偽情報は2年以内の最大リスク、気候変動は10年後の最大リスク――欧州委員会グリーンディール事業支援室が整理する情報環境のリスク構造とEUの三層対応

偽情報は2年以内の最大リスク、気候変動は10年後の最大リスク――欧州委員会グリーンディール事業支援室が整理する情報環境のリスク構造とEUの三層対応 気候

 本稿が扱うのは、欧州委員会研究・イノベーション総局(Directorate-General for Research and Innovation、DG RTD)傘下のディレクトレートB「健全な地球(Healthy Planet)」ユニットB.1「グリーン移行(Green Transitions)」が、グリーンディール事業支援室(Green Deal Projects Support Office)の名義で2026年1月に完成させた報告書「Mis- and disinformation on the green transition」(全19ページ、著者マルタ・ミランベル)である。ISBNは978-92-68-41025-7、doiは10.2777/2586007、カタログ番号KI-01-26-103-EN-N。ルクセンブルクの欧州連合出版局から2026年に刊行され、クリエイティブ・コモンズBY 4.0ライセンスのもとで公開されている。

 グリーンディール事業支援室は、Horizon 2020グリーンディール・コールのもとで資金提供された研究・イノベーション(R&I)プロジェクト間の調整を目的として設置された組織で、2026年11月まで活動する。巻末の免責事項によれば、Horizon 2020グリーンディール・コールのもとでEUが資金提供するR&Iプロジェクトは合計73件にのぼり、いずれも2050年までの気候中立で公正な移行の加速を目指す。支援室自体は助成契約(grant agreement No 101036505)のもとで運営され、プロジェクト間の効果的な協働支援、ネットワーキングと知識交換の機会提供、成果の発信支援を主要活動とし、気候変動と生物多様性、クリーンエネルギー、知識と市民、都市環境とモビリティ、食と健康という5つのワーキンググループを通じてこれらの活動を展開している。担当連絡先は同ユニットのソフィー・デ・ヴィンクとされている。

 報告書自身が第1章冒頭で述べる目的は、「問題についての簡潔でエビデンスに基づく概観、情報環境と欧州委員会の政策における最近の動向、そして研究・イノベーションおよびコミュニケーション実務への含意を提供すること」であり、独自の一次調査や新規のデータ収集を行う実証研究ではなく、既存の政策文書・学術文献・世論調査データを再構成した政策概観文書という性格を持つ。この性格については記事末尾で改めて検討する。

用語の整理――ミスインフォメーションとディスインフォメーションの境界線

 報告書はまず、OECDが2024年12月17日に採択した「情報整合性に関する理事会勧告(Recommendation of the Council on Information Integrity、OECD/LEGAL/0505)」の定義に依拠し、ミスインフォメーション(misinformation)を「意図せず共有される、検証可能な形で虚偽または誤解を招く情報」、ディスインフォメーション(disinformation)を「人、社会集団、組織または国に対して意図的に欺瞞・操作・危害を加えるために作成・共有される虚偽または操作されたコンテンツ」と区別する。

 気候の文脈における具体例として、報告書は気候ミスインフォメーションの典型を「気温は地球の歴史を通じて常に自然に上昇してきたのだから、気候変動は懸念すべきものではない」という言説に見出す。自然な気候変動が過去に生じてきたこと自体は事実だが、この主張は今日の急速な温暖化が化石燃料の燃焼、森林伐採、産業プロセスといった人為的活動によって主に引き起こされているという事実を無視している点で誤解を招くと報告書は指摘する。一方、気候ディスインフォメーションは政治的・金銭的・イデオロギー的動機に基づいて意図的に流布される虚偽の気候関連情報であり、気候変動そのものの露骨な否定や陰謀論から、政策の実行可能性や科学的コンセンサスに疑問を呈するより巧妙な主張まで、多様な形態をとるとされる。報告書がこの文脈で最も強調するのは「再生可能エネルギーやその他の気候ソリューションは詐欺、あるいは効果がない」という虚偽の言説であり、これは気候対策を裏づける明確な科学的・経済的エビデンスがあるにもかかわらず、その価値に疑念を抱かせることを狙ったものだと位置づけられている。意図せぬ気候ミスインフォメーションでさえ混乱と懐疑を助長し人々が正確な情報にアクセスすることを難しくする一方、意図的な気候ディスインフォメーションはしばしば気候変動とその影響の現実を否定または矮小化するために用いられるという整理である(典拠はUNDPの2025年5月1日付記事「What are climate misinformation and disinformation and how can we tackle them?」および欧州委員会の気候行動ポータル「Climate disinformation」)。

 これに対応する処方箋として報告書が挙げるのが、情報整合性(information integrity)、メディア・情報リテラシー、気候コミュニケーションという3本柱である。情報環境が信頼でき透明でエビデンスに基づいたものであることを確保する情報整合性と、デジタルプラットフォームや気候情報を批判的に読み解くための媒体・情報リテラシーが市民にツールを与え、これに加えて科学的知見と政策メッセージを明確かつ透明に伝える効果的な気候コミュニケーションが組み合わさることで、公衆の信頼とグリーン移行をめぐる情報に基づいた民主的討議を支える基盤が形成されるという構図である。COP30では、UNESCOが主導する「気候変動に関する情報整合性宣言(Declaration on Information Integrity on Climate Change)」(情報整合性に関するグローバル・イニシアティブ運営委員会、2025年11月12日)が採択され、透明でエビデンスに基づいた気候情報が公衆の信頼と効果的な気候政策立案を支えることの必要性を強調したことも、この文脈で紹介されている。

政策的背景――なぜ気候偽情報がリスクとして浮上したか

世界経済フォーラムのリスク評価と情報環境の構造変化

 報告書が現状認識の起点に置くのは、世界経済フォーラムの「グローバルリスク報告書2024(The Global Risks Report 2024)」である。同報告書では、ミスインフォメーションとディスインフォメーションが今後2年間で最も深刻な短期リスクとして首位に位置づけられた一方、気候変動・異常気象・生態系崩壊といった環境リスクは今後10年間で最も深刻な長期リスクの首位とされた。両者が組み合わさることで、情報整合性が脅かされる文脈のもとで長期的な環境危機に対処するという困難な課題が浮かび上がると報告書は評価する。

 この評価の背景として報告書が指摘するのが、ソーシャルメディアの急速な拡大による情報流通の構造的変化である。ミスインフォメーションとディスインフォメーション自体は以前から存在してきたが、ソーシャルネットワークの普及がその拡散と影響を加速させ、生成AIの登場がディスインフォメーション・キャンペーンの到達範囲と巧妙さを一段と高めたとされる。Facebook、X、YouTube、TikTokといったプラットフォームはユーザーのエンゲージメント最大化を狙って設計されており、アルゴリズムによってキュレーションされたフィードが正確性よりも感情を強く刺激する、あるいは論争を呼ぶコンテンツを優先することでこの脅威を増幅させる(典拠はファン・デン・ブルクほかによる論文「How to understand trust in news recommender systems」、ALGEPU、2024年)。加えてこれらのプラットフォームが提供する匿名性により、ユーザーは結果を問われることなく操作的なコンテンツを共有できるため、誤解を招く気候ナラティブの急速な拡散が助長されるという。報告書はこうした帰結が単なるオンライン上の言説にとどまらないと強調し、気候関連のミスインフォメーションとディスインフォメーションは社会的結束を損ない、合意形成を複雑化させ、エビデンスに基づく政策立案を弱体化させると位置づける。国内外のアクターが気候規制を妨害する、あるいは政治的・金銭的利益のために科学的知見への疑念を煽る目的で戦略的にディスインフォメーションを展開しうるため、これは単なるコミュニケーションの問題ではなく体系的なグローバルリスクとして機能し、ガバナンスを不安定化させ、政策の実効性を低下させ、気候関連危機への脆弱性を高めるという評価が示される。

EUの政治的マンデートにおける戦略的優先事項化

 報告書は続けて、公共のコミュニケーションと社会的関与が欧州グリーンディールの発足以来、EUの気候・環境政策アジェンダの中核的な構成要素になってきたと整理する。欧州気候協約(European Climate Pact)や公正な移行メカニズム(Just Transition Mechanism)といった施策は、社会的受容、公平性、対話を政策の設計・実施に直接組み込むロジックを体現しているとされ、2024〜2029年の制度サイクルにおいては、気候・環境目標は引き続き中心的な位置を占めつつも、レジリエンス、民主的安定性、競争力、安全保障をより重視するより広範なアジェンダの中に位置づけ直されているという。

 この政策枠組みのなかで、再生可能エネルギーの信頼性を疑問視する、気候対策のコストを誇張する、自然を基盤とした解決策を経済的に有害だと偽って伝えるといったナラティブは、公的機関や科学的専門知に対する信頼の低下と結びつけられており、これらの動態は許認可プロセスを停滞させ、再生可能エネルギーインフラへの反対を生み、生物多様性や適応対策への支持を弱めうるとされる。フォン・デア・ライエン欧州委員長による2024〜2029年の政治指針(Political Guidelines for the next European Commission)は、情報操作を民主的システムを損ないうる脅威として位置づけ、ディスインフォメーションを安全保障上の課題であると同時にガバナンス上の論点でもあると位置づけている。欧州委員会が進めるオンライン・ディスインフォメーション対策の取り組みにおいても、国内外のアクターが気候ナラティブを利用して信頼を弱め、規制を妨害し、科学的エビデンスへの信頼を蝕んでいる実態が強調され、気候関連の虚偽情報は経済的懸念・アイデンティティ政治・地政学的緊張と交差するために特に操作の対象となりやすいとされる。

 制度への信頼度が国によって大きく異なる点も、気候政策の受け止められ方と討議のされ方を左右する要因として報告書が挙げる論点である。2025年のユーロバロメーター調査(Eurobarometer survey 3472)によれば、欧州市民の大多数、約85%が気候変動を重大な脅威と認識している一方、欧州連合そのものへの信頼は2007年以来最高水準に達し、回答者の52%が信頼を表明したのに対し、自国政府を信頼すると答えたのは約36%、自国議会を信頼すると答えたのは37%にとどまる(2024年のEurobarometer survey 3372との比較)。信頼が高い場所では透明でアクセスしやすい情報が正統性を強化し関与を促す一方、信頼が低い文脈では不正確な情報がより強く共鳴し、気候・環境政策への支持を弱め、その導入を複雑化させかねないという因果の見立てが示されている。

情報環境を動かす4つの構造的要因

 報告書第3章は、気候ミスインフォメーション・ディスインフォメーションの拡散を規定する要因を、技術的・行動的・社会政治的という3つの次元(実質的には4つの柱)に整理している。

要因群報告書が示す主な論点
デジタルプラットフォームのアーキテクチャとソーシャルメディア生態系アルゴリズムによる推薦システム、トレンドフィード、パーソナライズされたコンテンツ・キュレーションがユーザーの既存の行動・関心に沿ったコンテンツを選択的に提示することで構造的バイアスを強化する。気候関連コンテンツに対するモデレーションの縮小とアルゴリズム的意思決定における透明性の欠如がこの問題を悪化させ、誤解を招く主張がより広い層に届くことを許している。エコーチェンバーとフィルターバブルが生じ、既存の信念を反映するコンテンツばかりに接する結果、分極化と訂正情報への抵抗が強まる。感情的または陰謀論的なナラティブは事実に基づくコンテンツよりも高いエンゲージメントを得ることが実証されている(典拠:CAAD「Climate action against disinformation」、エッシェン2025年の論文「Climate change disinformation on social media: A meta-synthesis on epistemic welfare in the post-truth era」、Social Sciences誌14巻Article 304)。主要プラットフォームが国境を越えて運営される一方でいかなる単一の国内規制枠組みの外にも位置するため、透明性・コンテンツモデレーション・説明責任について一貫した基準を強制するうえで各国政府は制約を抱え、この規制の断片化が有害または低検証な気候ナラティブを事実上野放しに流通させている。
AI駆動の増幅生成AIツールの急速な普及は、低コストかつ最小限の専門知識で大量のもっともらしいテキスト・画像・映像を生成することを可能にし、意図的なディスインフォメーション・キャンペーンと未検証コンテンツの拡散の双方を加速させている。AIシステムは誤解を招く要約、捏造された科学的主張、文脈を欠いたデータ可視化を生成しうる。異常気象時には情報需要が急増する一方、AI生成コンテンツが公式情報源よりも速く情報空白を低品質な素材で埋めてしまう(典拠:シャバズィほか2025年の論文「AI-driven framework for evaluating climate misinformation and data quality on social media」、Future Internet誌17巻6号231)。自動化アカウントやアルゴリズム的エージェントは感情的に刺激的な投稿を戦略的にブーストし、トレンドトピックを操作し、パーソナライズされたプロンプトを通じて特定のユーザー層をターゲティングすることで、既存のプラットフォーム設計上の構造的バイアスをさらに増幅させる。
行動的要因恐れ・怒り・興奮といった感情は熟慮を減らし直感的判断への依存を高める。ミスインフォメーション研究は、感情的に刺激的なコンテンツが検証されないまま信じられ共有されやすいことを一貫して示している(典拠:ムヌサミ2024年、BMC Psychology誌「Psychological factors contributing to the creation and sharing of fake news」)。破局的なイメージや不安を煽る予測を伴う気候ナラティブは検証なしに信じられ共有されやすい一方、気候リスクを過小評価するコンテンツは希望・楽観・イデオロギー的整合性につけこんで科学的エビデンスの軽視を促す。確証バイアスは既存の信念に沿う情報を受容し反する証拠を退ける傾向を助長し、アンカリングバイアスは最初に接した情報――正確であるか否かにかかわらず――に強く依存し続ける傾向を増幅する(典拠:OECD2022年「Misinformation and disinformation: An international effort using behavioural science to tackle the spread of misinformation」、OECD Public Governance Policy Papers No. 21)。反復効果、すなわち「再生可能エネルギーは効果がない」「気候変動は誇張されている」といった主張が繰り返し接触することで事実の正確性とは無関係に信憑性を帯びていく現象も、デジタルプラットフォームによって増幅される。
社会的・政治的動態社会的アイデンティティと政治的志向は、人々が所属する集団――政党、イデオロギー的コミュニティ、ソーシャルネットワーク、日常的に接するメディア、専門職コミュニティ――の規範と期待に沿うよう自らの見解を調整する傾向を通じて情報の受容パターンを規定する。集団規範は共有されるナラティブの信憑性を強化し、政治的・社会的コミュニティのなかで一度定着した信念は、たとえ不正確または誤解を招くものであっても、構成員がそれを繰り返し擁護し流布する動機を持ちやすい。気候懐疑的な信念は情報不足によってではなく、仲間や政治的指導者との一貫性を維持しようとする集団に基づく動機によって維持されており、これが訂正情報の効果を限定的にする一因だと報告書は説明する。訂正が中核的なアイデンティティの信念に挑戦するものであるほど効果を持ちにくく、訂正の拒絶自体が集団への忠誠を示すシグナルになりうる(典拠:ステキュラほか、Climate obstruction: A global assessment所収、オックスフォード大学出版局、2025年)。ソーシャルメディアはユーザーを政治的・社会的アイデンティティを反映するネットワークにクラスタリングすることでこれらの動態を増幅し、協調的キャンペーンはしばしば特定のコミュニティに焦点を当ててメッセージをその関心・懸念に合わせて調整する。

 この4つの要因が相互に作用する結果として報告書が導く含意は、気候ミスインフォメーション・ディスインフォメーションへの対処が単純な事実確認や標準的なファクトチェック手法だけでは不十分だという点にある。プラットフォームのアーキテクチャ、AIによる増幅、心理的バイアス、社会的アイデンティティが折り重なることで、訂正情報が届きにくく、また届いても定着しにくい構造が生まれているという評価である。

EUの三層対応――規制、監視、研究

 報告書第4章は、EUが気候関連のミスインフォメーション・ディスインフォメーションに対して展開している対応を、規制・政策的枠組み、監視と戦略的コミュニケーション、気候コミュニケーションに関する研究・イノベーションという3つの層に整理する。

規制・政策的枠組み

 デジタルサービス法(Digital Services Act、DSA)は、デジタル環境を規制し大規模オンラインプラットフォームが生み出すシステミックリスクを緩和するための中心的な法的手段と位置づけられる。DSAのもとで大規模プラットフォームは、違法・有害コンテンツ(ディスインフォメーションを含む)の拡散に関するサービスのリスクを評価し、リスク軽減策を実施し、規制当局に透明性のある報告を行う義務を負う。DSA自体は気候関連のディスインフォメーションを名指しで対象化してはいないが、その義務は気候・環境政策をめぐる公共の討議に影響を与えうる虚偽または誤解を招くコンテンツをカバーするとされる。これを補完するのがディスインフォメーションに関する行動規範(Code of Practice on Disinformation)であり、プラットフォームと広告仲介事業者が特定の自主的措置にコミットする共同規制の枠組みである。この行動規範はプラットフォームに対してコンテンツモデレーションにおける透明性の強化、信頼できるファクトチェックの提供、誤解を招くナラティブの増幅の最小化を促すもので、気候ナラティブに関しては気候科学が適切に代表されること、そしてエネルギー・排出・気候政策に関する誤解を招く主張が体系的に対処されることを特に重視している。DSAと行動規範は合わせて、気候関連のミスインフォメーション・ディスインフォメーションを独立した有害コンテンツのカテゴリーとしてではなく、継続的な監督を要する広範なデジタル・システミックリスクの一部として扱う規制環境を形成している。加えて、2024年3月に欧州委員会が採択した「気候リスクの管理に関するコミュニケーション(Communication on Managing climate risks – protecting people and prosperity、COM(2024)91 final)」では、気候ディスインフォメーションへの対処に取り組むことが明記され、関連する政策ツール・デジタルソリューション・コミュニケーション手法の活用強化、DSAのコンプライアンスがディスインフォメーションを適切にカバーすること、およびプラットフォームのディスインフォメーション行動規範コンプライアンスにおいて気候科学が適切に扱われることの確保が謳われている。

監視と戦略的コミュニケーション

 これらの規制的手段を支えるのが拡大しつつある監視インフラである。欧州デジタルメディア・オブザーバトリー(European Digital Media Observatory、EDMO)は加盟国横断でディスインフォメーションの動向を収集・分析し、検証されたデータと新興の虚偽ナラティブに関する早期警告を提供する。独立した研究者、ファクトチェッカー、メディア組織を結びつけ、新興ナラティブの監視、協調キャンペーンの検知、クロスプラットフォームの動態分析において中心的な役割を果たすとされる。同様に欧州民主主義シールド(European Democracy Shield)は、外国からの情報操作・干渉(FIMI)に対抗するための監視ツール、迅速対応手続き、コミュニケーション資源を統合する枠組みである。EUはまた、誤解を招く気候ナラティブの影響を制限するための予防的コミュニケーション戦略も支援しており、これには受け手が虚偽情報に接する前に警告を提示する「プレバンキング(prebunking)」と、拡散後に誤解を招く主張を訂正する「デバンキング(debunking)」の双方が含まれる。監視と戦略的コミュニケーションを組み合わせることで、欧州委員会は気候ディスインフォメーションに対する公衆のレジリエンスを高め、気候政策への信頼を維持することを目指しているとされる(典拠:欧州委員会共同研究センター〈JRC〉サイエンスハブ、2024年10月25日付記事「Misinformation and disinformation: Both prebunking and debunking work fighting it」)。

気候コミュニケーションに関する研究・イノベーション

 規制的な監督と監視を超えて、研究・イノベーション(R&I)が気候関連ミスインフォメーションに対する社会的レジリエンスの構築にとって不可欠だと報告書は位置づける。グリーン移行は技術的・規制的ツールだけでなく、社会的受容、包摂的なコミュニケーション、十分な情報を得た市民、新技術の導入に依存するという理解である。EUのR&Iアプローチの中心的な構成要素はナラティブ・フレーミングと研究の翻訳であり、気候変動に関する科学的知見はしばしば複雑で高度に専門的であるために誤解や誤った表現の余地を生む。H2020やHorizon Europeのプロジェクトによって支援される取り組みは、科学的エビデンスを明確でアクセスしやすく政策関連性の高いナラティブへと翻訳し、市民・メディア関係者・政策立案者が正確な情報を用いて関与し誤解を招く主張に対抗できるようにすることを目指す。社会科学・人文科学(SSH)の気候関連R&Iへの統合も同様に重視されており、行動科学・社会科学・政治科学の領域は、価値観・信念・アイデンティティが気候リスクの受け止め方や移行政策への反応をどう形作るかについての知見を提供し、文化的・経済的・政治的文脈に敏感なコミュニケーション戦略・政策の設計を助けるとされる。

 Horizon Europeの構造――テーマ別クラスター、EUミッション、共同事業体、パートナーシップ――はこの目的を支える研究・イノベーションを後押ししている。このうちクラスター5「気候・エネルギー・モビリティ」は、公衆の理解・関与・行動に関する研究を含む、気候対策・エネルギー移行・社会的側面に関する学際的研究に資金を提供する。EUミッションのうち「気候変動への適応(Adaptation to Climate Change)」ミッションは、地域・ローカルの利害関係者が気候リスクを理解し適応策を共同開発する研究・関与活動を支援し、「海洋と水域(Ocean and Waters)」ミッションは気候レジリエンスと海洋ベース技術の導入に貢献するとされる。Horizon Europeのパートナーシップは、EU・加盟国・研究者・産業界・市民社会を結集して行動的・社会的・政治的側面を含む横断的課題に取り組み、公衆の認識・情報の流れ・社会的反応に関するエビデンスを生成する。この文脈で選定されたHorizon 2020グリーンディール・コールのプロジェクトは、気候研究を公平性・社会正義・気候政策における包摂性と結びつける役割を担っており、市民や地域アクターを積極的に関与させて知識を共創し、解決策を検証し、気候リテラシーを強化することを通じて、単なる情報提供を超えて気候関連のミスインフォメーション・ディスインフォメーションへの対抗に貢献するとされる。

 報告書は「Box 1」として、この文脈における具体的な事例をひとつ紹介している。ECF4CLIM(European competence framework for a low carbon economy and sustainability through education)は、公式教育システムにおける持続可能性と気候行動のための欧州コンピテンス・フレームワークの開発・検証を目指すプロジェクトであり、複数の加盟国の学校・大学・研究者・地域の利害関係者を結集して気候科学・持続可能性コンピテンシー・デジタルツールを教育・制度実践に統合する。中心的な要素は参加型かつデータ駆動型の学習アプローチの実際の教育現場への適用であり、参加校・大学は生徒・教員・学校スタッフ・外部の利害関係者を巻き込んだ「持続可能性コンピテンス・チーム」と「委員会」を設置する。これらのグループは地域固有の気候・持続可能性の課題を特定し、環境・行動データを分析し、共有デジタルプラットフォーム・学習環境・モニタリングツールに支えられたテーラーメイドの介入策を共同設計・実施する。ECF4CLIMはミスインフォメーション・ディスインフォメーションを明示的に対象とするプロジェクトではないが、エビデンスに基づく推論・メディアリテラシー・集団的問題解決を教育に統合することを通じて信頼できる気候情報の生産と活用に貢献し、学校と地域コミュニティが気候データに直接アクセス・解釈・活用できるようにすることで、分極化した、あるいは誤解を招くナラティブへの依存を減らし、科学的・制度的情報源への信頼を支えると位置づけられている。

 最後に報告書は、DG RTDが公的政策への反発を予測し克服することにR&Iが貢献する点にも触れ、欧州グリーンディールのような変革的政策に対する公衆の認識・社会的反応・コミュニケーション戦略に関するエビデンスを生成する研究を支援していると述べる。こうした研究は懐疑・抵抗・ミスインフォメーションの新興ナラティブを特定するのに役立ち、政策立案者とコミュニケーション担当者が懸念が拡大する前にプロアクティブでエビデンスに基づく戦略を設計できるようにするとされている。

報告書の結論と提言

 報告書は結論部で、グリーン移行が技術的・政策的解決策だけでなく情報環境の整合性とレジリエンスにも依存すると総括する。気候関連のミスインフォメーション・ディスインフォメーションは構造的・行動的・社会的な脆弱性を利用し、気候政策への公衆の信頼を損ない、社会的な行動を遅らせるものであり、これに対処するには規制的監督、戦略的監視、ソーシャルメディア・メディアプラットフォームとの協働、予防的コミュニケーション、研究に基づく知見を統合する包括的アプローチが必要だとされる。

 EUはDSA、ディスインフォメーション行動規範、EDMOや欧州民主主義シールドといった監視インフラ、そして的を絞った研究・イノベーション施策を通じて強固な基盤を既に築いているものの、急速に変化する情報環境はこれらの取り組みが新興のナラティブを予測し、公衆の懐疑に対処し、民主的制度への信頼を強化するプロアクティブで先を見据えた戦略によって補完されることを要求すると報告書は評価する。具体的な提言としては、複雑な科学的エビデンスを、社会経済的・文化的・政治的文脈を考慮したうえで多様な受け手に響く明確でアクセスしやすく政策関連性の高いナラティブへと翻訳するプロセスを政策設計の当初段階から組み込むこと、公衆の認識・価値観・動機を理解するために社会科学・人文科学の知見を体系的に適用すること、そして持続可能性・環境リテラシーの向上――JRCが開発した「GreenComp(The European sustainability competence framework)」のようなツールを用いて、環境課題を理解・評価・行動するために必要な知識・技能・態度を評価・強化すること――が挙げられている。プレバンキングとデバンキングの取り組みを標準的な実務として統合し、受け手が誤解を招くコンテンツを拡散前に認識できるようにするとともに、接触後には批判的にそれを評価し持続可能性コンピテンシーを気候関連情報の解釈・対応に応用できるようにすることも求められている。

 公衆の信頼の構築には透明性・包摂性・公平性への意図的な注力も必要とされ、政策立案者は改革の背後にある論拠を積極的に開示し、想定される影響を伝え、公衆の関与とフィードバックのためのチャンネルを提供すべきだとされる。情報・デジタルリテラシー・プログラムを拡充し、市民がオンラインコンテンツを批判的に評価しAI生成メディアの信頼性を判断するスキルを備えられるようにすることも提言され、戦略的監視と継続的な研究によって新興のミスインフォメーションの動向・社会的懸念・潜在的な抵抗の焦点を追跡し、コミュニケーション戦略のリアルタイムでの適応とディスインフォメーション・キャンペーンへの迅速な対応を可能にすることが求められている。

 さらにEU諸機関、加盟国当局、市民社会、メディア組織にまたがる調整の強化が、一貫した情報環境を確保するために必要とされ、ベストプラクティスの共有、正確な気候コミュニケーションのためのガイドラインの調和、信頼できるコミュニケーターのネットワークの育成がメッセージの到達範囲と信憑性を高めうるとされる。ソーシャルメディア・報道プラットフォームとの協働は、コンテンツモデレーションの整合、正確な気候情報の可視性向上、誤解を招くナラティブの拡散抑制において特に重要とされ、ジャーナリスト・教育者・地方自治体向けのエビデンスに基づく研修への投資も、情報に基づく公共の討議と気候政策への社会的関与を支えるとされている。最終的に報告書は、グリーン移行のレジリエンスにはエビデンスに基づくコミュニケーションが政策の設計・実施・評価のすべての段階に体系的に統合されることが必要であり、これにはミスインフォメーションの監視・対抗のための明確なプロトコルの確立、予防的・訂正的コミュニケーション戦略の埋め込み、科学的エビデンスのアクセスしやすいナラティブへの翻訳、コミュニティとの継続的な関与を通じた信頼と正統性の強化が含まれると結論づけ、こうした措置はCOP30気候変動情報整合性宣言に示された原則と整合的であり、誤解を招くナラティブを緩和し、公衆の理解と支持を育み、気候政策の民主的な信頼性と実効性を守るものだとしている。

報告書の性格に関する留保

 本報告書は、独自のデータ収集や実証分析に基づく調査報告ではなく、既存の政策文書・学術文献・世論調査データを再構成した政策概観文書であるという点に留意が必要である。報告書自身が序文で「問題についての簡潔でエビデンスに基づく概観」を提供することを目的として明記しているとおり、その一次データはユーロバロメーター調査(3472号・3372号)の数値と世界経済フォーラムのグローバルリスク評価にほぼ限られており、気候ミスインフォメーション・ディスインフォメーションの量的推移や具体的な言説事例そのものを独自に収集・分析したものではない。引用される学術文献・政策文書もそれぞれの原典にあたって初めて詳細が確認できる性格のものであり、本稿でもその範囲で紹介している。

 加えて、発行主体であるグリーンディール事業支援室は独立した監視・研究機関ではなく、Horizon 2020グリーンディール・コールのもとで資金提供された73件のR&Iプロジェクト間の調整とコミュニケーション支援を目的として欧州委員会との契約のもとで設置された事業体であり、本報告書もまたそうした支援活動の一環として、単一の著者(マルタ・ミランベル)によって執筆されている。免責事項が明記するとおり、本報告書に示された情報および見解は著者自身のものであり、欧州委員会の公式見解を必ずしも反映するものではなく、欧州委員会は報告書に含まれるデータの正確性を保証しない。したがって本報告書は、EUが気候ディスインフォメーション対策として既に整備している規制・監視・研究の枠組み(DSA、ディスインフォメーション行動規範、EDMO、欧州民主主義シールド、Horizon Europeの関連施策)を一望する見取り図としては有用である一方、これらの施策の実効性を独自に検証・評価するものではなく、既存の取り組みを紹介し今後の方向性を示唆する性格の文書である点を踏まえて読む必要がある。

コメント

タイトルとURLをコピーしました