「Commission into Countering Online Conspiracies in Schools 2026 Research Insights」は、英国のシンクタンクPublic FirstとPears Foundation(年間2,000万ポンド超を慈善活動に投じる独立家族財団)が2024年3月に設立した「学校における陰謀論対策委員会」の第2次年次報告書として2026年3月に公表された。Pears Foundationが資金提供機関であるとともに委員会の共同議長職(Sir Trevor Pears CMG)を担っており、この点はアドボカシー的性格として読み手が留意すべき点だ。同財団が推薦事項の実施状況を自ら報告するという構造も報告書の一部を構成している。
研究設計は定量・定性の混合で、英国全土の9〜18歳の若者2,075人・親2,018人・学校スタッフ524人を対象とした無記名オンライン調査(2025年7〜8月実施)に、学校・地域・ユースワーカーを対象としたフォーカスグループを組み合わせる。学校スタッフ調査では、教員に限定せず調理スタッフ・IT支援・清掃スタッフを含む「学校内で定期的に勤務するすべての人」を対象とした点が方法論上の特徴だ。調査の定量部分はBritish Polling Council・市場調査協会の基準に準拠し、若者・親の誤差は±3%、スタッフは±4%。コミッショナーにはFull Fact CEO・UCL教育学部教授・Chartered College of Teaching CEO・National Institute of Teaching CEO等が含まれ、アドバイザリーボードはAntisemitism Policy Trustなど29の市民社会組織で構成される。分析は英国の教育制度に特化しており、国際的な比較は限定的だ。
問題の拡大とAI生成コンテンツとの連動
報告書の中心的な量的知見として浮かび上がるのは、認識・懸念・接触の三軸における一貫した年次増加だ。自校での陰謀論を問題と見なす若者の割合は前年比35%増(2024年の20%→2025年の27%)、親では29%増(24%→31%)、学校スタッフでも34%から36%へ上昇した。親から子への陰謀論の波及も可視化されており、子どもが陰謀論を話してきたと回答した親の割合は28%から38%へ1年で約10ポイント増加した。教師側では授業中に生徒から陰謀論を持ち出された経験を持つ者が74%から81%へ増加した。
若者が「オンライン上の最大の懸念」として何を挙げるかを問うた設問では、フェイクニュースがサイバーいじめ・オンラインハラスメントに次ぐ第2位となった。さらに、若者全体が直面する社会的問題としてはメンタルヘルス・教育の質に続く第3位(30%が挙げた)に位置づけられる。男子に限ると、インターネット利用に関してフェイクニュースが最大の懸念(29%)となる点も注目される。
今年度の研究で最も顕著な変化として報告書が強調するのが生成AIとの連動だ。過去1カ月以内に「本物に見せかけたAI生成の画像または動画」を見たと答えた若者は44%、「ディープフェイク」に接触した者は39%に達した。対照的に、この1カ月間にいかなるフェイクニュースにも接触しなかった11〜18歳はわずか10%だ。ただしこれはフェイクと認識できたコンテンツに限る数値であり、実際の接触規模はこれを大幅に下回って見積もられている可能性が高いと報告書は指摘する。
若者がAI生成コンテンツを識別する際の方法が具体的に記録されている点は重要だ——「口の動きと声がシンクしているか」「背景が何かおかしい」という表面的な視覚チェックに頼っており、プロヴェナンス(出所)の確認・ソースの信頼性評価・裏付けの検索といった実質的な検証手順は取られていない。ある生徒は「ときどき本物と見分けがつかない、そのくらい精巧なものがある」と述べ、別の生徒は「以前はAIをほとんど見かけなかったのに、今はどこにでもある」と証言する。教師も同様の懸念を示しており、「子どもたちは私たちより少し先を行っていて、何かが起きてから知ることになる。TikTokに一日中いるわけではないので、その世界にいない」という小学校管理職の言葉が引用されている。前年(2025年)の第1次報告書ではAIの問題はほとんど言及されていなかった点を考えると、この1年間での急速な変化が窺える。
接触年齢の低下と攻撃的コンテンツへの曝露
今年度の調査では小学校段階(Year 5・6)まで対象年齢を拡大した結果、誤情報接触の低年齢化が定量的に示された。11〜18歳全体の88%が過去1カ月に誤情報に遭遇したと回答しているが、最年少の中学校1〜2年生(Year 7・8、11〜12歳)でも79%、16〜18歳では91%に達する。
特に深刻な知見が攻撃的コンテンツへの曝露データだ。同性愛嫌悪的・女性蔑視的・人種差別的な内容を含む誤情報に過去1カ月に接触した11〜12歳の割合は**39%**であり、これが年齢とともに51%(13〜14歳)・50%(15〜16歳)・65%(17〜18歳)へと上昇する。ここでは倫理的配慮から小学生には同質問を行っていないが、小学校教師の証言は定性的に補完している。
接触経路として繰り返し言及されるのがソーシャルメディアの年齢制限の形骸化だ。ウェスト・ミッドランズの小学校上級リーダーは「子どもたちが13歳と偽って登録し、プラットフォーム上では18歳として扱われ、実際には11歳なのに18歳向けのコンテンツに一斉に晒される」という構造を具体的に説明した。Andrew Tate関連コンテンツが影響を及ぼす年齢層が「4年前に比べて低下している」という証言も記録されており、Year 6・5の女子が同級生の男子グループから性的嫌がらせを受けたケースを校長が報告した例も含まれる。AI生成動画の識別を困難だと感じる割合は9〜10歳で28%、17〜18歳で16%と逆転しており、年少の子どもほど識別能力が低いという予想通りの格差も確認された。
親というベクター——最も信頼され、最も脆弱な存在
若者の情報処理において親が占める位置の重さは、本調査を貫く核心的テーマだ。「親または保護者を完全にまたは相当程度信頼する」と答えた若者は90%に上り、科学的研究(76%)・教師(75%)・教科書(69%)・主流ニュースメディア(52%)・英国政府(37%)を大きく上回る。「親は自分のためを思って本当のことを教えてくれる、そう信じている」という年齢10歳の生徒の言葉は、この信頼の質を端的に示す。
しかし親自身も同じ情報環境のなかで同じ脆弱性にさらされている。親の66%が「オンラインで真偽を判断するのは難しい」と同意し、54%が「陰謀論は本当かもしれない」と答えた。「重要な出来事の真実はしばしば公衆から隠蔽されている」と「おそらく本当」と考えた親は41%、「政治的決定はしばしば秘密結社や組織に影響されている」は30%が「おそらく本当」と回答した。
社会経済的格差も確認されている。最下位の社会経済層(DE)では「権力者は常に一般市民を傷つける方向に行動する」という命題を支持する割合が61%であり、最上位層(AB)の51%を10ポイント上回る。「主要な出来事の真実は隠蔽されている」についてもDE層の48%がAB層の40%より高い。性別では、父親が母親よりも「多くの政治的決定は秘密結社に影響される」という命題を支持する傾向が見られ(約3人に1人対4人に1人)、これは経済的不安と制度不信の連関を示す既存の研究知見と整合すると著者らは分析する。
この親の脆弱性が子どもに実際に波及していることも数値で示される。若者の50%が「過去1年以内に、親がオンラインで読んだ偽情報を本当だと信じているのを経験した」と答えた。17〜18歳では65%がこの経験を持つ一方、9〜10歳では39%にとどまる。「僕のお母さんはたぶん本当に信じやすい人で、AI画像と本物の違いを見分けられないと思う」「YouTube上のものは何でも本当だと思っている、それが年配の人のデフォルトみたい」という生徒の言葉が代表的だ。
教師にとってこれは二重の圧力を生む。一方では誤情報が「家庭で補強される」という現象として現れる——HPVワクチンに関する「ワクチンが自閉症を引き起こす」という親の信念を持つ生徒が反論を求めてきたとき、教師は「生徒と言い争いたくない」と萎縮したと証言した。他方では保護者からの苦情への恐怖が、問題に正面から向き合うことを阻害する——「何か間違いを犯せば親から責められる」という感覚が、教室での対応を抑制している。
学校の構造的無防備——訓練ゼロ・指針の曖昧さ
学校スタッフが誤情報に接触する頻度と、その対処を支える訓練の間には深刻な乖離がある。77%の学校スタッフが「生徒にオンラインで見たものが本当ではないと説明したことがある」と答え、そのうち50%は複数回の経験を持つ。34%は前月の授業中に生徒が誤情報を拡散する場面に遭遇した(前年度の33%から横ばい)。しかし、この頻度の高い介入が対話ではなく対立を生んでいる実態も浮かび上がる——51%のスタッフが「ニュースや情報がフェイクかどうかを巡って生徒と口論になったことがある」と回答し、23%はそれが複数回に及んだ。
こうした状況を支える訓練は乏しい。全スタッフの35%が陰謀論対策に関して全く訓練を受けていないと答えており、小学校スタッフでは51%に達する。訓練を受けたスタッフでも54%が1時間未満という実態だ。「質の高い、証拠に基づいたリソースや支援なく、校内で最小限の訓練しか提供されていない」という評価が、定性研究を通じて繰り返し確認された。
制度的な変化として2025年9月にDfEが「Keeping Children Safe in Education(KCSIE)」を更新し、「陰謀論信念」「誤情報」「偽情報」を初めてセーフガーディング用語として明示した。これは委員会の第1次報告書の勧告を受けた措置だ。教師は9月の学期開始のINSETデーでこの変更を周知されたと証言しており、認知向上効果は確認された。しかし「classroom で実際の複雑な状況に対する自信は向上しなかった」という一貫したフィードバックが、変化の限界を示している。「オンライン視聴モジュールを見て質問に答えるだけのもの」「どう対処したらよいかという実際の変化は指摘できない」という証言が代表的だ。
政治的中立ガイダンスの曖昧さも独立した阻害要因として析出された。教師の多くはガイダンスの具体的な文言を知らなかったが、「政治的なことを言えば規則違反になるかもしれない」という不安を広く共有しており、ガザ・HPVワクチン・ウクライナ侵攻といった政治的に敏感なトピックにおける対応を抑制する機能を果たしていた。「準備をいくらしても、生徒の一人が即興で問いを立てて追い詰めてくることがある。教師が何かを正しいと思って発言して、生徒が誤解して保護者に報告し、校長から呼ばれるメールが来る——そんな例がたくさんある」という管理職の証言がこの構造を凝縮して示している。
教師・親・若者の合意と第1次勧告の実施進捗
最終的な政策的含意として、三者の間に一定の合意が存在する点は注目される。若者の86%・親の92%がカリキュラムへのメディアリテラシー教育導入を支持し、学校スタッフも教科横断的なメディアリテラシー・批判的思考の統合を支持する多数派を形成する。どの教科で実施すべきかについては社会科学(経済・心理・政治)が54%で最多、市民教育・宗教教育49%、PSHE(個人・社会・保健教育)45%、歴史34%と続いた。数学が4%にとどまる点は、統計が誤情報の拡散に使われている実態から見ると意外な低さだと報告書は指摘する。
第1次報告書(2025年2月)に盛り込まれた11の勧告の進捗も記録されている。英国政府はカリキュラム・評価レビューの独立勧告を受け入れ、一次教育での法定市民教育新設と、Key Stage 3・4における英語・市民教育・RSHE・コンピュータサイエンスへのメディアリテラシー内容の更新・統合を決定した。新カリキュラムの展開は2028年の見通しだ。Pears Foundationは国立教育研究所(NIoT)への資金提供を通じて「デジタル情報リテラシー・センター(CDILS)」を設立し、教員教育・研修全体にわたるデジタルメディアリテラシーの組み込みを進める。UCL教育学部(IOE)でも、教師が陰謀論やオンライン誤情報に対応するための研修が試験運用されており、ランダム化比較試験を含む研究基盤の構築が進んでいる。
ユースワーカー(学校外の若者支援専門職)については今年度初めて体系的調査が行われた。ユースワーカーは誤情報を問題として認識し、TikTok上の偽情報を若者が「当然のこととして信じている」状況を日常的に目撃している。しかし、自身が最も重要な課題として挙げるのは犯罪・複合的セーフガーディング・家出・貧困・教育・就業機会の欠如であり、誤情報をこれらの広範な社会的課題の一部としてではなく、その背景要因として認識する視点は薄い——この認識の乖離自体が、ユースセクターへのツールと訓練提供の必要性を示す知見として報告書は位置づけている。

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