スーダンの偽情報とヘイトスピーチ—平和を揺るがす情報戦

スーダンの偽情報とヘイトスピーチ—平和を揺るがす情報戦 ヘイトスピーチ

 偽情報とヘイトスピーチは、単なる言葉の問題ではなく、暴力を扇動し、社会を分断し、政治的混乱を引き起こす強力なツール となる。本記事では、「Hate Speech and Disinformation in Sudan: Impact on Local Peace」(2025年1月30日)という最新の研究を紹介する。この論文は、スーダンの紛争において偽情報とヘイトスピーチが果たした役割を、具体的な事例を交えて分析している。


1. スーダンの偽情報とヘイトスピーチの影響

 この論文は、スーダンにおけるダルフール紛争(2003年〜)や2023年のスーダン軍(SAF)と準軍事組織RSFの紛争を対象に、偽情報とヘイトスピーチの影響を詳細に検証している。

◼︎ ダルフール紛争とヘイトスピーチ

 2003年に始まったダルフール紛争では、政府とアラブ系民兵(ジャンジャウィード)が非アラブ系住民(フル族、ザガワ族、マサリット族)を標的にした。その際、政府は「Zurga(黒人奴隷)」という蔑称を使い、非アラブ系住民の人間性を否定することで、武力攻撃を正当化した。このような言葉によるプロパガンダが実際の暴力を助長し、ジェノサイドの土壌を作ったことが論文では指摘されている。

 また、政府は国際社会の介入を避けるために「ダルフールでの虐殺は誇張されたもので、政府は関与していない」という偽情報を流した。これは偽情報が単なる国内向けのプロパガンダにとどまらず、国際政治の文脈でも利用された好例だ。

◼︎ 2019年の民主化運動と偽情報

 2019年、オマル・アル=バシール政権が崩壊し、スーダンでは民主化運動が活発化した。しかし、政府はこの運動を抑え込むために「デモ参加者は西側諸国の工作員だ」という偽情報をメディアで流した。さらに、宗教指導者を動員し、「民主化運動はイスラムに反する」とするナラティブを展開した。
「偽情報と宗教的ヘイトスピーチの組み合わせ」が、市民を分断し、デモ隊への敵意を高める要因となったことが論文では述べられている。

 また、SNS(Facebook, WhatsApp, Twitter)では、「デモ隊が略奪や暴動を起こしている」とするフェイク動画が拡散し、実際には政府側が暴力を行っていたにもかかわらず、デモ参加者が加害者であるかのような印象操作が行われた。

◼︎ 2023年 SAF vs. RSF の情報戦

 2023年に勃発したスーダン軍(SAF)と準軍事組織RSFの戦争では、両陣営がSNSを活用し、偽情報を拡散する戦略が取られた。論文では、以下のような事例が紹介されている。

  1. SAF側の偽情報:「RSFは外国の傭兵が支配している」
    • これにより、RSFが「スーダンを侵略しようとしている敵」との印象を与えた。
  2. RSF側の偽情報:「SAFは旧政権の延長であり、戦争犯罪を犯している」
    • SAFへの不信感を煽り、RSFの支持を広げる狙いがあった。
  3. 相手陣営が大量虐殺を行ったとするデマ
    • 「SAFがRSF支持地域で虐殺を行った」「RSFが病院を破壊した」などの未検証情報が拡散し、市民の怒りを増幅。
  4. 「敵が女性をレイプした」というフェイクニュース
    • これによって敵対勢力を完全な悪と位置付け、市民の敵愾心を高める効果を狙った。

 論文では、SNSの影響力が従来の国家主導のプロパガンダを超え、「分散型の偽情報戦」が展開された点を特筆している。


2. 偽情報への対策

 この論文は、スーダンにおける偽情報対策の取り組みも分析している。

◼︎ 草の根の対策

  • 地域対話プログラム
    • 例:「スーダン研究開発機関(SORD)」の活動では、異なる民族グループ間の対話を促進し、誤解を解消する取り組みが行われている。
  • 若者の平和大使プログラム
    • 例:「Salmiya Group」は、スポーツや文化活動を通じて若者同士の交流を促進し、ヘイトスピーチを和らげる役割を果たしている。

◼︎ 法的対策

  • 国際基準(国際人権規約第20条)を参考に、ヘイトスピーチや暴力扇動を禁止する法律を制定する必要性を指摘。
  • 警察や公務員向けのトレーニングで、ヘイトスピーチの危険性を周知。

◼︎ メディアリテラシーとファクトチェック

  • メディア教育を強化し、市民が偽情報を見抜く力を養う必要性。
  • SNSプラットフォームに対する規制強化も提言されている。

3. まとめ

 この論文は、スーダンにおけるヘイトスピーチと偽情報がどのように暴力を引き起こし、社会を分断し、政治を不安定化させたかを詳細に分析 している。
特に、「言葉が戦争を煽る」「SNSが戦争のツールになった」 という点が示唆に富む。スーダンのケースは、偽情報とヘイトスピーチが国家レベルの紛争にどのように影響するかを理解する上で、重要な事例といえる。

 国家主導のプロパガンダだけでなく、分散型の偽情報拡散戦略がどのように展開されるのかを知る上で、本論文は参考になる。

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