英国主要紙にみるEV誤情報──需要低迷・充電不足・高価格という作られた物語

英国主要紙にみるEV誤情報──需要低迷・充電不足・高価格という作られた物語 偽情報の拡散

 オックスフォード大学スミス校の研究者サイモン・コックスにより2025年8月に公開された報告書「New analysis finds widespread misinformation around EVs in UK newspapers」は、2024年前半に発行された英国の主要全国紙の記事を精査し、電気自動車(EV)に関する誤情報がどのように現れているかを分析したものだ。対象はテレグラフ、タイムズ、デイリー・メール、ファイナンシャル・タイムズ、エクスプレス、サン、インディペンデント、ガーディアン、ミラーとその日曜版で、見出しに「EV」あるいは「Electric Vehicle」が含まれる448本を網羅している。記事を一つずつ人の手で読み込み、事実と照合して分類した結果、記事全体の25%に少なくとも一件の誤情報が含まれていた。これは単なる誤記ではなく、記事のテーマそのものが誤解を生みやすい形で提示されていたことを意味する。とくにタイムズは記事の半数以上(52%)に誤情報が確認され、テレグラフ(39%)、メール(36%)と続いた。記事数で見るとテレグラフが最多で44本、逆にガーディアンは9%と最も低く、新聞ごとの立場の違いがくっきりと浮かび上がった。


需要は「落ちていない」のに「危機」と描かれる

 最も目立ったのは「需要が落ちている」という物語である。サンは「No one wants an EV(誰も欲しがらない)」と見出しを打ち、ミラーは「The electric car market in this country is in real jeopardy(英国のEV市場は危機的状況にある)」と報じた。こうした記事は市場の崩壊を印象づけるが、実際には2024年前半の販売台数は前年より増えていた。確かに成長率は鈍化していたが、台数そのものは伸びている。にもかかわらず「誰も買っていない」「売れ行きが止まった」という言葉が紙面を飾ることで、読者には「人気がなくなった」という強い印象が残る。

 問題はこのような言説が市場心理に作用する点だ。消費者は「周りが買っていないなら自分もやめておこう」と考えやすい。「需要が冷え込んでいる」という誤情報が繰り返されると、本当に需要が減少するという自己実現的な予言が働く可能性がある。販売台数という客観的データと、新聞が作り出す「誰も欲しがらない」という物語との乖離は、誤情報が現実の市場行動に影響を与える危険を象徴している。


「充電不足」の危機感を煽る記事

 充電インフラに関する記事も繰り返し登場した。デイリー・メールは「Electric car revolution at crisis point due to charging point shortage(充電不足でEV革命は危機的状況)」と報じ、テレグラフやエクスプレスでも「充電ポイント不足」を危機として語る記事が目立った。こうした言説は「EVを買っても使えないのでは」という不安を直感的に与える。

 しかし現実には、英国の公共充電器数は2023年から24年にかけて49%増加していた。高速道路や都市部を中心に整備が進み、特に急速充電器の設置数は大幅に伸びていた。もちろん地方の一部では利用しにくい地域が残っていたが、それを全国規模の「危機」と一般化するのは事実を大きく歪めるものだ。利用者の個別体験や局所的な課題を切り出し、全体像を描き変えることで「EVは不便」という印象を強めている。


「高すぎる」という一面的な論調

 価格に関する記事も多く、エクスプレスは「Electric cars are unaffordable – they’re just not affordable for most people(電気自動車は庶民には手が届かない)」と断じていた。確かに新車の購入価格はガソリン車より高いが、維持費や燃料費はEVの方が安く、税制優遇措置もある。さらに中古市場ではすでに価格がガソリン車と同等まで下がっている例も多い。

 記事はこうした点に触れず、購入時の価格だけを抜き出して「庶民には買えない」と一面的に結論づけていた。読者は「やはり自分には無理だ」と思い込みやすくなり、普及の障害となる。ここでも「部分的に正しい事実」を「全体の真実」にすり替える手法が使われていた。


オピニオン欄だけでなくニュース記事にも

 誤情報が特に多かったのは社説やコラムで、63%が少なくとも一件の誤情報を含んでいた。意見欄では編集方針に基づいた強い言葉が使われやすいことを考えれば予想できる結果だ。しかし深刻なのはニュース記事にも誤情報が入り込んでいた点である。タイムズやテレグラフ、メールでは報道記事の体裁をとりながら「需要低迷」「高価格」「充電不足」といった誤った物語を繰り返していた。

 ガーディアンは誤情報率が9%と低く、インディペンデントやミラーは肯定的な記事が多かった。新聞ごとにEVへの立場が鮮明に分かれており、読者がどの新聞を読むかによって得る印象が大きく異なることがわかる。


中国をめぐる強調された脅威

 記事全体の約4割は中国に言及していた。「中国政府の補助金でメーカーが不当な優位を得ている」「安価な中国製EVが欧州の自動車産業を壊滅させる」といった論調が繰り返され、とくにテレグラフやファイナンシャル・タイムズで多かった。経済的脅威としての中国が強調される一方で、「中国製EVがスパイ活動に使われる」といった安全保障上の懸念も一部で語られた。ただし数としては少数であり、主流はあくまで経済面の恐怖を強調する言説だった。

 このように、中国に関する報道は「誤情報」と断定できるわけではないが、危機感を強調する語り口が目立った。EVが単なる技術や環境問題の対象ではなく、国際政治や産業保護の文脈で語られることが多くなっていることを示している。


焦点の変化──環境から市場へ

 過去の報道では「EVは本当に環境に良いのか」という論点が頻繁に取り上げられていた。しかし今回の調査対象となった2024年前半の記事では、環境に関する批判はほとんど姿を消していた。その代わりに前面に出ていたのは「需要低迷」「高価格」「充電不足」といった市場や利用者の負担に関する話題である。EVの環境的メリットはもはや大きな争点ではなくなり、普及を妨げる物語が新しい形にシフトしている。

 この変化は偶然ではない。EVが一定の普及を進め、環境的に有効だという認識が広がるなかで、環境論争では読者の関心を引きにくくなった。そこで批判の焦点が「日常生活の不便さ」「家計への負担」といった身近な不安に移っている。誤情報は社会心理の弱点を突き、時代とともにその形を変えているのである。


まとめ

 この調査は、英国の新聞がEVをめぐってどのように誤情報や偏った物語を繰り返しているかを定量的に示した。とりわけ「需要が落ちている」という誤情報は、実際のデータと乖離していながら人々の perception を左右し、本当に需要を冷え込ませる危険を持っている。充電不足や高価格といった論点も、部分的事実を一般化して不安を煽る典型的な例だった。

 新聞ごとにEVへの態度は大きく異なり、タイムズ、テレグラフ、メールは否定的で誤情報も多く、ガーディアンやインディペンデントは肯定的な傾向が強い。加えて、中国をめぐる経済的脅威が大きく取り上げられ、EVが国際政治の題材として扱われていることも特徴的だった。

 EV報道の焦点は環境から市場へと移り、誤情報は形を変えながら普及を妨げる役割を果たしている。こうした言説の構造を明らかにしたことが、この報告書の大きな意義である。

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