シリア・スワイダ虐殺を増幅した憎悪表現と偽情報――Suwayda PressとSyrians for Truth and Justiceの共同調査が示す「第三波」動員の構造

シリア・スワイダ虐殺を増幅した憎悪表現と偽情報――Suwayda PressとSyrians for Truth and Justiceの共同調査が示す「第三波」動員の構造 情報操作

 本稿が扱うのは、シリア南部のジャーナリスト組織Suwayda Press(スワイダ・プレス)と、人権調査団体Syrians for Truth and Justice(STJ、シリアン・フォー・トゥルース・アンド・ジャスティス)が共同で作成し、2026年8月20日に公開した調査報告書「Syria: The Hate Speech and Disinformation Accompanying the As-Suwayda Massacres」(シリア:アッ=スワイダ虐殺に伴う憎悪表現と偽情報)である。副題は「Joint Investigation: How Media and Digital Narratives Helped Fuel the ‘Third Wave of Violence’」(メディアとデジタル言説はいかにして「第三波の暴力」を煽ったか)。全50ページ。

 Suwayda Pressは、シリア南部アッ=スワイダ県出身のジャーナリストによって設立された独立系ニュースネットワークで、同県のニュースと課題の報道、人権侵害の記録、女性の権利擁護を専門的なレポートを通じて行う組織と自己紹介している。STJは2015年、米国務省傘下のMiddle East Partnership Initiative(MEPI)が運営する「Leaders for Democracy Fellowship」プログラムに参加していた共同創設者の着想から出発し、独立・非営利・非政府の人権組織として成長した経緯を持つ。中東と欧州連合の双方で法人格を取得しており、紛争の当事者を問わずシリア国内の人権侵害を調査対象としてきた。

 報告書が分析するのは、2025年7月13日から19日にかけてアッ=スワイダ県で発生した武力衝突――殺害、強制失踪、拉致、略奪、財産破壊、女性・少女に対する性暴力を伴った事件――に付随して、または先立って流通したメディア言説とデジタル空間の言説である。分析対象は移行期当局の公式プラットフォームの発信、その言説や政治的・治安上の語彙を繰り返し採用したメディア機関の報道、そしてFacebook上の公開投稿11,118件の定量・定性分析の三本柱からなる。報告書が最も重視するのは、これらの言説が単なる事実の報道や論評にとどまらず、住民の動員、宗派間の分極化、武装介入の正当化、あるいは民間人に対する人権侵害の重大性の希釈化にどう寄与したかという点である。

事件の背景と三つの暴力の波

 報告書の第2章は、国連が設置した独立国際調査委員会(Independent International Commission of Inquiry on Syria)の報告書を典拠に、アッ=スワイダの衝突を三つの波に区分して整理している。この区分は、後続の言説分析全体の時系列的な骨格をなす。

 第一波は7月14日から16日にかけて、アッ=スワイダ県西部と同県都で発生し、調査委員会が「最も死者数の多い波」と位置づけた局面である。政府軍が部族戦闘員を伴ってドゥルーズ派民間人に対する大規模な人権侵害――殺害、拷問、恣意的拘束、略奪、さらには男性を女性・子どもから引き離した上での即決処刑――を実行したとされる。

 第二波は7月17日、イスラエルによる空爆がアッ=スワイダとダマスカスの拠点を直撃した後、政府軍が撤退する中で始まった。この局面ではベドウィン系部族が居住する地区が、地元の武装集団による報復攻撃の標的となったと調査委員会は記録している。

第三波は7月17日夜から19日にかけて発生し、調査委員会が「最も破壊的」と評した局面である。アッ=スワイダへの進軍のために動員された部族戦闘員が、ドゥルーズ系および混住の約35村落で住宅・商店・宗教施設の焼き討ちと略奪、民間人の殺害、他の住民の拉致を実行した。調査委員会はさらに、政府軍の一部構成員が軍服を脱いでこれらの攻撃に加わった事実も指摘している。

 調査委員会の集計によれば、三つの波を通じた死者は1,707人を超え、大半をドゥルーズ派住民が占める。内訳はドゥルーズ側で男性1,190人、女性99人、少年22人、少女31人、ベドウィン側で男性53人、女性9人、少年5人、少女3人である。これに対しSuwayda PressとSTJの合同調査チームは、アッ=スワイダ国立病院の法医学記録と埋葬記録、地元家族への聞き取りを突き合わせる独自の記録作業を行い、ドゥルーズ・コミュニティの犠牲者1,520人を独自に確認したと記す。この規模の暴力を背景に、報告書は「深く分極化したメディア・デジタル環境が、動員言説・未検証情報・憎悪表現・偽情報の氾濫を伴っていた」とし、この環境こそが暴力の正当化と動員範囲の拡大を助長したという中心的主張を提示する。

調査手法とデータソースの限界

 報告書が依拠するデータは三系統ある。第一に、事件当時・事件後に発表された公式声明、メディア報道、ソーシャルメディア投稿の監視と分析。第二に、STJとSuwayda Pressがアッ=スワイダ市とその周辺の住民――社会的・職業的背景の異なる証人、被害者、地元関係者――に対し2026年4月から7月にかけて実施した詳細な聞き取り。第三に、事件と関連するキーワードを用いて収集したFacebook公開投稿の定量・定性分析である。

 Facebookサンプルは2025年7月17日から8月17日まで、公開ページ・グループ・個人アカウントから収集された11,118件の公開投稿からなる。分析期間の起点を7月17日に設定した理由について報告書は、この日が第三波の激化と大規模な部族動員の始点であったことを挙げ、終点を1か月後に設定した理由として、直接的な軍事作戦が終息した後もナラティブがどう流通し続けたか、リアルタイムの報道からその後の複製・扇動・偽情報へとコンテンツがどう移行したかを追跡する必要があったことを挙げている。

 Facebookをサンプル対象に選んだ理由として、シリア人の間でニュース流通と公共の議論に最も広く用いられるプラットフォームの一つであること、対象期間中に事件関連の公開コンテンツの密度が高かったことが挙げられている。報告書はこれについて、Telegram・YouTube・Xなど他のプラットフォームの役割を排除するものではなく、あくまで定量・定性分析になじむ一サンプルとしてFacebookを扱っていると明記する。

 方法論上の限界についても報告書は率直に記す。このサンプルはシリアのデジタル空間全体、あるいは全ユーザーの立場を代表するものではないこと、エンゲージメント指標(いいね・コメント・シェア等)自体は支持や承認を直接示すものではなく、あくまで拡散規模と流通の強度の指標として用いていること、そして「コーディネーション(組織的関与)」への言及はナラティブ・ハッシュタグ・投稿時刻・再投稿パターンの反復に基づくものであり、独立した証拠が別途裏付けない限り、直接的な組織関係や資金関係の証明とは見なされないことが明記されている。この限定の付け方は、以下で紹介する量的分析の解釈に際して踏まえておく必要がある。

「部族の救出」ナラティブ――ベドウィンの被害を切り口にした集団的動員

 報告書第4章は、第三波に先行または並行して流通した三つの主要ナラティブを個別に検証する。第一は「部族の救出(rescue of the tribes)」ナラティブである。

 このナラティブは、移行期シリア大統領アフマド・シャラア(Ahmad al-Sharaa)が2025年7月17日に行った演説を契機に台頭した。シャラアは演説で、シリア国家が武器を保有し治安を執行する唯一の権限主体であると強調し、「国家権威への反抗」や「並行武装勢力の創設」のいかなる兆候も拒絶すると述べた上で、事態の発端の責任を「無法集団」に帰し、「部族の愛国的立場」を称賛して法の順守と報復・行き過ぎ行為の自制を呼びかけた。翌18日、シャラアはさらに、アッ=スワイダの地元派閥が「凄惨な暴力」を行っているとする声明を発表し、これを内戦の平和に対する直接的脅威と位置づけた。この政治的言辞が、後に複数のプラットフォーム――公式メディア、当局に近いメディア、当局の言説を採用したメディア――を横断して結晶化する「部族の救出」報道の下地となったと報告書は分析する。

 この過程で焦点は、暴力の全当事者に説明責任を求める論調から、ベドウィン系部族の構成員を組織的攻撃の集団的被害者とする構図へと移行した。この文脈で各プラットフォームは、ベドウィン系部族の被害者・避難家族の映像に集中し、「民族浄化」「虐殺」「組織的標的化」といった表現を用いて、暴力の責任をアッ=スワイダの地元集団、あるいは黙示的にドゥルーズ・コミュニティ全体に帰する枠組みを採用した。

 この枠組みの最も顕著な例として報告書が挙げるのが、公式のAl-Ikhbariyaテレビが2025年7月17日に配信したニュース記事であり、その見出し「ヒクマト・アル=ヒジュリー(Hikmat al-Hijri)配下の集団がアッ=スワイダで民族浄化犯罪を実行」は煽情的かつ誤導的なものとして特定されている。報道の多くは部族・氏族評議会(Council of Tribes and Clans)の声明、政府当局者の発言、公式または同盟勢力が発信した映像・画像に依拠しており、他の記述や独立した検証に比肩する扱いは与えられなかった。この傾向はSANA通信や国営シリア・テレビの発信、移行期当局のナラティブを明確に採用した、あるいはその軍に同行したアラブ・シリア系メディアの報道にも顕著であり、7月17日以降、タイミングと内容の両面で歩調を合わせた報道が続いた。この同調は散発的な報道の再配信にとどまらず、「ファザア(faz’a、部族の招集)」「ナフィール(nafir、総動員)」「部族の救出」といった共通の語彙の使用、そして独立検証を経る前の流布情報を既成事実として提示する手法を伴った。

 この報道パターンが問題視されるのは、統計の誇張を伴った点にもある。一部の報道は、アッ=スワイダにおけるベドウィン人口とその避難者数について不正確な数値を流布した。Truth Platformの報告は、ベドウィンが県人口の30%を占めるという主張を否定し、実際の比率は最大でも約6%(人口57万人中約3万4千人)にとどまり、暴力による避難者も29,000人を超えないと明らかにした一方、これは190,000人が避難したとする主張と対照的である。他方でAl Jazeera Mubasherは2025年7月19日、アッ=スワイダのベドウィン人口を25万人とする、より高い数値を報じた。報告書はこうした数値の意義について、それらが中立的な人口統計としてではなく、標的化の規模を誇張し、包括的な集団被害の感覚を強化する言説の一部として用いられた点にあると指摘する。攻撃の最高潮において、このナラティブは個々人・個々の家族に対する侵害を、社会集団全体を「救出」するという広範な動員枠組みへと転換し、民間人と戦闘員、個人責任と集団責任の区別を溶解させ、ドゥルーズ・コミュニティ全体を紛争の単一の当事者として――明示的または黙示的に――位置づけたと報告書は結論づける。

「国家権威の拡大」ナラティブ――軍事介入を治安回復として提示する語り

 第二のナラティブは、国防省・内務省部隊のアッ=スワイダ進駐を「国家権威の拡大」として提示する言説である。移行期当局の公式言説は、この軍事介入を治安と安定の回復、国家権威の拡張、「混沌」と「武器の拡散」の終結、「無法集団」の掃討に必要な措置として一貫して描写した。内務省報道官ヌールッディーン・アル=ババ(Noureddine al-Baba)は2025年7月15日、「国家の介入は県の治安を回復するために不可避となった」と述べ、作戦の目的が「国家権威と法の支配の確立」、および国家の枠外にある集団の武装解除にあると主張した。

 しかしこの言説は、より複雑な政治的・治安的文脈を単純化していると報告書は指摘する。2025年の事件以前、アッ=スワイダ県内にはドゥルーズ系の地元武装組織が複数存在していた。リジャール・アル=カラーマ(尊厳の男たち)運動、シェイフ・アル=カラーマ部隊、リワー・アル=ジャバル(山岳旅団)、ディルウ・アル=タウヒード(一神教の盾)といった組織、さらに2025年中に登場した「アッ=スワイダ軍事評議会」がその例である。これらの多くは、シリア内戦下で国家機構が後退し、誘拐や無法状態、過激派の攻撃が広がった年月の中で、住民・村落・町を守るため、また県の若者を遠方の前線に送らないために結成されたと地元住民は証言する。

 アッ=スワイダの地元勢力が移行期政府に対して一枚岩の立場を取っていたわけでもない。2024年末の権力移行以降、一部の派閥・指導者(リジャール・アル=カラーマやリワー・アル=ジャバルを含む)はダマスカスとの協調や軍・治安機構への統合に前向きな姿勢を示した一方、他の勢力(シェイフ・ヒクマト・アル=ヒジュリーに最も強く結びつく立場)は政府軍の県内進入を拒否するか、県自身の住民による県政運営や、行政の地方分権化を条件とした。報告書はこの多様性を踏まえ、地元の情勢を「国家」対「無法集団」という単純な対立に還元することはできないと述べる。

 にもかかわらず、政府の言説を採用したシリア・アラブのメディアプラットフォームは、「武装集団」「無法者」「国家に対する反乱者」といった呼称を用いてこの単純化した枠組みを定着させることに寄与し、多くの記事において軍事介入を「公共秩序の回復」と「混沌の終結」の唯一必要な手段として描写した。政府軍部隊の進駐を映す映像も再流通し、作戦中の部隊の行動やそれに伴う人権侵害への同等の注意を欠いたまま「正統性の回復」として解説された。報告書はここで、国家が住民を保護し武器保有を規制する責任自体は否定しないとしつつ、この責任が武力行使への白紙委任を意味せず、合法性・必要性・比例性の原則、国際人権法・国際人道法の規則の順守義務を免除するものでもないと強調する。この論点は、独立国際調査委員会が政府軍と他の武装集団の双方による重大な人権侵害を記録し、記録された一部の行為が戦争犯罪に相当し得ると指摘した事実に照らして、特に重要性を持つと報告書は位置づける。

「イスラエルの陰謀」ナラティブ――対外介入への言及が動員と非正統化の道具に転じる過程

 第三のナラティブは、イスラエルによる軍事介入を、外部からの一貫した計画の決定的証拠へと転化させる言説である。2025年7月のイスラエル軍のダマスカス周辺の国防省・軍事拠点への攻撃を受け、公式メディア言説および移行期当局の言辞を採用したメディア・アカウントは高度な動員状態に入った。この攻撃はアッ=スワイダ危機全体の説明原因として提示され、シリア国家とその領土保全を標的とする外部の企図と結びつけられた。

 このナラティブはいくつかの事実――イスラエルによる直接的な軍事介入、そしてアッ=スワイダの「ドゥルーズ保護」をめぐるイスラエル側の繰り返しの声明――に基づく。しかし一部の政治的・メディア言説は、この介入の描写とその目的をめぐる議論を超え、事件全体を、シリア国家を弱体化させ新たな政治的・治安的取り決めを課す、あるいは同地域に分離主体を樹立するイスラエルの企図に結びつける包括的な解釈枠組みへと転化させた。

 「イスラエルの保護」言説の拡大した共鳴は、7月の事件に先立つ治安上の文脈と切り離しては理解できないと報告書は指摘する。2025年3月に沿岸部で発生したアラウィー系民間人に対する広範な侵害、続くジャラマナとアシュラフィーヤト・サフナーヤの事件、それに伴う殺害と宗派的言辞は、ドゥルーズ・コミュニティの一部に、自らも同様の暴力にさらされ得るという恐怖を深めた。これらの事件はまた、移行期国家の機構がマイノリティを保護し、これに関連する武装勢力を抑制する能力への疑念を強め、特に有効な安全保障の担保がないまま地元の武装組織が解除される場合の懸念を高めた。この文脈で、一部の地元関係者・集団が、イスラエル側の政治的・治安的利害を認識しつつも、イスラエルの介入・保護を必要な選択肢として捉える方向に開かれていったと報告書は記す。

 しかし、この複雑な地元の文脈と、対イスラエル介入に対する地元関係者の多様な立場は、公式・メディア言説には比肩する精緻さで反映されなかった。この言説はアッ=スワイダ内部の異なる立場を、「外国勢力の支援を求める」ことと「イスラエルの企図」への加担という単一の枠組みへと縮減した。この枠組みは、移行期当局の長アフマド・シャラアが2025年7月17日・19日の演説で発した内容、とりわけ「外国の支援を求める」「その主体との公然たる戦争」への言及によって強化された。メディアプラットフォームとデジタルアカウントはこの語彙を再流通させ、ニュース記事・意見分析記事・映像・デジタルグラフィックを通じてその含意を拡張した。アッ=スワイダの事件は、複数の当事者による人権侵害を伴った地元紛争としてではなく、シリア国家とイスラエルの間の間接的対決の一形態として再構成された。

 この言説はソーシャルメディア・プラットフォームにも拡張し、移行期当局を支持するアカウントとページは「イスラエルの陰謀」または「シリア南部にイスラエル系実体を樹立する試み」に関する投稿と映像を流通させた。「イスラエルの内部エージェント」「イスラエルの企図の道具」「分離主義者」といった呼称も、政府軍の進駐に反対した、あるいは移行期当局の政策を批判した地元の宗教・軍事・政治的人物への言及において一般化した。報告書はこの分析が、イスラエルの介入の現実や、シリア南部におけるイスラエルの政治的・治安的利害の存在を否定するものではないと明記した上で、この介入が十分な根拠なく個人や集団への協力・従属の告発を一般化するため、あるいは地元コミュニティ全体を敵対的な外国勢力に結びつけるため、あるいはドゥルーズ系民間人を敵対的なイスラエルの企図の延長として描写するために用いられるとき――政治・軍事的行為者とそれが属するコミュニティとの区別を消し去り、標的化を受け入れやすくし、それに対する暴力の重大性を希釈するとき――に人権上・メディア倫理上の問題が生じると結論づける。

Facebook投稿11,118件の定量分析――拡散規模とエンゲージメントの構造

 報告書第5章は、Facebook上の11,118件の公開投稿を対象に、投稿の種類・発信元・エンゲージメント・時系列変化・最も活発なアカウント・ハッシュタグと語彙・反復投稿という複数の切り口から量的分析を行っている。

 投稿の種類別内訳ではテキスト投稿が最多で、画像、動画が続く。発信元別ではページが投稿数の最大シェアを占め、個人アカウント、グループが続いた。

分類区分件数
投稿形式テキスト投稿3,957
投稿形式画像3,588
投稿形式動画2,730
投稿形式その他843
発信元公開ページ7,756
発信元個人アカウント2,428
発信元グループ934

 エンゲージメント指標の総計は、閲覧数233,217,497回、いいね3,731,243件、コメント597,663件、「悲しい」反応185,634件、「笑い」反応173,536件に達した。報告書は、いいね・コメント・特定の反応が支持・反対・皮肉・不承認のいずれを表すかは文脈に依存し、これらの指標自体が利用者の態度を直接示すものではないと注意を促した上で、投稿1件あたりの平均エンゲージメント(コメント・シェア・その他反応の合計)が約455.4件に達したと記す。内訳は平均コメント数53.8件、平均シェア数12.6件、平均その他反応389件である。

 投稿の時系列変化を追跡すると、投稿・ハッシュタグ・動画の量は監視開始初日である2025年7月17日に最高水準に達し、対峙が沈静化するにつれて漸減した。第二の急増が8月初旬に記録され、これはアラ(Ara)村でのスンニ派少女の拉致に関する誤解を招く情報の流布と、それに伴う緊張・停戦違反の時期と一致する。報告書はこのパターンについて、デジタル活動が出来事や噂に対して敏感に反応することを示す一方、それ自体は投稿と暴力行為の間の直接的な因果関係を単独で立証するものではないと留保を付す。

 最も活発な投稿数を記録したアカウント・ページ(投稿件数の多い順)は、タリク・フロム・ザ・スカイ(Tareq from the Sky、102件)、シリア・アル=ガド(Syria al-Ghad、91件)、クタイバ・ヤシン(Qutaiba Yassin、88件)、リクタ(Liqita、87件)、ザマン・アル=ワスル(Zaman al-Wasl、83件)、アルトゥーズのシリア革命調整委員会(83件)、シリア人権監視団(Syrian Observatory for Human Rights、78件)、ディアー・ハイダル(Diaa Haidar、77件)、フリー・シリア(Free Syria、73件)、サルキーン:アバク・アル=タリーク(Salqin: Abaq al-Tarikh、59件)であった。報告書はこれらの掲載について、政治的立場やコンテンツの合法性への判断を含まず、あくまでサンプル内の量的記述に限定される旨を明記している。

ハッシュタグと語彙分析――「アル=ヒジュリー民兵」と「ダビデの回廊」

 第5.5節は、宗派的・アイデンティティに基づく所属を出来事の解釈軸とした反復的なハッシュタグ・語彙・表現に焦点を当てる。選定された5つのハッシュタグの投稿数と平均エンゲージメントは以下の通りである。

ハッシュタグ投稿数平均エンゲージメント
#アッ=スワイダとの連帯12753,489.9
#アル=ヒジュリー民兵26220,904.0
#アッ=スワイダの独立1414,455.4
#ドゥルーズ国家1022,520.2
#ダビデの回廊8423,140.8

 投稿数では「#アル=ヒジュリー民兵」が262件で最多だが、平均エンゲージメントでは投稿数127件にとどまる「#アッ=スワイダとの連帯」が53,489.9と突出して高く、投稿件数の多寡と拡散力が必ずしも一致しない構造が浮かび上がる。動員・告発的ナラティブに関連する語彙をさらに広げた分析では、これに「タクフィール(takfir、背教・不信仰の宣告)」「ドゥルーズ」「宗派(ta’ifa)」といったハッシュタグが加わり、「アル=ヒジュリー民兵」バリアントの合算的な支配性が確認された。

 投稿本文の語彙分析では、識別・所属に関する語彙(「ドゥルーズ」「部族」「スンニ派」)、暴力に関する語彙(「屠殺(dhabh)」「喉切り(nahr)」「襲撃(ghazwa)」)、蔑称・背教宣告的含意を持つ語彙(「バーティニー(batini、秘教主義者)」「ムルタッド(murtadd、背教者)」「ズィンディーク(zindiq、異端者)」「カーフィル(kafir、不信仰者)」)の三系統に分類された。

出現回数使用アカウント数
部族(‘asha’ir)3,0811,303
ドゥルーズ・男性単数形(durzi)3,0141,566
ドゥルーズ・女性単数形(durziyya)2,9011,518
宗派(ta’ifa)2,2201,276
ドゥルーズ・複数形(duruz)1,7231,021
スンニ派・複数形(sunna)500363
屠殺(dhabh)225168
ユダヤ(yahud)11592
シオニズム(sahyuniyya)8367
喉切り(nahr)5743
秘教主義者(batini)5651
ウマイヤ朝(umawi)4534
背教者(murtadd)2522
異端者(zindiq)2014
不信仰者(kafir)139

 報告書は、第一群(識別・所属語彙)自体には煽動的含意がないが、第二群・第三群の語は使用文脈に応じてより深い読解を要すると注意を促す。二連語(バイグラム)分析では、「アル=ヒジュリー民兵」が456回、「ダビデの回廊」が298回、「アッ=スワイダの独立」が267回それぞれ出現し、この反復が紛争を反乱・分離主義・イスラエルの企図に結びつけるナラティブを喚起したと分析される。「ダビデの回廊」という表現は、ゴラン高原からユーフラテス川に至る回廊を新たな中東秩序の一部としてイスラエルが構想しているとする陰謀論的言説を指し、報告書が最も多く反復された投稿として記録した「イスラエルの夢――ゴラン=ユーフラテス回廊(ダビデの回廊)」と題する連載投稿(パート1が26回、パート3が20回、最終回が19回反復)にも表れている。

反復投稿と組織的増幅の兆候

 同一または酷似したテキストが複数アカウントにまたがって反復される現象は、投稿時刻の近接と語彙・ハッシュタグの一致を伴う場合、組織的増幅の指標の一つとして扱われる。報告書が特定した最も反復された投稿内容には、「部族は自らの作戦がアル=ヒジュリー民兵のみを標的としていると確認し、警告する」との声明(45回反復)、内務省が「SDF民兵」地域由来の武器・弾薬の輸送を押収したとする発表(38回)、外務省がアッ=スワイダへの人道物資輸送阻止を非難する声明(35回)、シェイフ・ライス・アル=バルース(Laith al-Balous)による事件への強い非難声明(34回)などが含まれる。

 反復投稿の発信量が最も多かったアカウント・ページは、タリク・フロム・ザ・スカイ(100回)、シリア・アル=ガド(76回)、クタイバ・ヤシン(74回)、シリア人権監視団とディアー・ハイダル(いずれも70回)、フリー・シリア(56回)、ザマン・アル=ワスル(55回)であった。報告書は、密度の高い反復と、文言・投稿タイミングの類似性の組み合わせが、増幅ネットワークまたはアカウント間の協調という仮説を強化すると位置づけるが、これを組織的関与の確定的証拠とは区別して扱っている。

ドゥルーズ系犠牲者の画像はいかにして「第三波」の燃料に転じたか

 報告書第6章は、量的分析から質的分析へと移行し、ドゥルーズ系犠牲者の実際の映像・画像が、身元と死亡の経緯を改変され、ベドウィン系部族の犠牲者として提示された複数の具体的事例を検証する。この転用は、単なる不正確な情報伝達を超え、報復暴力を正当化し公衆を動員する道具へと視覚的偽情報が転化した過程を示すと報告書は位置づける。

 2025年7月17日朝、アッ=スワイダ市内を移動していたアクラム・ミズヘル(Akram Mizher)は、遺体が路上や車内・家屋内に散乱する光景の中を、兄弟ジャウダト・ミズヘル(Jawdat Mizher)の自宅へ向かった。到着したアクラムは、ジャウダトと家族11人の遺体を家の中に発見した。本人の証言と生存した負傷した少女の証言によれば、政府軍の構成員が7月16日夜に住居に押し入り、男性を女性から引き離した上で家族に発砲した。女性の遺体は上階で、男性と子どもの遺体は1階で発見された。通信・電力が県の大半で遮断される中、アクラムと親族は国立病院がすでに満床となる状況下で遺体の埋葬準備を進めたが、通信が回復すると、兄の娘たちの遺体を写した写真が、シャフバー(Shahba)市でドゥルーズ系武装勢力に殺害されたベドウィン系女性であると主張する投稿として拡散していることが判明した。この画像を拡散したアカウントの一つが、数十万人のフォロワーを持つ「ゼノ・アル=マハミド(Zeno al-Mahamid)」チャンネルであった。ファクトチェック組織Verify-Syはこの主張を検証し、実際の被害者はアッ=スワイダ市出身のドゥルーズ系家族であり、7月16日にシリア当局に所属する武装勢力によって殺害されたことを確認した。

 同様の構図は乳児の遺体をめぐる事例にも見られる。7月16日夜、生後3か月の乳児セリナ・ザイド・ガルズ・アル=ディーン(Selina Zayed Gharz al-Din)は、母ワラー・ガルズ・アル=ディーン(Walaa Gharz al-Din)とともに、アッ=スワイダ市のハーラト・タラビーヤ交差点付近で殺害された。父親の証言によれば、二人は第一波の暴力の際、政府軍構成員による直接の銃撃を受けて死亡した。その後、段ボール箱に納められた乳児の遺体を写した痛ましい写真が流布し、7月17日にはこれがベドウィン系部族の子どもでドゥルーズ系武装勢力に殺害されたとする主張とともに再流通した。この主張は「ガンドゥール・ワリード(Ghandour Walid)」名義の投稿で「アル=ヒジュリーのドゥルーズ軍がアッ=スワイダでベドウィンの子どもを殺害している」と付記され、ここでも「ゼノ・アル=マハミド」チャンネルが拡散に寄与した。

 第一波の暴力の間には、サラーヤ(Saraya)家をめぐる事例もある。国防省に所属する武装要員が同家の非武装の民間人をアッ=スワイダ市のティシュリーン広場に連行した後、即決処刑する様子が映像に記録された。犠牲者は7人で、4人の兄弟とその親族1人が含まれ、被害者の中には米国籍を保有する若者もいた。事件発生から数時間後、犠牲者の遺体の画像はベドウィン系部族の構成員がドゥルーズ系武装勢力に殺害された証拠として拡散し始めた。この転用されたナラティブを再流布した人物の一人が、「アフラール・ハウラーン集会(Ahrar Houran Gathering)」というプラットフォームを運営し、後にSANA通信のダラア支局の運営を引き継ぐことになるメディア人物アイマン・アブー・ヌクタ(Ayman Abu Nuqta)であった。これに対し、アッ=スワイダ・ドキュメンテーション・メディアセンターの報告は、虐殺現場で撮影された記念写真の中に、武器を携えベドウィン系部族出身と特定された銃撃者の一人が写り、その背後にサラーヤ家の犠牲者の遺体が確認できることを明らかにした。この事実は、ドゥルーズ系民間人に対する暴力の現場に地元のベドウィン系要素が政府軍とともに関与していたことを示唆しており、後に事件を部族構成員に対する攻撃として描いたナラティブと矛盾する。

 「救出」が実際には拉致であった事例として、報告書はマジダ・リダン(Majida Ridan)一家の証言を詳述する。拡散した映像は一見、アッ=スワイダ県北部の村落から女性・子どもを「救出」する様子を記録したように見え、クサイ・アル=シャンマリー(Qusai al-Shammari)が自らを「アル=ヒジュリー民兵」からの救出者として提示していた。しかし映像に登場した女性の一人マジダ・トゥルキー・リダンの証言は全く異なる経緯を示す。マジダはアッ=スワイダ県北部の村ルダイマト・アル=リワーの自宅に、夫、息子、息子の妻、娘、3人の孫娘とともに滞在していたところ、第三波の暴力の中で部族の武装集団が村を襲撃し、夫マルワーン・アル=ハティーブと息子ラビー、息子の妻ルア・アル=アトラシュを殺害した上で、マジダと娘、孫娘たちを力ずくで屋外に連行したという。撮影が始まった時点で親族の血痕はまだ衣服に残っていたとマジダは証言する。クサイ・アル=シャンマリーは撮影前に女性たちへ「救出」の物語を語るよう指示したとされ、撮影終了後、家族は病院や安全な場所には運ばれず、ハマー県の農村地帯に移送されて別の武装部族集団の下で10日以上拘束され、赤十字国際委員会(ICRC)の仲介による交換の一環として解放された。拘束中にマジダは民間人ハッサン・サリム・アル=ハラビー(Hassan Salim al-Halabi)と出会ったが、同人物は後にジェネラル・セキュリティに移送され、アドラ刑務所に数か月間拘束された後、2026年2月に別の交換の一環で解放された。報告書によれば、クサイ・アル=シャンマリーは7月の攻撃時に最も目立った影響力者の一人であり、移行期政府高官との写真が事件後も繰り返し流通したが、約2か月間拘束された後、捜査結果が公表されないまま釈放され、その後シリア・テレビの報道で「救援活動家」として再登場した。

 身元の逆転は、身体の一部が拡散した事例にも及ぶ。7月18日、切断された頭部の画像がドゥルーズ系武装勢力に殺害されたベドウィン系民間人のものとして拡散し、部族に対する「ジェノサイド」の追加的証拠として提示された。しかし画像の検証と遺族への聞き取りにより、これはアッ=スワイダ在住でイドリブ県ジャバル・アル=スンマーク出身の19歳のドゥルーズ系青年ザイダーン・ハムザ・ダフバル(Zaydan Hamza Dahbar)の頭部であることが判明した。母親の証言によれば、ザイダーンは第三波の暴力の間に部族の武装集団に自宅から拉致され、殺害された。家族は彼の頭部の画像がベドウィン系民間人として拡散した後になって初めて、彼の運命を知ったという。

 殺害呼びかけが後に「政治活動家」の物語へと書き換えられた事例もある。メディア人物クタイバ・ヤシン(Qutaiba Yassin)は2025年7月17日、ハイダル・アル=サフナウィー(Haidar al-Sahnawi)が著者であるシャフバー市内のベドウィン系居住区への攻撃とその住民殺害を呼びかける投稿を再掲し、その際サフナウィーを「アル=ヒジュリー民兵」の一員として、部族を標的とする呼びかけの存在を示す証拠として提示した。ヤシンは後にこの投稿を削除し、サフナウィー自身も自らのページから削除した。それから1年足らず後、サフナウィーはヤシンとともに「アッ=スワイダの分離主義プロジェクトの背後に何があるのか?」と題するドキュメンタリー映画のインタビューに登場し、シェイフ・ヒクマト・アル=ヒジュリーに敵対的なナラティブの中で、地元運動の「政治活動家」として提示された。同人物に近い情報源は、彼がその後移行期政府のジェネラル・セキュリティ機構に加わったとも報じている。

メディアの現場対応――公式ナラティブの伝達から免責的物語の構築へ

 報告書第6.4節は、公式メディアおよび移行期当局のナラティブを採用したプラットフォームの現場での役割を検証する。元情報相ハムザ・アル=ムスタファ(Hamza al-Mustafa)は2025年7月19日の記者会見で、国家が「武器を国家の手に集中させ、あらゆる部隊を軍に統合すること」に取り組んでいると述べ、その方針が「一つの国、一つの政府、一つの軍」に基づくと強調した。国防省は7月16日、停戦合意の締結にもかかわらず「無法集団」が軍と内務治安部隊への攻撃を再開したと発表した。

 証言はまた、殺害または即決処刑の現場にジャーナリストやカメラマンが居合わせながら、目撃した事実がその後の報道に反映されなかった事例を明らかにする。家族の複数の構成員を殺害された「シャン(Shan)」という証言者は、ジェネラル・セキュリティの職員に同行してジャーナリストが現場に入った際、遺体と負傷者がまだ現場に残っており、負傷者の一部は生存していたが、あるカメラマンは「これを虐殺として描きたくない」として撮影を拒み、別の記者は家族が救急処置を求めて懇願する中、息絶えようとする人物を撮影し続けたと証言する。この証言は、2025年7月13日、軍警察建物西側のアル=ミフワーリー通りで発生したラドワーン(Radwan)家の虐殺に関するものであり、Al Jazeeraチャンネル系列の「シリア・アラン(Syria Alan)」に所属し移行期当局の部隊に同行していた記者マレク・アブー・オベイダ(Malek Abu Obeida)は、自身のページで配信した映像の中で、事件の目撃者であったことを認めながらも、これを移行期当局の部隊による虐殺として報道することはなかったと報告書は指摘する。

 映像操作がより直接的な形で犯罪の隠蔽に用いられた事例として、報告書はアドハム・アブー・マフムード(Adham Abu Mahmoud)のケースを詳述する。負傷者への応急処置と国立病院への搬送を自家用車で行っていたこの民間人は、ティシュリーン交差点付近でジェネラル・セキュリティの巡回に拘束された。親族「ラナ(Rana)」の証言によれば、拘束後、彼はカメラの前で「殴打されたか」と問われ、治安要員が「司法当局に引き渡す」と発表する映像への出演を強いられた。目撃者によれば、アドハムはこの撮影終了後に殺害され、「彼らは彼に撮影インタビューを強い、司法に引き渡すと言った。そして撮影が終わると彼を処刑した」と証言はまとめている。報告書はこの映像について、検証や記録のための手段ではなく、法の枠外で人権侵害が実行されているまさにその瞬間に、法的手続きへの形式的な順守を演出するために制作されたメディア映像の一部であったと結論づける。

 拘束者と行方不明者の運命が書き換えられた事例も記録されている。逮捕後に行方不明となったハルフーシュ(Harfoush)家の若者4人について、親族ジャラール・アル=ハルフーシュは、彼らの写真がタル・アル=ハディード村で「アル=ヒジュリー民兵」所属の戦闘員3人を逮捕したとするニュース記事に掲載されたと証言する。しかし家族は、実際の逮捕場所はデイル・アル=シャエルであり、写真自体もその場所で撮影されたものであると主張している。

提言――当局・メディア・国際社会への三つの宛先

 報告書は最終章で、移行期政府、メディア機関・デジタルプラットフォーム・ジャーナリスト・インフルエンサー、国際社会・シリアメディア支援団体という三つの宛先に向けた提言を示す。移行期政府に対しては、公式メディア機関を専門的な編集基準と独立性のもとに置き、プロパガンダや武装動員、軍事作戦の正当化の道具としての利用を禁じる立法措置、報道が拘束・拉致・殺害を正当化する物語の生成に利用された事案の捜査開始、拘束者への強制的な撮影出演の禁止、すべてのコミュニティの民間人保護と集団責任を理由とした標的化の禁止、人権侵害を告発する記者・人権擁護者・被害者・証人への迫害からの保護、国際人権法の基準に基づく憎悪表現対策の国家的政策の策定を求める。

 メディア機関・デジタルプラットフォーム・ジャーナリスト・インフルエンサーに対しては、国連の「ラバト行動計画(UN Rabat Plan of Action)」が定める「6要件テスト」――文脈、発言者、意図、内容・形式、流布の範囲と性質、切迫した危害の蓋然性――を危機時の掲載前評価の必須ツールとして採用すること、国際ジャーナリスト連盟(IFJ)の「ジャーナリストのための世界倫理憲章」、とりわけ「事実の尊重と公衆が真実を知る権利の尊重こそがジャーナリストの第一の義務である」とする第一原則の厳格な順守、映像・画像の出所・日時・場所の独立した検証、「ジェノサイド」「民族浄化」「協力」「裏切り」「分離主義」といった動員的・集団的烙印付けに資する呼称の使用停止、誤りが判明した際の明確な訂正の公表を求める。国際社会・シリアメディア支援団体に対しては、独立調査とデジタル証拠の保全への支援、アッ=スワイダの事件に関する責任評価への扇動・偽情報の役割の組み込み、人権基準・編集独立性・非差別を条件とした支援提供、扇動や侵害の隠蔽への関与が証明された組織への資金提供の回避を求めている。

情報操作研究として何を読み取るべきか

 この報告書が示す構造は、単一の虚偽言説の摘示という水準を超え、実際に起きた暴力行為そのものの被害者・加害者関係を反転させる「身元の書き換え」という手法の体系性にある。アクラム・ミズヘルの姪、セリナ・ザイド・ガルズ・アル=ディーン、サラーヤ家の7人、ザイダーン・ハムザ・ダフバルの頭部――報告書が検証したいずれの事例も、捏造された画像ではなく、実在の犠牲者を写した実際の映像・写真を素材として用いている点で共通する。偽情報はここで、存在しない出来事を作り出す作業ではなく、既に起きた実際の暴力の犠牲者と加害者を入れ替える作業として機能した。この手法は、通常の偽情報対策が前提とする「虚偽コンテンツの検出」という枠組みを部分的にすり抜ける。画像自体は本物であり、ジオロケーションや逆画像検索といった標準的な検証技術だけでは、キャプションに埋め込まれた身元の虚偽を暴くことができない場合が多いためである。マジダ・リダンの証言が示す「救出」から「拉致」への転倒は、この手法がさらに一段階進んだ形態を示す。ここでは映像そのものが、事件発生後に強制された演出によって生成されており、証拠の捏造ではなく、証拠の生成過程そのものが暴力の一部となっている。

 量的分析が示すもう一つの重要な知見は、投稿量とエンゲージメントの乖離である。「#アル=ヒジュリー民兵」が262件の投稿数で最多を記録した一方、投稿数127件にとどまる「#アッ=スワイダとの連帯」が平均53,489.9という圧倒的なエンゲージメントを獲得した事実は、動員言説の効果を投稿頻度だけで測ることの限界を示している。感情に強く訴えるハッシュタグは、投稿の絶対数が少なくとも、より広い拡散力を持ちうる。これは、偽情報対策がしばしば「量」を指標とする傾向――投稿数の多いアカウントやハッシュタグを優先的に監視する手法――が、実際の世論形成における影響力の分布を捉えそこなう可能性を示唆する。

 方法論上、この報告書が示す禁欲的な姿勢も注目に値する。11,118件のFacebook投稿という限定的なサンプルの限界を明示し、エンゲージメント指標を支持の証拠ではなく拡散規模の指標として扱い、「コーディネーション」への言及を独立した証拠が裏付けない限り組織的関与の確定的証明として扱わないという枠組みは、ナラティブが実際にどう機能したかを実証的な熱量を保ったまま示しつつ、断定を避けるという難しいバランスを取ろうとするものである。同時に、質的分析の部分――アクラム・ミズヘル、セリナ、サラーヤ家、マジダ・リダン、ザイダーン・ダフバル、アドハム・アブー・マフムードという個別事例の証言に基づく再構成――は、量的データが示す集合的なパターンに、犠牲者一人ひとりの固有名と経緯を回復させる作業でもある。国連ラバト行動計画の6要件テストや国際ジャーナリスト連盟の倫理憲章、市民的及び政治的権利に関する国際規約第20条への言及は、この報告書が単なる出来事の記録にとどまらず、憎悪表現とメディア倫理の国際的な法的・規範的枠組みの中にアッ=スワイダの事例を明示的に位置づけようとする姿勢を示している。

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