TikTokは、いまや政治的言論の主要な舞台のひとつになった。特に若年層において、ニュース消費と政治的自己表現の手段としての位置づけが急速に定着している。その一方で、性別に基づくオンライン暴力（OGBV）がTikTok上で構造的に拡大し、女性やジェンダーマイノリティの政治参加を実質的に抑制しているという実態が、ISD（Institute for Strategic Dialogue）の最新報告書「The ‘cost of doing politics’? Gendered abuse and digital platforms’ role in undermining democracy」（2025年5月19日に公開）で明らかになった。
「ただのコスト」になった暴力
報告書のタイトルは「The cost of doing politics?」。選挙に出る、政治的な発言をする、それだけで女性やジェンダーマイノリティは標的にされ、誹謗中傷・セクハラ・脅迫を受ける──それが「あたりまえ」とされる状況に対して、報告書は明確な疑義を突きつけている。2024年の欧州議会選挙では、女性議員の割合が45年ぶりに減少し、政治委員会での影響力も後退した。こうした構造の背景には、右派ポピュリズムと結びついた反ジェンダー運動のオンライン展開がある。
ISDの調査では、TikTok上の女性候補者は、男性候補よりも80%多くの有害コメントを受けていた。性的侮辱、暴力の示唆、ミスジェンダリングなどが頻出し、その多くはアルゴリズムによって拡散されやすい形に編集されている。中には男性候補自身のアカウントが、性差別的なコメントを温存・増幅させる場として機能していたケースもある。
アルゴリズムによる再生産と強化
TikTokの問題は投稿内容だけではない。検索アルゴリズムそのものが、性差別的・人種差別的なスラングを含む投稿を優先的に表示する傾向があることも明らかにされた。英語・ドイツ語・フランス語・ハンガリー語の4言語で検索テストを行った結果、いずれも女性を貶めるコンテンツが上位に表示された。
さらに問題なのは、TikTokが暴力的・違法な内容の削除にはある程度対応する一方で、性教育や性暴力サバイバー支援に関する合法的・教育的なコンテンツについては、過剰に削除・シャドウバンを行っている点である。たとえば「rape」という語を含む投稿は、自殺予防支援と同様の警告画面とともにブロックされるが、背景の文脈や投稿者の意図は考慮されない。これは表現の自由の問題であると同時に、性教育や支援情報へのアクセス格差を拡大させる構造でもある。
「レイプデー」デマが示した制度不全
報告書のなかでも象徴的に扱われているのが、2024年春に再燃した「National Rape Day」デマである。元々は2021年に英語圏で出回った、24時間だけ強姦が合法になるという完全に虚偽の情報だが、2024年にベルリンの州閣僚が公的に警告を発したことで再び拡散した。
この事例が示すのは、性別に基づく偽情報に対する制度的応答の脆弱性である。TikTokは該当の投稿を十分に検出できず、ハッシュタグの綴り違いや日付表記の差異を利用した回避行動を見逃していた。加えて、メディア報道もこのデマを助長するかたちで行われた。ドイツの一部メディアは、過去の事実確認や専門家コメントを欠いたまま「警告」の形で記事を出し、結果的に不安を煽る報道になっていた。
DSAの限界と監視の必要性
欧州では2024年にデジタルサービス法（DSA）が全面施行され、TikTokもその適用対象（VLOP）となっている。だが、報告書はTikTokがDSAの理念──とくに透明性や人権尊重──を十分に履行していないと指摘する。アルゴリズム設計におけるジェンダーバイアス、地域と言語に応じたモデレーション体制の格差、プラットフォームによるデータ提供の不備などが挙げられている。
たとえば、ハンガリー語話者向けのTikTokモデレーターは62名（310万人のユーザーに対して）であり、これは他の中欧諸国に比しても著しく少ない。このようなリソース配分の不均衡が、ユーザー保護の格差を生んでいる。
ジェンダーに基づく偽情報や暴力は、選挙の健全性を損なうだけでなく、民主主義の制度そのものを空洞化させる。報告書が示すのは、プラットフォームの設計思想と社会の「常識的ミソジニー」が接合することで、何が合法かではなく、何が強化され、何が抑圧されているのかという新たな視点である。オンライン空間における暴力のコストは、あまりにも安く、あまりにも多くのものを犠牲にしている。
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