トランスナショナル右派ネットワークにおける偽情報戦略:ECPS大西洋横断関係報告書が示す情報操作の構造的役割

トランスナショナル右派ネットワークにおける偽情報戦略:ECPS大西洋横断関係報告書が示す情報操作の構造的役割 民主主義

 European Center for Populism Studies(ECPS)が2026年1月20日に発行した“Populism and the Future of Transatlantic Relations: Challenges and Policy Options”は、トランプ政権復帰後のEU-US関係を包括的に分析した298ページの政策研究報告書である。Marianne Riddervold(オスロ大学)、Guri Rosén(オスロ大学)、Jessica R. Greenberg(イリノイ大学)が編集し、Istituto Affari Internazionali、European University Institute、Polish Academy of Sciences、Leuven University等に所属する国際関係論・政策分析の専門家17名が執筆に参加した。

 報告書の主眼は、John Ikenberryの「Atlantic Political Order」理論に基づき、大西洋横断関係を構成する4つの柱(安全保障、貿易、国際機関、民主的価値)それぞれについて、関係崩壊、機能的調整、新たな関係への再定義という3つのシナリオを検討することにある。17章で構成される本報告書は、NATO、ウクライナ戦争、WTO、気候政策、移民など多岐にわたる政策領域を扱う国際関係論の包括的分析である。

 ただし、本稿が注目するのは、この包括的分析の中で特に第4セクション「民主的価値」において展開される、右派ポピュリズムのトランスナショナル協力における偽情報・デジタル戦術の戦略的役割に関する分析である。Chapter 14(Saul Newman執筆)がポスト真実時代の偽情報キャンペーンとEuropean Democracy Action Planに言及し、Chapter 16(Robert Benson執筆)がデジタル偽情報をトランスナショナル協力の中核要素として詳述している。本稿ではこれらの章を中心に、右派ポピュリズムと情報操作の関係について報告書が提示する構造的洞察を抽出する。

報告書の全体構造と情報操作関連分析の位置

 報告書は4つのセクションで構成される。Section 1「Security」(4章)はNATO、ウクライナ戦争、EU-US-中国安全保障関係を扱う。Riccardo Alcaro(Istituto Affari Internazionali)によるChapter 1は米国保守主義内の3つの潮流(primacists、conservative realists、civilizational warriors)を分類し、Monika Sus(Polish Academy of Sciences)のChapter 2はNATOの機能的適応を論じる。Section 2「Trade」(4章)はErik Jones(European University Institute)が歴史的展開を概観し、WTO、EU-US-中国貿易関係、保護主義を分析する。Section 3「International Institutions」(4章)はUN、WHO、気候政策における多国間協力の変容を扱う。

 Section 4「Democratic Values」(5章)が、イリベラリズム、移民政策、脆弱なグループの保護、そして本稿が焦点を当てるトランスナショナルな右派ネットワークを分析する。情報操作関連の言及は以下の章に分布している。

表1:報告書における情報操作関連言及の分布

執筆者タイトル情報操作関連の焦点
Chapter 2Monika SusNATO and EU-US Relations偽情報キャンペーンを安全保障上の脅威として列挙
Chapter 4Jost-Henrik Morgenstern-Pomorski, Karolina PomorskaRussia-Ukraine War and Transatlantic Relationsロシアの偽情報、ゼレンスキー責任転嫁の言説
Chapter 14Saul NewmanIlliberalism and Democracyポスト真実ナラティブ、偽情報キャンペーン、EDAP
Chapter 16Robert BensonIlliberal Internationalデジタル偽情報をトランスナショナル戦術として詳述

 Chapter 2は、NATOが対処すべき多面的安全保障課題として「international terrorism, pandemics, climate change, energy security, disinformation campaigns and critical infrastructure vulnerabilities」を列挙する。Chapter 4は、MAGA運動の急進派がロシアの偽情報をエコーし、ウクライナのゼレンスキー大統領を好戦的と非難する現象を指摘する。

 Chapter 14は、’Reclaiming Liberal Democracy in the Post-Factual Age’というHorizon資金プロジェクトの文脈で、ポスト真実ナラティブと偽情報キャンペーンがポピュリスト政治で果たす中心的役割を探求する。報告書は、これを「欧州リベラル民主主義のレジリエンスに対する深刻な挑戦」と位置づけ、EUがEuropean Democracy Action Plan(EDAP、2020年)等の政策・規制枠組みで対応していることを紹介する。

 Chapter 16は、デジタル偽情報をトランスナショナルな右派協力の中核メカニズムとして分析する最も詳細な章である。以下、この章の分析を中心に詳述する。

トランスナショナル・ネットワークにおける情報操作の構造

 以下、Chapter 16(Robert Benson執筆、Center for American Progress所属)の分析を中心に、右派ポピュリズムのトランスナショナル・ネットワークにおける情報操作・偽情報の役割を詳述する。

デジタル・エコシステムの構造と機能

 Chapter 16は、トランスナショナルな右派ネットワークが構築したデジタル・エコシステムの構造を明らかにする。Rebel News、Epoch Times、Breitbart Europeといったプラットフォームが、欧州と米国の不満を単一の「文明の危機」ナラティブに統合する役割を果たす。これらのプラットフォームは、移民、「wokeness」、エリートの裏切りという地域固有の不満を、西洋文明が包囲されているという共通の物語に融合させる。

 インフルエンサーは聴衆を超えてシームレスに移動し、スローガンを地域の文脈に翻訳しながら、共有された道徳的パニックを強化する。このトランスナショナルな宣伝活動は、地域の政治実験をグローバルなテンプレートに転換する。ポーランドの憲法裁判所が中絶権を制限した際、米国のプラットフォームはこれを「文化的反撃が可能である証拠」として称賛した。フロリダ州が大学の多様性プログラムを削減すると、ハンガリー国営メディアはこれを「グローバルなイデオロギー再編の証拠」として紹介した。各陣営が相手を検証し合い、右派の正当性のフィードバックループを創出する。

 報告書は、この相互検証が「how authoritarian and illiberal actors now learn from, legitimize and amplify one another」を示すと指摘する。

偽情報の越境拡散:QAnonとワクチン偽情報

 Chapter 16が提示する最も具体的な事例は、QAnonとワクチン偽情報の大西洋横断拡散である。報告書は次のように記述する。

 ”In Europe, US-style conspiracy theories – from QAnon to vaccine disinformation – find new life in far-right Telegram channels and street protests.”

 米国発の陰謀論が欧州極右のTelegramチャンネルと街頭抗議に浸透する過程が示される。逆方向では、「cultural Marxism」「globalists」といった欧州の語彙が米国のケーブルニュースとソーシャルメディアで日常的に循環し、米国ポピュリストのイディオムを通じて再構成される。

 各陣営が相手を検証し、民主制度が見えない力に捕捉されていという認識を描写する。この相互汚染は公式の同盟を通じてではなく、共有された感情的結びつき(怒り、屈辱、ノスタルジア)を通じて広がり、「デジタルなトランスアトランティック・コモンズ・オブ・リゼントメント(digital transatlantic common of resentment)」を創出する。この感情が主流の議論に浸透すると、民主的ガバナンスの基盤となる市民的信頼が弱体化する。

ロシアプロパガンダとの相互作用

 Chapter 16とChapter 4は、ロシアのプロパガンダと欧米右派言説の相互作用を分析する。Chapter 16は次のように指摘する。

 ”Russian propaganda outlets actively echo the rhetoric of Western populists, portraying the war as a clash between traditional sovereignty and decadent liberalism. In turn, segments of the European and American right adopt that framing to justify fatigue with Ukraine’s defence or scepticism toward NATO. The result is a feedback loop in which Moscow’s narratives and transatlantic illiberal discourse reinforce one another, blurring the line between domestic dissent and foreign influence.”

 ロシアメディアは欧米ポピュリストのレトリックをエコーし、ウクライナ戦争を「伝統的主権 vs 退廃的リベラリズム」の衝突として描写する。逆に、欧米右派の一部がこのフレーミングを採用し、ウクライナ防衛への疲弊やNATO懐疑論を正当化する。このフィードバックループは、モスクワのナラティブと大西洋横断イリベラル言説が相互に強化し合い、国内の異議と外国の影響の境界を曖昧にする。

 Chapter 4は具体例として、MAGA運動の急進派がロシアの偽情報をエコーし、戦争の責任を転嫁してゼレンスキー大統領を好戦的と非難する現象を挙げる。クレムリンはこれらの分裂を利用し、制裁、援助、ウクライナへの軍事支援に関する欧米の結束を侵食する。

不信のトランスナショナル・エコシステム

 Chapter 16は、偽情報の越境拡散が「transnational ecosystem of distrust」を構成すると論じる。このエコシステムは、選挙の正当性、ジャーナリズム、科学的専門性への信頼を侵食する。米国では、「cultural Marxism」「globalists」に関する欧州の論点がケーブルニュースとソーシャルメディアで日常的に循環する。欧州では、QAnonからワクチン偽情報まで米国スタイルの陰謀論が極右のTelegramチャンネルと街頭抗議に新たな命を得る。

 各陣営が相手を検証し、民主制度が見えない力に捕捉されているという認識を強化する。この相互汚染は、公式の同盟を通じてではなく、共有された感情的結びつき(怒り、屈辱、ノスタルジア)を通じて広がる。この感情が主流の議論に浸透すると、民主的ガバナンスの基盤となる市民的信頼が弱体化し、最終的に大西洋横断の連帯が損なわれる。

組織的インフラストラクチャー

 Chapter 16は、トランスナショナルな右派ネットワークを支える具体的な組織インフラストラクチャーを特定する。米国では、Heritage Foundation、Leadership Institute、Alliance Defending Freedom(ADF)が中核組織として機能する。これらは保守派活動家の訓練、モデル法案の作成、「宗教的自由」から「ジェンダーイデオロギー」までの問題でメッセージを調整する。ADF Internationalは欧州全域で活動し、中絶権制限、LGBTQ+保護への異議、宗教的自由の主張拡大を支援する法的介入とアドボカシーを支援する。イタリアでは、ADF Internationalが同性婚法に反対する法的意見書を提出し、カトリック組織と連携してより広範な承認を阻止した。

 欧州では、ブダペストのDanube Instituteが地域ハブとして中欧の知識人、米国保守派、英国Brexit派右派を結びつける。政府系チャネルを通じて資金提供を受け、米国の講演者を招き、国家保守主義をキリスト教ヨーロッパの道徳的防衛として位置づける。定期的参加者にはNigel Farage、Santiago Abascal、Fox NewsやNewsmaxの米国コメンテーターが含まれる。

 CPAC Hungaryは、この運動のグローバルなショーケースとして機能する。近年、Donald Trump、Viktor Orbán、Eduardo Bolsonaroの基調講演が行われ、ブダペストをグローバルな「anti-woke覚醒」の中心として提示した。ロシア系メディアは、正式にネットワークに統合されていないが、しばしばイベントのメッセージを増幅し、西洋の退廃、文化的衰退、道徳的弱さに関するクレムリンのナラティブとの共鳴を利用する。

 財政的流れと人材交流がこれらの結びつきをさらに制度化する。Koch networkやキリスト教系法律財団などの米国寄付者が欧州の会議に資金を提供し、欧州政府が共感的な米国コメンテーターを支援する。非営利団体の開示を追跡する研究者は、国内アドボカシーと国際影響工作の境界を曖昧にする相互支援のパターンを記録している。これらの結びつきは、反リベラル政治のための知識、訓練、正当性を生産するトランスナショナルなエピステミック・コミュニティを維持する。

ポスト真実時代の政策対応

European Democracy Action Planの文脈

 Chapter 14(Saul Newman執筆)は、’Reclaiming Liberal Democracy in the Post-Factual Age’というHorizon資金プロジェクトの文脈で、ポスト真実ナラティブと偽情報キャンペーンがポピュリスト政治で果たす中心的役割を探求する。報告書は、この動態を「欧州リベラル民主主義のレジリエンスに対する深刻な挑戦」と位置づけ、EUが一連の政策・規制枠組みで民主的制度を強化しようとしていることを示す。

 European Democracy Action Plan(EDAP、2020年)は、次の4つの柱にコミットする。

  1. 悪意ある干渉からの開かれた政治的議論の保護
  2. 透明で説明責任あるデジタル・エコシステムの創出
  3. 公的機関、市民社会組織、市民間の包摂的で効果的な関与を保証する市民空間の促進
  4. 秘密の外部影響からのEU民主的領域の防衛

 報告書は、これらの規制枠組みだけで権威主義的ポピュリズムからの脅威を食い止められるかは疑わしいが、大西洋両岸のリベラル民主主義を強化するために必要な政策イノベーションの例であると評価する。

Chapter 16が提案する具体的対抗策

 Chapter 16は、トランスナショナルなイリベラリズムに対抗するにはトランスナショナルな民主的戦略が必要であると論じ、5つの具体的推奨策を提示する。報告書は、これらが現在の政治的現実を考えると必然的に理想的であり、最低限、民主主義促進と大西洋横断調整を優先する新政権をワシントンに必要とすると留保する。

推奨策1:透明性とアカウンタビリティの強化

政府とEUは、越境資金を受け取る政治財団、アドボカシー組織、メディアに対する開示要件を強化すべきである。透明性は言論の自由を抑圧するのではなく、影響の起源を明確にする。米国とEUは、大西洋横断アドボカシーに従事する政治的非営利団体の共同レジストリを設立できる。

推奨策2:民主的レジリエンス・ネットワークの構築

市民社会の協力は極右のそれを模倣すべきである。大学、地方政府、NGOは、市民教育、デジタルリテラシー、counter disinformationのベストプラクティスを共有する大西洋横断パートナーシップを必要とする。現在休眠中のU.S.-EU Democracy Dialogueのようなプログラムは、民主的イノベーションのための恒久的プラットフォームに拡大できる。

推奨策3:デジタルガバナンスの調整

EUのDigital Services Actは、極端主義コンテンツを増幅するオンラインプラットフォームを規制するモデルを提供する。米国の政策立案者は、透明性基準とアルゴリズミック・アカウンタビリティを欧州の枠組みと調整できる。Federal Trade Commissionと欧州規制当局間の共同イニシアチブは、規制裁定を防ぐ。

推奨策4:公共外交とナラティブ競争への再投資

イリベラル勢力は政策だけでなくストーリーテリングを通じて勝利する。民主的政府は、感情的に共鳴する包摂と尊厳のナラティブを促進しなければならない。文化外交、青年交流、独立メディアへの支援は、民主的理想への信頼を回復する長期戦略の一部を形成すべきである。

推奨策5:民主的周縁部への関与

都市、大学、市民社会ネットワークは、民主的刷新の実験室として機能できる。地方レベルでの大西洋横断協力(市長間パートナーシップ、大学コンソーシアム)は、イリベラルな捕捉に抵抗する社会関係資本を構築する。民主主義は参加を通じて繁栄し、孤立を通じて衰退する。

報告書の方法論的特徴と限界

 本報告書は、大規模データ分析(例:数千件のSNS投稿の定量分析)や詳細な事例研究(例:数十カ国の比較調査)を含む実証的偽情報研究ではない。Ikenberryの理論的枠組みを応用した概念的・政策論的分析が中心である。17名の専門家による多角的視点は、国際関係論・政策研究の分野における知見を提供するが、新しい分析手法(NLP、ネットワーク分析、計量テキスト分析)や方法論的イノベーションは確認できない。

 読者は、これが偽情報研究の専門報告書ではなく、国際関係論の文脈で情報操作の戦略的役割を論じたものであることに留意する必要がある。ただし、この文脈的分析こそが、偽情報・情報操作が単なる技術的問題ではなく、トランスナショナルな政治協力の構造的要素として機能していることを明らかにする。

結論

 本報告書が示すのは、トランスナショナルな右派ポピュリズムにおいて、偽情報・デジタル戦術が周辺的な現象ではなく、中核的な協力メカニズムとして機能しているという構造的洞察である。QAnonからワクチン偽情報、ロシアプロパガンダとの相互作用まで、情報操作は組織的インフラストラクチャー、財政的流れ、人材交流と並んで、トランスナショナルなイリベラル・ネットワークを維持する。

 政策対応もまた国境を越えた調整を必要とする。European Democracy Action Plan、Digital Services ActといったEUの政策枠組みは、デジタル・エコシステムの透明性、アルゴリズミック・アカウンタビリティ、counter disinformationのための大西洋横断協力モデルを提供する。日本の研究者・実務家にとって、これらの政策フレームワークとその背後にある構造的分析は、トランスナショナルな情報操作への対応を考える上で参考価値が高い。

コメント

タイトルとURLをコピーしました