ウガンダ・カンパラを拠点とするフェミニスト系シビックテック団体Pollicyは2026年9月、報告書「The Cost of Candidacy: Cyclical Online Gendered Violence across Elections in Tanzania & Côte d’Ivoire」を公開した。著者はRashid KisejjereとBonnita Nyamwireで、同団体の「VOTE: Women」プロジェクトの成果物にあたる。2025年に大統領選挙を迎えたタンザニアとコートジボワールを対象に、政治に携わる女性(候補者、議員、閣僚、党幹部)と女性人権擁護者に向けられたオンライン上のジェンダーに基づく暴力(以下OGBV)を、1月1日から12月31日までの選挙サイクル全体にわたって追跡した調査である。10万件超のソーシャルメディア投稿の機械分類と、タンザニア16人・コートジボワール20人の女性を対象としたフォーカスグループ討議を組み合わせた混合研究法を採る。Pollicyはデータとテクノロジーを通じたアフリカの女性の権利擁護を掲げる団体であり、本報告書も政府・プラットフォーム・政党・市民社会・ドナー向けの提言で締めくくられるアドボカシー文書の性格を持つ。配布ページに資金提供者の記載はない。
報告書の位置づけと問題設定
本報告書はPollicyが継続してきたアフリカのOGBV研究の延長線上にある。2020年の「Alternate Realities, Alternate Internets」、2021年ウガンダ総選挙を対象とした「Amplified Abuse」、2023年の「Byte Bullies」は、いずれも政治に携わる女性が組織的・性的・評判毀損型の攻撃を受け、沈黙と信用失墜を強いられる構図を記録してきた。本報告書の貢献は、この分析枠組みを東アフリカのスワヒリ語圏と西アフリカのフランス語圏に広げた点に置かれている。背景の記述では、オンラインとオフラインの暴力が相互に誘発し合うこと、タンザニアの女性人権擁護者の実態調査で脅迫とデジタル嫌がらせが一体の暴力として現れていたこと、コートジボワールでも女性人権擁護者がオンライン・オフライン双方で標的化され孤立させられてきたことが整理される。そのうえで生成AIが合成コンテンツの制作コストと労力を引き下げ、拡散の速度と規模を増大させ、真偽の即時判別を困難にしたことで、被害者が虚偽の物語を否定する前に拡散が完了する状況が生まれたと位置づける。法制度については、各国政府が国内法整備や国際条約批准を進めながらも実施・執行・アクセスに大きな空白があり、共同体の司法制度が加害者側の利益を優先して正式な通報を抑制していると指摘する。
両国の2025年選挙はいずれも市民的空間の収縮のなかで行われた。タンザニアでは現職サミア・スルフ・ハッサン大統領の与党CCM(革命党)に対し、主要野党が実質的に排除された。コートジボワールではアラサン・ワタラ大統領が4期目を目指し、有力野党指導者が出馬資格を失った。報告書のOGBV分析は、こうした権威主義的傾向を強める選挙環境と切り離せない形で展開されている点に特徴がある。
調査設計:アカウント抽出、三期区分、三段構えの機械分類
アカウントの抽出は、主要な女性人権擁護者と女性政治家のアカウントを探索する関係者マッピングから始まった。続くフォーカスグループ討議で、コートジボワールではFacebook、タンザニアではInstagramが主要な利用基盤であることが確認され、両国のデータ収集の軸がここで決まった。政治家については公式に指名された候補者のアカウントを、人権擁護者については活発に運用されているアカウントを、X、Instagram、Facebook上で体系的に検索した。政治家の母集団は公開の議員名簿と政府の公式記録を基礎とし、コートジボワールでは2025年9月23日付の大統領府による政府構成名簿、タンザニアでは東アフリカ立法議会第5期の同国選出議員名簿が参照されている。候補アカウントは投稿内容、プロフィール画像、自己紹介文で本人性を確認し、さらに政府機関、政党、報道機関、テレビ局の公式ページのフォロー・フォロワー網をたどる雪だるま式抽出で補完した。主要政党のアカウントも選挙環境全体の文脈把握のために加えられている。最終的な監視対象は174アカウント(コートジボワール49、タンザニア120)で、政治家と人権擁護者がほぼ均等に配分されたとされる。収集対象は対象アカウントの投稿・ツイートと、それに付いたコメントおよび返信である。
期間設計は、両国の選挙日程のずれを利用した三期区分である。
| 区分 | 期間(2025年) | タンザニア | コートジボワール | 目的 |
|---|---|---|---|---|
| 第1期 | 1月1日〜6月30日 | 選挙前 | 選挙前 | 基準値の確立 |
| 第2期 | 7月1日〜10月1日 | 選挙期 | 選挙前 | タンザニアの選挙期の変化を捕捉 |
| 第3期 | 10月1日〜12月31日 | 選挙後 | 選挙期 | タンザニアの選挙後とコートジボワールの選挙期を並行観察 |
分析は三段構えである。第一段階でスワヒリ語とフランス語の投稿をすべて英語に翻訳した。第二段階の感情極性分析には、twitter-roberta-base-sentiment-latest、twitter-xlm-roberta-base-sentiment、sentiment-roberta-large-englishの3モデルを用いて各投稿を肯定・否定・中立に分類し、3モデルの予測を統合して最終判定とした。情動分析も同様に、emotion-english-distilroberta-base、distilbert-base-uncased-emotion、emotion-english-roberta-largeの3モデルで喜び、怒り、恐れ、悲しみ、驚き、嫌悪、愛情、中立の8区分に分類し統合した。第三段階のOGBV分類については既存の適合モデルが存在しないため、Googleのオープンソース大規模言語モデルGemma 3の最適化版に各カテゴリーの定義を与え、学習データなしで分類させるゼロショット分類を採用した。設定されたカテゴリーは、人格攻撃、強要・性的脅迫、ジェンダー侮蔑語、ネットストーキング・監視、個人情報暴露・身元攻撃、名誉毀損・評判攻撃、中立の7区分である。
攻撃の類型:人格攻撃の恒常的優位と合成画像
定量分析の第一の結果は、人格攻撃と侮辱が全期間を通じて最多の有害カテゴリーであり続けたことである。タンザニアのInstagramデータ(1〜7月)では、グラフ上で中立の返信が約2万2,500件に対し人格攻撃が約1,000件で、他の5カテゴリーはほぼゼロに張り付いている。報告書はこの人格攻撃の優位が三期すべてで一貫していたとする。コートジボワールのFacebookデータ(同期間)では非暴力的な返信が約4万5,000件と大半を占め、次いで侮辱(約2,700件)、ヘイトスピーチ、からかい目的の荒らし、風刺、個人情報暴露が続き、報告書本文は侮辱を最多、ヘイトスピーチと体型批判をそれに次ぐ類型として挙げる。報告書は、絶対数では祝福や支持の返信が多数派であるにもかかわらず、敵対的な投稿がどの監視期間にも途切れず存在したことをもって、敵意は散発的事象ではなくこの環境の構成要素であると結論づけている。具体例として、元大統領夫人で大統領候補となったシモーヌ・エイヴェ・バグボが2025年5月7日に政治集会「自由の祭典」第3回の告知画像を投稿した際、称賛の返信のなかに「不誠実な女」と決めつける返信が混じる画面が示される。タンザニアでは与党系女性政治家ジョカテ・ムウェゲロの2025年8月9日の投稿に、愚かな投稿をやめろと罵り、過去の芸能活動を性的に揶揄する返信が111件の「いいね」を集めていた例が挙げられている。
フォーカスグループ討議はこの類型を裏づけ、さらに深刻な事例を加えた。タンザニアでは16人中14人がInstagram、Facebook、TikTok、Xにまたがる嫌がらせを経験または目撃したと答え、体型への侮辱や婚姻状況への言及から、アカウント乗っ取り、なりすまし、AI生成のディープフェイク画像の作成・拡散までが報告された。ある参加者は、自分の写真の頭部を切り取り性的な画像に合成したものを母親に送りつけられた経験を語り、強いストレスから通報と支援要請に動いたと述べている。報告書はこれを、被害を本人の外側へ拡張する意図的な辱めの戦略と位置づける。コートジボワールでは、閣僚級の女性であっても言い間違い一つが数日にわたる嘲笑と大量の風刺画の制作・拡散を招くと語られ、「荒らしは言葉の間違いを待ち構えている」という証言が引かれている。
タンザニアのデータではネットストーキング・監視の類型も一定の比重を占め、報告書はこれをオフラインの威圧と結びつけて論じる。2025年6月20日、野党ACT-ワザレンド女性部議長のジャネス・リセは選挙集会で政府を批判した後に警察に拘束された(The Chanzo)。同年5月までにタンザニア通信規制庁(TCRA)はX、Clubhouse、Telegramへのアクセスを制限しており(Human Rights Watch)、報告書は政治活動と監視がアクセス可能なInstagramに集中した可能性を指摘する。2025年1月に拉致されたジャーナリストで人権擁護者のマリア・サルンギ・ツェハイは、拉致犯が彼女のソーシャルメディアアカウントへのアクセスを求めたと後に証言しており、報告書はこれらを根拠に、Instagramの可視化機能が監視と威圧の仕組みとして転用されたと結論づけている。
交差的ステレオタイプ:政策ではなく身体と家族役割が標的になる
報告書が両国に共通する核心的特徴とするのが、攻撃が政治的立場や政策ではなく、身体、性、婚姻状況、生殖役割、家父長的規範からの逸脱に向けられる点である。タンザニアの参加者は「マニフェストについてではなく、この女性の見た目についてコメントしている」と述べ、党内指名に名乗りを上げた候補者が頬の大きさや太っていることを揶揄された例を挙げた。子どものいない女性政治家に「政治よりも子どもを作る方法を探せ」と書き込まれた事例も記録されている。職業的に成功した女性には、働き者の女と結婚する男がいるのかと問う投稿が向けられた。年齢や親であるか否かといった属性ごとに攻撃の筋が仕立てられている点を、報告書は交差的な攻撃と呼ぶ。コートジボワールでは、攻撃は女性が公的役割で何を言い何をしたかよりも、外見、口調、恭順さといったジェンダー期待への適合度によって形づくられ、参加者は外見か、ひと言の失言を待って嘲笑する二つの型を挙げた。報告書はこれを単なる無礼ではなく、女性を政治的権威の主体から社会的監視の客体へと置き換える構造的な正統性剥奪の戦略と規定し、外見と話し方が政治空間に存在する資格そのものの代理指標として問われていると分析する。結論部では、同様の型がカメルーン、コンゴ民主共和国、セネガル、ウガンダの女性ジャーナリストや人権擁護者の事例とも一致するとして、OGBVを一国の政治文化ではなく地域的な家父長的規範の表出と捉えるべきだと主張している。
選挙サイクルの力学:量の増大、ハッシュタグの転用、政治的節目との同期
投稿量の推移は両国で対照的な形を描いた。グラフから読み取れる概数は次のとおりである。
| 国 | 選挙前(1〜7月) | 第2期(7〜10月) | 第3期(10〜12月) |
|---|---|---|---|
| タンザニア | 約2万4,000件 | 約7万3,000件(選挙期) | 1,323件(選挙後) |
| コートジボワール | 約5万件 | 8,654件(選挙前) | 約3万件(選挙期) |
タンザニアの選挙期の約7万3,000件は全調査期間で最大のデータ量であり、報告書は選挙前の約3倍、人格攻撃の総数も全期間で最多だったとする。日次の否定的投稿は選挙前日程に向けて増加し、350件を超える日も記録された。日次グラフでは最大の山が9月中旬に約375件、次の山が10月初旬に約335件に達している。コートジボワールでは年央の8,654件から、10月25日の大統領選挙と12月27日の議会選挙を含む第3期に約3万件へ増加した。肯定的感情が否定的感情を上回る状態は維持されたが、野党指導者の出馬排除、ワタラ大統領の4期目出馬をめぐる論争(Chatham House)、選挙関連の偽情報(AFP Factuel)、野党抗議への政府対応(CIVICUS Monitor)を軸に否定的言説が強まった。
量の変化以上に報告書が重視するのは、選挙期に攻撃の性質が変わる点である。タンザニアの参加者は、女性が女性政治家としてだけでなく、争点となる政治的立場や党派の代理として攻撃されるようになったと語った。象徴的なのが与党CCMの選挙ハッシュタグ「#OktobaTunatiki」(10月に投票用紙に印をつける、の意)で、参加者によればこのタグが現れる場所には必ずヘイトスピーチといじめがあり、野党寄りや改革志向の女性にとって敵対的な領域の目印と化していた。ハッシュタグ上位20件では#oktobatunatikiが約900件で突出し、#greenarmyoktobatunatiki、#kazinaututunasongambele、サミア大統領への支持を掲げる#weneedsamia2025などの与党系タグが並ぶ一方、野党の主張である#noreformsnoelectionや#reformkwanzaも同じ一覧に入っている。コートジボワールでは、国民統合と平和を訴える#MyCôte、#CivSolidaire、#TousSolidairesといったタグが、政治的不満を抱く利用者によって可視性確保のために使われ、市民的メッセージの流れのなかに敵対的・ジェンダー化された投稿が埋め込まれた。否定的返信に付いた上位10タグ(#CivSolidarite、#MyssBel、#Yopougon、#Mossikro、#DreamTogether、#Solidarité、#humanisme、#Ensemble、#CivSolidarites、#TousSolidaires)は選挙全体の会話を支配する政治的語彙と重なっており、報告書は選挙期の言説が市民参加とジェンダー化された敵意を分離せず織り合わせていると結論づける。
否定的感情の急増は、特定の政治的節目と時間的に対応していた。コートジボワールでは選挙前の2月下旬、3月下旬、5月中下旬に山が現れた。3月には25政党による「平和的政権交代連合」(CAP-CI)が結成され、民主党(PDCI)の大統領候補ティジャン・ティアムのフランス国籍問題が再燃した。3月20日に国籍放棄が官報で公表されて資格論争は形式上決着したが(FratMat)、「イボワリテ」(コートジボワール人性)をめぐる長年の身元論争が蘇り、同時期のデータで女性政治家への攻撃も増加した。最大の山は5月20〜21日で、AI生成コンテンツと流用映像によるクーデター発生の虚偽情報が広く拡散した局面である。独立系ファクトチェック(Disinfo Africa)はこの虚偽物語のクロスプラットフォームでの組織的増幅を明らかにしており、報告書のデータでは同じ局面で女性政治家への組織的なジェンダー攻撃と、女性政治家を標的にした政治色の強いハッシュタグの使用が急増していた。9月8日には憲法評議会が承認した5候補のなかにシモーヌ・エイヴェ・バグボとアンリエット・ラグー・アジュアの女性2人が含まれたが(AIP)、同日ティアムの出馬排除が確定し(Reuters)、抗議と逮捕が続く環境で、2人の可視性の上昇は分極化の頂点と重なった。タンザニアでは9月から10月初旬に否定的感情が最も集中した。最大野党CHADEMAは選挙行動規範への署名を拒否して失格となり、ACT-ワザレンドの大統領候補ルハガ・ムピナは繰り返し資格を剥奪された。選挙管理委員会が司法長官の異議を認めムピナを排除したのは9月15日であり(The Citizen)、日次グラフ最大の山とほぼ一致する。
組織性の兆候と選挙後の変容
報告書は、組織的な攻撃と自然発生的な敵意をデータ上で明確に区別できなかったと明記したうえで、フォーカスグループ討議から組織性の兆候を拾い上げている。タンザニアの参加者は、政治的ハッシュタグが特定の女性に一貫したメッセージで攻撃を集中させる匿名アカウント群の結集点になったと述べ、偽の大統領アカウント、信頼ある報道機関の画面を改変した偽スクリーンショット、AI生成コンテンツの横行を、敵意を押し上げた偽情報の生態系の一部として挙げた。一人の加害者が複数の偽アカウントを同時に運用する事例も語られ、ある参加者は6人に攻撃されていると思ったが実際は1人だったと証言している。コートジボワールでは5月のクーデター偽情報が匿名アカウントと陰謀論系アカウントによって増幅され、女性政治家へのジェンダー化された敵意が反政府言説のなかに埋め込まれた。支持者が応酬を過熱させ、標的の女性を避けようとしていた論争に引きずり込む現象も報告されている。
選挙後、タンザニアの投稿量は約7万3,000件から1,323件へと98%減少した。報告書はこれを有権者の政治的無関心ではなく国家主導のデジタル抑圧の結果と断じる。10月29日の投票日から11月3日まで政府は全国規模でインターネットを遮断し(Business and Human Rights Centre)、接続回復後もTCRAはソーシャルメディアとメッセージングサービスの制限を継続した。MetaはTCRAの要請に応じて複数のInstagramアカウントへのアクセスを制限したことを認め、マリア・サルンギ・ツェハイや選挙抗議を呼びかけた活動家マンゲ・キマンビら著名な女性批判者のアカウントが制限・削除された(BBC)。縮小したデータでも人格攻撃が最多の類型であり続け、少数ながらネットストーキングと身元攻撃が残存したことから、報告書はOGBVが選挙の瞬間に自然な終点を持たず、検閲体制下でも残留形態で続くと結論づける。コートジボワールでは12月27日の議会選挙で与党RHDP(ウフエ派民主平和連合)が255議席中197議席を獲得し(Anadolu)、オンライン動員が続いて女性にとって緊張した環境が大統領選後も維持された。報告書は三期を通じた軌跡を、選挙前と山場で激化し、選挙戦で政治的・組織的要素を吸収して性質を変え、選挙後は弱まりつつも形を変えて持続する弧として描く。
被害の帰結と制度的対応の空白
心理的影響について、タンザニアの参加者は自信と自尊心の明確な低下が職務と公的活動の遂行に直結したと語り、ある人権擁護者は虐待的投稿の量のためにプラットフォームから撤退するか活動を大幅に縮小したと述べた。写真を一枚投稿するだけで返ってくるコメントが割に合わない、という証言も引かれている。コートジボワールで聴取された精神保健の専門家は、身体的暴力は周囲に見えるため保護につながるが心理的暴力は見えないと述べ、被害を訴えても大したことではないと退けられるため多くの被害者が沈黙を選び、その沈黙が苦痛の継続にほかならないと指摘した。同専門家によれば、オンライン暴力の被害者が自立して機能できるまでに3週間から3か月の継続的な支援を要する場合がある。評判への影響では、ディープフェイク、改変画像、編集されたスクリーンショットが、捏造と判明した後も職業機会と人間関係を破壊するとタンザニアの参加者は語った。拡散の速さと訂正・削除の遅さの非対称性を、報告書は個々の攻撃の被害を増幅するオンライン環境の構造的特徴と位置づける。コートジボワールでは、悪意ある行為者が数週間かけて風刺画や侮蔑的画像を作り込み、広範な拡散と恒久的な記録を狙う例が語られた。加害者が見知らぬ他人に限られず、夫の友人や恋人の友人といった身近な人間関係の内部にいる事例も報告されている。
参加への影響として、タンザニアでは複数の参加者がInstagramなど特定のプラットフォームから離れる部分的撤退や、発言内容・自己呈示・話題を変える自己検閲を報告した。女性政治家への攻撃が可視化され、加害者が処罰されない状況そのものが、後に続こうとする女性を政治やアドボカシーの道から遠ざけているという指摘は、報告書がOGBVを現職者の離脱と新規参入者の抑止の双方に働く体系的な排除の仕組みと規定する根拠となっている。制度的対応については、タンザニアの標本で当局に通報したのは約20人に1人にとどまり、通報者も救済手段の認知不足、サイバー犯罪法の運用の弱さ、捜査・訴追能力の不足、匿名性による加害者特定の困難に直面した。コートジボワールでは既存のジェンダー暴力通報窓口にデジタル暴力の専門家がおらず、精神保健支援はWhatsAppとビデオ通話による非公式な形で提供されていた。報告書はこれを創意に富むが脆弱な代替手段と評している。
提言
提言は5つの主体に向けられている。
| 対象 | 主な提言 |
|---|---|
| 選挙管理機関・政府 | 指名・選挙戦・結果発表期の女性候補と人権擁護者のデジタル安全を選挙計画に組み込む。サイバー犯罪法を見直し、AI生成の非同意画像、個人情報暴露、組織的嫌がらせを明示的に規定する。選挙前後の通信遮断やアカウント制限を独立監督と比例性審査に付す。デジタル被害の訓練を受けた専任の通報窓口を設置する |
| プラットフォーム企業 | スワヒリ語・フランス語などの監視体制に投資する。選挙関連ハッシュタグに集まる組織的な不正行為を苦情待ちでなく能動的に検知する。AI生成の性的画像と合成偽情報の迅速削除手順を整備する。政府のアカウント制限要請を透明性報告で公開し、治安名目の制限とOGBV対策を区別できるようにする |
| 政党 | 党のハッシュタグや発信を対立候補へのジェンダー攻撃に使わせない行動規範を採択・執行する。女性候補・議員・職員に心理社会的・法的支援を制度化する |
| 女性の権利団体・市民社会 | 国をまたぎ選挙サイクル全体を通じた監視を継続・拡大する。心理社会的支援を公式化し、記録と通報の訓練を行う。女性の声を狙った通信遮断と政治的なアカウント制限を、国家が可能にするデジタル排除として独立に記録・提起する |
| ドナー・国際社会 | 選挙サイクル全体の複数国縦断監視と、スワヒリ語・フランス語の感情・情動・OGBV分類ツール開発に資金を投じる。通信遮断、プラットフォーム規制、サイバー犯罪法をめぐる政府との対話で女性の政治参加の保護を中核に据える |
データの読み方と方法論上の留意点
以下は本報告書の記述と図表を突き合わせた筆者の分析である。偽情報・情報操作研究の観点から最も示唆に富むのは三点ある。第一に、国民統合を訴える公式寄りのハッシュタグが攻撃の流通経路として転用された現象で、ハッシュタグ単位のモデレーションや可視性設計が、意図と逆方向に敵意の到達範囲を広げうることを示している。第二に、コートジボワールのクーデター偽情報の局面とジェンダー化された攻撃の急増が同期した点で、選挙偽情報とOGBVが別々の監視体制で扱われがちな現状に対し、両者を同一の時系列で観測する設計の有効性を示唆する。第三に、タンザニアで国家による遮断とMetaのアカウント制限が女性批判者の可視性を奪った事実を、報告書がOGBVと同じ排除の連続体に置いた点である。政府要請によるアカウント制限の透明化を「OGBV対策と取り違えないため」に求める提言は、偽情報対策を名目とするプラットフォーム介入が持つ両義性を正面から扱っている。
一方で、定量部分の解釈には次の留意が必要である。
| 論点 | 内容 |
|---|---|
| 期間区分と選挙日のずれ | タンザニアの投票日は10月29日だが、第2期(選挙期)は10月1日で終わる。投票日と通信遮断は「選挙後」に分類され、日次グラフも10月上旬で途切れている。第1期も表では1〜6月、図では1〜7月と記載が揺れる |
| 期間長の不均等 | 第1期は6〜7か月、第2・3期は約3か月である。概数から月平均を出すと、タンザニアは選挙前の月約4,000件から選挙期の月約2万4,000件へ約6倍で、報告書の「約3倍」は期間長の差を考慮していない。コートジボワールは総量では選挙前(約5万件)が最大で、月平均で比べると選挙期の増加は約1.2倍にとどまる |
| 数値の不整合 | 監視アカウント174は内訳(49+120=169)と合わない。選挙後の1,323件に対し、同時期の週次投稿グラフは週2,000〜1万件超を示す。投稿量比較図の説明文はコートジボワールの山を選挙後としているが、図では選挙前が最大である |
| 分類体系の不統一 | タンザニアは定義された7区分で分類されているが、コートジボワールの図は侮辱、荒らし、風刺、ヘイトスピーチなど別体系のラベルを用いており、両国の類型比較は厳密には成立しない。結果は件数のみで構成比は示されず、感情極性グラフの縦軸にも目盛り値がない |
| 否定的感情とOGBVの混同 | 時系列分析の指標は否定的感情の件数であり、OGBV分類ではない。主要政党のアカウントも標本に含まれるため、政治的節目に伴う否定的感情の急増には一般的な政権批判が含まれうる。政治的節目との同期は、ジェンダー化された攻撃そのものの同期を直接示すものではない |
| ハッシュタグ集計 | タンザニア上位20件には同一表記の#oktobatunatikiが2行に分かれて現れ、正規化の不備がうかがえる。コートジボワールの否定的返信上位10タグは8件がほぼ同数(約500件)に並び、収集上限による人工的な形状の可能性がある |
| 質的データの範囲 | フォーカスグループ討議は選挙前のみの実施で、選挙期と選挙後の主張は大半が定量データに依拠する。「約20人に1人が通報」は16人の標本では1人未満に相当する。情動分析は方法論で詳述されながら、結果がほとんど示されていない |
報告書自身も限界として、討議が選挙前に限られたこと、政治家と人権擁護者を単一標本として扱ったため選挙と連動しない人権擁護者への攻撃が見えにくいこと、英語翻訳を経たゼロショット分類がスワヒリ語とフランス語の文化的に特有な侮蔑表現を取りこぼした可能性を挙げている。多言語対応のtwitter-xlm-roberta-base-sentimentを採用しながら全文を英語に翻訳した点も、翻訳による希釈の影響を検証する機会を逃している。
それでも、選挙日程が約1か月ずれる二国を同一の1年間で並行観測し、選挙前・選挙期・選挙後の変化を一つの枠組みで捉えた設計は、単発の選挙監視報告が多いこの分野で希少である。報告書が中心課題として掲げる「パターンの予測可能性と予防的保護の不在との落差」は、時系列の山と政治的節目の対応という観察に支えられており、期間区分と集計の精度を高めた追試によって、選挙カレンダーを危険予測の地図として用いる実務的な監視設計へとつなげうる素材を提供している。

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