翻訳では届かない──アジア系アメリカ人の情報環境と5つの発見 偽情報の拡散

 「翻訳すれば情報は届く」と考えがちだ。だが、アジア系アメリカ人の情報環境を調査したAsian Americans Advancing Justiceによるレポート『Beyond Language Translation』(2025年4月18日)は、その前提が現実と大きくずれていることを、5つの発見を通じて示している。対象となったのは、15歳から91歳までのアジア系住民101人。中国系、フィリピン系、ベトナム系、インド系など、多様な出自の参加者たちへの聞き取りから、以下のような実態が浮かび上がった。


1. 情報源は人によって全く異なる

 高齢の第一世代移民は、母語によるテレビ放送やメッセージアプリ(WeChat、LINEなど)を主要な情報源としている。一方、若年層は英語のSNS、InstagramやYouTubeを使いこなしている。同じ家に住む家族であっても、情報の経路はまったく交差していない。

 重要なのは、「どこから情報を得るか」は単なる好みではなく、言語能力や文化的背景、そして過去の移民経験に基づいて決まっているという点だ。「アジア系」と一括りにしても、情報エコシステムはあまりに異なる。


2. 同じ語りでも受け取り方が違う

 「模範的マイノリティ」「永遠の外国人」といったアジア系に関する語りは、誰もが一度は目にしたことがあるだろう。しかし、こうしたナラティブがどう受け取られるかは一様ではない。

 ある世代にとっては誇らしい成功譚であり、別の世代にとっては他のマイノリティとの分断を煽る危険な言説でもある。使用しているメディア、政治的な立場、出身国によって、同じナラティブがまったく別の意味を持ちうる。


3. 問題的な語りは日常に溶け込んでいる

 報告書では、露骨なフェイクニュース以上に、「問題的なナラティブ(problematic narratives)」が静かに浸透している様子が描かれている。
コロナ禍以降のアジア系住民への差別的な語り、出身国の体制を無批判に持ち上げる母語メディア、あるいは他のマイノリティに対する偏見が織り交ぜられたYouTube解説──これらは、誤情報というより、「背景を削ぎ落とした物語」の形で広がっている。


4. 家族の中にある“創造的な訂正”

 問題的な語りに直面したとき、それをどう修正するか。ある20代の参加者は、祖母に直接「それは間違ってる」と言うのではなく、姉と一緒に議論を演じて、祖母が自ら「それは違うでしょ」と言い出せるよう仕向けたという。

 このような振る舞いは、単なるファクトチェックではない。関係性のなかで、文化的な敬意を崩さず、情報の解釈をゆっくりと転換させるための創意工夫である。


5. 翻訳ではなく、信頼の通路が必要

 多くの公的機関は、多言語で情報を発信している。だが、それが実際に読まれ、信じられるとは限らない。問題は、訳されているかどうかではなく、「誰がどこでどう伝えているか」なのだ。

 参加者の多くは、政府や大手プラットフォームではなく、地域のラジオ局、小規模なYouTube解説者、コミュニティ団体の発信を信頼している。翻訳された文書よりも、「この人が言っているから信じる」という関係性が重視される。


翻訳された言葉は、理解されたとは限らない

 このレポートが伝えているのは、「翻訳を提供する」ことと「情報が伝わる」ことの間に、大きな隔たりがあるという現実だ。その間にあるのは、言語能力の問題だけではない。信頼、関係、文脈、そして語りの共有である。

 偽情報への対策が、「正しい情報を翻訳して届ければいい」という発想に留まる限り、届かない人は増え続ける。必要なのは、意味を届けるための構造そのものの再設計なのかもしれない。

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