欧州委員会共同研究センター(JRC)と欧州ハイブリッド脅威対策センター(Hybrid CoE)は2026年10月23日、共同報告書『Defending Europe Against Hybrid Warfare』を公表した。JRCは欧州委員会の科学・知識サービスで、本書は同センターの社会的強靭性・安全保障局に属する防衛・対外安全保障部門が担当した。Hybrid CoEはヘルシンキに本部を置き、EUとNATOの加盟国35か国が参加する政府間機関である。著者はジュリアン・テロン、フレデリック・プティ、アレッサンドラ・デ・アンジェリス、ゲオルギオス・ヴァルサモス(以上JRC)と、アレクシ・アホ、ユッカ・サヴォライネン(以上Hybrid CoE)の6名で、Hybrid CoE所長のテイヤ・ティーリカイネンが査読に加わっている。本文は96ページで、全文PDFと要約版が公開されている。
序文を寄せた国防・宇宙担当欧州委員アンドリュス・クビリウスによれば、本書は概念的旗艦報告書シリーズの第3作にあたる。第1作は2021年の『The Landscape of Hybrid Threats: A Conceptual Model』、第2作は2023年の『Hybrid Threats: A Comprehensive Resilience Ecosystem』で、後者が提示した13領域の分析枠組み(COREモデル)は本書でも判定段階の道具として使われる。
本書は独自のデータセットや計量分析を持つ実証研究ではない。脅威環境の整理と戦略モデルの提示を目的とする概念・政策文書であり、根拠は報道、各国政府とEU機関の声明、先行研究の引用で組み立てられている。主たる脅威主体としてロシアが明示されており、クビリウスは序文で、ウクライナ向け兵器の生産と輸送を妨げるための破壊工作が欧州で続いていると述べたうえで、強靭性から抑止へ移行すべきだと主張している。巻頭には、欧州委員会とHybrid CoEの政策的立場を示すものではないとの免責文がある。ただし、委員会の内部機関が担当委員の序文付きで出した以上、政策の方向性を反映した主張の書として読むのが妥当である。
中心となる主張は、ハイブリッド脅威がすでに「ハイブリッド戦争」の段階に達し、強靭性だけでは対処できないというものである。そこで本書は、抑止を組み込んだ「強靭性・抑止戦略(RD戦略)」を、事前の予見、攻撃中の防御、事後の対応という3段階が互いを強化するループとして提案する。
脅威環境の構造:12の傾向と三つの変数
本書はまず、安全保障環境が「協力」から「競争」へ移り、いまや「対決」に向かいつつあるとし、その特徴を12の傾向に整理している。
| 区分 | 傾向 |
|---|---|
| 急速に変化する困難な文脈 | ①世界的な権威主義化の中での民主主義の脆弱化 ②目的の異なる権威主義国家と非国家主体の連携 ③攻撃的な言説の強まりと、ハイブリッド作戦への関与の否定の継続 ④宣戦布告を伴う戦争が減り、グレーゾーンでの紛争が増えたことによる国際法の規律機能の低下 |
| 敵対戦略の複雑化 | ⑤外部からの戦略的圧力と内部分断の助長の併用 ⑥情報機関員と現地協力者による浸透 ⑦EU、NATO、地域枠組みなど協力メカニズムへの体系的攻撃 ⑧ウクライナや台湾を支援する民主主義国を狙った戦略 |
| ハイブリッド作戦の激化 | ⑨高技術(サイバー、電子戦)、中技術(ドローン)、低技術(落書き、風船)の使い分け ⑩多様な主体による作戦の相乗効果 ⑪物理的攻撃と非物理的攻撃の組み合わせ ⑫軍事面での威嚇の公然化 |
⑥について本書は脚注で、欧州放送連合(EBU)の調査報道を引いている。SNSで募集された現地の実行者が、サイバー攻撃、放火、破壊行為、選挙期間中の影響工作に使われ、使い捨ての工作員として否認可能性を高めているという内容である。本書は攻撃側の目的も変わったと見る。意思決定の操作ではなく、統治の麻痺と市民社会の崩壊を通じて欧州の連帯を断ち、一国ずつ解体することが狙いだという。
運用レベルについて本書は三つの変数を設定している。第一は量の変数としての「飽和」である。複数の主体が、連携していてもいなくても大量の作戦を重ね、標的の防御を過負荷にして資源を枯渇させる。攻撃は個々の国だけでなく、国家同士をつなぐ同盟や組織にも向けられる。本書は、飽和の概念が情報・サイバー領域ではすでに十分に記録されていると述べ、ミラノ・コルティナ冬季五輪を狙ったサイバーと情報戦の複合作戦を例に挙げる。そのうえで、法、情報機関、経済、宇宙、インフラ領域にも同じ現象が広がっていると指摘する。本書の多主体飽和の図は、加盟国に向かう攻撃を、サイバー、情報、外交、軍事、法の領域からの外部攻撃と、政治、情報機関、社会、文化の領域を通じた内部攪乱の二種類に分けている。本書はこの全体像を、戦略レベルの「キルウェブ」と呼んでいる。
第二は時間の変数としての「カスケード効果」である。本書の定義の要点は、元の作戦が成功したかどうかに関係なく、その副次的な悪影響が同じ主体や別の主体によって次の作戦に転用されうるという点にある。転用は攻撃側が当初から設計している場合(典型的には情報・外交領域)もあれば、初撃の影響を観察したうえで機会主義的に社会や政治の領域で行われる場合もある。本書の図は16回の作戦を時系列に並べ、撃退された攻撃、強靭性によって吸収された攻撃、成功した攻撃、高影響作戦の4種類に分けている。そのうえで、撃退された攻撃や吸収された攻撃からも後続作戦への弧が伸びる様子を描いている。偽情報研究の観点からは、失敗した作戦も物語の素材として再利用されるという構造を、戦略モデルの中に正式に組み込んだ点が注目に値する。
第三は強度の変数としての「高影響作戦(HIO)」である。HIOは社会と意思決定者に衝撃を与え、防御と対応の能力を麻痺させることを目的とし、エスカレーションは段階的に進むという想定の線形性を、欺瞞と奇襲によって突く。本書が典型例として挙げるのは送電網である。個々には局所的な障害が連鎖し、通信が途絶して調整が難しくなる。時間が経つと他の系統の予備電源が尽きて機能が止まる。こうした事態は、計画的な破壊工作と、あらかじめ準備された情報キャンペーンを組み合わせて引き起こしうる。対策の共通枠組みとしては重要事業体強靭性指令が挙げられている。
「ハイブリッド戦争」という語の公式化
本書は、2022年以降の複数の研究が加盟国へのハイブリッド攻撃の激化を示すとする。根拠として挙げられるのは、戦略国際問題研究所(CSIS)、国際戦略研究所(IISS)、武力紛争発生地・事象データ(ACLED)などの分析である。政府の側では、仏独伊ポーランド・スペイン・英の外相が2024年11月のワルシャワ共同宣言で、ロシアの活動はその多様さと規模において前例がないと述べた。
本書はこの激化を二つの軸で捉えている。一つは領域の軸で、政治、外交、情報、サイバー、インフラ、情報機関、軍事の各領域で強度が上がっているとする。もう一つは手段の軸で、暗殺計画、放火、航空便で送られた発火性小包、衛星測位システムの妨害と偽装、軍事基地や核施設上空のドローン飛行、敵対的な軍事資産による領域侵入といった、より攻撃的な手段がEU域内で使われるようになったことを指す。手段の例としては、ワグネルと関係する英国での放火事件、リトアニアのイケア放火、ロシア軍参謀本部情報総局(GRU)による小包爆発計画、2026年5月のルーマニアの集合住宅へのドローン着弾が引かれている。
語の公式化についても本書は記録している。Hybrid CoEはハイブリッド戦争を、ハイブリッド脅威の中でも段階が上がった局面と定義する。軍事的手段や化学・生物・放射性物質・核(CBRN)による脅威を含みうるもので、検知されにくい、あるいは帰属されない活動から公然たる強要へ移行した状態であり、エスカレーションの「ハードエンド」にあたるとされる。フォン・デア・ライエン委員長は2025年10月の欧州議会演説で、一連の事件は否認可能性の薄明の中にとどまるよう計算された一貫した作戦だと述べ、これをハイブリッド戦争と名指しした。同様の発言は北欧・中東欧の首脳からも相次いだ。
本書は否認可能性と強度の関係を一つの図で示している。横軸は民生から軍事への連続体で、上昇するエスカレーション線に対し、否認可能性の曲線はS字を描いて下がっていく。低強度の作戦は否認しやすいが、強度が上がると否認は信憑性を失う。それでも攻撃主体は否認を続ける。帰属が難しい理由は強度で異なる。低強度では発信源の識別と判定そのものが難しく、高強度ではさらなるエスカレーションへの恐れが帰属をためらわせる。本書は、集団としての弱さやためらいは容認にとどまらずエスカレーションの誘因として受け取られるとする欧州政策分析センター(CEPA)の分析を引く。そのうえで、敵対者を構造的に抑え込む長期の取り組みと、短期の強靭性・抑止策を並行させる二本立てを提唱し、本書自体は短期の側を扱うとしている。
抑止理論の再編:拒否・懲罰と九つの二次概念
本書は、EUのハイブリッド脅威政策では2016年以来、強靭性が中心に置かれてきたことを確認している。主な文書としてニーニスト報告、欧州防衛白書、EU準備連合戦略、域内安全保障戦略「ProtectEU」が挙げられ、北欧・バルト諸国などが配布する市民向け危機対応冊子も紹介されている。本書は強靭性を実装する枠組みとして三つの空間を設定する。市民空間(教育、情報、参加)、統治空間(政府全体での対応、社会契約、準備と対応)、サービス空間(投資、官民連携、供給の安全保障、重要サービスの継続)である。
そのうえで本書は、強靭性だけでは足りないという議論の系譜をたどる。2018年のHybrid CoEの戦略分析、2020年のハイブリッド抑止プレイブック、そして2025年に欧州連合安全保障研究所(EUISS)所長が書いた「強靭性だけでは不十分」という論考がその流れにあたる。抑止研究の波については、核時代の最初の三つの波、9.11以降にテロと非正規戦を扱った第4の波に続き、グレーゾーン紛争を対象とする第5の波が位置づけられる。この整理は、本書が最も依拠するショーン・モナハンのHybrid CoE Paper 12に基づいている。
基本となる二つの概念のうち、拒否的抑止には二つの型がある。攻撃そのものを実行不可能にする「防壁」型と、攻撃を成功しにくくする型で、後者が強靭性と直結する。懲罰的抑止は、攻撃の利益を上回るコストを課すものである。本書は、ハイブリッド作戦に対して懲罰を加えるには帰属が前提になると強調し、脅しは「行動するかもしれない」ではなく「行動する」と示さなければならないとするシェリングの命題を引く。脚注では、ロシアの抑止概念の分類も併記されている。恐怖を与えることによる抑止と、限定的な武力行使で相手の行動を形づくる「強制的抑止」の二つで、これは拒否・懲罰という西側の分類と対照されている。二次概念は次の9つである。
| 概念 | 要点 | 主な依拠 |
|---|---|---|
| 絶対的抑止 | どの段階のエスカレーションにも同種または異種の対抗手段で応じ、最終的には政治的な破滅まで示唆する | 相互確証破壊からの類推 |
| 制限的抑止 | 段階的な措置を重ねて行動の余地を狭め、作戦を当初の意図より小規模にとどめさせる | トール(2017年) |
| 累積的抑止 | 応答のない低レベル違反が雪だるま式に積み重なるのを防ぐ | モナハン(2022年) |
| 暴露による抑止 | 作戦計画を事前に公表し、否認や偽旗作戦を無効にする | 2022年侵攻前の米国 |
| 戦略的コミュニケーションによる抑止 | 明確なメッセージを発し、それに見合う能力と実行で裏づける | NATO戦略的コミュニケーション中核拠点 |
| 統合抑止 | 技術、作戦概念、能力を組み合わせて網の目のように運用する | 2022年米国家防衛戦略 |
| 内在化された抑止 | 静かな示唆と、すでに整えた対抗能力によって抑止する | フリードマン(2004年) |
| 拡大抑止 | 同盟による保証。全会一致の意思決定と、最も弱い加盟国の保護が課題になる | 「核の傘」の一般化 |
| 誘導による抑止 | 誘因、絡み合い、欺瞞、陽動などにより、攻撃をより強固に守られた標的へそらす | 本書の整理 |
本書はさらに、作戦を段階的に強めていく漸進的な対応は抑止にならないと断じている。理由は二つで、一歩ずつの措置では十分なコストを課せないこと、そして相手に情報と、戦術を適応させる時間を与えてしまうことである。
能動的予見:単一システムとしての強靭性と抑止
RD戦略の第1段階では、強靭性と抑止は単一のシステムとして扱われる。強靭性は拒否的抑止の基盤となり、抑止が強まれば強靭性にかかる負担は軽くなる。本書はこの段階を支える10の要件を挙げ、その中に偽情報研究と関わる具体例を含めている。
「戦略的深度」の例として本書は、モスクワをアフリカ諸国の救世主とする物語を挙げる。これは、旧ソ連が独立運動を利用して新興国を西側から引き離そうとした情報工作の再活性化だという。「確実性への疑い」の項では、AIが弱い兆候や出来事同士の見えない結びつきを浮かび上がらせうるとする。「予見の実装」の項では、偽情報を流す媒体や人物が公然と活動するのを許していることを、予見戦略の欠如の例として明記している。「適応の速さ」の項は、典型的な時間の遅れを示している。過去の作戦(t−1)に基づいて準備(t)が行われ、それが意思決定者に届き(t+1)、実施され(t+2)、評価される(t+3)。本書は、この遅れが予見を形骸化させると指摘する。
本書は作戦の類型を、影響の大小と確率の高低で4つに分け、それぞれに抑止の組み合わせを割り当てている。
| 低影響 | 高影響 | |
|---|---|---|
| 低確率 | 吸収可能だが長期キャンペーン化の恐れ → 累積的抑止+強靭性 | 黒鳥(破壊的なHIO) → 拒否的抑止+制限的抑止+懲罰的抑止+強靭性 |
| 高確率 | 吸収可能だが複数領域で累積する恐れ → 累積的抑止+暴露+拒否+強靭性 | 灰色のサイ(予見可能なHIO) → 暴露+制限的抑止+懲罰的抑止+強靭性 |
能動的防御:検知・識別・判定と帰属
第2段階の能動的防御は、検知、識別、判定の3段階に、回復と帰属という二つの要素を加えて構成される。検知では、統治空間の情報機関だけでなく、市民空間とサービス空間を組み込むことが求められる。統治空間では、EU情報・状況センターとEU軍事幕僚部情報局をつなぐ単一情報分析能力(SIAC)が中核になる。市民空間の貢献として本書が挙げるのは、SNSの鑑識的分析、一人称視点ドローン、法の武器化の暴露、ファクトチェック、調査報道である。指標については、短期の早期警戒指標と長期の脆弱性指標を区別しつつ、網羅的な指標体系は作れないと認め、既知の指標と即応的な検知手順を組み合わせるべきだとしている。代理人の問題については、ティーリカイネン所長の発言が引かれる。代理人は国内の主体の陰に隠れることで既存の法を回避し、検知と帰属を妨げるという趣旨である。本書はこれを受けて、勧誘の仕組みの研究と専用の検知指標の開発を求めている。
識別は最も難しい段階とされ、情報領域では無数の小規模サイト、アカウント、チャンネルが他所で生まれた偽情報を再拡散するため、責任の追跡が困難だと書かれている。判定は戦略レベルの作業で、COREモデルの13領域を、地方・国・国際の層、戦術・作戦・戦略のレベル、短期・中期・長期の時間軸で重ね合わせて読む。EUハイブリッド融合セルは、この分析をハイブリッド脅威対策作業部会に継続的に報告する役割を担う。
帰属の章には本書の核心がある。本書は、帰属が逆効果になりうる場面を二つに限定している。一つは、弱い兆候しかなく明確な責任を立証できない場合で、このときは主体を特定しない対抗措置を取りうる。もう一つは、帰属を公表すると秘密裏の対応を損なう場合である。それ以外では強い帰属が必要で、その条件は迅速さと集団性だとされる。迅速さのためには機密指定の早期解除も必要になりうるとし、集団性の根拠として、検知されたうえで帰属が広く支持されると考えるときに敵対者はコストを恐れる、という見方を引いている。
この議論を具体化するのが、本書が描く停電シナリオである。外国の特殊機関が複数の加盟国で大規模停電を起こし、影響が通信、上下水道、救急に連鎖する。数時間以内に、この混乱はEUの主要同盟国と一部加盟国の陰謀によるものだとする偽情報キャンペーンが始まる。公式の帰属がない状態では、この物語が苦しむ市民に最初に示される説明となり、後から覆すことは難しい。2日後、攻撃国は国境付近で軍事演習を始め、内向きになり士気を失った社会では軍事と政治を連携させた対応がほぼ不可能になる。これに対して強い帰属がなされれば、市民の怒りは外部の加害者に向かい、連合としての対応が可能になる。本書は現実の例として、バルト海の海底インフラ損傷を報道が事故として扱ったことを挙げる。そうした扱いは、NATOの警戒活動「バルティック・セントリー」の正当性を弱め、相手が防護措置を一方的な敵対行為と描く余地を生むという。数か月から数年を要する刑事手続きとは別に、情報機関の情報で仮説を迅速に検証する並行調査の枠組みも提案されている。
反応的対応とRD戦略のループ
第3段階の反応的対応と能動的防御の違いは時機にある。能動的防御が攻撃の最中にカスケード効果を封じ込めるのに対し、反応的対応は攻撃の後に、元の攻撃を上回る影響を持つ均衡の取れた対抗策として実施される。本書はさらに、EUハイブリッド即応チームの役割を、加盟国間の集団的対応の調整にまで広げることを提案している。報復は垂直的エスカレーションより水平的エスカレーションを軸とし、欺瞞、奇襲、攪乱を多用すべきだとされる。
ループ全体の狙いは敵対者の計算を変えることにあり、本書はそのための効果を6つ挙げる。帰属の可能性が高まることによる否認可能性の低下、能力と資源配分の見直しの強制、失敗の積み重ねが相手組織の内部に生む圧力、同盟の結束の可視化、長期作戦の魅力を下げる時間軸の圧縮、そして帰属とコスト賦課の繰り返しによる評判の毀損である。要約版では最後の効果が抜け、5つになっている。リスクとしては、領域ごとに分断された強靭性投資、抑止が強靭性を押しのけること、危機対応に追われて帰属の能力が使い果たされること、弱い加盟国を狙う同盟の切り崩し、社会の基盤の漸進的な侵食、そして戦略が成功しすぎた結果として政治的関心が離れることの6つが表で示されている。
4つの事例研究は実際の出来事ではなく、概念的な曲線で描かれたモデルである。強靭性だけに頼る場合は、防御の姿勢そのものが攻撃の強化を誘い、最終的には抵抗力が呑み込まれる。拒否的抑止を組み合わせると、攻撃の強度は下がり資源も温存できる。HIOを早期に検知して暴露する場合と、帰属したうえで国内・国際の両層で懲罰を加える場合には、回復が速まり、後続の作戦の強度が下がるとされる。
附属書が示す情報・AI関連施策
附属書1は強靭性を高める施策を三つの空間ごとに列挙しており、市民空間に31項目、統治空間に28項目、サービス空間に38項目がある。情報分野の項目には踏み込んだものが多い。偽情報や憎悪の扇動に関わる不正行為について、報道倫理の監視機関が厳しい罰則を科すこと。改変されたコンテンツに関する法的枠組みを設けること。民主的プロセスが攻撃を受けている際にはSNSサービスの停止を可能にすること。AIを使って認知的影響工作を監視すること。そして、欧州民主主義行動計画、偽情報に関する行動規範、欧州民主主義の盾といった既存の枠組みを適用することである。
附属書2の57の対抗策は、戦略的シグナル、長期的抑止、迅速発動、予防的措置、即時シグナルの5つに分類されている。情報とAIに関わる項目の中で特に目を引くのは次のものである。AIを使って民主主義を支持するメッセージを拡散する施策(第42項)では、AIで作成したことを開示し、恐怖や憎悪ではなく関心やユーモアに訴えることが条件とされている。AIによる権威主義的な発信や強い分断を煽る発信を放置した超大規模オンラインプラットフォームと検索エンジンには、実効的な罰金を科す(第43項)。言語モデルに対する「規模化された事実ベース作戦」(第45項)は、権威主義側によるデータ汚染に対抗し、敵対者のAIモデルに事実に基づくコンテンツを学習させるという施策で、条件として、AIに検知されにくいため短い要素の方が望ましいと記されている。スウェーデンの心理防衛庁をモデルとした各国機関のネットワーク(第51項)も提案されている。附属書2は情報分野に限られず、自国通貨を市場に大量に放出する経済攪乱(第34項)、敵対的な無人機の自動破壊(第29項)、領空を侵犯した航空機の撃墜や船舶の拿捕(第30項)まで含んでおり、本書のいう「水平的エスカレーション」の幅を具体的に示している。
何が新しく、何が欠けているか
以下は報告書の内容ではなく、筆者の分析である。本書の新しさは三点にまとめられる。第一に、撃退された攻撃や吸収された攻撃もカスケード効果の素材になるとして、作戦の成否に関係なく後続作戦への転用を戦略モデルに組み込んだこと。第二に、帰属を懲罰の前提条件としてだけでなく、強靭性の構成要素として位置づけたこと。停電シナリオが示すように、事件の直後に公式の説明がなければ、その空白は敵対者の物語で埋まる。これは情報操作研究でいう「最初の説明が持つ優位」を、安全保障戦略の言葉で定式化したものと読める。第三に、強靭性と抑止の配分を、影響と確率の組み合わせに応じて変える処方を示したことである。
一方で、抑止がハイブリッド領域で実際に効くのかという核心の問いに、本書は実証的に答えていない。事例研究の曲線は様式化された仮説図であり、どの措置がどの作戦の頻度や強度を下げたのかを測る指標も示されていない。附属書には内部の緊張もある。第42項はAIによる作成の開示を条件にしているのに、第45項は検知されにくさを利点として挙げている。SNSサービスの停止や改変コンテンツの規制は、デジタルサービス法の文脈で議論されてきた表現の自由との調整に触れていない。編集上の不備も散見される。エスカレーションの図にカスケード効果の図と同じ題名が付き、HIOの定義文は途中で欠落し、事例研究3と4では図の題名と節の見出しが入れ替わっている。結論部は敵対者側の「内部圧力を緩和する」と本文と逆の趣旨で書かれ、附属書2の最終項目では事例が施策名と対応していない。骨格を損なうものではないが、引用時には原文の確認が要る。
本書は、欧州の政策コミュニティが「ハイブリッド戦争」という語を正式に採用し、強靭性中心の発想から能動的な抑止へと重心を移しつつあることを示す文書である。その意味では、提案の妥当性そのものよりも、EUの対ハイブリッド政策が今後どこへ向かうかを読み解く手がかりとして読む価値がある。

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