英国紙のがん報道はなぜ誤るのか:王室2件のがん公表後72記事の検証

英国紙のがん報道はなぜ誤るのか:王室2件のがん公表後72記事の検証 健康

 本稿が紹介するのは、Royal Marsden NHS Foundation Trust、King’s College LondonのInstitute of Cancer Policy、Royal College of Surgeons of EnglandのNational Cancer Audit Collaborating Centre、London School of Hygiene & Tropical Medicine、Guy’s Cancer Centreに所属する研究者4名が連名で発表した論文「Misinformation in the UK media: reporting on cancer in the Royal Household」である。査読付きオープンアクセス誌ecancermedicalscienceの20巻2216号に掲載され、利益相反の開示はなく、著者の一人はNational Institute for Health and Care Research(NIHR)の助成を受けている。分析対象は、チャールズ国王が2024年2月5日にバッキンガム宮殿を通じてがん診断を公表し、続いてキャサリン皇太子妃が同年3月22日に診断を公表した後、それぞれ40日間に英国紙が報じたがん関連記事である。両診断の公表は英国メディアに大規模な報道を引き起こし、著者らはその報道の中に相当量の誤情報が含まれているという仮説のもとで、記事の正確性と、記事中でがんについて発言する人物・組織の信頼性を体系的に評価した。

背景:王室のがん公表と誤情報の分類

 著名人のがん診断は一般に大きな注目を集め、著者らはAngelina Jolieや英国のがん啓発活動家Deborah Jamesの事例を挙げ、こうした報道はしばしば不正確になりがちだと指摘する。論文はまず用語を整理する。health misinformation(健康誤情報)とは、当時確立していた科学的知見や最良の利用可能な証拠に照らして不正確または誤解を招く健康関連情報を指す。これに対しdisinformation(偽情報)は、特定の政治的・イデオロギー的またはその他の意図を推進するために意図的に発信される虚偽情報であり、malinformation(悪意ある情報)は個人や集団に危害を加える意図をもって拡散される偽情報の一形態とされる。本研究が対象とするのは、意図の有無を問わない前者、すなわち内容の不正確さそのものである。英国の全国紙はbroadsheet(高級紙)とtabloid(大衆紙)に大別され、高級紙は紙面が大きく時事問題の分析的な報道と結びつく一方、大衆紙は扇情的な題材を簡潔で親しみやすい文体で扱う傾向にあるとされる。ただし近年は分析的な報道姿勢を保ちながら判型を大衆紙型に変更した新聞も存在し、The TimesやThe Guardianがその例として挙げられている。

手法:Factiva検索から72記事の選定まで

 著者らはDow Jones社の全文データベースFactivaを用い、英国全国または地域で最大級の発行部数を持つ19の新聞・ニュースサイトを対象に、’cancer’と’King’または’Princess’という文字列を含む記事を検索した。対象紙にはBelfast Telegraph、Daily Express、Daily Mail、Daily Mirror、Daily Telegraph、Financial Times、Independent、Mail on Sunday、Metro、Sunday Express、Sunday Mirror、Sunday Times、The Guardian、The Observer、The Scotsman、The Sun、The Times、Western Telegraph、Yorkshire Postが含まれる。検索期間はチャールズ国王の診断公表日である2024年2月5日、およびキャサリン皇太子妃の診断公表日である同年3月22日からそれぞれ40日間とした。この検索で326件の記事がダウンロードされたが、見出しと本文を精査した結果、2人の王室患者のがんまたはがん治療について具体的な言及がある記事は72件にとどまり、残りは対象外として除外された。採用された72記事は全文を主題別に分析し、新聞名、高級紙か大衆紙か、執筆者名とその立場(新聞専属の記者か、フリーランスか、医療・健康ジャーナリズムの経験の有無)を記録した。さらに、がんに関する発言を行った人物や組織については、医療資格または国民保健サービス(NHS)ウェブサイトやCancer Research UKのような信頼できる立場を持つ層、医療資格・背景を持たない層、資格や立場に関する情報が示されていない層の3分類で信頼性を評価した。記事の主題は、がんへの啓発、新しい治療法・技術、生活習慣に関する提言、がんの疫学、標準的ながん治療に関する情報、補完代替医療、NHSのがん医療をめぐる問題という7カテゴリーに分類され、内容の正確性については2名の腫瘍専門医(共著者のTamara YuとAjay Aggarwal)が、完全に正確、事実誤認を含むもののおおむね正確、おおむね不正確、明らかに誤り、判定不能の5段階で評価した。

結果:掲載紙と執筆者の背景

 チャールズ国王とがんに言及した記事は305件、キャサリン皇太子妃とがんに言及した記事は553件検索されたが、このうちそれぞれ265件と521件はがんに関する具体的な主張を含んでおらず除外された。最終的に、チャールズ国王に関する40件、キャサリン皇太子妃に関する32件、合計72件が分析対象として残った。72件のうち高級紙掲載は6件(8%)にとどまり、残る92%は大衆紙に掲載されていた。掲載件数が最も多かったのはIndependent(16件、22%)で、以下Daily Mail(10件、14%)、Daily Mirror(9件、12%)、The Guardian(7件、10%)と続く。執筆者については、72件中49件(68%)が新聞専属の記者によって書かれ、そのうちほぼ半数にあたる24件は医療または健康ジャーナリズムの経験を持つ記者によるものだった。11件(15%)はフリーランスの記者が執筆し、うち7件は医療・健康ジャーナリズムの経験を持たない記者によるものだった。残る12件(17%)については執筆者名が記載されていなかった。がんに関する情報が人物や組織からの引用というかたちで示されていた記事は25件あり、そのうち6件は医療資格を持たない人物、または名前や背景が示されていない人物による発言だった。名前を伏せたまま発言が引用された例として、Metro紙とThe Guardian紙がそれぞれ「主治医団」や「医療専門家」という表現のみで情報源を特定せずに引用した記事があった。

結果:トピック別の分布

 72記事で最も多く扱われたテーマは、がんの疫学と、化学療法・免疫療法・外科手術・放射線療法といった標準的ながん治療に関する情報であり、両者を合わせて全体の45%を占めた。次いで多かったのはがんへの啓発を目的とした記事で17%、NHSのがん医療をめぐる問題が14%であった。生活習慣に関する提言と新しい治療法・技術は、それぞれ9%とほぼ同程度の割合を占め、最も少なかったのは補完代替医療に関する記事で全体の5%にとどまった。

結果:誤情報の内容と具体例

 72記事のうち19件(26%)が事実として不正確であり、がんまたはがん治療について虚偽の主張を含んでいると判定された。このうち6件(8%)は完全に不正確な内容、残る13件(18%)は事実誤認を含むもののおおむね正確な内容と評価された。この19件の大部分にあたる16件が大衆紙に掲載されており、高級紙掲載はわずか2件にとどまる。19件のうち10件では執筆者が医療・健康ジャーナリズムの経験を持たず、2件では執筆者名自体が記載されていなかった。個人による虚偽の主張が含まれていた3件のうち2件では、発言者が医療資格を持たない人物だった。誤情報の主題別内訳では、標準的ながん治療に関するものが9件と最多で、がんの疫学に関するものが4件、補完代替医療に関するものが3件続いた。

 具体的な誤情報の内容は次の通りである。標準治療に関しては、化学療法は治癒可能ながんにのみ用いられ、単独投与でも治癒的に作用することが多いという主張、非小細胞肺がんは通常外科手術で治療されるという主張、がん治療中は頭髪と眉毛の両方が脱落するという主張(実際には多くのがん治療、一部の化学療法を含め、必ずしもそうではない)が確認された。疫学に関しては、社会経済的背景の異なる人々の間でがん罹患率に差はないという主張、およびチャールズ国王について、祖父が肺がんで死去した経緯があるにもかかわらず「がんの深刻な家族歴を持たないため予後は良好だろう」とする主張が挙げられている。補完代替医療については、ホメオパシーはがんの有効な治療法になりうるという主張、そしてキャサリン皇太子妃の治療開始から6カ月後というタイミングで観測された日食を、回復の希望を示す兆しとする主張が含まれていた。NHSのがん医療に関しては、GP(かかりつけ医)は「がんの初期兆候を見逃すことが頻繁にある」ためより信頼できる血液検査によって迅速にリスクを判定すべきだという主張が確認されたが、著者らはすべてのがんが血液検査のみで診断できるわけではなく、非特異的な腫瘍マーカー検査の拡大はむしろNHSの資源への圧力を高め、待機期間を長期化させかねないと指摘している。

誤情報の例(掲載紙)評価
「Orchid essences, oxygen chambers and lots of crying:王室のホメオパシー観は正しいか」(Independent Online)おおむね不正確
「日食が乗り越える力を示す」(Mail on Sunday)明らかに誤り
「家族の存在こそが証明する」(Daily Mirror、脱毛に関する主張)明らかに誤り
「キャサリン皇太子妃を待つ化学療法とは」(Daily Telegraph、治癒可能ながんにのみ化学療法が用いられるとの主張)明らかに誤り
「予防的化学療法はNHSの正式治療ではない」(Independent)明らかに誤り

考察:医療報道の構造的問題

 著者らは、王室の2件のがん公表がもたらした報道量の増加を、英国紙のがん報道全般の信頼性を検証する機会と位置づけている。最も頻出した主題が化学療法・免疫療法・外科手術・放射線療法といった標準治療に関するものであったことは、患者本人の治療選択や治療への遵守行動に影響を及ぼしうる点で重要だと論じる。先行研究では、メディア報道が患者および医療従事者双方の信念や行動に影響を与えることが示されており、健康リテラシーや教育水準が低く、医療制度への信頼が薄く、代替医療への好意的な見方を持つ層ほどがんに関する誤情報の影響を受けやすいことが報告されている。さらに、メディアはがん治療薬の有効性を過大に強調し、治療の失敗や毒性についてはほとんど取り上げない傾向があり、患者が治療の治癒的効果について非現実的な期待を抱く一因になっているとする研究も存在する。本分析で確認された「化学療法はしばしば治癒的である」という誤情報は、まさにこの傾向を裏づける具体例といえる。著者の一人であるLewisonらが過去に行った2010年から2015年までのNHSがん治療薬基金に関する英国紙報道の分析でも、有効性に関する証拠の蓄積とは裏腹に、報道内容は一貫して肯定的な方向に偏っていたことが明らかにされている。本研究はこうした健康ジャーナリズムの構造的な問題を裏づけるものであり、健康担当記者は方法論の弱い観察研究をランダム化比較試験よりも取り上げやすいという公衆の関心優先の傾向が既存研究で指摘されている。加えて、乳がん、大腸がん、脳腫瘍、白血病といった特定のがん種は罹患率に比して報道量が不釣り合いに多く、その背景には著名人による疾患の公表や製薬企業による資金提供の影響があるとされる。

考察:情報源の信頼性と読者の脆弱性

 著者らは、がんに関する発言は本来、医療資格を持つ人物や組織によってなされるべきであり、情報源の背景を透明化することで読者がその信頼性を判断しやすくなると主張する。しかし本分析では、人物や組織から引用されたがんに関する発言のうち相当数が、医療資格を持たない人物によるものか、名前や背景が示されていないものであった。事実として不正確な記事の大半が大衆紙に掲載されていた点についても、著者らは注意を促している。大衆紙は高級紙より発行部数が多く、読者は掲載された情報がすでに検証済みだと想定し、SNS上の情報と比べて懐疑的な姿勢を取りにくい可能性がある。一方でSNS上の健康誤情報も閲覧者に真実として受け止められやすいとする研究があり、米国の成人を対象とした調査では、がん診断を受けた当事者の方が未診断者よりもがん治療に関する誤情報を真実だと信じる傾向が強いことが示されている。この結果は、がん患者本人こそが治療に関する誤情報の影響を受けやすい立場にあることを示唆している。

結論と提言

 著者らは、英国の報道倫理規定であるEditors’ Code of Practiceが事実確認と誤解を招く内容の公表回避を記者に求めていると指摘する一方、この規定を運用する規制団体は複数存在し、いずれに加盟するか、あるいは加盟しないかは発行者の判断に委ねられている、すなわち規制の枠組みそのものが任意であるという構造的な限界を強調する。その結果、健康誤情報を見抜く負担は不均衡に読者側へ課されているのが現状だとし、対応策として、健康関連情報の検証基準の厳格化と独立した規制、記者・編集者向けの検証教育の導入、がんに関する発言を行う情報源の背景をより透明化することを提言する。なお本研究の限界として、分析対象が両診断公表後40日間の報道に限られ、記事数も統計的検定を行うには不十分であった点が挙げられているが、著者らは包括的な検索によって全国的な報道傾向を相応に反映していると考えられるとしている。今後の課題としては、SNS上のがん誤情報の実態解明が挙げられており、健康誤情報を含む投稿は事実に基づく投稿より高いエンゲージメントを獲得する傾向があることや、2000年から2019年までの健康誤情報に関する系統的レビューでがんと糖尿病が最も誤情報の多いテーマとされたことなどが紹介されている。結論として著者らは、王室をめぐる報道で確認されたがん誤情報の広がりは、がん経験者に実害をもたらしかねない喫緊の課題であるとし、報道機関と医療界の連携強化、質の高いエビデンスに基づく情報源の活用促進、そして情報源の透明性を健康報道の標準的な要件とすることを求めている。

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