オンライン安全法の実装が生んだ行動の再配線――Ofcom「Online Nation Report 2025」が捉えた検索・年齢確認・潜在的被害

オンライン安全法の実装が生んだ行動の再配線――Ofcom「Online Nation Report 2025」が捉えた検索・年齢確認・潜在的被害 AI

 英国の規制当局 Ofcom が2025年12月10日に年次報告 Online Nation Report 2025 を公表した。構成は「オンライン利用の全体像」「オンライン産業のセクター別動向」「成人のオンライン経験」「子どものオンライン経験」「付録(調査ソース)」に分かれる。統計を並べるのではなく、Online Safety Act が実装局面に入った英国で、規制が何を変えたか、ユーザーは何を見てどう感じどう行動しているかを、観測可能な形で記述することが軸になっている。

 成人の経験データは、Ofcom のトラッキング調査 Online Experiences Tracker(OET)を中心に組み立てられる。OET は年2回、英国のインターネット利用者7,000人超をオンラインパネル(YouGov)でサンプルし、2025年6月の Wave 8 から対象年齢が13歳以上から18歳以上へ変更された。方法論の核は、「害」を実害(心理・金銭の損失)として確定させず、「潜在的被害」として測定する点にある。オンライン上で遭遇するコンテンツや行動は、必ずしも心理的・金銭的被害に直結しない。そこで、遭遇の有無は広く捕捉しつつ、影響・遭遇場所・反応は「その期間で最も最近遭遇した潜在的被害」を対象に掘る設計を採る。遭遇率は「過去4週間に遭遇したか」、影響・場所・反応は「その期間で最も最近遭遇した経験」で尋ねる。頻度と経験の詳細を分離して測ることで、「遭遇は多いが影響は相対的に低い」といったズレを、測定の一貫性を保ったまま描ける。

 利用時間や端末構成の基礎指標も整理される。英国成人の個人利用の平均オンライン時間は2025年5月で4時間30分、前年比+10分。18–24歳は6時間20分。スマホがオンライン時間の大半を占め、男性は75%、女性は79%がスマホ由来とされる。だが分析密度が高いのは、次の三点である。

  • 検索と生成AIが、情報流通と収益構造をどう変えるか
  • 年齢確認が実装されたとき、アクセス行動がどう再編されるか
  • 成人が遭遇する潜在的被害が、どの類型で、どの程度の心理的影響を持ち、どこで遭遇し、遭遇後にどう反応するか

 以下、この三点に沿って観測結果の骨格を再構成する。

検索が「リンクの束」から「回答の出力」へ移るとき

 リンク一覧中心の検索が、AI生成の回答(チャット型・要約型)へ重心を移す過程として整理される。問題は、利用者がAIの利便性を採用するほど原典へのクリックが減り、出版社へのトラフィックが減るという構造だ。検索画面の更新に見えて、産業問題として提示される。

 生成AIは「検索の補助機能」ではなく、検索セクター内の競争主体として扱われる。Google 検索は月間30億の英国ウェブ検索で最大でありつつ、AI Overviews(AIO)や Chrome 内 Gemini の展開が進む。一方で ChatGPT は「第二の検索サービス」「AIネイティブの挑戦者」として位置づけられ、2025年8月の英国ウェブ訪問は2.52億、前年同月比+156%。Gemini(+146%)、Claude(+138%)、Perplexity(+100%)も伸びるが規模は小さい。同一の表で並べることで、生成AIが「検索市場の温度」を持つ競争主体になっていることが示される。

 重要なのは、普及が二経路で進む点だ。ひとつは能動的採用として、利用者が ChatGPT などを使い始める。もうひとつは受動的採用として、従来の検索を使っているだけの利用者が、検索結果の上部に差し込まれる AIO を意識せずに摂取する。AIO はキーワード検索クエリの30%でAI支援の概要を提供する段階に達し、YouGov 調査では英国の53%がAI要約をしばしば目にすると答える。非ブランド検索では最大34%にAI要約が含まれる。生成AIの拡大を「新しいアプリの普及」だけとして捉えると、この受動的経路を取り逃す。検索結果画面そのものが変わることで、利用者は要約消費へ寄せられる。

 クリック低下は、メディア流入の問題である以前に検証可能性の問題になる。ChatGPT の英国訪問数は2025年最初の8か月で18億(前年同期間3.68億から増加)。ChatGPT のクエリの9%はニュース・メディア関連である。ニュース比率が無視できない規模で存在し、かつクリックが減る条件下では、AI要約の正確性により高いプレミアムが付く。一次情報への到達が減る環境では、誤りの訂正や反証が「見られないまま」固定化しやすい。規範的主張を長々と述べずに、数字の配置でこの構造が立ち上がるように作られている。

 クリック低下の根拠として、AIO に遭遇した Google 利用者はリンクをクリックする確率が半分近くになり、AIO を見た後にセッションを終了する比率が高い(26% 対 16%)という先行研究が紹介される。さらに「ChatGPT に初めて訪問してから6か月後、検索クリックが26%減る」という図示に接続される。生成AIが「新しい情報源」を増やすのではなく、探索の行動様式そのものを短絡化する方向で観測されている、という整理である。

 同時に、産業構造としての支払い回路が立ち上がりつつある点も具体例で描かれる。OpenAI と News Corp Platforms の有償コンテンツ契約(2024)、Cloudflare の Pay-Per-Crawl(サイト側がAIクローラーに課金できる機能)、Reddit と OpenAI の APIアクセス+広告パートナーシップなどが並べられ、AI検索エコシステムが広告とライセンス取引で収益化され、コンテンツ所有者が取引を結び始めていることが示される。抽象論ではなく「誰と誰が、どの回路を作り始めたか」を、個別事例として置く。

年齢確認が導入されたとき、ユーザーは「消える」のではなく流れ直す

 成人向けサービスに対する年齢確認要件が施行された瞬間、行動がどう変形するかが日次データで追跡される。2025年7月25日の施行を境に、Pornhub などの成人向けサービスのユニーク訪問者が減少し、同時に年齢確認プロバイダへの訪問と VPN 利用が増える。「規制→摩擦→代替経路」という再配線が、同じ時間軸で観測される。

 2025年7月から8月にかけて、Pornhub のユニーク訪問者は31%減、xHamster は28%減、xvideos は24%減。減少は「年齢確認を完了したくない/できない」ことによる可能性が述べられる。施行日当日にはフロントページ訪問のスパイクが観測され、繰り返し失敗したアクセス試行の帰結として推測される。米国・フランス・豪州でも同様の出来事が年齢確認導入時に起きたとされ、単発の国内事象ではなく、介入が引き起こす行動パターンとして一般化可能な形で提示される。

 導入直後の行動変化は、バウンス率(1ページ見て離脱する割合)と平均滞在時間で追われる。年齢確認導入後、Pornhub は他の上位成人向けサービスより高いバウンス率を示したが、8月24日までに以前の水準に戻る。滞在時間も導入直後に低下が見えるが、その後は以前の水準に回復する。規制が需要を消したというより、摩擦によって母集団が選別され、残る層の利用強度が回復する構造が読み取れる。到達の減少だけで効果を測ると、利用強度の再編を取り逃す。

 年齢確認の導入は、年齢確認プロバイダ側のトラフィックにも現れる。導入後最初の4週間で上位5つの年齢確認プロバイダへの英国訪問は750万で、6月の100万未満から急増した。この数字は「年齢確認の実施回数」ではなく「主要ベンダーへのサイト訪問」である点が注記される。回避行動としての VPN も同時に観測され、VPN利用は7月25日以降に二段階で倍増し(7月末と8月初頭)、その後は低下傾向に転じる。VPN が成人向けサービスに対する地理的制限回避(英国からのアクセスで年齢確認を避ける)に使えることが用途として明確化される一方、VPNの数字はアプリ利用(モバイル)に基づきデスクトップを含まない、というデータ限界も同じ箇所で書き込まれる。介入の副作用を測り、測定限界も同時に提示することで、運用記述としての精度を保つ。

 ここで描かれるのは、年齢確認を倫理や規範として論じる枠ではなく、トラフィックが複数の流れに分岐する枠である。分岐は、次の三つとして具体的に観測される。

  • 摩擦で離脱する層(脱落)
  • 年齢確認ベンダーへ向かう層(移動)
  • VPN など回避手段を採用する層(回避)

 介入は何かを減らすだけではなく、別の経路へ押し出し、別の節点を成長させる。日次グラフでこの分岐を同時に立ち上げる点が、介入を「再配線」として捉える観測の骨格になる。

成人のオンライン経験:潜在的被害を「頻度」「影響」「遭遇場所」「反応」に分解する

 成人の経験は「潜在的被害」という枠で整理される。Online Safety Act の射程に入る類型を含みつつ、それ以外も含めて広く捕捉する。プラットフォーム類型も回答者の自己分類に基づくため、法律上のカテゴリと一致しない可能性があることが明記される。規制実装の議論で頻発する「法カテゴリと利用者の認知カテゴリの乖離」を、データ設計の前提として受け入れる。ここで行われているのは「法令準拠の監査」ではなく「経験の追跡」である、という位置づけが明確になる。

 2025年6月時点で、過去4週間に遭遇した潜在的被害の上位は、誤情報(41%)、詐欺・詐取・フィッシング(34%)、一般的に不快な言語(33%)、ヘイト・差別的コンテンツ(26%)などである。上位10項目は2024年6月、2025年1月、2025年6月の比較で提示され、誤情報は39→42→41と高止まりする。他の多くが横ばいまたは微減する中で、「フェイク/欺瞞的な画像・動画」が18→21→22と上昇していることが強調される。上位10は41類型の辞書の一部に過ぎないという注記が入り、測定の射程が「ランキング」ではなく「広い辞書の上の位置づけ」であることが示される。

 属性差も数値の解釈に組み込まれる。女性は不歓迎なフォロー要求、ミソジニー、ボディ・スティグマに遭遇しやすい。男性は誤情報、詐欺、欺瞞的コンテンツを自己申告しやすい。LGB+はトップ10の各項目で遭遇率が高く、ヘイトは49%(LGB+)対23%(非LGB+)で顕著であり、トローリング、ミソジニー等でも高い。ただし LGB+ 回答者は18–34歳比率が高いため年齢が交絡している可能性がある、という注意も付される。差異の提示だけで終わらず、交絡可能性を文章で止める。

 Online Safety Act の「違法コンテンツ義務」が実質的に施行された2025年3月17日(実務規範の発効)を境に、潜在的被害の遭遇がどう変わったかの比較が置かれる。調査対象の潜在的被害は「安定」または「減少」とされ、売春広告、サイバーフラッシング、違法薬物広告、児童性的虐待コンテンツ、人身取引・不法移民促進、リベンジポルノ、武器販売広告などで減少が観察されたと列挙される。ここで動いているのは「違法」や「明確な禁止対象」の類型であり、誤情報のようなグレーゾーンは同じロジックでは動きにくい、という含意が自然に立ち上がる。違法領域の抑制と、合法だが有害な領域の扱いは別設計を要する、という分岐が文中に埋め込まれる。

 潜在的被害を「遭遇の頻度」と「心理的影響」で二次元に置くと、両者の不一致が明確になる。最も最近遭遇した潜在的被害に対し「本当に困った/非常に不快だった」と答えた成人は4人に1人(25%)。女性(30%)、制限のある健康状態のある人(30%)、LGB+(34%)で高い。類型別では、動物虐待コンテンツは過去4週間の遭遇が9%と1割未満であるにもかかわらず、最も最近それを見た人の84%が強い否定的反応を示す。ヘイトは影響62%で遭遇も26%と相対的に広い。一方で誤情報は遭遇が最大(41%)だが強い否定的反応は22%にとどまる。頻度と影響の非対称性が、介入の優先順位を考える座標として提示され、ユーザー数ベースのリーチだけでなく高影響低頻度のカテゴリを別枠で扱う必要がある、というリスク評価上の示唆が得られる。

 誤情報については遭遇率の提示に止まらず、種類と流入経路が示される。最も一般的に遭遇する誤情報は政治・選挙関連(29%)と戦争・紛争関連(25%)で、いずれも前年から増加している。特に戦争・紛争は16%→25%と増加が大きい。「最も最近遭遇した誤情報」の発信源は、SNS上の見知らぬ人など「知らない相手」が43%で最大である。テーマ(政治・戦争)と流入経路(見知らぬ相手)の二軸を与えることで、誤情報を一般論ではなく具体的な情報環境として把握させる配置になっている。

 前年からの変化として強調されるのが「偽・欺瞞的な画像/動画(ディープフェイク等を含み得る)」である。成人の5人に1人強(22%)が過去4週間に遭遇し、前年から+4ポイント。18–34歳では32%と高く、男性は25%で女性より高い。「ディープフェイク」という語に狭く寄せず、広いラベルで自己申告として測ることで、生成AIによる高精度偽造だけでなく、従来型の編集・切り抜き・再文脈化された映像も含まれ得ることを示す。対策が「生成AIだけ」を対象にしても実態に追いつかない可能性が、この測り方から逆照射される。他方で自己申告である以上、何を欺瞞と感じるかの認知差も混入するが、そこで議論を拡散させず「遭遇が増えている」という観測として提示する。

遭遇した後、人は何をするか:通報より先にスクロールがある

 潜在的被害の測定は「遭遇」で終わらず「反応」に進む。2025年6月、潜在的被害に遭遇した成人の40%は、スクロールして通り過ぎるか何もしない。18–24歳で49%、25–34歳で42%と若年層ほど比率が高く、55歳以上では36%である。スクロールという最小行動は、是正の観点からはゼロ行動に等しいが、本人にとっては被曝の遮断という自己防衛になる。通報やブロックといった可視的行動を前提に設計されがちな統治に対し、最大反応の一つが「無視」であることが、規範論ではなく行動分布として示される。

 通報・苦情申し立ての経験も定量的に掘られる。2025年6月、通報プロセスへの不満は36%、満足は34%で拮抗し、女性や55歳未満が不満を持ちやすい。決定的なのは、通報した人のうち「結果を知っている」人が3分の1(33%)しかいない点である。「まだ何も起きていない」が52%、「分からない」が15%。削除されたと認識しているのは19%、書面の返信を得たのは9%未満。結果の認知と満足度は相関し、結果を知らない人の43%が不満、知っている人では25%が不満に下がる。満足は56%(結果を知っている)対20%(知らない)と大きく開く。「通報が機能しない」という印象を、結果の不可視性という設計問題へ切り分ける配置になっている。ユーザーが求めているのは削除という結果だけではなく、「何が起きたか分かること」そのものだ、という条件がデータとして立ち上がる。

 成人がインターネットの社会的影響をどう評価しているかも扱われる。2025年はオンライン影響に関するメディア注目が強く、Online Safety Act の義務が順次施行され、個人の体験談や組織の知見が共有されたことが、全体的なセンチメント低下に寄与した可能性が示される。重要日程として、年齢確認義務(2025年1月17日)、違法コンテンツの実務規範(2月24日公表、3月17日発効)、子ども保護の実務規範(7月4日公表、7月25日発効)がまとめて注記される。規制は安全を増す介入である一方、規制の話題化そのものが「オンラインは危険だ」という認知を増幅させ得るという二面性が、マイルストーンとセンチメントの重ね方として表現される。

子どもの経験:量的測定と質的追跡を役割分担で重ねる

 子どものオンライン経験は、量と質の異なる測定を役割分担で組み合わせる設計が明確に示される。受動計測、定量トラッカー、質的縦断である。付録には、8–14歳の子どもの利用を代表サンプルで受動計測する Children’s Passive Online Measurement(CPOM)が記述され、端末にモニタリングソフトを入れて28日連続で測定し、単一ソースでデバイス間重複を避けた到達測定を優先する、という手法意図が書かれる。

 子どもの露出・安全ツール利用を測る Children’s Online Safety Tracker(COST)は年2回の新しいトラッキングで、OETから子ども部分を切り離して独立させたこと、方法が異なるため OET と COST の直接比較はできないこと、学校パネルとオンラインパネル(親経由)を組み合わせるハイブリッド法であることが明記される。「比較不能」を先に置くことで、政策コミュニケーションでの誤用を防ぐ。質的側では、8–17歳の15人からなる子ども・若者パネルを多様性確保の上で募集し、オンライン日記とインタビューから洞察を抽出するが、活発なオンライン利用者を意図的に採用したため平均的な子どもを代表しない、と述べる。代表性のある量的測定と、代表性は薄いが早期兆候を拾う質的測定を役割分担として分け、「レアイベントを量で拾えない」「量で拾えるが意味が分からない」という二重の問題に調査設計で応答する。

統治の現実は摩擦と再配線として現れる

 三つの柱は別々の話ではない。検索と生成AIの観測は、検索画面の変形が利用行動を要約消費へ寄せ、クリックを減らし、一次情報への到達を細らせることで検証可能性を劣化させる構造を示す。年齢確認の観測は、摩擦の挿入が需要を消すのではなく、母集団を選別し、年齢確認ベンダーという新たな節点を立ち上げ、VPNという回避経路も同時に成長させる構造を示す。成人の経験の観測は、潜在的被害を「遭遇」「影響」「遭遇場所」「反応」に分解することで、頻度と影響が一致しない非対称性、そして通報よりもスクロール(無視)が大きな塊として存在する行動分布を示す。通報が可視的な是正手段である一方、結果の不可視性が満足度を落とし、参加を弱めることも同じデータで示される。

 ここで立ち上がる統治像は、禁止/許可や自由/安全の二項対立ではなく、摩擦が行動を再配線するという実務的な構造である。要約が探索を短絡化し、規制は摩擦として埋め込まれ、ユーザーは通報より無視を選びがちで、無視はシグナルを弱める。検索、年齢確認、潜在的被害という異なる領域が、トラフィック/遭遇/影響/反応という共通の観測言語で束ねられ、再配線の具体形として提示される。

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