制度の外にある責任──Southport事件を“収益構造”から再構成する

制度の外にある責任──Southport事件を“収益構造”から再構成する ヘイトスピーチ

 2024年夏、イギリス各地を揺るがした暴動の発端は、Southportでの一件の殺人事件だった。加害者の身元に関する誤情報がX上に拡散され、イスラム系移民への敵意が炎上の火種となった。筆者はこれまで、事件初動での警察の広報の空白(「虚報が火種になった」)や、警察監察機関HMICFRSによる制度不備の指摘(「SNSと偽情報が暴動拡大に与えた影響」)について紹介してきた。

 だが、いま振り返るなら、あの時問題だったのは「情報の欠如」や「対応の遅れ」だけではない。そもそも、なぜあれほどの誤情報が、あれほどの速度と規模で可視化されていったのか。2025年7月に英国下院の科学・技術・イノベーション委員会が発表した報告書「Social media, misinformation and harmful algorithms(HC 441)」は、この問いに真正面から取り組んでいる。


「制度外」にある拡散メカニズム

 本報告書が描く構図は、これまでの制度内分析とは一線を画す。焦点は、SNSプラットフォームのアルゴリズム設計と収益モデルそのものにある。Southport事件を契機に拡散した「Ali Al-Shakati」という偽名や、「移民による組織的犯行」といった憶測が、なぜ何百万ものユーザーの目に触れることになったのか──それは、センセーショナルで扇動的な投稿がエンゲージメントを稼ぎ、広告インプレッションを生むという収益構造と不可分だった。

 XやTikTok、Metaなどが設計した「発見性を最大化する設計」こそが、誤情報の拡散を駆動した、と報告書は断じる。しかもこれは、単に“企業倫理”や“運用上の失敗”ではなく、収益最適化という合理的な目標の結果である。Southport事件の拡散は偶然でも暴走でもない。むしろ、計算されたアルゴリズムが、結果的にヘイトと偽情報を「収益可能な資産」として選別してしまった構造があった、というのが報告書の立場である。


Online Safety Actの限界

 興味深いのは、2023年に成立したOnline Safety Act(OSA)に対する評価である。報告書は、「OSAが完全に実施されていたとしても、Southportでの情報爆発は防げなかっただろう」と明言する。その理由は明確だ。OSAが規制対象とするのは、基本的に「違法コンテンツ」か「子どもに有害な内容」に限定されており、Southportで拡散したような「合法だが有害」な投稿は規制の網の外にある。しかも、OSAはユーザー個人の表現に重点を置くが、実際に問題を引き起こしているのは「プラットフォームの設計そのもの」だという指摘がなされる。

 これは、制度の枠組みと現実の情報拡散メカニズムとの間に、深い乖離が存在することを意味している。


「設計責任」という論点の浮上

 報告書が打ち出す提言は、従来の“モデレーション強化”のような表面的対応とは異なる。たとえば:

  • レコメンドアルゴリズムの外部調査:どのような設計がどう有害情報を拡散させたのかを検証可能にする。
  • リセット権(Right to Reset):ユーザーがアルゴリズム履歴を削除し、無影響な状態に戻れる制度。
  • 収益制裁:重大な制度違反があった場合、プラットフォームの売上10%相当までの制裁を科す仕組み。

 これらは、「情報がどう扱われるべきか」ではなく、「情報がどう設計されて届けられているか」に焦点を当てている。つまり、誤情報という現象を、倫理や言論ではなく、設計工学と制度経済の問題として捉える視座が提示されている。


「誰の制度の外側なのか」

 HMICFRSは「制度が存在しなかった」と述べ、警察庁も「制度的対応が不可能だった」と応じた。しかし科学技術委員会の報告書は、さらに一歩進んで、こう問うているように見える:

そもそも、その制度の外側で設計され、収益化されてきた空間に、われわれは何の規制手段も持っていなかったのではないか?

 これは、単にSouthport事件を再検証するというよりも、あの事件が暴いた“規制不能性”を可視化しようとする試みである。そしてそれは、現代の情報空間が持つ深い構造的脆弱性に直結する問題でもある。


さいごに

 Southport事件をどう捉えるかは、情報の真偽や暴力の動機を超えて、われわれがどのような制度の中で、どのように設計された情報にさらされているかを問う問題に変わりつつある。科学技術委員会の報告書は、情報の「内容」ではなく、「構造」に責任を問う。その視点は、今後の偽情報対策の本質的論点となるだろう。

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