NCTV脅威評価2025――国家主体による脅威全般の中での偽情報

NCTV脅威評価2025――国家主体による脅威全般の中での偽情報 情報操作

 オランダ国家テロ対策・安全保障調整官(NCTV)が2025年8月に発表した「Threat Assessment State Actors 2025」は、スパイ活動、サイバー攻撃、経済的影響工作、政治制度への干渉、偽情報といった多様な脅威を、国家主体ごとに整理した包括的な報告書だ。対象はロシア、中国、イラン、北朝鮮など。オランダに直接向けられる攻撃だけでなく、国際的な活動が間接的に波及する可能性も含めて評価している。

 この報告書の中で偽情報は、単独の現象ではなく、他の手段と組み合わされる形で現れる“影響工作”の一部として扱われている。サイバー侵入で得た情報を加工し、政治イベントや物理的事件に結びつけ、国内外の世論を操作する。この結合こそが、NCTVの分析で強調されるポイントだ。


偽情報の位置づけ

 報告書では、偽情報を使う国家主体の主目的として以下を挙げる。

  • 国際的な評判の低下
  • 政策決定や外交方針の妨害
  • 社会の分断と対立の深刻化
  • 政治的敵対勢力の正統性失墜

 NCTVは、こうした活動は必ずしもオランダを主標的にしているわけではないとする一方、国家主体は機会主義的であり、象徴性の高い国際機関を抱えるオランダは潜在的リスク下にあると警告している。


偽情報関連の具体事例と背景

ロシア:国内外をつなぐ「演出型」作戦

国内デモの国外利用

 ウクライナ戦争以降、ロシアはオランダ国内で「平和デモ」を秘密裏に組織。表向きは市民活動だが、映像は編集され、ロシア国内向けに「欧州はウクライナ支援に反対している」とする物語の証拠として使われた。現地での表現が別の国のプロパガンダ資源になるという構図は、外見からは判別が難しい。

“泡とステッカー”事件

 2024年、ドイツで270台超の車両が泡とステッカーで覆われる破壊工作が発生。当初は環境活動家の抗議と見られたが、ロシア情報機関の関与が判明。暗号化通信(Viber)で指令が送られ、低額報酬で実行犯を雇用。目的は緑の党への反感を高めること。
この事例は、物理事件→ニュース化→政治的憎悪煽動という一連の流れを意図的に作り出す典型例で、NCTVは「低コストで素人を使うフリーランス工作員モデル」の存在まで指摘している。

媒体を使った恒常的発信

 「Voice of Europe」を通じたEU不安定化キャンペーンでは、欧州政治家の取り込みも視野に入れた活動が展開された。さらに、「西側の拡張が戦争の原因」といった代替ナラティブが、オランダ国内の反制度派や極右運動に共鳴しているとされる。


中国:ローカル言語での潜行型浸透

偽ニュースサイト網

 2024年、中国のPR会社が運用する親中ネットワークが発覚。統一戦線工作部(UFWD)と関係し、オランダ語を含む複数言語の偽ニュースサイトを展開。地域ニュースや文化記事の合間に、親中ナラティブ、西側陰謀論、反体制批判者への攻撃記事を挿入。
 到達範囲はほぼゼロだったが、NCTVはこれを「長期的な侵入口の確立」として評価している。

制度レベルの干渉

 メディア運用だけでなく、欧州政治の要職者を通じた制度的影響工作も確認されている。政治的影響力を持つ人物を媒介とすることで、メディアを介さない直接的な干渉ルートを作る狙いがある。


イラン:ハック・アンド・リークとAIの複合利用

ハック・アンド・リークの工程化

 イランは、サイバー侵入で得た機微情報を目的に応じてそのまま、または加工して公開し、世論や政策を揺るがす「ハック・アンド・リーク」作戦を展開。ガザ戦争、アルバニアへの大規模作戦など、実例が複数記載されている。

米選挙への関与とAI利用

 米司法省の起訴事実として、2024年米大統領選で候補陣営から盗んだ文書をメディアへ流そうとした件が挙げられる。さらに、OpenAIの発表をもとに、2020・2022・2024年の米選挙でAI生成コンテンツを使った偽情報展開を行っていたことが記録されている。

実世界での動員

 北欧では、コーラン焼却事件を契機に、革命防衛隊(IRGC)が若年ギャングを資金や脅迫で動員し、ユダヤ人・イスラエル関連施設への攻撃を計画。スウェーデン保安局(Säpo)は、IRGCがSMS配信基盤をハッキングし、扇情的メッセージを一斉送信したと報告している。


偽情報は全体の中の一部

 NCTVは、偽情報が単独で成立するのではなく、サイバー攻撃や物理的事件と結びついて効果を発揮することを繰り返し強調している。報告書を全体像の中で読むことで、偽情報がどのように他分野と連動して運用されているかが立体的に見える。

 この視点は、偽情報対策を担う専門家が他領域との協力体制を構築するうえで不可欠だ。NCTVの事例は、検知や対応の優先順位を決めるための基礎情報として活用できる。

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