フランスが築いた「検閲産業複合体」――歴史と現在の制度的構造

フランスが築いた「検閲産業複合体」――歴史と現在の制度的構造 言論の自由

 2025年9月に公表されたレポート『How France Invented the Censorship Industrial Complex』(パスカル・クレロット、トーマス・ファッツィ)は、フランスにおける言論統制の仕組みを歴史的にたどり、現代に至るまでの制度的な積み重ねを明らかにしている。特に注目されるのは、いわゆる「Twitter Files – France」と呼ばれる内部資料を通じて、フランス政府、司法、そして国家と結びついたNGOがどのようにSNS企業に圧力をかけ、言論を管理してきたかを具体的に示している点である。

大統領による直接介入

 レポートで最初に取り上げられるのは、マクロン大統領自身がTwitterのCEOジャック・ドーシーに直接電話しようとした件である。表向きは「選挙の公正を守るための協力を求める」という趣旨だったが、外交慣例では通常、大使館や総領事を通じて公式文書で伝えるのが筋だ。にもかかわらず、マクロンはドーシー個人の携帯番号を執拗に探し求めていた。これは国家元首が企業経営者に私的な影響力を及ぼそうとした例として異例であり、Twitter内部でも懸念が共有されていた。

NGOを通じた法的圧力

 フランスの言論規制の特徴は、国家が直接規制するのではなく、NGOに「告発権限」を与え、彼らを通じて圧力をかける仕組みにある。ユダヤ人学生連合(UEJF)、SOS Racisme、SOS Homophobieなどは、被害者本人が訴えなくても「社会的利益」を代表して訴訟を起こすことができる。彼らはTwitterを相手取り「削除が不十分だ」「アルゴリズムの情報を開示せよ」と要求し、裁判所を通じて圧力を加えた。こうした訴訟のタイミングは、新たなヘイト規制法案(アヴィア法)の審議と一致しており、政治的目的と連動していたことが内部文書から判明している。

ミス・フランス事件

 具体的な事例として、2020年のミス・フランス準優勝者アプリル・ベナユムが反ユダヤ的中傷を受けた事件がある。本人と複数のNGOがTwitterに対して訴訟を起こし、アカウント情報の開示を要求した。裁判所は一部の情報開示を命じたが、最終的には和解となった。このケースは「人権保護」という正当な理由のもとで、プラットフォームに広範な内部情報開示を迫ることが可能であると示した先例となり、その後の訴訟の土台となった。

CEOを被告に仕立てる

 さらに司法は、Twitter FranceのCEOダミアン・ヴィエルを「ユーザーデータを提出しなかった」として刑事訴追した。しかし実際にはデータ管理はアイルランド法人が担っており、フランス法人のCEOには権限がなかった。結果は無罪となったものの、現地責任者を直接被告に立てるという手法自体が強い威嚇効果を持った。このやり方は後に、テレグラム創業者のパヴェル・デュロフの逮捕や、イーロン・マスクに対する訴追の可能性へとつながっていく。

歴史に根付いた制度

 こうした現代の事例は、長い歴史的蓄積の上にある。フランスでは中世からソルボンヌ神学部が出版物を検閲し、王政期や革命期も言論統制が繰り返された。1881年のプレス自由法で事前検閲は廃止されたが、名誉毀損などを刑事罰として残した。1972年のプレヴァン法では特定NGOに刑事告発権を与え、1990年のゲソ法ではホロコースト否認を犯罪化し、司法が歴史的解釈を裁定する道を開いた。これらの仕組みはEUのデジタルサービス法に盛り込まれた「信頼される通報者」制度の原型となっている。

国家とメディアの共依存

 国家による統制は法廷だけでなく、メディア構造にも及んでいる。公共放送は国内最大の規模を誇り、民間メディアも富豪オーナーの所有に集中しているが、その多くが国家との契約や規制に依存している。新聞業界は売上の3分の1を補助金に頼り、記者証は国家の承認なしには得られない。フリーランスは制度的に排除され、報道の多様性は見かけほど存在しない。国家とメディアの共依存関係が、批判的な報道の余地を狭めている。

VIGINUMと国際政治への波及

 2021年に設立された政府機関VIGINUMは、表向きは外国からの情報操作を監視する機関とされる。だが2024年のルーマニア大統領選挙では、TikTokで人気を集めた候補の支持拡大を「ロシアの影響」と断定し、選挙結果に影響を与える形で機能した。国外干渉対策を名目にしながら、実際にはEU域内の政治に介入するツールとなり得ることを示している。

子ども保護を口実にした規制拡大

 さらに、15歳未満のSNS利用禁止といった「子ども保護」の名目で、全ユーザーの年齢確認と実名確認を義務づける動きがある。EUのデジタルIDと連動することで匿名性は排除され、ARCOMによる国家基準のアルゴリズムがプラットフォームに強制される可能性もある。これは事実上、発言の事前検閲を自動化する仕組みに繋がりかねない。


結論

 このレポートが示すのは、フランスにおける検閲が単なる一時的な過剰反応ではなく、数世紀にわたる制度的積み重ねによって形成されてきたという点である。国家はNGOや司法を活用して「民営化された検閲」を進め、メディア構造を通じて情報空間全体を管理してきた。Twitter Files – Franceはその現代的な現れに過ぎない。フランスが構築した仕組みは今やEUの規制にも組み込まれ、表現の自由をめぐるヨーロッパの現実を理解する上で欠かせない素材となっている。

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