地中海デジタルメディア観測所(Mediterranean Digital Media Observatory、以下MedDMO)は、5月24日投開票のキプロス議会選挙を対象に、有料政治広告の流通実態と各プラットフォームの執行状況を検証した拡張版報告書「Ex-post Analysis of the Rapid Response System for the 2026 Cyprus Parliamentary Elections with a Focus on Paid Political Advertising」を公表した。MedDMOは欧州デジタルメディア観測所(European Digital Media Observatory、EDMO)の選挙監視枠組み「Elections Watch」のキプロス実装を担う研究機関で、欧州委員会のDIGITAL-2024-BESTUSE-TECH-07プログラムの助成を受けている。
報告書の対象期間は2025年10月1日から投票日までの約8カ月間で、これはMetaとGoogleが2025年10月、EU域内の政治・選挙・社会争点広告の取り扱いを停止すると発表した日付に合わせてある。TikTokは2019年から世界的に有料政治広告を禁止している。検証されているのは、各プラットフォームが自ら「受け付けない」と宣言した広告カテゴリーが、実際にはどの程度システムに侵入していたかという問いである。
キプロス議会(代議院)は定数80のうち56議席がギリシャ系キプロス人選挙区から選出され、選挙区はニコシア、リマソル、ラルナカ、パフォス、ファマグスタ、キレニアの6つ。1974年以降キレニアは全域、ファマグスタは一部がトルコによる占領下にあり、避難民は居住地の有権者とともに投票する。2026年選挙には16の登録政党・無所属名簿から753人が出馬した。監視枠組み「ラピッドレスポンスシステム」(Rapid Response System、RRS)は、欧州委員会の偽情報に関する行動規範(Code of Practice on Disinformation、2025年2月13日にDSA第45条のもとでの行動規範として正式統合)の選挙関連コミットメントの一部で、非プラットフォーム署名団体が選挙の公正性を脅かすコンテンツを迅速にプラットフォームへ報告・協議する枠組みである。
留意点を一つ明示しておく。MedDMOは単なる外部監視者ではなく、RRSの当事者として調査期間中にMetaへ168件、TikTokへ48件、Google/YouTubeへ1件の通報を自ら行っている。報告書はプラットフォームの執行件数急増のタイミングがMedDMOの通報や行動規範チームとの会合と時間的に近接していることを繰り返し強調しており、これは観察対象と観察主体が同一であるという構造を意味する。報告書自身も「相関であって因果ではない」「いかなる削除も指示していない」と繰り返し免責しているが、この立場性は踏まえる必要がある。MedDMOはEU資金による研究機関であり、プラットフォームの透明性義務拡充を提言する規範的立場を取っている。
監視方法論
MedDMOの監視システムは、Metaの広告ライブラリ(Ad Library)、Googleの広告透明性センター(Ads Transparency Center)、TikTokの商用コンテンツAPI(Commercial Content API)を自動照会し、AI分類器で選挙関連性を判定したうえで手動監査と日付フィルター(2025年10月1日以降)を適用する4段階パイプラインで構築されている。報告書はこの分類があくまで研究・監視目的であり、モデレーション決定ではないと明記している。
3つのAPIにはそれぞれ深刻な制約がある。Metaのグラフ APIは、サーバー側のEU政治広告プライバシーフィルタリングがウェブ画面より厳格で、配信状況情報は政治広告レコードの72.8%、クリエイティブのテキストは48.3%で取得不能だった。TikTokの商用コンテンツライブラリAPIは広告レコードに正規の投稿URLを意図的に含めず、TikTok自身の違反通報ツールとの照合が事実上不可能で、研究者は広告を発見・定量化できても正式に報告できない。クォータ上限も厳しく、研究用APIの申請が1カ月以上保留された。Googleの公開データセットは1クエリあたり約100件の非公開上限を超えるとエラーなしに空の結果が返り、BigQueryはリアルタイムから約1週間遅延する。インプレッション数は終了後80〜90日間非開示で、本選挙のデータは2026年8月13日まで利用できない。
Meta——「事後の一括清掃」としての執行
MedDMOの27日間の削除監視期間(4月30日〜5月27日)で、監査対象2,457件のうち1,279件(52%)にMetaのポリシー削除通知が確認された。重要なのはタイミングである。検知時点での運用開始からの経過日数は中央値60日、平均79日、最長231日に達し、スケジュール配信期間内の検知はわずか12件(0.9%)、残りは予定終了日が過ぎたあとの検知だった。削除検知の99.4%は5月13日、MedDMOとMeta、欧州委員会の偽情報行動規範チーム(CoC Disinfo Team)の合同会合の開催日以降に集中している。会合から30時間以内に687件の削除通知が出現し(会合前の単日最高件数の172倍)、削除はその後も投票日まで続いた(5月16日71件、18日108件、21日117件、23日102件、24日146件)。報告書はMetaが会合を理由に行動したとは主張せず、執行決定が会合から数時間以内に可視化されたという事実のみを記述している。これに先立つTTPA発効(10月10日)から5月12日までの215日間は、流入した1,947件中わずか4件しか初回チェック時点で削除通知を帯びておらず、受付時点の管理体制が出稿を阻止できていなかったことを示唆する。
候補者・政党別の集中度は極端である。政党1(匿名化表記)が2,457件中796件(32.4%)、匿名第三者カテゴリーが432件(17.6%)で第2位、政党2の400件(16.3%)を上回った。上位2政党で50%、上位3政党で67%に達する。広告主単位では上位15が全体の56%を占め、最多は匿名の攻撃ページ「Paphos10fan」の311件、続いて政党1リマソル選挙区の候補者(候補者E)の219件。上位15のうち3つは匿名第三者ページ(Paphos10fan、Adiafthoroi、The Archondato)で計403件、約39%が後に削除された。支出額はバケット範囲の中央値積算で開示合計約93,700ユーロ、最大の支出主は候補者Eの推計22,739ユーロ(約24%)だが、1,051件(42.8%)は非開示で全数値が下限値にすぎない。
選挙区別ではリマソル764件(31%)、ニコシア549件(22%)で過半数を占め、パフォスの503件はPaphos10fan単独311件に牽引された結果である。ファマグスタは出稿93件と少ないが削除率66%と最高、キレニア(部分占領下)は削除率24%と最低だった。月別出稿は10月〜2月は月182〜233件と穏やかだったが3月304件、4月348件と加速し、5月単月で765件(全活動の31%)に急増した。匿名第三者の「アタックページ」活動は、10月ゼロ、11月〜4月計20件にとどまっていたが、投票日までの最後の24日間に412件(95%)が一斉投入され、ピークの5月17日には74件と単一カテゴリー最大の一日出稿数を記録した。これらはスポンサーを名乗らずに出稿し、TTPA第7条・第11条・第12条に直接抵触する。日次の変化報告からは、削除された広告の出稿主が同日中に新規広告を投稿し続ける現象も確認され、Metaの執行が広告主アカウント単位には及んでいないことを示している。
Google——分類器が政治広告を「見逃す」構造
検証された政治広告の出稿主は候補者J(政党4)のアカウント1件のみで、全15クリエイティブは動画形式、配信は4月23日〜5月22日。8カ月間でこの1件以外の出稿はなく、削除もゼロ件だった。Googleは2024年11月にTTPA施行に先立ちEU域内の政治広告を取り扱わないと発表していたが、候補者Jの15クリエイティブは削除記録に一切現れていない。
特筆すべきはトピック分類の機能不全である。BigQueryに反映された12クリエイティブのうち4件は「法律・政府」だったが、7件は「芸術・娯楽」、1件は「求人・教育」に分類されていた。トピックカテゴリーは主題を反映するだけで政治的地位を判定するものではない。さらに3件のクリエイティブがデータから「消失」しており、ポリシー違反による削除と単なる期限切れが同一の空応答として現れるため判別不能である。MedDMOは「Googleから措置を講じたとのメール連絡を受けたにもかかわらず、その措置は公開された透明性インターフェース上には一切痕跡を残さない」と指摘している。
TikTok——220日間の沈黙から5日間の一斉削除へ
プラットフォーム独自のグローバルな政治広告禁止(2019年から施行)と2025年10月10日適用開始のTTPAという二重の規制枠組みが、データセット中の887件の有料政治広告に該当する。220日間の監視期間中、観測可能な執行措置はほとんど確認されず、この間に724件が出稿され推計118,202ユーロの有料増幅が最大4,260万インプレッションに達する規模で配信された。執行が可視化したのは、MedDMOが5月16日にTikTok担当者へメールで通報した後である。TikTokはこの通報を受け、5月17日〜21日の5日間に集中して631件(全体の71%)を削除した。削除の大半は投票日以前または当日に確認されたが、短期間の一斉処理として適用されたもので、有料増幅の約88%はすでに配信完了していた。外部通報という引き金がなければ執行が発動しなかった「反応的一斉処理」の性格が明確である。
| 指標 | 値 |
|---|---|
| 追跡対象の政治広告総数 | 887件 |
| 固有広告主アカウント数 | 67 |
| 関与政党数 | 15 |
| TikTokによる削除件数(執行率) | 631件(71.1%、4プラットフォーム中最高) |
| 投票日にアクティブだった広告 | 13件(5月19日のピーク時は89件) |
| 開示インプレッション数(下限〜上限) | 617万〜5,061万 |
出稿量は上位15アカウントが887件中581件(65.5%)を占める。最多は候補者K(政党13)の97件で、政党6は上位8アカウントのうち4枠を占め172件の削除を記録した。一方、政党17(27件出稿)は削除ゼロ件、最も顕著な乖離は匿名第三者アカウントで40件出稿してわずか3件(8%)しか削除されず、TTPA第7条が想定する透明性の枠組みの外に置かれている点で規制の盲点を最も明瞭に示す。支出推計はTikTokが実額を開示しないため、有料広告を対応するオーガニック動画と照合し増分視聴数を帰属させる「デルタマッチング」手法による。最大の個別支出は候補者M(政党1)の推計13,034ユーロ(49件)。選挙区別ではニコシアが出稿量首位かつ削除率87%、リマソルは出稿量第2位ながら推計支出額では首位(26,004ユーロ)、ファマグスタは削除率がわずか20%と最大の執行の隙間を示す。
月別推移は秋が月13〜47件と低調だったが、2月77件、3月126件、4月224件、5月303件と加速した。投票週は5月18日に稼働中の広告70件のうち61件(87%)が後に削除対象となるなど、前半は「削除予定」の広告が大半を占めていた。これを一掃したのが5月20日(49件削除)と21日(209件削除)の一斉処理で、5月21日以降は投票日にアクティブな広告がわずか13件、すべてオーガニック投稿だった。削除対象となった26アカウントのオーガニック動画投稿は2025年9月以降一貫して増加し5月単月で475本に達し、有料広告と並行して視聴者基盤を築いていたことを示唆する。209件を一斉削除した翌日の5月22日には20アカウントが合計55本(通常の約2倍)を投稿しており、この規模の同時的反応が偶然である可能性は低いと報告書は指摘する。重要なのは、TikTokが有料広告を削除する際、動画自体は削除せず増幅予算の支出を停止しただけだという点で、同一コンテンツは各アカウントのプロフィール上にオーガニック投稿として残存し続けている。
クロスプラットフォーム比較とXの構造的空白
Meta・TikTokの月次出稿量は選挙の暦に連動した同一の形状を描く。10月〜1月の緩やかな積み上げ、2〜3月の加速、5月の急増(Meta765件、TikTok303件、最終月だけで合計1,067件、全8カ月の約3分の1)という曲線の一致は、選挙運動主体が両チャネルを継続的に活用し続けたことを裏付ける。削除率はTikTokがMetaを一貫して上回り(3月以降の加速局面でおおむね60〜80%、Metaは46〜57%)、これはTikTokが精査済みハブの通報を受けて決定的に執行する一方、Metaは受付時点でより多くの広告を通過させその後の審査で約半数を削除するという構造的差異を反映している。
4プラットフォームすべてがEU域内の有料政治広告を停止あるいは禁止していると表明しているにもかかわらず、投票日時点の件数は2,457件(Meta)、887件(TikTok)、15件(Google)と二桁の開きがある。この乖離はフィルター設計、本人確認の厳格さ、研究者アクセスのあり方によって生じている。削除率はMeta52%、TikTok71%、Google0%で、Metaの緩やかな受付が事後削除対象を生み、TikTokの常設禁止下では受付広告すべてがポリシー違反になり、Googleの厳格な本人確認ゲートが母数自体を審査が発動しないほど小さく保っている、という説明と整合的である。
Xについては比較対象となるデータセット自体が存在しない。無料の研究者向けアクセス階層が廃止され、商用階層もEU加盟国規模の政治広告監査に対応する設計になっていないためである。報告書はこの不在を「Xに政治広告が存在しなかった証拠」と解釈してはならないと明記し、デジタルサービス法(Digital Services Act、DSA)第40条が対象とする研究者アクセスの空白の典型例だと位置づけている。2025年12月5日、欧州委員会はXに対しDSA初の非遵守決定を下し、1億2,000万ユーロの制裁金(うち4,000万ユーロは第40条の研究者アクセス遮断分)を科している。
検証済み候補者・政党の挙動と匿名運営の指標
報告書は、検証済みの候補者・政党アカウントについて、組織的な「協調的非真正行動」(Coordinated Inauthentic Behaviour、CIB)の証拠は確認されなかったとしている。確認されたのは身元の特定可能な政治アクターによるポリシー違反であり、非真正・ボット駆動・外国国家連携型のネットワークによるものではない。一方、匿名第三者運営は別の論点として扱われ、単一の表示名のもとで運用される複数アカウントや執行回避を目的とした順次アカウント置換など、構造的にCIBの兆候を示す要素が複数確認されたが、外国国家連携ネットワークへの帰属を裏付ける閾値には達しておらず、国内の、匿名の、人間が運営する活動だと結論づけられている。
報告チャネルの機能不全
4プラットフォームの通報チャネルは、政治広告違反案件を構造化・追跡可能な形で提出するには適していない。Metaの公式リクエストポータルには「政治広告のポリシー違反」カテゴリーが存在せず、MedDMOが提出した77件の通報は「その他」で処理され、記録に残った明示的な「広告削除」結果はわずか1件だった。TikTokのツールは広告ライブラリのURLを有効な通報対象として受け付けず、Googleはケース番号も構造化フォームも持たない選挙運動専用メールボックスしか提供していない。キャンペーン全体でMedDMOはMeta168件、TikTok48件、Google/YouTube1件、計217件の通報を提出し、うち196件は無認可の政治広告に関するものだった。213件の広告が削除され(Meta165件、TikTok48件)、1件のMeta広告が現地法違反によりキプロス国内向けに制限され、2件のMeta通報は執行に至らなかった。
ファクトチェッカーページに対する誤執行という並行的懸念
報告期間中、もう一つ別個の、しかし関連する懸念が浮上した。国際ファクトチェッキングネットワーク(IFCN)および欧州ファクトチェッキング基準ネットワーク(EFCSN)の認証を受け、EDMOの加盟団体でもあるFact Check Cyprusのフェイスブックページが、Metaによる繰り返しの誤検知執行措置を受けたという事案である。最も直近では2026年4月、政治候補者の画像を含む公益性のあるファクトチェック記事に関連して措置が取られた。報告書は、この画像が選挙報道期間中の公人を特定・文脈化するジャーナリズム上のファクトチェックの一部として用いられたものであり、プライバシー侵害や誤解を招く目的ではなかったと指摘している。Metaの執行措置にはリーチ・有料広告掲載の制限、表示順位引き下げ、記事そのものの削除までが含まれていたが、いずれも認証済みファクトチェッカーの地位に見合った人間によるレビューを経た形跡が確認できなかった。政治広告を受付時点で検出できていない同じ自動化システムが、その広告に関する偽情報を訂正するコンテンツを同時に抑制しているこの非対称性は、DSA第14条・第17条・第20条・第34条に関わる論点として提起されている。
法的枠組み
本報告書が依拠する規制の柱は、TTPA(Regulation (EU) 2024/900)とDSA(Regulation (EU) 2022/2065)の2つである。TTPAは第7条で政治広告該当性の識別義務、第11条でラベル付け義務、第12条で透明性通知義務、第13条で欧州レポジトリの整備(2026年4月までの稼働義務)を定めている。DSA側では第14条(規約の誠実な適用)、第26条(広告の開示)、第39条(広告レポジトリ維持義務)、第34条・第35条(選挙プロセスのシステミックリスク評価)、第40条(研究者へのデータアクセス保障)が関連付けられる。2025年10月、欧州委員会はMetaとTikTokのデータアクセス手続きが「過度に煩雑である」とする予備的認定を行い、12月5日にXへの初のDSA非遵守決定が下されている。報告書は4社のいずれについても意図的な不正行為があったとは主張せず、停止措置にもかかわらず有料政治広告が流通していたこと、その相当部分が後から削除されたこと、公表ポリシーと規制枠組みの間に乖離があること、通報チャネルが目的に適合していないこと、の4点を指摘している。
結論
本報告書の中心的な知見は、違反の量そのものではなく、それがどう解消されたかという点にある。受動的な広告ライブラリ監視は違反を発見できたが、それを解消したのは構造化された行動規範チームを介した関与だった。Meta側では5月13日の会合から30時間以内に687件の削除通知が出現し、会合前の単日最高記録の172倍にあたる。TikTok側では5月22日のフォローアップ会合から5日以内に631件が削除された。報告書は、現行のRRSが「文書化チャネル」にとどまっており、行動規範チームレベルでの直接的な規制関与に裏打ちされた場合に限って「執行チャネル」として機能すると強調している。MedDMOとRRSがモデレーション権限を持つわけではなく、削除・制限・ラベル付け・非執行のすべての決定はプラットフォームに帰属し続ける、という留保を報告書は最後まで崩していない。

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