暴力的過激派と偽情報の交差点──ナイジェリアに見る構造的脆弱性と戦略的情報操作

暴力的過激派と偽情報の交差点──ナイジェリアに見る構造的脆弱性と戦略的情報操作 情報操作

 暴力的過激派による偽情報拡散の実態は、これまで主流の偽情報研究の射程から外れがちだった。特に国家主導のFIMI(Foreign Information Manipulation and Interference)に焦点が当たりがちななか、ICCT(国際テロ対策センター)が2025年5月に公表した政策ブリーフ『Violent Extremist Disinformation: Insights from Nigeria and Beyond』は、このギャップを埋める意欲的な試みである。本稿では、同報告書の中核的な知見を紹介しつつ、偽情報が暴力的過激主義の中でいかに用いられ、何を目的とし、どのような影響を及ぼしているのかを詳しく検討する。

非国家アクターによる偽情報の本質的危険性

 報告書の最大の貢献は、国家ではなく非国家アクター、特に武装過激派が偽情報をどのように戦略的に活用しているかを、実証的に明らかにしている点にある。調査対象となったのはイラク、ナイジェリア、セルビア、ジョージアの4カ国。中でもナイジェリアにおけるボコ・ハラム系の二派閥──ISWAP(イスラム国西アフリカ州)とJAS(ジャマーアト・アフリス・スンナ)──を軸に分析が進められている。

 偽情報の内容として最も顕著だったのは、「民主主義否定ナラティブ」である。これは4カ国すべてに共通して観測された唯一のナラティブであり、過激派が民主主義体制を「西洋の腐敗」「不信仰」「偽りの秩序」として糾弾する点で一致している。ナイジェリアの事例では、選挙を「多神崇拝(shirk)」と断じ、参加者を「背教者」とみなすビデオが配信された。視覚的にも、ナイジェリア国旗や政治家と並列で米国のシンボルを配し、西洋民主主義との同一視を促す演出が施されていた。

完全な虚偽ではなく「文脈の歪曲」による戦略

 調査対象となった383件の偽情報のうち、完全な虚偽は全体の6割にとどまり、むしろ8割以上が誇張や歪曲、あるいは誤解を誘発するようなミスリード情報で構成されていた。特にナイジェリアやイラクのような紛争地域では、現地報道が乏しいこともあり、過激派は実際の事件を「再構成」するかたちで、攻撃の戦果を過大に伝える傾向が顕著だった。死者と負傷者を一括して「死者10名」と記すなど、曖昧な表現が用いられる。動画でも、標的が特定できないまま発砲する場面だけを示し、「作戦成功」を主張する構成が多く見られた。

なぜナイジェリアでは動画が主流なのか

 他国ではテキスト中心の偽情報が支配的であるのに対し、ナイジェリアでは動画が最多形式となっている。その背景には、識字率の低さと強固な口承文化がある。ナイジェリア北東部の識字率は全国平均(63%)を下回るとされ、これに対応するかたちでISWAPやJASは動画や音声を主要媒体として利用している。報告書によれば、ボコ・ハラムによる偽情報のうち、テキスト単独による発信はわずか16%に過ぎなかった。

 また、Telegramなどの暗号化プラットフォームで発信された動画が、WhatsAppを通じて通信環境の不安定な地域でも再拡散される。最終的には、口頭伝承を通じて偽情報が「預言者の言葉」のように再解釈されるプロセスも報告されており、オンラインとオフラインのハイブリッド型拡散が際立っている。

「怒り」と「誇り」が動員を促す

 偽情報が単なるプロパガンダにとどまらず、実際の暴力や勧誘へと結びつく要因として、報告書は「感情トリガー」に注目する。ナイジェリアの事例では、偽情報の86%が「恐怖」、67%が「誇り」、40%が「怒り」に訴えていた。恐怖は外部の脅威を過大に伝えることで住民の沈黙を誘い、誇りは戦果誇張によって組織内の士気を高め、怒りは敵対者──政府、宗教指導者、メディア──への敵意を煽るために使われる。

 さらに、直接的な行動呼びかけも少なくない。JASが「憲法を捨ててコーランを受け入れよ」「国旗(緑白緑)を捨てよ」と語る動画は、国家制度からの離脱を明確に求めていた。

偽情報による“緩慢な制度破壊”

 暴力的過激派による偽情報がもたらす影響は、即時の暴力や混乱だけではない。むしろ報告書が強調するのは、制度への信頼を徐々に浸食する“緩慢な破壊”である。政府や宗教指導者のみならず、市民団体やNGOまでもが「外国の手先」「スパイ」と中傷されることで、住民の協力が得られず、P/CVE(暴力的過激主義対策)プログラムが機能不全に陥るという。特に若者や女性の参加を得ようとする取り組みが、こうした偽情報によって妨害される構造は各国に共通して観測された。

介入の前提は「文脈理解」

 報告書が最後に強調するのは、偽情報への対抗策は単なる情報訂正(デバンク)では不十分であるという点である。たとえばナイジェリアでは、SNSを主戦場とする西洋的アプローチは効果が限定的であり、むしろラジオ放送や地域指導者との連携といったローカルな戦術が不可欠とされる。

 対策は以下の3層で構築すべきと提言されている:

  • 一次介入:長期的レジリエンス構築(メディア教育、透明性向上など)
  • 二次介入:脆弱地域への事前対応(感情的耐性、問題意識の形成)
  • 三次介入:既に影響を受けた地域への個別支援(トラウマ対処型メッセージ、代替ナラティブの提示)

まとめ:暴力的過激主義の情報戦を見逃すな

 本報告書が示すように、暴力的過激派による偽情報の拡散は単なる“副次的脅威”ではなく、それ自体が過激主義の戦略の中核をなす存在である。誇張、歪曲、感情操作を通じて社会的亀裂を深め、制度と市民社会の信頼を削ぎ、支配の空白を作り出す。その構造を理解せずして、情報空間の安全保障は成立しない。偽情報対策の議論において、国家主体だけでなく非国家主体の動向に目を向けることの重要性を、本報告書はあらためて強く示唆している。

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