Novact「Why Do We Believe Lies?」:チュニジアで偽情報が“現実の力”を獲得する仕組み

Novact「Why Do We Believe Lies?」:チュニジアで偽情報が“現実の力”を獲得する仕組み 民主主義

 Novact Institute for Nonviolence は、紛争地での非暴力介入・人権保護・市民社会強化を専門とする組織であり、偽情報を「民主的統治と社会的結束を破壊する暴力の一形態」として扱う立場を持つ。Novact のレポート「WHY DO WE BELIEVE LIES? RETHINKING PEACEBUILDING IN THE DIGITAL AGE」は、チュニジアで起きている偽情報の生成と拡散を、心理・社会・デジタル環境・政治・制度といった複数の側面から立体的に描いている。単なる事例集ではなく、情報がどのように作られ、意味付けされ、政治や制度に浸透していくのかを、観察された具体的プロセスに沿って示した点に特徴がある。

偽情報を受け入れる“土壌”:認知・社会・プラットフォーム

 レポートはまず、人が偽情報を受け入れてしまう背景にある心理と社会の構造を扱う。確認バイアスはチュニジアの政治的対立と結び付いており、治安・移民・宗教などの争点では、もともと信じたい方向へ情報を選び取り、反証を跳ね返す動きが強い。利用可能性ヒューリスティックは、外国で撮影された治安映像が何度も再投稿されることで、それが“自国の日常”であるかのように知覚される現象として説明される。怒りや恐怖といった感情は、理性的な判断よりも先に行動や判断を促すため、感情刺激が強い投稿ほど情報としての扱いが雑になりやすい。

 社会的要因も重なる。地域格差、宗教と世俗の緊張、ジェンダー対立などの背景は、「敵を想定した物語」を受け入れやすい土台となる。女性活動家へのオンライン攻撃、サハラ以南出身者への偏見が増幅する場面などはその典型例だ。さらに、政治的エコーチェンバーが強固で、似た立場の投稿ばかりが表示される環境では、異なる視点が最初から視界に入らなくなる。

 デジタル環境では、Facebook が主要な情報経路になっていること、ダリジャ方言に既存のモデレーションが追いつかないこと、TikTok では黒背景や白字・緊迫したBGMが“暴露の雰囲気”を作り出すことなどが、拡散の加速要因として示されている。アルゴリズムが“エンゲージメントの高い投稿”を優先する構造は、心理と社会的要因を増幅する働きを持つ。

ナラティブが成立する瞬間:三つの事例から見る変化のプロセス

 レポートの中核には、チュニジア特有の偽情報がどのように生成され、複数の主体を経て社会的影響を持つに至ったかを示す三つの事例が置かれている。

「70万人移民」ナラティブの生成と定着

 最も象徴的な例は、「チュニジアには70万人のサハラ以南移民がいる」という虚構の人口数字が、複数の媒体を経て社会的前提に変化した過程である。最初に数字の萌芽が現れたのはTikTokで、外国で撮影された移民の映像に「危機をメディアが隠している」と字幕が付けられた短い動画だった。この段階では数字は存在しない。しかし、コメント欄では「何万人来ているのか」という声が多く、数字の“需要”がすでに形成されていたとレポートは指摘する。

 数字を供給したのは、次の段階で登場する匿名のナショナリスト系Facebookページ群である。“Protect Tunisia”“Tunisia First”といった複数のページが、ほぼ同一の文体・同じ絵文字・同じ構文で「70万人」という数字を提示した。投稿のタイミングも24〜48時間の範囲で揃っており、Novactはこれを「単一運用者によるテンプレート投稿」と見ている。

 数字はTikTokインフルエンサー層によって“確定情報”のように扱われる動画へと変換され、黒背景・白文字・緊迫した音楽を用いた視覚演出で“暴露された真実”の形を取る。数字の出所は語られないまま、政府が隠している“事実”という枠組みが強調された。その後、複数の政治家が議会で数字を引用し、テレビ討論番組や新聞記事がこれを前提として議論を進めた。Falso による公的統計を使った反証が出ても、ナラティブは実質的に変化しなかった。レポートは、数字そのものよりも、「数字を支える物語」の方が維持されると結論づけている。

Operation Carthage:形を変える政治影響工作

 次の事例は、Facebook が削除した UReputation 関連アカウント群、いわゆるOperation Carthage である。これはチュニジア国内の政治だけでなく、複数のアフリカ諸国の選挙案件を同じアカウント群が扱っていた点で特徴的だ。偽ニュースサイトは地元メディアの形式を模しつつ、記事の構成や文体がどれも同じで、写真は他国メディアから加工したものが使われていた。プロフィール写真もフリー素材の使い回しが多く、複数ページで同一文面の投稿が時間差で行われるなど、テンプレートと自動化を思わせるパターンが多く見られた。

 レポートはこれを「政治的信念ではなく、外注可能なサービス産業としての影響工作」と位置づける。投稿の内容は国によって異なるが、運用方法とテンプレートは変わらず、業務として複数の政治キャンペーンが処理されている点に注目している。

医療分野のディープフェイク:専門知が標的となるとき

 三つ目の事例は、医師 Moncef Hamdoun を模したディープフェイクである。医療制度の中心人物が薬の危険性を訴えているかのように見える動画が出回り、医師会が正式に注意喚起を行った。粗造な動画であっても、専門家の権威が攻撃対象として利用されることで、医療情報や制度全体への不信につながるとレポートは警告する。政治領域に限らず、専門職への信頼が偽情報攻撃の焦点になることで、市民の判断基盤が揺らぎやすくなるという点が強調されている。

偽情報対策が“逆流”する危険性:法制度と運用の問題

 チュニジアでの制度的対応として取り上げられるのが、Decree-Law 54 をはじめとするオンライン規制である。本来は偽情報対策のために設計されたはずの法律が、実際にはジャーナリストや活動家の逮捕根拠になっており、“偽情報の抑制”ではなく“言論の抑制”として機能しているとレポートは指摘する。これは、世界的に広がる「フェイクニュース」概念の曖昧さが、行政の裁量を大きくし、濫用を招く典型例として位置づけられている。

 同時に、サイバー犯罪対策が監視やアクセス遮断といった強硬手段と結び付き、脆弱な人々に負担を集中させている点も問題視される。法制度が不透明で広範なまま運用されると、偽情報対策の名の下に公共空間の自由が損なわれ、情報そのものへの信頼が低下する危険がある。

対策の焦点:検知・対応・教育・市民社会

 レポートの後半では、偽情報に対する取り組みを、検知・対応・教育・制度の四つの領域に整理している。ナラティブの早期検知やファクトチェックの常設化は、個々の投稿ではなく“物語構造”を把握するために必要とされる。対応では、プラットフォームとの協力やコミュニティへの警告、暴力リスクの高いナラティブへの早期介入などが挙げられる。

 教育では、心理的免疫(prebunking)を中心とするアプローチが紹介され、学校教育や大学の情報リテラシー活動が例示される。市民社会については、監視対象ではなく“情報空間の共同管理者”としての役割が強調され、Falso のようなローカル組織が恒常的に監視と検証を行う体制の重要性が示される。

おわりに:偽情報は社会の“構造的リスク”である

 レポート全体が伝えているのは、偽情報が単なる嘘や誤解ではなく、心理・社会・デジタル・政治・制度が絡む複合的な現象であり、社会の信頼や対話の前提を揺るがす“構造的リスク”だということだ。チュニジアの事例はその縮図として扱われ、数字や映像がナラティブを作り、それが政治家や法律と結び付き、社会の前提に変化していく過程が丁寧に描かれている。偽情報への対策は単発の削除や反証ではなく、教育・制度・市民社会を含む多層的な取り組みが求められることを、報告書は一貫して主張している。

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