米国の連邦議員・閣僚・州知事クラスを標的とした暴力的オンライン言説は、2021年から2025年にかけて241%増加し、月次中央値で5%ずつ拡大し続けている。この数字を導いたのは、X・Reddit・BlueSky・YouTube・フォーラム群から収集した約80万件の投稿を、GPT-4o-miniとGPT-4oによる二段階LLM分類パイプラインで処理した系統的研究「‘Tick tock traitor:’ The rise of violent rhetoric targeting US public officials」だ。Institute for Strategic Dialogue(以下ISD)のNathan Doctor(上級デジタル手法マネージャー)、Katherine Keneally(脅威分析・予防担当ディレクター)、Cody Zoschakの3名が執筆し、2026年2月3日に公開された。
ISD-USとDigital Dispatch形式の位置づけ
ISDはロンドンに本部を置くシンクタンクで、過激主義・外国情報操作・ヘイトコンテンツの実証研究と政策提言を主軸とする。2026年1月1日にはAlliance for Securing Democracy(米国の外国干渉対策研究機関)とISD-USが合併しており、本報告書はその再編後の最初期に発表された研究成果の一つにあたる。発行形式は「Digital Dispatch」——ISD独自の短報・研究速報フォーマットであり、フルレポートよりも迅速な知見の発信を目的とする。今回は方法論の記述が詳細で、定量データも豊富に含まれている。
本研究が偽情報・情報操作研究の文脈で持つ意義は、計測論にある。オンラインの暴力的言説をどのように定義し、大規模データから系統的に抽出し、定量化するかという問いは、ナラティブ操作・政治的暴力扇動・プラットフォームモデレーション効果の研究と共通の基盤を持つ。ISDが本研究で採用したLLMパイプライン設計は、そのような測定問題への一つの実装例として詳細に開示されている。
データ収集と26名の選定ロジック
ISDはまず5つのプラットフォーム——X・Reddit・BlueSky・YouTube・フォーラム群(debatepolitics.com、4chanを含む数千のサイトを収集する第三者ソーシャルリスニングツール経由)——から、2021年10月1日から2025年9月30日までの4年間を対象に投稿を収集した。検索パラメータは「対象官僚の名前が暴力的キーワードの近傍に出現する投稿」というフィルタリング設計で、初期収集件数は約1,600万件に達した。
この1,600万件を全件分析しなかった理由は技術的制約にある。選択したプラットフォームでは1日約75,000件の収集が上限であり、全件収集には200日超を要するため、無作為サンプリングで5%(約80万件)に圧縮した。ISDはこのサンプリングアプローチが「パターン同定とトレンド確立という本研究の主目的には適切」としつつ、個別統計には不確実性が伴うことも明示している——例えば1,000%スパイクと記録した数字が実際には1,200%だった可能性を否定できない、という形で。
分析対象として選定した公職者は共和党13名・民主党13名の計26名だ。選定基準は「過去にISDの脅威監視活動または報道により信頼性ある脅威が確認されている人物」であり、Amy Coney Barrett、Joe Biden、Hillary Clinton、Ted Cruz、Tulsi Gabbard、Kamala Harris、Gavin Newsom、Alexandria Ocasio-Cortez、Nancy Pelosi、Donald Trump、Barack Obamaなど党派的に対称な構成となっている。当初リストに民主党議員が多かったため、最も言及の少ない民主党議員9名を除外して均衡を図った。
研究から除外されているプラットフォームとして、Truth Social・Telegram・Gab・プライベートメッセージングチャンネルが明示されており、これらでは信頼性あるデータ収集が困難なためとしている。また、BlueSkyは2024年2月以降にのみデータが存在し、フォーラムデータの一部プロバイダーは研究期間中にpatriots.winなど特定コミュニティへのアクセスを失った——こうした時系列的なカバレッジ変動が小幅な数値変化を生じさせた可能性をISDは認めているが、主要トレンドへの影響はないとしている。
LLM二段階分類パイプラインの設計
ISDが構築した分類パイプラインは、定義の明確化・一次フィルタリング・最終判定・対象官僚の抽出という4段階からなる。
まず暴力的言説の定義として3つのカテゴリが設定された。明示的脅迫は「POTUS を殺す」のように直接的に身体的危害を予告するもの。暗示的脅迫は「あの人物も同じ目に遭うべきだ」という形の間接的・コード化された言語。脅威的言語は脱人間化表現と暴力的イメージ・死の願望を組み合わせたもの——例として挙げられているのは「この裏切り者のゴキブリをこの国から排除しろ」という表現だ(レポートでは原文から意味を保持しつつ特定を防ぐよう言い換えた旨が明記されている)。
この定義から除外されたのは、一般的な毒性表現・収監呼びかけ・曖昧な「排除」表現(選挙的意味の可能性がある)・風刺や皮肉と判断できる暴力的言及だ。この除外基準の明示は、分類の再現可能性を担保するために重要な手続きだ。
一次フィルタリングにはOpenAIのGPT-4o-miniを使用し、暴力的言説と無関係なコンテンツを除去した。次いでGPT-4oがより厳格な基準で最終判定を行う二段構えの設計は、精度とコストのトレードオフを意識したものだ。
分類精度の検証として、研究者が700件を手動コーディングしてAI分類結果と照合した。第一分類器(「これは暴力的言説か」を判定)のF1スコアは0.80、第二分類器(「どの官僚が標的か」を抽出)のF1スコアは0.81。700件の手動レビューで誤分類は4件(偽陽性2・偽陰性2)。ISDはF1=0.80を「暴力的言説という繊細な分類タスクとしては強力なパフォーマンス」と評価している。なお第二分類器の精度はプラットフォーム間・党派間で有意な差異は見られなかった。
この二段階設計が必要だった理由として、「官僚が自ら発言してそれに呼応した暴力的言説が投稿された場合、その投稿は当該官僚へのものではなく第三者への脅威を含む」という問題——すなわち言及と標的の解離——があった。約12,500件が暴力的言説と最終判定され、そこから約8,500件が特定の官僚を標的とするものとして抽出された。5%サンプリングの推計から、研究期間中の対象プラットフォーム全体で少なくとも17万件の暴力的投稿が存在したと推定される。
主要数値:241%増・党派格差(364% vs 124%)・Trump 47%
ベースライン比較として、ISDは3つのカテゴリの4年間変化を対照している。政治と無関係な話題(「子犬」「ピザ」「フットボール」)のキーワード言及量は6%増にとどまった。官僚名と暴力的キーワードが共起する未分類言及は179%増。LLM分類を経た暴力的言説は241%増——これがベースラインや未分類言及の増加率を大幅に上回るという事実は、暴力的言説の増加がプラットフォーム全体の投稿量増加や官僚への言及量増加では説明できない独立した現象であることを示す。
党派別の内訳は顕著な非対称性を示す。研究期間全体では共和党選定官僚への脅威が全体の56%、民主党が42%を占めた。2021年10月〜2022年9月と2024年10月〜2025年9月を比較すると、民主党議員への脅威は124%増、共和党議員への脅威は364%増。この格差が生じた転換点は2024年7月のトランプ暗殺未遂事件であり、それ以降は共和党議員への脅威が急増し続けた一方、民主党議員への脅威の増加は相対的に緩やかだった。この分岐は選挙後・政権移行後も持続し、2025年以降も続いているとISDは記録している。
全データセットのうち47%がTrump単独への脅迫であり、彼が「traitor(裏切り者)」と繰り返し描写されている点もISDは特記している。Capitol Police(米国議会議事堂警察)の公式統計によれば、議会議員・家族・スタッフ・議事堂複合施設への「懸念すべき発言・行動・通信」は2024年の9,474件から2025年に14,938件へと増加しており、ISDのオンライン計測とオフライン記録が同方向を示している。
イベント駆動型スパイクの記録:5つの具体的事例
ISDは脅威言説のスパイクと実際の出来事の時間的相関を系統的に追跡した。スパイク期間のサンプルを人手で確認し、潜在的な駆動要因を特定する作業を実施している。
2022年8月のMar-a-Lago家宅捜索では、連邦捜査令状の執行後にMerrick Garland司法長官とJoe Biden大統領への脅威が急増した。「クーデターを主導した」と非難する投稿が集中し、逆にTrumpを「処刑されるべき裏切り者」と呼ぶ投稿も同時に急増するという双方向的スパイクが記録された。
2025年のGabbard発言では、Tulsi Gabbard国家情報長官がBarack Obamaが2016年選挙へのロシア干渉に関する報告書を捏造・政治利用したと非難したことを受け、Obama元大統領への脅威が月次中央値比1,000%超のスパイクを記録した。
2022年5月Uvalde銃撃事件後のCruz発言では、テキサス州上院議員Ted Cruzが事件後に物議を醸す発言を行ったことが引き金となり、Cruz自身への脅威が月次中央値比550%増に達した。
2025年1月南カリフォルニア山火事では、カリフォルニア州知事Gavin Newsomへの脅威が月次中央値比950%増。さらに2025年6月LAでの抗議運動が政治的対立に発展した際には同知事への脅威が1,600%増という研究期間中最大のスパイクを記録した。
これらのスパイクパターンが持つ実践的含意をISDは明示している。政治的事件後には予測可能な形で暴力的言説が急増するため、法執行機関はこの周期性を活用してオフラインのリスクが高まる期間を事前に特定し、保護資源を集中配備できる可能性があるという提言だ。
官僚自身が触媒となるエスカレーション構造
本研究の重要な副次的発見として、「官僚が脅威の標的であるだけでなく、他者への脅威の触媒となっている」という構造がある。ISDはある公職者について、その人物を言及する暴力的投稿の85%が当人ではなく「その人物が名指しした第三者」への脅威を含むという事例を記録している。
2025年6月のLA抗議では、TrumpとRepublicans幹部がNewsomを「公安の脅威」として激しく批判し、それに呼応してNewsomへの脅威が急増した。一方でNewsom側も連邦政府の対応を「権威主義的逸脱」と批判し、これがTrumpや共和党議員への脅威を誘発した。双方の発言がそれぞれ相手への暴力的言説の波を生み出す「エスカレーションのサイクル」は党を超えて対称的に機能していた。
この動態は、2022年Paul Pelosi邸への金槌攻撃の事例でも見られる。Nancy Pelosi元議長への暴力的言及が頻出する投稿群は、夫への攻撃を正当化しPelosiの不在を惜しむ内容と、Republicans側こそ報復を受けるべきという内容が混在していた——2022年の事件が2025年時点でもなお現行の脅威言説の参照点として機能していた。
脱組織化する脅威主体:逮捕71件の解剖
本研究の最も明確な構造的発見の一つが、脅威言説の主体が組織的過激派ではないという点だ。ISDは2025年3月から10月にかけて公的に報道された公職者・公人への脅威による逮捕事例71件を収集し、各事件の当事者のSNSプロフィールを詳細分析した。
71件のうち、特定可能な過激思想組織との関係が確認されたのは15件(21%)。組織への実際の帰属が確認されたのは1件のみ(1.4%)で、反政府民兵組織への関与だった。残る79%は既知の過激思想組織との関係なしと判定された。
この傾向はSNS分析からも裏付けられている。脅威投稿者のX上の自己紹介で頻出するワードクラウドは「Trump 2024」「lifelong democrat」「resist」「constitutional conservative」など、過激思想ではなく党派的自己同一性を示す語彙が主流だった。Reddit上では、無政府主義・反ファシズムなど組織的過激派が活発に活動するサブコミュニティで暴力的投稿はゼロ件だった(これは当該コミュニティの暴力的コンテンツの不在を意味せず、フリンジスペースを含む他の場所での活動を否定するものではないとISDは注記している)。
ISDはこのパターンを「ポスト組織型脅威ランドスケープ」と概念化している。過激思想に動員された組織的行為者ではなく、党派的に反応する個々の一般市民が、高知名度の政治的事件に触発されて暴力的言説を生成しているという構造だ。
「ポスト組織型」政治暴力言説の計測論的課題
ISDが本研究の最大の貢献として位置づけているのは、暴力的言説の測定可能性の実証だ。従来、この種の研究は人手によるコーディングの限界(規模・速度)か、キーワード検索の限界(文脈無視・偽陽性過多)に直面してきた。二段階LLMパイプラインはF1=0.80〜0.81という精度で、大規模データに対して文脈依存的な判定を実用的な速度で実施できることを示した。
ただし本研究の限界は明確に認識される必要がある。Truth Social・Telegram・Gab・プライベートメッセージングチャンネルという、過激言説の重要な流通空間が収集対象外だ。コード化された表現・暗示的な言い回し・プラットフォーム固有のスラングは、暴力的キーワードを使わないためにキーワード近傍収集の設計から漏れる。対象26名は「過去に脅威を受けた高知名度の人物」に限定されており、下院議員・州議員・地方選出職員・政治的インフルエンサーへのパターンに外挿できない。
研究期間(2021年10月〜2025年9月)が一致した政治的暴力の実際の事例——2025年のCharlie Kirk殺害、ミネソタ州での民主党議員およびその配偶者の暗殺・暗殺未遂、Pennsylvaniaのジョシュ・シャピロ知事公邸放火、2024年のトランプへの2度の暗殺未遂、2022年のLee Zeldin元下院議員刺傷未遂、Paul Pelosi邸への金槌攻撃——という系列を背景として持つことは、本研究が記録した言説水準の上昇の意味合いを重くする。ISD自身が「オンライン暴力言説と実世界の脅威との間に確立された相関関係を考慮すると」と本文中で明記しているように、17万件という推計値の持つ政策的重量は数字が示す以上のものがある。
測定技術の進歩は、計測できる現象の範囲を広げると同時に、計測できないものの存在をより明確に輪郭づける。ISDの本研究は後者の誠実な開示においても、方法論報告の一つの基準を示している。
参照元
- ISD, “Tick tock traitor: The rise of violent rhetoric targeting US public officials,” February 3, 2026: https://www.isdglobal.org/digital-dispatch/tick-tock-traitor-the-rise-of-violent-rhetoric-targeting-us-public-officials/
- 米国議会議事堂警察(Capitol Police)、Threat Assessment Cases 2025: https://www.uscp.gov/media-center/press-releases/uscp-threat-assessment-cases-2025

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