Asia Centre は2025年12月に報告書『Climate Disinformation in India: Subverting Indigenous Peoples’ Rights』を公開した。Asia Centre はアジア地域の政治・社会課題を扱う政策系シンクタンクで、政府・企業・市民社会の制度設計やリスクを「報告書」という形で定期的に整理している。本報告書はそのシリーズ(Forms of Climate Disinformation)の一つで、インドの気候政策・環境統計・企業広報・報道実務を横断しながら、先住民(インドの制度上は Scheduled Tribes/Adivasi)に対する権利侵害が、どのように「気候」「環境」「持続可能性」の語彙で見えにくくされ、正当化されるのかを追う。
報告書の前提として、インドの先住民人口は2011年国勢調査で人口の8.6%(約1億400万人)とされ、法制度上「特別の保護」を与えられる一方で、産業開発へ傾いた政策と企業志向の法運用が、土地・森林・生活資源の収奪を加速させている、という状況認識が置かれる。ここで「気候偽情報」が問題化されるのは、権利侵害が単に物理的暴力や立退きによって生じるだけでなく、統計・報道・政策言語によって「進歩」「保全」「国益」「気候行動」として語り直され、対抗的事実(生態系破壊・権利侵害・合意手続の形骸化)が公共圏から排除される点にある。
調査設計
方法は三層で組まれている。第一にデスクリサーチで、環境・気候政策、森林統計、報道、関連法制(森林権利法、部族地域自治関連法、野生生物保護法、環境影響評価など)を整理する。第二にインタビューで、先住民コミュニティ/先住民団体、メディア、学術、NGOなどを含むキーパーソンへのキーパーソン・インタビューを実施し、2025年9月上旬〜中旬にかけて複数日程で実施されている(付録に番号と属性・日付が列挙される)。第三にドラフト検証で、International Media Support へのレビュー(2025年9月25日初回送付、10月6日フィードバック、11月1日再送付、11月17日フィードバック)と、独立した学術レビュー(2025年10月18日および10月24日に受領)を経て修正を重ね、2025年12月10日にインド・コルカタでナショナル・コンビーニングを開催し、暫定所見の妥当性確認を行っている。
この手順は「証拠の厚み」を作るだけでなく、報告書が問題化する「統計・報道・政策が作る現実」が、現場の経験(合意の取り方、立退き、暴力、日々の生活実践)とどう食い違うかを、制度・言説・実務の接合点として記述する設計になっている。
デジタル化と言語分断が作る増幅環境
報告書の序盤は、気候偽情報が成立する環境条件として、2015年以降の急速なデジタル化と、言語分断・政治キャンペーン・企業アジェンダが結びつく増幅構造を置く。インターネット普及は2000年の1%から、2025年には57.6%まで上昇したと整理される(世界銀行等とKempのデータを併用しつつ、手法差による非比較性も注記される)。2025年初頭のインドのインターネット利用者は8億600万人(人口の55.3%)とされ、SNSのアクティブユーザーは4億9100万人(人口の33.7%)。SNS浸透率の推移も表で示され、2011年3%→2017年18%→2022年32%→2025年38%という拡大が提示される。プラットフォーム別では、WhatsAppが16〜64歳ユーザーの97.8%に到達する「支配的チャネル」として強調され、ニュース接触もYouTube(81%)に次いでWhatsApp(67%)、Facebook(57%)、Instagram(48%)が続く。
同時に、信頼は低い。オンラインでニュースを利用する英語話者の「ニュース全般への信頼」は36%とされ、検索経由の信頼(45%)が平均より高い一方、SNS上のニュースへの信頼(34%)はさらに低い、という分断した信頼構造が描かれる。この「低信頼・高依存」の条件下で、政治的利害や企業広報が選択的事実提示を流通させやすくなる。
加えて言語問題がある。YouTubeの地域言語コンテンツの伸長(例としてベンガル語の視聴時間が前年比100%以上増など)が示される一方、先住民言語は低い使用比率(Bhili/Bhilodi 0.9%、Santali 0.7%、Gondi 0.3%、Kurukh 0.2%、Mundari 0.1%など)に置かれ、構造的に「流通量が最初から薄い」領域として位置づけられる。与党政権下でのヒンディー優先の政治コミュニケーションが、地域言語・部族言語の周縁化を強め、オンラインコンテンツの80%以上がヒンディーまたは英語という偏在が、デジタル包摂の障壁になる、という整理も入る。先住民コミュニティ側の制約も数字で示され、スマートフォン保有が12%程度、デジタルリテラシーが15%未満、先住民居住村の58%が安定したブロードバンドを欠く、という「受け手側の不利」が前提化される。
この環境認識の上で、キーパーソン・インタビューでは「政府がディスインフォメーション対策を握ることは抑圧に傾く危険があり、市民社会側からでなければならない」という趣旨の証言が引用される。報告書は、気候偽情報への対処を単なるファクトチェックの技術問題ではなく、統治主体・言語・アクセス・恐怖(政治的発言が当局の処罰を招く不安)まで含めた権力配置として扱う。
気候偽情報の4類型
報告書は、インドのメディア環境で循環する気候偽情報を4つに類型化する。①一方的報道、②偽の気候解決策の宣伝、③環境災害の「地球規模気候変動」帰属、④気候変動と原因の否認。ここで重要なのは、④の否認だけが問題ではない、という立て方である。①〜③は、事実の切り取り、統計の定義操作、責任の移転によって、政治・企業の説明責任を迂回し、規制改革や権利保護を遅延させる遅延主義として扱われる。さらに「disinformation」だけでなく「malinformation」(事実の一部を武器化して偏った全体像を作る)という概念枠を使い、正誤判定の外側にある情報操作を捉える。
① 一方的報道:森林とエネルギー統計の“良い数字”だけを流通させる
第一の型は、肯定的な環境統計の反復と、否定的指標の抑圧である。森林領域では、環境森林気候変動省傘下の Forest Survey of India が公表する India State of Forest Report などの公式統計が、報道で「森林増」「カーボンシンク拡大」の根拠として用いられる一方、土地利用変化に伴う生物多様性損失や炭素吸収源の劣化を示す指標が外される、と整理される。Forest Survey of India の「森林被覆」定義が、自然林だけでなく単一樹種プランテーションや都市の緑地等を含める点が、統計上の改善を作りやすい条件になる。
報告書は、プランテーション型の政策(Green India Missionなど)への依存が、西ガーツのような重要生態系で炭素損失を止めていない、という2025年の Frontline 分析を引用し、さらに「果樹園や単一栽培を自然林と同列に扱う」統計処理が、2030年までに追加2.5〜30億トンCO₂のカーボンシンクを創出するという政府コミットメントをかえって危うくする、と論じる。国際交渉において「森林増」を掲げるフレーミングが、実態と切り離されて有利に作用する点も射程に入る。
エネルギー・排出の領域では、インドが歴史的累積排出への寄与が小さい(1850年以降3%)こと、1人当たり排出が低い(1.9トン)ことを「気候被害者」的に提示する正当な側面を認めた上で、それが石炭依存の構造を隠蔽する機能を持つと批判する。2005年時点で電力の70%、火力発電の75%が石炭由来であること、2005年以降の排出原単位21%削減や再エネ設備60%増という“進展”と並行して、石炭インフラが25%拡大し、絶対排出が35%増え、化石燃料補助金が再エネ投資の8倍規模になっている、という数値の並置が、この型の典型例として提示される。近年の報道が「再エネ導入200GW」「グリーン雇用」を強調しつつ、銀行ポートフォリオの25〜35%が石炭に結びつくこと、State Bank of Indiaが石炭プロジェクトに年間約1.3兆ルピー(約160億ドル)を投じること等を語らない、という指摘も、この“良い数字だけ”の構造として位置づく。
② 偽の気候解決策の宣伝:補償植林・グリーンクレジット・技術解の礼賛
第二の型は、偽の気候解決策を「持続可能性」として宣伝することで、産業モデルの転換を遅らせる遅延主義である。ここでは、国家・企業の叙述が、植林目標や予算配分といった量的指標を前景化し、長期的な生態系影響と先住民への影響を捨象する「malinformation」として扱われる。
典型例が CAMPA(Compensatory Afforestation)である。報告書は、CAMPA資金による植林キャンペーンが報道で「○本植えた」「目標達成率○%」として祝祭化される一方、単一樹種プランテーションの生態学的妥当性、地下水への影響、森林依存コミュニティの排除が問われない点を繰り返し示す。具体的には、Hindustan Times が州レベルの植林キャンペーン(例:「州内で1億本植える」等)を称揚し、当局の「大規模植林により森林・樹木被覆が25.17%」という趣旨の主張を検証なしに反復する事例、Amar Ujala がウッタル・プラデーシュ州の「目標86%達成」を環境進歩として描きつつ、批判的論点を消す事例、Jagran News 等が地下水構造物の大量建設を成果として提示する事例が挙げられる。さらに、グジャラート州の2019〜24年の植林目標(1.78 lakh ha=17万8000ヘクタール)を称える報道と、アルナーチャル・プラデーシュのような生態学的に敏感な地域で樹木生存率が40〜75%程度にとどまるという情報が同居しない、と指摘される。ここで問題化されるのは「嘘」ではなく、成果指標の設計と提示の仕方が、政策の失敗と権利侵害を見えなくする点である。
都市の例として、ムンバイのアーレイ森林でメトロ計画のために2700本超の伐採が行われ、補償植林が約束されたが、乾燥した土壌条件のため1年以内に苗木の70%が枯死した、という事例が出る。植林を“相殺”として語る言語が、元の森林が担っていた生態系サービスと生活基盤の不可逆性を薄める、という位置づけである。
この節ではさらに、2023年開始の Green Credit Programme が取り上げられる。企業が生態系回復プロジェクトで「クレジット」を得て取引できる仕組みが「生態系回復の民営化」として描かれ、例として Indian Oil(11,890ヘクタール)や NTPC(1,853ヘクタール)が対象地規模とともに挙げられる。報告書は、こうした制度が「修復」を市場化する一方で、自然林喪失を統計操作で覆い隠す土台が残ると論じ、2001〜2023年に自然林が23,300平方キロ失われたのに対し、Forest Survey of India が都市の樹木帯や果樹園を「森林」と再分類して見え方を変える、という批判を接続する。
加えて、再エネをめぐる“技術神話”もここに含められる。太陽光パネルが降雨を減らす/熱を集めて天候を変えるといった主張が流通し、それが採用遅延を生む一方、ファクトチェッカーや政府機関が「太陽光は光を利用し熱ではない」「降雨に測定可能な影響はない」と整理し、国内産業(Tata Power Solar、Adani Solar等)が年間5000万トンCO₂を相殺している、という反証が紹介される。報告書がここで見るのは、誤情報それ自体というより、公衆の不安を利用して規制・導入を遅らせ、化石燃料利害を温存する“遅延”の機能である。
③ 環境災害の「地球規模気候変動」帰属:ローカル責任の蒸発
第三の型は、国内の環境災害を「地球規模の気候変動」のせいにして、国家・企業のローカルな説明責任を回避することである。報告書は4件のケースを並べる。チャモリ岩盤崩落、ベンガルール洪水、ヒマーチャル・プラデーシュの地すべり、アッサムの熱波である。共通するのは、当局が気候変動の寄与を誇張し、土地利用、排水・都市計画、規制緩和、開発許認可といった政策失敗の側を曖昧にする点だとされる。
2021年2月、ウッタラーカンド州チャモリ県で岩盤崩落と土砂流が発生し、200人超が死亡し水力発電インフラが破壊された。首相モディが当初「気候変動の課題」に言及し、2030年までにクリーンエネルギー50GWという国際コミットメント文脈に接続することで、災害を「地球規模課題」として語った点が例示される。しかし報告書は、こうした枠付けが、現地の開発・許認可・脆弱性管理の責任を薄める機能を持つと論じる。
ベンガルール洪水では、長年にわたり湖沼と排水路が埋め立てられ、都市の自然排水システムが「新経済の建設」の名で解体されてきた、という構造がキーパーソン・インタビュー証言で強い言葉で語られる。雨雲だけを指して「気候イベント」と呼ぶことが、計画と利潤の帰結としての排水破壊を免責する、という批判である。
同様に、ヒマーチャルの地すべりやアッサムの熱波でも、当初は気候変動が前景化される一方で、地下水の過剰汲み上げ、単一栽培型プランテーションの政策、環境影響評価規則の希釈、産業誘致の規制弱体化が背景にある、と整理される。アッサムでは、災害後に政策から気候への言及が削られ、水集約型の加工ユニットへの補助が行われるなど、「気候を口実に免責→その後は開発推進に回帰」というパターンが指摘される。報告書の結論は、気候変動への帰属それ自体が誤りだというより、気候を前景化することで「ローカルな制度改革の先送り」を可能にする点にある。
④ 気候変動と原因の否認:データ抑圧・制度的隠蔽・死亡の不可視化
第四の型は、気候変動や原因の否認であり、ここでは「否認」が必ずしも単純な否定発言ではなく、データの抑圧や制度的手続として現れる。例として2015年の議会で環境相プラカシュ・ジャヴァデカルが「ヒマラヤ氷河の87%は安定」と述べ、争いのある宇宙機関研究を根拠にした件が出る。これに対して、ワディア高地質学研究所の観測としてドクリアニ氷河が2000〜2015年に18メートル縮小、チョラバリ氷河が1960年以降に面積の8%を失い、ガンゴトリ氷河が年約20メートル後退している、といった具体的数値が反証として提示される。元氷河学者 Anil V. Kulkarni が「科学的に成り立たない」と批判し、長さだけでなく質量収支を見るべきだという指摘も引用される。
さらに2024年の熱波では、52℃の記録的高温の中で、国家災害管理当局が州政府に対し熱関連死を「既往症による」と分類するよう指示し、熱波死としてカウントされたのは200人にとどまった一方、独立推計は2500人超を示す、という「制度的に死亡を見えなくする」事例が取り上げられる。報告書がここで示すのは、否認が「発言」ではなく、診断・分類・統計の運用として社会的事実を抹消しうる点である。
先住民の権利侵害は、情報の配置で「可能」になる
報告書の中盤は、以上4類型が、先住民の権利と生活にどう作用するかを、具体の制度・手続・報道の連鎖として積み上げる。ここで重要なのは、権利侵害が「現場の暴力」だけでなく、統計・報道・政策言語が公共圏の監視を鈍らせることで制度的に遂行される、という描き方である。以下は、報告書が挙げる論点を、列挙ではなく因果の流れとしてまとめ直す。
合意手続は、短縮と外部遮断で「成立したこと」にされる
合意手続の破壊は二段構えで描かれる。第一に、コミュニティ意思決定の軽視それ自体が、情報アクセスを奪う「オフラインの偽情報」とされる。つまり、影響や帰結を理解できる相談期間を意図的に狭め、同意が成立したことにする。第二に、一方的報道、グリーンウォッシュ、偽の気候解決策の宣伝が、合意手続の侵害を外部から監視する回路を断つ。
具体例として2013年のニヤムギリ事件が置かれる。オディシャ州でのボーキサイト採掘計画をめぐり、ドングリア・コンダ共同体の合意が侵害されたとし、影響を受ける80超の村のうち12村しか協議対象に含めず、6週間の期限を課して伝統的意思決定を妨げた、と記述する。さらに準軍事部隊が住民を威圧し、生活実践に不可欠な場所へのアクセスを制限したとされる。報告書は、こうした手続破壊が、最高裁の方向性や森林権利法の趣旨に反し、聖地と文化的結びつきを産業計画のために危うくした、と位置づける。同時に、2023年の森林保全関連の改正法案が、開発を保護しつつ部族を聖地からさらに疎外する危険を孕み、ニヤムギリで守られたはずの権利を掘り崩す、と論じる。
もう一つの例が Great Nicobar Island の巨大インフラ計画である。2022年11月に環境クリアランスが与えられたが、地元の合意要件を含む法的保護を迂回したとされ、報道はトランシップメント港を「国家開発に必要」と枠付ける一方、利益配分や情報・合意の欠如を問わなかった、という構図で示される。ここでは、プロジェクトの是非以前に、合意が成立したかどうかを公共圏が検証できない情報配置が問題化される。
生計と適応力は、「気候スマート」の言語で切り落とされる
次に報告書は、農業・生計領域での技術主義的解の押しつけを扱う。生物多様性法による生物遺産と伝統知の保護、植物品種・農民権利関連法による在来種・種子保存の権利を前提に、国家がこれを守らないことで脆弱性が増すと論じる。
一つのパターンは、種子保存や多様栽培などの実践を「遅れたもの」「非生産的」と見なし、高収量ハイブリッドや単一栽培を「気候スマート」として正当化する言説である。キーパーソン・インタビューでは、種子保存と多様栽培が単なる文化ではなく長期の適応知であり、それを切り捨てることが気候レジリエンスを解体している、という証言が引用される。
具体例として、アッサムのミシング共同体が洪水に適応してきた「bao rice」が、偽の気候解決策の宣伝の語りで周縁化され、代わりにハイブリッド単一栽培が「気候スマート」として促進される事例が挙げられる。ここで報告書は、在来品種を「非生産的」と切り捨てる枠付けが、農民の「種子の保存・交換」権利に抵触する、と法的に位置づける。環境災害の「地球規模気候変動」帰属が「原因は外にある」という形で制度改革の緊急性を薄め、気候変動と原因の否認が被害の把握を壊すことで、伝統実践を支える権利保障が後景に押しやられる点も、4類型と接続される。
森林保全は「保護」の名で国家に回収され、共同体の実績が消される
報告書はさらに、先住民が担ってきた森林保全が、法と報道の組み合わせで無効化される過程を描く。野生生物保護法などの環境法が、森林権利法が保障する「保護・再生・保全」権利より上位に運用され、当局のトップダウン保全が「気候行動」として語られる一方、人間のスチュワードシップは消される。
Kuno National Park の事例では、2022年9月以降、アフリカ産チーター導入を理由に、Sahariya共同体が祖先の森へのアクセスを禁止されたとされる。このプロジェクトは国家野生生物行動計画に欠落しているという指摘も併記され、排除により、樹脂採取や非木材林産物の季節採集といった循環的利用が損なわれる、と記述される。Corbett Tiger Reserve 周辺では Van Gujjar共同体の例が出る。2021年12月15日に高裁が土地と金銭補償の割当を森林当局に命じたが未実施であり、これが生息地・季節的放牧権を侵食する、と論じる。ここでも「保全のための排除」という報道フレームが、補償不履行と権利侵害を不可視化する。
対照的に、Odishaの Community Forest Resource タイトルの成功例も扱われる。森林権利法の条文に基づく権限移譲が、村で劣化森林の再生や違法伐採の抑止を実現した一方、森林当局が通行許可を無効化し、車両押収で共同体主導を抑圧した、とされる。成功が証拠としてあるにもかかわらず、国家が「保全主体」を独占し続ける構造が示される。
さらに Nagarhole Tiger Reserve では、Jenu Kuruba が2025年5月5日に祖先地の再占拠に踏み切った事例が紹介される。排除後の衛星画像を根拠に「歴史的居住」を否定する運用が行われ、単一栽培プランテーションや物理的バリアが“進歩”として語られる一方、蜂蜜採取や多様栽培などの共生的実践が切り捨てられる、という構図である。
この流れを補強する材料として、Forest Survey of India の「森林被覆」再分類が、単一樹種プランテーションや都市公園、侵入種 Prosopis juliflora すら含め、公式森林被覆を膨らませる、という批判が入る。統計操作が国家の保全独占を正当化する「見せかけの合法性」を与える、という位置づけである。
追い出しは、環境データと法運用で「侵入者」を作って進む
土地からの排除について報告書は、グラム・サバに権限を与えるはずの森林権利法が、森林当局の実務支配、厳格な証拠要件、Other Traditional Forest Dwellers の解釈を通じて狭められる過程を描く。2022年の森林保全関連規則が森林転用におけるグラム・サバ同意を必須から外し、権利確認の回路を弱めた点も接続される。例として Odisha では「75年居住」条項の恣意的運用により、2023年までに14万件超の請求が却下され、遊動的コミュニティが特に影響を受けた、とされる。
Gujarat の Gir National Park では、約3000の Māldhārī 家族が追い出され、観光インフラ拡張が実際の目的で、92%が補償なしにホームレス化した、という記述が置かれる。保全を名目にした立退きが、商業化と結びつく点がここで明確にされる。
さらに報告書は、都市空間でも同型の排除が起きるとする。デリーでは2023年に2万5000以上の部族家族がインフォーマル居住地から排除され、68%が住居を失い、92%が補償を拒否されたとされる。ここでは「美化」「スラム一掃」という選択的法フレームが、歴史的居住と社会経済的役割を消し、環境の言語で立退きを正当化する、と論じられる。
抵抗は「治安」に変換され、法と嫌がらせが連動する
最後に報告書は、抵抗の犯罪化と抑圧を二分し、(1)法ツールの武器化、(2)デジタル嫌がらせと物理暴力の連鎖として描く。
法ツールの武器化では、国家主導プロジェクトが「国益」「国家安全保障」として報道されることで反対が犯罪化されやすくなる、というメカニズムが整理される。例として、ジャーナリスト Rupesh Singh が2022年以降「マオイスト関係」等で訴追され、UAPAの下で2025年に保釈を拒まれたが、拘束は立退き・汚染・国家暴力の取材と重なる、という事例が提示される。
先住民活動家の例として、Chhattisgarhで Hidme Markam が2021年に治安関連の法で拘束され、Adani Group の聖地での鉄鉱石採掘に反対したことへの報復と位置づけられる。証拠不十分で2023年に無罪となったが、長期勾留自体が罰として機能し、プロジェクトが争われにくくなる、という論点が明示される。Odisha では、2017年5月に Kuni Sikaka が違法採掘に反対したことで逮捕され、釈放条件として「マオイストとして投降」することが要求されたとされる。ここでは「抵抗=過激派」というラベル付けが、Vedanta の採掘計画への批判を治安問題へ変換する仕組みとして描かれる。報告書は、武装闘争の存在と、圧倒的多数の平和的・合法的な土地権利運動を混同する国家の言説を批判し、正当な異議申立てを“敵対者”に再定義することで、資源開発が推進されると論じる。
デジタル嫌がらせと物理暴力の側では、気候変動と原因の否認と結びついた名誉毀損・オンライン攻撃が、監視と威嚇をオフラインで可能にする、とされる。攻撃はカースト差別、イスラモフォビア、ホモフォビア、ミソジニー、トランスフォビアの侮蔑語を武器化し、活動家の信用を破壊する。
物理暴力の具体例として、マディヤ・プラデーシュ州の Siwal 村(Buhanput)で Barela Adivasi が耕作をめぐり脅迫と暴力を受け、2019年7月には立退き抗議に対して森林当局がペレット銃を使用した疑いが記述される。事件後に警察が153人のAdivasiにFIRを立て、その中に死亡者が含まれ、彼らを「侵入者」「樹木伐採者」と記述した、という点が、スケープゴート化(先住民を森林破壊者として語る)と一方的報道の結合として位置づけられる。
同時に報告書は、抵抗の側の“可視化戦略”も記録する。2019年11月21日、デリーの Jantar Mantar で、複数州の共同体が森林権利法請求の組織的却下を糾弾した大規模デモがあり、さらに2016年にジャールカンド州クンティ県で部族地域自治関連法条文を石板に刻む運動が生まれ、複数州へ広がった、とされる。これが2019年2月に最高裁が立退き命令を停止する一因になった、という「公共圏の圧力が司法を動かした」局面も含まれる。しかし2024年8月までに、部族福祉予算の削減、Chotanagpur Tenancy Act の骨抜き化の動き、煽動罪等の濫用が続き、権力非対称は維持される、という評価で章が閉じられる。
勧告:国連・国家・メディア・市民社会に分配される対抗手段
報告書の終盤は、ステークホルダー別に具体的勧告を列挙する。国連・国際人権メカニズムに対しては、ILO169の批准支援やUNDRIPへの留保撤回を通じた合意手続の実効化、UNDRIP遵守の包括監査(国家・企業の気候偽情報キャンペーンが土地権・資源権・自己決定権侵害を促進している点の調査)などが置かれる。
市民社会・先住民団体側には、International Media Support 等との連携で先住民主体のメディア基盤を整備し、検証済み気候情報の共有と「ナラティブ主権」を強化すること、合意手続欠如の案件をパンチャーヤトが拒否する同盟構築、情報公開法制を使ってForest Survey of Indiaのプランテーションデータが自然林喪失を覆う点や Great Nicobar の環境影響評価違反を暴くことなどが明示される。CAMPAプランテーションの先住民主導監査を支えることも勧告に含まれる。
この勧告の特徴は、抽象的な「啓発」ではなく、統計・許認可・報道の接合部を狙い撃つ点にある。つまり、気候偽情報を「誤った情報」ではなく「権利侵害を可能にする統治技術」と捉え、その技術を無効化するには、ファクトチェックだけでは足りず、合意手続、情報アクセス、統計定義、司法・行政の運用、そして先住民主導の対抗的メディアが必要だ、という結論に収束する。
結論:気候偽情報は「否認」ではなく「排除の運用」として現れる
報告書が提示する最大の転換は、気候偽情報を気候科学の否認と同一視しない点にある。最も破壊的なのは、一方的報道、偽の気候解決策の宣伝、環境災害の「地球規模気候変動」帰属、気候変動と原因の否認が組み合わさり、合意手続、生計、保全、居住、抵抗の全局面で、先住民を「権利主体」から「開発の障害/侵入者/治安リスク」へ再定義していく過程である。ここで気候言語は、環境を守るための倫理語彙ではなく、排除を正当化するための行政・報道の共通言語として機能する。
したがって、対抗の単位もまた「誤情報訂正」ではなく、統計・許認可・報道の設計と運用を、権利と説明責任に再接続することになる。報告書はその接合点を、CAMPA、Green Credit Programme、Forest Survey of India統計、環境影響評価の希釈、野生生物保護フレーム、UAPA・治安ラベル、都市の「美化」言説など、具体名と具体数値で固定し、気候偽情報を「インドの気候統治のインフラ」として描き切っている。

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