本稿が扱うのは、シリアの人権団体Syrians for Truth and Justice(STJ)が2026年9月に公表した報告書「”They Took Him Before Our Eyes, Then Denied He Was There”: Documenting Cases of Enforced Disappearance during the Transitional Period」である。STJは2015年、米国務省傘下のMiddle East Partnership Initiative(MEPI)が運営するLeaders for Democracy Fellowshipプログラムに参加していた共同創設者の着想を起点に発足し、その後独立・非営利・非党派の人権団体として活動を続けてきた組織であり、シリア国内の人権侵害を継続的に記録してきた実績を持つ。本報告書はEUの資金提供を受け、市民の人権保護と説明責任の追及を目的とする英国の非政府組織Ceasefire Centre for Civilian Rightsとの協働により作成された。全28ページで構成され、強制失踪の被害者を記念する国際デー(8月30日)に合わせて発表されている。
本報告書はSTJにとって単発の調査ではない。2025年8月29日に公表した前身の報告書「”Living Between Hope and Fear”: Testimonies Documenting the Persistence of Enforced Disappearance in Post-Assad Syria」に続くものであり、STJは過渡期のシリアにおいて二つの並行した活動を続けてきた。一つは新規または継続する事案を監視・記録し関係機関と情報を共有する実務、もう一つは過去に失踪した人々の真実を知る権利を擁護する政策提言である。2026年4月には国連の強制的失踪または非自発的失踪に関する作業部会(UN Working Group on Enforced or Involuntary Disappearances)に寄稿を提出し、記憶と正義が選択的に適用されること、被害者が差別的に扱われること、失踪が「過去にのみ属する犯罪」として処理されることへの警告を発した。同年3月には旧政権崩壊後に発生した事案について22件の個別通報を国連の関連メカニズムに提出している。
前政権との断絶と連続――過渡期に強制失踪はどう変質したか
報告書がまず明確にするのは、2024年12月8日のバッシャール・アル=アサド政権崩壊が強制失踪という現象そのものを終わらせたわけではないという診断である。アサド政権下で強制失踪を特徴づけていたのは中央集権化された組織体系と大規模な件数であったが、報告書はこの規模・構造との比較を意図的に避ける。「一つの事案が強制失踪の構成要件を満たせば、それは独立した違反であり、捜索・調査・説明責任を要する」という立場を明示し、件数の多寡ではなく個々の事案の法的性質に焦点を当てる分析枠組みを採用している。
その上で報告書が描き出すのは、失踪の「起こり方」そのものの変化である。旧政権下では既知の治安支局や固定された拘禁施設と結びついていた失踪が、過渡期には自宅・検問所・公式標章を付した車両といった場所から始まり、その後、治安・軍事部隊、国家機構に統合されたか同盟関係にある武装組織、そして責任を否認したり家族を別の機関へたらい回しにする複数の主体の間で本人の足取りが失われる、という構造に変質している。報告書はこれを「記録されない移送の連鎖そのものが隠蔽の手段となる」と表現する。身柄を最初に拘束した機関は本人の所在を知っているが、家族はどの機関が引き渡しを受けたのか、あるいはどこで移送が終わったのかを特定できない。
この隠蔽は数時間で終わることもあれば、数か月続くこともある。報告書が強調するのは、拘束者の氏名が公式リストに現れたり面会が許可されたりすることで隠蔽が終了しても、それは隠蔽が続いていた期間そのものを消去するものではなく、拘束を遡って合法化するものでもないという点である。強制失踪の危険性は、公式記録と司法審査の外側に置かれていた期間の存在そのものにあり、最終的な所在不明者数によってのみ測定されるものではない――この論理が、報告書全体を貫く分析軸となっている。
方法論――30件のインタビューと立証の作法
STJは2025年初頭から本報告書作成時点の2026年8月までに数十件の事案を記録し、そのうち被害者・家族・目撃者への30件のインタビューを実施した。インタビュー対象には、直系親族、逮捕や拉致の目撃者、本人と連絡が途絶える直前に接触していた人物、そして釈放された被拘束者から得た情報を伝える親族が含まれる。報告書は明確に、記録された事案が全国的な統計を構成するものではなく、団体が本報告書の準備期間中にアクセスし記録し得た範囲を反映するものにすぎないと注記している。
これに加え、家族による訴え、市民キャンペーン、報道、他の人権団体による報告といったオープンソース資料も精査し、追加の事案の特定と経過の追跡に用いられたが、これらはインタビューに基づく事案とは区別され、件数には算入されていない。調査は対象者からのインフォームド・コンセントを得た上で実施され、インタビューに基づく事案では被害者・家族・証人の安全とプライバシーを守るため偽名が用いられている。一方、家族の訴えや市民キャンペーンで既に公開されている事案については、それを再公表するリスクを検討した上で公開済みの実名を使用し、特定を招きかねない詳細情報は意図的に伏せられている。
令状なき拘束と身柄の隠蔽――拘束直後に何が起きているか
報告書の中核をなす第5章は、記録された事案を四つの類型に整理する。最初の類型は、逮捕そのものは明確に確認できるが、拘束の瞬間から先の情報が完全に断たれるパターンである。自宅急襲、検問所での拘束、公共の場からの連行――行為者は自らを治安要員と名乗るか、公式標章を付した制服・車両を用いる。だが逮捕状は提示されず、家族には拘禁場所の通知もなく、事件番号や担当する司法機関の名称も示されない。親族が情報を求めても、機関同士が互いに責任を否認するか、別の窓口へとたらい回しにされる。
報告書が記録した具体的な事案を整理すると、次のような構造が繰り返し現れる。
| 証言者(仮名) | 時期・場所 | 状況 | 当局の対応 |
|---|---|---|---|
| マリアム | 2026年4月、ラタキア | 黒服の男たちが治安総局(General Security)標章の車両で80歳の祖父を自宅から連行 | 「短時間の尋問で戻る」と説明し衣服・身分証・薬の提出を要求。後に政治治安部(Political Security)へ移送されたと言われるが本人と連絡不能、弁護士の照会にも曖昧で矛盾する回答のみ |
| タリク(息子の失踪) | 2026年5月、タルトゥース沿岸道路 | 治安部隊が露天商の息子を停止させ車両を没収、その後消息不明 | タルトゥース警察が逮捕・追放の双方を否認。通報者はアラウィー派への蔑称を浴びせられ小銃を向けられ、通報前に12時間の待機を指示され、その後は署への立ち入りも拒否 |
| ディルシャド(30歳) | 2026年2月、ラッカ | 治安総局部隊がシリア民主軍(SDF)との関係を理由に家族の前で暴行し連行 | 関係機関すべてに照会したが所在確認も面会許可も得られず |
| イヤード(父の失踪) | 2026年5月、タルトゥース | 2012年に退役した71歳の元将校を、治安分野での経験を「活用したい」との名目で強制連行 | イドリブへ移送されたとする説明と、そこにはいないとする説明が矛盾。仲介者が身柄や情報の見返りに多額の金銭を要求 |
| ラーイド・ハーリド・ナッサール | 2026年7月29日、クネイトラ | 旅券取得のため移民旅券局を訪問した際に消息不明 | 同局長は旧政権時代の「保安上の要注意者」指定を理由とする逮捕を認めたが拘束機関名は非開示。照会先の治安機関は拘束を否認 |
| ムハンマド・ハーリド・アル=マファラーニー | 2026年、ダラア県ナフタ町 | 内務治安部隊が約4か月前に逮捕 | 拘禁場所・裁判所への出頭・容疑のいずれも一切公表されず、住民が公開抗議を組織 |
これらの事案でとりわけ問題視されるのは、タリクの証言に表れる12時間の通報猶予期間である。国際的な指針は、失踪の可能性が認識された時点で、正式な申立ての有無にかかわらず当局が自らの発意で直ちに捜索を開始することを求めており、この事案では防犯カメラ映像や通信記録の保全、車両情報の照会、検問所・拘禁施設記録の緊急確認といった、証拠が失われる前に取るべき措置がことごとく先送りされたことになる。
報告書はまた、旧軍関係者を狙ったとみられる事案群についても踏み込んだ論点を示す。ある個人が旧政権との関係を理由に捜査対象となること自体は正当化され得るが、それは令状のない逮捕、拘禁場所の隠蔽、弁護士へのアクセス拒否、司法審査の欠如を正当化しない。報告書はここで「真の説明責任は、個人の責任、審査可能な証拠、公正な裁判の上に成り立つ」と明記し、対象者の属性が変わっても隠蔽という手法自体は正義を「法の外での処罰」に置き換えるものであり、過渡期が終わらせるべきはずの手法をそのまま再生産していると指摘する。
2025年に始まり今も未解決の失踪――アッ=スワイダーの101人
第二の類型は、2025年に始まり本報告書作成時点でも解決していない事案である。地元関係者によれば、アッ=スワイダー県における未解決の失踪者は100人を超えるとされ、住民側の交渉委員会が作成し2026年8月30日にSuwayda Pressが公表したリストには、県内から101人の氏名が掲載された。その大多数は2025年7月の事件に起因するが、それ以降に発生した事案も含まれている。
この文脈で特に重要な証言が、夫の拘束を直接目撃した「ワイダード」の証言である。2025年7月16日、アッ=スワイダー市内の交差点で一団が車を停止させた。一部は治安総局の制服・標章を、一部は国防省所属の軍服を着用していた。夫は車から降ろされ携帯電話を没収され、装甲車両に乗せられた。ワイダードは、一人が別の者に「アブー・ムサーブのところへ連れて行け」と告げるのを聞いたと証言している。後に、この名は国防省傘下のある部門に属し当該地域のファイルを担当する人物のものだと判明した。車も奪われ、彼女と二人の子どもは徒歩で帰宅するよう指示された。以来、拘束の公式な確認も信頼できる情報も一切得られていない。夫の名は一度、アドラー刑務所からとされるリストに現れたが、その後タルトゥース刑務所へ移送されたと告げられ、さらにそのリスト自体が不正確だったと説明された。
「サマハ」は、武装した男たちが2025年7月16日に夫を銃で脅して連行し、近隣の家の火災を消火するよう命じた後、そのまま姿を消したと証言する。家族は病院や法医学センターを回り、写真を配布したが、統一された公式手続きの不在により、拘束されているのか死亡しているのかも判別できない状態が続いている。「ワシム」の父は、2025年7月15日にアッ=スワイダー市内のアッ=サアラ交差点付近の検問所で、治安総局と国防省の職員を名乗る者たちが息子を連行するのを目撃した。連行者の一人は「我々は国家だ」と告げ、「疑わしい点がなければ戻る」と約束したが、父親はその答えを得られないまま数か月後に死去した。
所在が判明しても消えない責任――隠蔽期間はそれ自体が違反
第三の類型として報告書が強調するのは、拘束の事実や場所が最終的に判明した事案であっても、それが隠蔽期間そのものを消去しないという論点である。「ハイヤーン」の事案がその典型を示す。2026年4月25日、治安総局と関税当局を名乗る一団がサラミーヤ市内の兄の店を急襲し、商品を没収し、令状を提示しないまま連行した。兄は慢性疾患を抱えており定期的な医療フォローが必要だったため、家族の不安は一層高まった。約3か月後、ホムス関税当局からダマスカスへ移送されたことが判明し、妻と娘がアドラー刑務所でわずか5分間の面会を許された。所在は判明したものの、法的措置の内容や見通しについて家族は依然として十分な説明を受けていない。ハイヤーンは「5分間の面会のために、あれほどの待機と恐怖と不安を経た」と語り、面会時の兄が心理的に疲弊し、著しく痩せていたと述べている。
報告書はこの事案を「失踪の成功した解決ではなく、数か月の隠蔽の末に本人の運命が明らかになった事案」と位置づける。所在が判明したからといって、隠蔽を可能にした制度的欠陥そのものが解消されたわけではなく、同種の隠蔽は依然として繰り返され得る、という評価である。2026年8月にはアレッポの内務治安司令部前で、メディア関係者ムラード・マハッリーの所在開示を求めるジャーナリストと活動家による抗議が行われた。参加者によれば、同氏は内務省管轄の複数の拘禁施設で司法手続きに付されないまま247日間拘束されていたという。
ダマスカス郊外のハーン・アッ=シーフ・キャンプに暮らすパレスチナ人被拘束者の家族による訴えも同様の経過をたどっている。2025年から2026年にかけて治安部隊が複数のキャンプ住民を逮捕し、一部は家族が面会できるまでの期間、消息が絶たれた。2025年11月8日から拘束されているムハンマド・ムタシム・ハーメドの母親は、内務省に照会を重ねても2026年8月時点で所在も法的地位も把握できていないと訴えている。16歳の被拘束者の所在が家族に不明なままである事案も含まれる。
敵対行為下の子どもの動員と失踪
報告書が独立した節を割いて扱うのが、子どもの失踪である。これらの事案は、武装組織への動員・編入後に連絡が途絶えたケースと、支配地域間の移送中または戦闘中に行方不明となったケースに大別される。子どもの募集・動員の防止、行方不明となった子どもの即時捜索、家族との連絡回復、拘束・負傷・殺害の有無の調査、信頼できる情報の家族への提供という一連の義務がこれらの事案には特に強く適用される。
「ラザン」の娘は2025年4月、14歳のときに姿を消した。家族は後に、自治行政(Autonomous Administration)が公認する組織「革命青年団(Ciwanên Şoreşger)」に加わったとの情報を得たが、当初同組織は娘の所属を否定し、母親との面会や通信も認めなかった。約1か月後、ある女性指導者が7日間にわたり娘の訓練を監督したことを認めた。その後、娘はアル=ハサカで数か月を過ごし、アレッポのシェイフ・マクスード地区へ移送されたことが判明する。2026年1月のシェイフ・マクスードでの戦闘後、信頼できる情報は途絶えた。母親が受け取った情報は「負傷しラッカへ移送された」「拘束されアレッポへ移送された」「カンディルへ移送された」「戦闘中に死亡した集団に含まれる」という相互に矛盾するものだった。釈放されたある被拘束者は娘の写真を見て、包囲・拘束されアレッポへ移送された集団の中にいたと証言したが、取材時点でも家族は公式な確認を得られていない。ラザンは「彼女はまだ子どもだった。たとえ自らの意思で加わったのだとしても未成年であり、その決定の責任を負わされるべきではない。ただ生死と居場所についての信頼できる情報だけが欲しい」と語っている。
「ハッサン」と「リナ」の12歳の娘も2025年に失踪し、革命青年団に編入されニックネームを与えられていたことが後に判明した。アレッポでの戦闘後、両親は娘が殺害されたと告げられたが、遺体も証拠も示されていない。一方、釈放された者からは、娘が生存し負傷した状態でアレッポ刑務所にいるのを見た、あるいは負傷後回復したとの証言も寄せられた。家族はこれらの情報を検証も本人との直接connectも果たせないまま、死亡という未確認の発表と生存を示す複数の証言との間で宙づりにされている。アッ=スワイダーの「マヤ」は16歳の弟が2025年7月の事件中に行方不明になったと証言する。釈放されたある子どもは、アドラー刑務所の隣接房で弟と話したと家族に伝えたが、拘禁場所や理由についての公式な確認は取材時点でも得られていない。
家族が単独で背負う探索――情報の空白がもたらす人的コスト
第6章「家族が単独で担う探索」は、公式な情報経路の不在が家族の生活そのものをどう作り替えるかを描く。父親の不在は未解決の経済的責務、答えを求め続ける子ども、機能不全に陥る行政・法的手続きを残す。家族は希望にすがりながら、見知らぬ番号からの着信のたびに、待ち望んだ知らせなのか新たな詐欺の始まりなのかを判別しなければならない状況に置かれる。
「ジーナ」はアッ=スワイダー出身で、父と母方のおじが殺害され、兄が同じ期間に失踪したと語る。目撃者によれば、治安部隊とベドウィンの武装勢力が共に行動しており、家族が兄の携帯に電話をかけた際、ベドウィン訛りの人物が応答した。後にハマー中央刑務所から釈放された被拘束者が兄の名を聞いたと家族に伝えている。ジーナは「あらゆる情報が希望の扉を開き、そしてまた新たな疑問を残していく。1年以上が経ち、私たちの心は燃えている。真実が欲しい」と述べる。「リーム」(30歳)は、夫の失踪後、数日間電話をかけ続けても応答がなく、その後、治安総局に人脈があると称する者たちから接触を受けた。彼らは情報提供や連絡の仲介と引き換えに金銭を要求したが、その主張を裏づける証拠は一切示されなかった。
報告書は、真実を知る権利が当局から与えられる「慰め」ではなく、拷問・残虐な処遇からの保護、生命・自由・法の前での人格の承認に対する権利と結びついた自律的な権利であると位置づける。それは失踪の経緯、捜査の進捗と結果、本人の運命、死亡が確定した場合の遺体の所在に関する知識を包含し、真実を追い求める過程にある親族・証人を報復や恐喝から保護することも要求する。生死の間で宙づりにされたまま刑務所や病院を巡り仲介者を頼って単独で捜索することを家族に強いることは、単なる情報提供の欠如ではなく、それ自体が違反を家族の日常生活へと拡張し、家族を直接の被害者へと変える行為であると報告書は結論づける。
強制失踪はいつ成立するか――法的定義と国家の責任
第7章の法的分析は、強制失踪の保護に関する全人条約(International Convention for the Protection of All Persons from Enforced Disappearance、ICPPED)第2条が定める三つの構成要件を出発点に置く。すなわち、自由の剥奪であること、国家機関またはその許可・支援・黙認のもとで行動する個人・集団による行為であること、そしてその後にその自由剥奪を認めることを拒否するか本人の運命・所在を隠蔽し、法の保護の外に置くことである。シリアはこの条約にまだ加入していないが、生命・自由・安全・法の前での人格の承認・実効的な救済に関する権利を含む市民的及び政治的権利に関する国際規約(ICCPR)には拘束されており、条約の定義は国際基準として参照される。
報告書が強調するのは、隠蔽が何年も続く必要はないという点である。構成要件は、責任機関が拘束を認めることや所在を開示することを拒否した時点で満たされ、後に本人の運命が明らかになったとしても、それによって遡って消去されるものではない。他方、単なる連絡の途絶だけでは強制失踪の成立には不十分であり、自由の剥奪、加害者の国家との結びつき、否認・隠蔽という要素の特定が必要となる。強制失踪は、本人の運命・所在が信頼できる形で開示されず、法の保護の外に置かれ続ける限り継続する違反であり、非公式なリスト、刑務所についての噂、仲介者による説明はこの継続を終わらせない。隠蔽が終わるのは、権限ある機関が拘束を認め、検証可能な情報を提供し、法的な保護措置を利用可能にした時点である。
責任の所在について報告書は、自宅や公式検問所から治安・軍関係者によって連行された人物がその後検証可能な登録簿に現れない場合、関与した機関、発せられた命令、移送経路を特定する責任は国家全体が負うとする。国家は統一された登録制度を維持し、書面による行政・司法上の記録なしに拘束者が部隊間を移送されることを防止する責任を負う。逮捕の瞬間から、本人の身元、自由剥奪の時刻・場所・理由、命令・実行した機関、拘禁場所とその後のすべての移送、健康状態、司法機関への出頭時刻、釈放または死亡の時刻が記録されなければならず、その一部は家族と弁護士に直ちに開示されなければならない。ICPPED第3条は、国家の許可・支援・黙認を伴わない個人・集団による自由剥奪に類する行為についても調査し責任者を裁くことを国家に義務づけており、これは予見可能な虐待を防止し、被害者を捜索し、親族・証人を保護し、調査・訴追するというデュー・ディリジェンス原則を反映する。国家の義務は強制失踪を行わないという消極的義務にとどまらず、領域内の人々を恣意的拘束・強制失踪から保護する積極的義務を含む、というのが本章の結論である。
シリア国内法の欠落
2025年憲法宣言は強制失踪を禁じ、現行犯の場合を除き司法決定によらない逮捕・拘禁・自由剥奪を禁止しているが、この憲法上の禁止は、強制失踪を独立の犯罪として定義し構成要件と罰則を規定する刑事法規定にはいまだ翻訳されていない。憲法宣言第18条が定める時効の不適用も、その文言上は拷問犯罪に限定され、強制失踪を明示的には包含していない。
憲法宣言第51条により旧法令は改廃されない限り適用され続けるため、シリア刑法第555条・第556条が引き続き参照対象となる。両条は適法な理由のない自由剥奪を犯罪化し、剥奪が1か月を超える場合、身体的・精神的拷問を伴う場合、あるいは公務員の職務遂行中・職務を理由に行われる場合には加重処罰を科す。2013年立法命令第20号も、政治的・物的利益、復讐・報復、宗派的動機、身代金を目的とした拉致に対し重労働を伴う終身刑を規定する。だが報告書は、これらの規定が強制失踪を構成する要素の全体を捕捉していないと指摘する。自由剥奪の否認や本人の運命・所在の隠蔽を明示的に犯罪化しておらず、国家機関やその許可・支援・黙認のもとで行動する者による実行を構成要件として扱っておらず、違反の継続的性質や命令・隠蔽の責任も規定していない。不法拘禁や拉致の罪は、独立の犯罪としての強制失踪の代替とはなり得ない、という評価である。
身分関係法(Personal Status Law)第202条から第206条は、行方不明者の定義、財産管理のための裁判所選任代理人の制度、失踪状態の終了や死亡宣告の要件を定めるが、これは民事上の帰結を扱うにとどまり、行方不明者の捜索や責任機関の特定、本人の運命を隠蔽した者への責任追及を義務づけるものではない。刑事訴訟法第422条・第424条・第425条は、捜査判事・治安判事に月1回、刑事裁判所長に3か月ごとの拘禁施設・刑務所への視察を義務づけ、法的に指定されていない場所に人が拘束されていることを知る者に検察官・捜査判事・治安判事への通報を義務づけ、これらの当局者に対し直ちに当該場所へ赴き違法に拘束されている者を釈放するか権限ある司法機関へ付託することを求め、違反は不法拘禁罪への加担とみなされる。だが報告書は、これらの規定が拘禁の適法性に主眼を置き、あらゆる自由剥奪を記録する中央集権的な制度を確立しておらず、拘束者の所在と移送のすべてを家族・法定代理人に即座に通知する明示的義務を含んでいないと指摘する。証言が示すように、規定上の司法監督は、拘束の否認や矛盾する情報提供、家族がアクセスできない実際の拘禁場所の存続を、実務上防げていない。
2011年立法命令第55号はこの欠落をさらに広げる。同命令は、国家治安・公共の安全に関する罪について、司法警察官またはその機能を委任された者が検察へ拘禁期間の延長を請求することを認め、総期間は60日を超えないものとしている。同命令自体が拘束者の隠蔽を認めるものではないが、長期の拘禁期間、家族への通知義務の不在、限定的な実効的監督が組み合わさることで、短期・長期いずれの失踪も生じやすい環境を作り出している。憲法宣言第18条およびICCPR第9条が求める、被拘束者を独立した裁判官の前へ速やかに連れて行く義務との整合性について、この命令は重大な疑問を残す、というのが報告書の評価である。
行方不明者委員会と真実追及のプロセス
2025年5月、暫定政権は大統領令第19号を発し、国家行方不明者委員会(National Commission for Missing Persons)を設立した。同委員会には法人格と財政・行政上の独立性が付与され、行方不明者・強制失踪者の捜索、運命の特定、事案の記録、全国データベースの構築、家族への法的・人道的支援の提供が任務として与えられている。2026年7月、同委員会は行方不明者・強制失踪者問題法の統治原則に関する全国的な討議文書を公表し、包括的立法の準備に向けた協議の一環と位置づけたが、報告書作成時点で当該法律はまだ制定されていない。
報告書は、委員会の設立自体が問題の規模に対する公式な認知を示す一方、それだけでは強制失踪の犯罪化の不在や委員会の独立性・実効的な権限行使能力を保証しないと指摘する。今後制定される法律は、公的機関・治安機関・軍事機関・統合された武装組織から記録・情報を取得する権限、拘禁施設・集団墓地その他の関連場所への立ち入り権限、データ・証人・証拠の保護、家族への定期的な情報提供を、委員会に明確に付与すべきだとされる。
大統領令第19号と第20号を併せて読むことで、報告書はさらなる制度的欠落を浮かび上がらせる。委員会の任務は責任機関の属性や事案発生時期に基づく明示的な制限なく一般的に定められている一方、国家移行期正義委員会(National Commission for Transitional Justice、NCTJ)の任務は「旧政権によって引き起こされた」違反に限定されている。この非対称性は、新たな失踪事案が運命の捜索という点では委員会の対象となりながら、発生時期や責任機関の属性を理由に説明責任・補償の枠組みからは除外されるという事態を生みかねない。こうした分離は被害者間に不当な不平等をもたらし、運命の特定を、捜索・調査・説明責任・補償を統合したプロセスの一部としてではなく、正義の代替物へと転化させるリスクを負う、と報告書は結論づける。この欠落を埋めるため、今後制定される行方不明者法には補償と説明責任に関する具体的な規定を含めるべきだとされる。
さらに報告書が示す事実は、委員会が二つの並行した路線で機能する必要性を裏づける。すなわち、記録・墓地・入手可能なデータの精査を通じて過去の事案に取り組む長期的路線と、新たな未記録の自由剥奪の報告を受けた瞬間に、証拠の散逸・拘束者の移送・さらなる侵害の発生を防ぐために起動される緊急路線である。後者では、本人の捜索を刑事捜査の開始・証拠保全・司法機関への通知・家族またはその弁護士による拘禁の適法性への異議申立てと同時並行で進めるべきだとされ、こうすることで委員会の業務は法執行機関・司法の役割を代替するのではなく補完するものとなる。
結論と提言
報告書は自らの立ち位置を明確にする。本報告書が記録した事案を、旧政権が確立していた広範かつ中央集権的な失踪の体制と同一視するものではなく、規模や組織性において比較可能だと想定するものでもない。しかし、規模がより小さくとも新たな事案が発生し続けているという事実そのものが、失踪を可能にする条件がいまだ解体されていないことを示している。報告書はこれを、犠牲者が数千人規模に達し実践が拡大する前に、現時点で存在する数十件の事案に取り組むべきだと呼びかける「早期警告」として位置づける。自由剥奪の瞬間から公式情報が届くまでの経路は依然として無規制のまま、否認・矛盾・恐喝に開かれている。過渡期の最も重要な試金石は、安全保障・犯罪対策・報復の名の下に失踪が再び道具として用いられることを許さない点にある、と報告書は総括する。
シリア暫定当局への提言としては、あらゆる形態の秘密・未記録の拘禁を直ちに終わらせ独立した司法監督下にある正規の場所に自由剥奪を限定すること、自由剥奪されたすべての者についての統一され最新の全国登録簿を確立し内務省・国防省傘下のあらゆる機関・部隊に逮捕・移送・釈放・死亡に関するデータ入力を義務づけ情報の隠蔽・改ざんに罰則を科すこと、拘束者の所在・拘禁理由・その後のすべての移送を家族に直ちに公式通知し弁護士・医師へのアクセスと裁判官への速やかな出頭を確保すること、本報告書その他の事案について指揮系統・検問所・車両・通信記録や釈放された被拘束者の証言を含む迅速かつ独立した調査を開始し親族・証人を報復・恐喝から保護すること、国際基準に適合し命令・関与・隠蔽を犯罪化し指揮官責任を確立し被害者・家族の真実・説明責任・補償への権利を保障する強制失踪単独立法を制定し長期拘禁を認める規定を廃止し刑事訴訟法第422・424・425条を実施すること、ICPPEDを批准し強制失踪に関する委員会の個人通報受理権限を認めること、大統領令第19号に基づき設立された国家行方不明者委員会がアサド政権崩壊後に行方不明となった者を含む全行方不明者の運命の特定を担えるよう完全な独立性を確保し行方不明者法に説明責任と補償を組み込むこと、委員会にあらゆる公的機関・治安機関・軍事機関・統合された武装組織から記録・情報の提出を強制する法定権限と証拠保全権限、疑わしい刑事行為を管轄司法機関へ付託する権限を付与すること、通信途絶下で得られた自白を排除し拷問・恐喝・宗派に基づく品位を傷つける取扱いの申立てを調査すること、拘束者の所在開示と自由剥奪の適法性審査のための迅速な司法申立てを含む緊急救済措置を家族に提供すること、が挙げられている。
国家行方不明者委員会への提言としては、権力移行後の新規事案や事実上の当局・武装組織・私的行為者に帰属する事案を含む全行方不明者を対象とする包括的な権限の採用、事案番号・担当者・更新スケジュールを備え国内外からの申立てを受け付ける安全かつ統一された通報経路の確立、子ども・高齢者・病者・拷問や超法規的処刑のおそれがある者を含む切迫したリスクを伴う事案の優先処理、確認された情報と可能性が高いとされる情報や単なる流布情報とを区別する透明な捜索方法論の公表、個人データの保護とインフォームド・コンセントの確保、法医学センター・DNA検査機関との実効的な協力、家族・生存者をガバナンスと優先順位設定に関与させ女性や各地域・各コミュニティの代表性を確保し個人の身元を開示しない定期進捗報告を公表することが求められている。
国際的な行為主体・シリアを支援する諸国への提言としては、新たな事案を政治・人権上の議題に位置づけ続け強制失踪を旧政権とともに終わった歴史的遺産として扱わないこと、シリア・アラブ共和国行方不明者独立機関(Independent Institution on Missing Persons in the Syrian Arab Republic、IIMP)の活動を支援し暫定政府の協力を確保しシリア全土での制約のない活動を可能にするよう働きかけること、シリア当局が行方不明者の運命を開示し国際条約・文書上の義務を履行するよう外交的圧力を行使すること、強制失踪を記録するシリアの団体や被害者・家族が正義にアクセスできるようにする活動に技術的・財政的支援を提供することが挙げられている。


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