ウクライナを拠点とする認知防衛テック企業OpenMindsが2026年4月28日に公開した報告書「Stars, Cards, and State Narratives: Esotericism in the Service of Russian Propaganda」は、人気ロシア語エソテリック系Telegramチャンネルの少なくとも15%が定期的に政治コメントを発信しており、そのほぼすべてがクレムリンのナラティブと整合していることを明らかにした。偽情報研究においてエソテリシズムが独立した分析対象として正面から扱われることは少ないが、本報告書はロシアの占星術・タロット・神秘主義的コンテンツのエコシステムを系統的に調査することで、プロパガンダが「非政治的」とみなされるコンテンツ空間を通じて流通する経路を可視化している。OpenMindsはSviatoslav HnizdovskyiがCEOを務め、DFRLab(大西洋評議会デジタルフォレンジック研究所)との共著実績を持ち、NATO加盟国政府・ウクライナ政府と20件以上の長期プロジェクトを実施してきた。ウクライナを本拠とする企業による対ロシア調査という性格は、本報告書を参照する際の留保として冒頭に明示しておく。
ロシアのエソテリック市場と国家の矛盾した対応
報告書が分析の背景として提示するのは、ロシア国内における占星術・タロット・エネルギーヒーリングへの社会的需要の急拡大と、それに対する国家の矛盾した公式姿勢という構図である。国家世論調査機関VTsIOMのデータによれば、ロシア人の49%がエソテリシズムに好意的な見方を持っており、同機関長が国民の「愚化」とコメントするほど社会に深く浸透している。女性の2人に1人、男性の3人に1人が占星術予報を参照しているというVTsIOMの調査結果も報告書は引用している。ロシア最大の食品小売業者X5グループが2025年3月に「タロット読者」を採用するための求人票を掲載したことがニュースサイトGazeta.ruで報じられており、要件には「タロット読み経験2年以上、複数デッキへの習熟、外部の魔法的影響に対するエネルギーシールドの確立」などが含まれていた。
この状況に対し、ロシア国家は公式の批判路線と黙認の間で揺れ動いてきた。ロシア正教会のキリル総主教は「異教復興への試みを阻止せよ」と繰り返し訴え、2023年9月には戦争とエソテリシズムを「戦争は歪んだ形の霊性を生み出す」と結びつけた。2024年末にはロシア最高裁が実在しない「国際サタニスト運動」を過激派組織に認定し、2025年末にはプーチン自身が「サタニズム・オカルトサービス・魔術師との戦いを慎重に進めよ」と呼びかけた。エソテリックサービスの広告を全国的に禁止する議論も2024年に浮上した。
その一方で、同じエソテリック系チャンネルの多くがクレムリンのナラティブを日常的に流通させている。報告書が指摘するのは、この表面上の矛盾の背後にある機能的な共存関係である。国家が公式には神秘主義を批判しながら、エソテリック系インフルエンサーが「星の読み」として政治ナラティブを正当化する回路は、少なくとも結果的には当局にとって都合よく機能している。報告書はこの構造を「意図的な調整」としては描かず、イデオロギー的傾向と商業的インセンティブが交わることで成立するナラティブ環境として分析している。
方法論:730チャンネルのネットワーク分析
調査設計は、Telegramの「エソテリシズム」カテゴリをERR(リーチ対エンゲージメント率)と登録者数でスコアリングし、上位156チャンネルを起点として「類似チャンネル」機能を用いたスノーボールサンプリングを2ラウンド実施することで最終的に730チャンネルのデータセットを構築した。非活性・非公開・ウクライナ語主体・テーマ外のチャンネルは手動で除外されている。データ収集時期は2025年9月であり、報告書の公開(2026年4月)より約7か月前の断面データである点は解釈の留意事項となる。
政治コンテンツの検出は「Putin」「Ukraine」「war」「Zelensky」「Trump」等のキーワードによる手動レビューで実施された。当該コンテンツがフィードの定常的要素であれば「政治的」、主要イベント周辺に散発的に現れる場合は「半政治的」に分類した。視聴者重複の可視化にはTelegramの「類似チャンネル」提案機能のデータを用いており、チャンネル間の構造的隣接性とオーディエンス共有パターンを、コンテンツ分析なしに追跡できる点がこのアプローチの特徴である。コンテンツ内容ではなくオーディエンス重複を通じてネットワーク構造を把握することで、明示的な政治コンテンツを持たない「中立的」チャンネルが政治的チャンネルと同一のオーディエンス空間を共有していることを示せる。
15%という数値とネットワーク構造が示すもの
人気チャンネルの少なくとも15%が定期的に政治コメントを発信しており、政治的に活発な上位5チャンネルはそれぞれ10万人以上の登録者を持つ。報告書が強調するのは、政治的チャンネルが「エコシステムの周縁部」に孤立しているのではなく、ネットワーク全体に分散して存在しているという点だ。730チャンネルの視聴者重複マッピングでは、「中立的な」日常占い系チャンネルの視聴者が、政治コメントを発信するチャンネルにも重複して登録している構造が確認された。これは、政治コンテンツが政治的関心を持つオーディエンスだけでなく、エソテリシズムを主目的に参加したオーディエンスにも自然に届いていることを意味する。唯一の例外は純粋に商業的な日刊ホロスコープ・モチベーション系チャンネル群であり、そこでは政治コンテンツが完全に不在だった。
占い師はなぜ政治を語るのか
報告書は調査対象チャンネルの発言を引用しながら、エソテリック系インフルエンサーが政治に踏み込む動機を分析している。多くの占い師は政治的専門知識のなさを自覚しながら発信している。「私の専門外」と断りつつも「コンフォートゾーンの外に出ることにした」「例外的な投稿だが、気になってカードを引いた」という表現が典型的だ。「中立性」を強調する語り口も頻出する。「プーチンでもバイデンでもゼレンスキーでも同様に読む。星の読み方に違いはない」という言説が、実際の解釈が一方的な政治的色彩を帯びた投稿に添えられる。
報告書はこの自己呈示のギャップを「意図的か否かに関わらず、宇宙的真実として政治ナラティブを正当化する機能を果たす」と評価する。「政治的でない」語り手という立場性が、メッセージの信頼性を高める仕組みとして作用するというこの指摘は、影響工作研究においても参照価値を持つ論点である。
クレムリンナラティブの5類型
報告書は政治コンテンツを以下の5カテゴリに整理している。
| カテゴリ | 典型的な表現形式とナラティブ |
|---|---|
| プーチン称揚 | 出生チャート・数秘術・「量子エネルギー予報」。「サターン支配型リーダー」として英知と力の象徴に位置づける。「あなたはプーチンと同じ天秤座だから、自分を疑うな」といった日常占い内への埋め込みも見られる |
| ゼレンスキー敵対化 | 出生チャートから「弱く暴君的」と断定、「道の終わりに近い犠牲者」として提示。薬物使用の偽ナラティブとタロット解釈の合成 |
| 5月9日(戦勝記念日)礼賛 | 霊的コンテンツを欠いたまま戦時プロパガンダの象徴的補強として機能。過去2年間で増加傾向 |
| 戦争=宇宙的秩序 | 惑星配列による戦争の正当化。動員された男性への護符・祈祷の提供、プリゴジン反乱を「吊るされた男」のタロットカードで解釈、地域知事の死を「ハングドマン予言の成就」と表現する事例も |
| 地政学的占い | 年末大予言形式。「ウクライナで何が起こるか」「西側が次に準備するウイルスは」「カホフカダムは破壊されるか」「ゼレンスキーは失脚するか」「最も安全な場所はどこか」をタロットで読む |
「プーチン称揚」カテゴリでは、タッカー・カールソンとのインタビューをタロット読者が「解釈」する事例や、「子供を作る時期だ――プーチンが人口問題の解決を求めた通りに」というジョーク投稿を通じた政策メッセージの日常化も確認されている。
事例分析:プーチン=トランプ会談とアラスカナラティブ
報告書が詳細に分析するのは、プーチンとトランプがアラスカで会談した際のエソテリック系チャンネルの反応である。複数のチャンネルが「以前の予言が実現した」と主張し、過去の投稿への参照を通じて自らの予言的信頼性を補強した。
チャンネル@tarotnevrut(「タロットは嘘をつかない」という意味の名称)は、「歴史的に誰かのものと考えられているものへの帰還」に関する以前の「ビジョン」をフォロワーに思い起こさせた。チャンネル@crazypropheciesは「予言」を標榜しながら陰謀論的コンテンツを発信し、会場の選択を「エネルギー的にはすでに我々のもの、たとえ今はアメリカ領でも」と表現した。これはアラスカの「ロシア返還」という繰り返し流通するロシアのナショナリスト的ナラティブの変奏である。
これらの投稿においてプーチンは「瞬間の主」として登場し、「グローバルな台頭の局面」に入ったと描写される一方、トランプは「より弱いエネルギー」を体現し「世界覇権を失いゆくアメリカ」の象徴とされた。ゼレンスキーは「道の終わりに近い犠牲者」として読み解かれ、ウクライナ自体が「崩壊と変容に向かう運命」とされた。投稿にはタロットスプレッドの画像や再利用された映像クリップが添付されており、「カードは嘘をつかない」という印象を強化する視覚的な演出が施されていた。
報告書が指摘するのは、こうした解釈が意図的なプロパガンダであるか否かにかかわらず、「政治的でない」とみなされている語り手から発信されることで、イデオロギーとしてではなく宇宙的必然としてナラティブが正当化されるという機能的効果である。自ら「政治の専門家ではない」と断りを入れつつも解釈を提供する占い師の言葉は、ある層のオーディエンスに対してイデオロギー的な主張よりも中立的な洞察として受け取られる可能性がある。
Telegramを超えた拡散:Tamara GlobaとYouTube
報告書はTelegramのテキストデータを分析基盤としているが、実際の拡散規模はこれを大幅に下回る推定値にとどまる可能性があると自ら認める。エソテリック系の「大予言」はYouTubeやライブストリームで発信されることが多く、テキスト分析では捕捉できないからだ。
この点を象徴するのがTamara Globaである。GlobaはロシアでもっともΩ知られた占星術師のひとりで、そのTelegramチャンネルは個人的なメモと動画リンクが中心であったため、報告書のネットワーク分析では「中立」に分類された。しかし彼女のYouTube動画「2025年に世界で何が待ち受けるか」は180万回再生を記録しており、ウクライナ戦争の行方、トランプの当選、ロシアにおけるYouTubeの将来について自信をもって論じた内容を含む。Telegramでの「中立」ラベルが、より影響力の大きい映像プラットフォームにおける政治コメントを隠蔽するという現象は、15%という数値がエコシステム全体の実態を体系的に過小評価している可能性を示唆している。
The Christo Filesによる潜入調査
報告書の発見を補強するものとして言及されているのが、「The Christo Files」による潜入調査である。調査員がロシアの著名な占星術師たちに「カスタマイズされた政治ナラティブを届けてほしい」と依頼したところ、複数が同意した。一部の占星術師はプロパガンダをどのように「宇宙の洞察」として包装するかを率直に説明し、別の者は捏造した個人的な物語を「星から読み取った本物の知見」として調査員に提示した。この潜入調査は、エソテリック系チャンネルにおける政治ナラティブの流通が、無意識の傾向の反映にとどまらず、依頼に応じてナラティブを能動的に生産しうる供給側の柔軟性を持つことを示している。
Telegram遮断と今後
報告書は2026年初頭にロシアがTelegramへの速度制限を開始し、4月1日からの完全遮断を告知したことに触れている。エソテリック系チャンネルが国営動画プラットフォームMAXに移行するか、他のプラットフォームに分散するかは未定だが、OpenMindsが同月公開した別報告書「MAX Exposure: How Russia Is Inflating the Numbers on Its National Super-App」(2026年5月4日)はこの移行過程を追跡しており、プラットフォーム移行後にエソテリック系チャンネルの政治的機能がどのように再編されるかは継続的な観察対象となる。
評価と留意点
本報告書の強みは、大規模チャンネルデータセットと視聴者重複分析の組み合わせにより、個別チャンネルの観察に終わらず生態系全体の構造的特性を可視化した点にある。「中立的な」エソテリック系オーディエンスと政治的チャンネルのオーディエンスが重複しているという発見は、「偽情報は偽情報関心層にしか届かない」という前提を問い直す分析的根拠を提供する。エソテリシズムというこれまで偽情報研究の主流に位置づけられてこなかった空間をデータとして可視化した点で、研究上の参照価値を持つ。Tamara Globaの事例が示すように、Telegramデータに基づく分析はYouTubeやライブストリームを通じた拡散を捕捉できず、15%という数値は実態を系統的に下回っている可能性が高い。これは方法論的限界であると同時に、この研究領域が今後必要とするマルチプラットフォーム分析の課題を示している。留意点としては、データ収集が2025年9月の断面であること、政治コンテンツ分類が手動キーワードレビューに依存し再現性に限界があること、サンプルが人気チャンネル中心に偏っている可能性があること、およびOpenMindsがウクライナ系企業として対ロシア分析に固有の立場を持つことが挙げられる。

コメント