ブリティッシュ・カウンシル(英国の文化外交・教育機関)が委託し、バルカン調査報道ネットワーク(BIRN)が実施した調査報告書『Next Generation What We Know: Mis/disinformation in the Western Balkans』(2026年4月)は、アルバニア・ボスニア・ヘルツェゴビナ・コソボ・モンテネグロ・北マケドニア・セルビアの西バルカン6か国(WB6)を対象に、18〜30歳の若者が日常的なプラットフォーム環境においていかに偽情報・誤情報を経験し、信頼性を判断し、行動するかを解明した一次調査研究である。報告書はブリティッシュ・カウンシルの「Next Generation」グローバル研究シリーズの一環として位置づけられており、委託主体が英国政府系文化機関であること、参加者が高学歴・市民活動参加者に偏る可能性があることは、読者が留意すべきバイアス条件として報告書自身が明示している。
調査の設計と方法論
本研究は質的混合手法を採用し、複数のデータ源を体系的に三角測量することで信頼性の構造を立体的に描き出す設計になっている。具体的には、フォーカスグループ討論(FGD)13件・124名の若者参加者、ソーシャルメディア日誌(SMD)67名、キー・インフォーマント・インタビュー(KII)48件(専門家48名、うち女性28名・男性20名)、そしてライト・ソーシャル・リスニング(LSL)から構成される。若者参加者の内訳は女性・女児109名、男性・男児50名、性別未記録1名で、全手法合計で160名の若者データが収集された。
分析の理論的骨格は「露出→判断→信頼→共有」という行動シーケンスモデルで、各段階で何が信頼判断に介入するかを追跡する。ATLAS.tiコードブックを用いた構造的コーディングを通じて、証拠間の収束は知見を強化し、乖離は「公開可視領域と半私的・私的空間で流通する情報の差異」として分析的意味を持つものとして扱われる。
重要な方法論的制約として、LSLは公開・検索可能なコンテンツのみを捕捉するため、メッセージングアプリや閉鎖グループといった半私的空間での情報流通を系統的に観察できない点が挙げられる。「コールド・スタート」アカウントでは国内の既知のページや人物が表示されにくく、若者が日常的に接触するローカルな信頼ネットワークが観察から抜け落ちる傾向があることも報告書は明示している。
WB6の情報環境:構造的前提
WB6全体を通じて、若者の情報環境は三つの重なり合う動態によって規定される。第一はプラットフォーム中心のニュース接触習慣であり、意図的なニュース探索ではなくレコメンデーション・リポスト・グループチャットを経由した受動的露出が支配的である。第二は脆弱で論争的なメディア生態系であり、政治的二極化・市場の脆弱性・低い職業的基準が重なって、到達するコンテンツとその解釈の両方に影響する。第三はメディア・情報リテラシー(MIL)提供の不均等さで、初期調査段階で「情報信頼性の評価に関して何らかの正規教育を受けた」と報告した若者は調査対象の40パーセント未満にとどまった。
国別の文脈差も大きい。アルバニアでは短尺動画・インフルエンサー主導の解説が支配的であり、近年はTikTok規制をめぐる公的議論が拡大している。ボスニア・ヘルツェゴビナでは教育ガバナンスの断片化が顕著で、MILカリキュラムのパイロット実施はサラエボ・カントン、ヘルツェゴビナ・ネレトヴァ・カントン、レプブリカ・スルプスカの30校に限定されている。モンテネグロでは2024年の若者調査においてメディア信頼を「完全または相当程度に信頼する」と答えた割合が15.8パーセントにとどまり、ViberをはじめとするメッセージングアプリがTVを凌駕する情報接触経路となっている。セルビアでは2024年のVibrant Information Barometer(IREX)が学生抗議者のIDの共有や活動家に対する監視・データ悪用事例を記録しており、情報環境が信頼を脅かすだけでなく安全を脅かす局面が報告されている。
7つの主要テーマ:信頼と検証の構造
報告書の中核をなす知見は7つの主要テーマとして整理される。テーマ間は独立した現象ではなく、一つのシステムとして作動している。
テーマ1:信頼は人を介して移動する(社会的証明がデフォルトの信頼性ショートカット)
若者は情報の信頼性を直接評価するのではなく、「誰が投稿したか」「誰がシェアしたか」を主要な信頼シグナルとして使用する。フォーカスグループでは「それを共有した人が誰かは私にとって非常に重要だ」(地域FGD)、「アルバニアでジャーナリストとして大きな影響力を持っているから、彼女を信頼する」(アルバニアFGD)といった証言が繰り返し現れた。SMDでは、ボスニア・ヘルツェゴビナの参加者がサッカークラブの公式ページに投稿されたリールをそれだけを理由に共有したこと、アルバニアの参加者がKlan TVの公式メディアページへの投稿を「公式ページだったから」という理由で信頼してコメントを開いたことが記録されている。
この「移転可能な信頼」は危険な構造的脆弱性を意味する。アカウント偽装、専門家風の外観、協調的エンゲージメント操作がいずれも「信頼を借用・模倣・スケール拡大」するメカニズムとして機能しうる。繰り返しが確認のように見える点も重要で、複数ページや複数アカウントに同一の主張が出現することが、実際には検証されていないにもかかわらず信頼性の証拠として受容される。
テーマ2:検証は労働であり、アウトソースされる(検証摩擦)
若者は「確認すべきだ」という規範を内面化しているが、実際の検証行動は選択的であり、個人的重要性・リスク感覚・不確実感のある場合にのみ発動する。ボスニア・ヘルツェゴビナの参加者は「重要かどうかで違う。国家や人生を左右するなら確認する。統計や面白い事実はそのまま流す」と述べ、モンテネグロの参加者は「重要でなければ放置し、重要なら他に送って確認してもらう」と証言した。コソボの参加者はTikTokで電力価格上昇の主張を見た際、「公式ソースがない」と感じ、地元ニュースサイトを確認してからシェアしないことにした事例が記録されている。一方でセルビアの参加者は、金価格の投稿はオンラインで確認してからシェアしたが、政治クリップは全体の動画を確認しないままフレンドに転送している。
検証のアウトソーシングは保護機能を持つが、同時に危険性も帯びる。信頼する相手が同一の認知バイアスを共有している場合、または繰り返しを確認と誤解する場合、アウトソーシングはむしろ誤情報拡散を加速する。
テーマ3:プラットフォームが「普通」を形成する(アルゴリズム増幅・インフルエンサー・コメント欄)
若者は露出を「自分に起きること」として経験している。特定のナラティブが繰り返し出現することで「どこにでもある」「避けられない」と感じられ、実際に事実確認をする前に「重要で現実的だ」という感覚が先行する。アルバニアのKII証言者は「アルゴリズムや高クリック数による押しつけ方で、若者は非自発的な傍観者になる」と指摘した。
コメント欄は信頼判断における二次的な意味生成空間として機能する。「多くの反応があると議論になり、私はコメントの性質も確認する」(アルバニアFGD)という証言がある一方で、「コメント欄が最悪だ。それでよりいっそう信頼できなくなる」(アルバニアFGD)という逆の機能も記録されている。アルバニアの参加者はTikTokで「緊急事態」を示す動画を見た後、コメントが確認してくれたと感じてアカウントと投稿主の情報を追加確認した事例をSMDに記録した。
広告・ペイドプロモーションの問題も顕在化している。ボスニア・ヘルツェゴビナの参加者は「インフルエンサーがメンタルヘルスについて話し始め、最後に広告と判明した。ラベルが貼られていなかった。それ以降、そのインフルエンサーを信じたくも見たくもなくなった」と述べており、ラベリング欠如が信頼を根本から破壊する構造が示されている。
テーマ4:シェアは必ずしも信念ではない(ユーモアと帰属感vs.増幅リスク)
若者は信じていないコンテンツをシェアすることが多い。ユーモア・グループ帰属感・アイデンティティ表示がシェアの動機となり、信念とは独立して増幅効果をもたらす。セルビアの参加者は親体制派タブロイドの見出しを「私たちが今度何を考え出したか見て」という形で「ブロッカー」グループチャットに送ると証言した。コソボの参加者は「家族には安全なニュースだけ送る。友人なら、真実でなくても疑わしくても、共通の興味によっては冗談として送るかもしれない」と述べた。モンテネグロのKII証言者はメカニズムを明示的に指摘する:「こういう偽情報は冗談として、笑いのために転送される。でもそれはやはりコンテンツ拡散に貢献していると思う」。
LSLはプラットフォーム固有フォーマット(ミーム・短尺クリップ・皮肉的コメンタリー)の可視性が高く、エンゲージメントを獲得しやすいことを確認している。こうしたフォーマットでは情報とエンターテインメントの境界が曖昧になり、露出時点での「真実ステータス」の判断が困難になる。
感情的過負荷から上流責任へ
テーマ5:情報が多すぎると感情的になる(過負荷と遮断)
高容量・高強度の情報環境は混乱・不安・消耗という感情反応を引き起こし、若者を遮断か過剰警戒かの二択に追い込む。ボスニア・ヘルツェゴビナの参加者は「全てが混乱している。誰を信じればいいかわからない。疲れ果てる」と述べ、北マケドニアの参加者は「疲れ果てる。ある時点で何が真実かを理解しようとすることをやめる」と証言した。アルバニアのKII証言者は過負荷と検証の関係を明確に結びつける:「若者は圧倒されている。1日に膨大な量の情報を消費するなら、見るもの全てをクロスチェック・ダブルチェックする時間もエネルギーも本当に見つけられない」。
遮断は個人レベルでの被害を軽減しうるが、集合的レベルでは重要情報の看過を招く。過剰警戒は認知疲弊と制度への不信をさらに深め、いずれも情報操作が付け込みやすい状態を作り出す。
テーマ6:上流で修正せよ(政策の欠陥・執行・メディア基準・プラットフォーム責任)
若者は偽情報の問題を個人のスキル不足ではなくシステムの欠陥として位置づける。ボスニア・ヘルツェゴビナの参加者は「説明責任がない。ポータルは好き勝手にやる。国は十分やっていない」と述べ、セルビアの参加者は「クリックを稼ぐものなら何でも公開し、誰も責任を取らない。誤りが証明されても削除されずにオンラインに残る」と断言した。北マケドニアの参加者は「機能する規制機関を通じた道だけが見える。センセーショナルなニュースの掲載を完全に防ぐか、少なくともメディアにおけるヘイトスピーチや暴力をこのレベルで止めるよう規制する」と主張した。
比較マトリクスでは、テーマ6「上流で修正せよ」がWB6全体で最も顕著なテーマであり、ボスニア・ヘルツェゴビナで48パーセント、コソボで46パーセント、北マケドニアで44パーセント、モンテネグロで43パーセント、アルバニアで39パーセントのコード引用シェアを示した。
テーマ7:メディアリテラシーはインフラである(世代を超えた能力)
若者はMILを一回限りの訓練ではなく、学校・家族・コミュニティを通じて時間をかけて培われる共有スキルとして捉えている。コソボの参加者は「『全てを信じるな』と言うだけでは不十分だ。何かが誤解を招いている理由を確認し理解する具体的な方法が必要だ」と述べた。北マケドニアでは若者が家族に誤情報の誤りを説明する立場に置かれており、「親が転送してくるので、その誤りを説明するのは私だ」という逆転したリテラシー格差が証言された。
副次テーマ:ナラティブ選択とAI真正性
2つの副次テーマは主要テーマほど一貫しては現れなかったが、情報環境の今後を見る上で重要な新興リスクを示す。
副次テーマ1:純粋な事実は存在しない――選択するナラティブがあるだけ
多くの若者にとって情報は「事実vs.虚偽」ではなく「競合するナラティブの中からどのフレーミングを信頼するか」という問題として経験される。地域FGDの証言者は「客観的な情報を信じない。純粋に事実のデータにアクセスできるとは思わない。全ては物語であり、問題は誰の解釈を受け入れるかだ」と述べた。この姿勢は相対主義ではなく、論争的な環境での実践的適応として理解される必要がある。しかし「誰の物語か」を問うことが「確認する必要はない」という結論に滑落するリスクも同時に存在する。
副次テーマ1はコソボ(21パーセント)とアルバニア(19パーセント)で特に顕著であり、政治的アイデンティティ問題・地政学的対立が日常的に情報解釈に干渉する環境との相関が示唆される。
副次テーマ2:AI真正性(真実性の混乱とシグナル)
合成・編集コンテンツが増加するにつれて、「見ることは信じること」という基本的な認識論的前提が崩れ始めている。ボスニア・ヘルツェゴビナの参加者は「最近AIコンテンツを認識することが難しくなっていて正直少し不安だ。特に動画では、どこまで進化しているか怖いほどだ。偽物かどうかわからない」と述べた。別の参加者は「SNSを情報収集には使わないが、ニュースが飛び込んでくる。そして人工知能の台頭で、見るニュース全てをすぐに疑うようになってしまった。100パーセント信じられず、何らかの制度的ポータルに行かなければならない」と証言した。
このテーマは各国データで4〜7パーセントと低い割合にとどまるが、報告書はこの値を過小評価と分析する。若者が「公式アカウント」や「友人が投稿した」という代理信頼をAIコンテンツに対しても使用し続けている事実は、AI普及によってプロキシ信頼メカニズムがより危険な形で機能することを示唆する。
国別比較と方法論的矛盾
比較マトリクスの分析から、6か国間で共通の圧力とショートカットが存在すると同時に、強調点の差異が確認される。アルバニアは競合ナラティブと真正性懸念が突出しており、低い制度的信頼と政治的二極化が情報解釈に深く介入する。ボスニア・ヘルツェゴビナはソース透明性シグナル(インプレッサム・オーナーシップ情報など)への依存と感情的疲弊が特徴的で、テーマ1(信頼は人を介して移動する)が35パーセント、テーマ7(MILインフラ)が38パーセントと全国中最高水準にある。コソボはプラットフォームダイナミクスとナラティブ競争を中心に、システム責任論が強く表れた。北マケドニアはアルゴリズム的「正規化」の感覚が最も顕著で、テーマ3(プラットフォームが普通を形成する)が20パーセントと最高値を記録した。モンテネグロは上流責任の枠組みが強く、検証よりもシステム批判として問題が語られる。セルビアは検証実践(検索・ソース比較)が比較的言語化されているが、ピア・ネットワークと上流責任への関心も高い。
方法論的な矛盾として最も一貫して現れたのは「規範と行動のギャップ」である。FGDとKIIでは確認を原則として語るが、SMDでは確認が選択的であり、個人的重要性・感情的不確実性・リスク感覚に依存している。この乖離は不誠実さではなく、日常的スクロール環境における時間・注意・感情的余裕との競合として理解すべき構造的現象である。コメント欄の二重機能(誤情報修正の場vs.敵意・二極化の増幅装置)も方法論的矛盾として記録されており、SMDはコメントが混乱・感情疲弊を引き起こす側面を、FGDが語る「クラウドソーシングによる修正機能」よりも頻繁に捕捉した。
含意と10の優先勧告
報告書はステークホルダー別の含意から10の優先勧告を導出する。勧告は即時対応(6〜12か月)・中期(12〜24か月)・構造改革(持続的投資)の三段階に分類される。
即時対応として、「信頼性シグナルリテラシー」の全ての若者向け支援・教育への統合(勧告1)、「感情が高まったら一時停止する」「行動・支払い・恐怖を要求したら確認する」「転送されたものは未検証として扱う」といった実践的な「if-then」ルーティンの普及(勧告2)、デジタルウェルビーイングを情報レジリエンスの一部として組み込む(勧告3)、そして30〜60秒のエクスプレイナー・ショートカルーセルといったプラットフォームネイティブな形式での質の高いメディアとファクトチェッカーの支援(勧告7)が挙げられる。
中期では、教師向けの継続的・モジュール型CPD(継続的専門能力開発)モデルの確立(勧告4)、メディアリテラシーを選択科目ではなく横断的批判的思考として教科横断的に埋め込む(勧告5)、早期教育・家族向け支援の拡充(勧告6)が求められる。
構造改革としては、増幅・コメント・広告透明性に関するプラットフォームアカウンタビリティの強化(勧告8)、一般ユーザーが理解できるアカウント統合性・出所シグナルへの投資(勧告9)、そして政治的濫用防止の保護措置を伴う透明性・執行・基準のための「上流パッケージ」の構築(勧告10)が位置づけられる。
報告書が一貫して強調するのは、「個人責任」を中心とする偽情報対策アプローチの限界である。信頼が社会的に形成される以上、介入は個人スキルの向上にとどまらず、信頼性シグナルの設計・情報の可視性・プラットフォームのインセンティブ構造という環境的条件そのものに向けられなければならない。西バルカンの若者が繰り返し「上流で修正せよ」と主張するとき、それはシステムへの依存ではなく、個人が負いきれない負荷の構造的な再分配要求として読まれるべきである。

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