欧州委員会が2025年9月に発表した「戦略的先見レポート2025」は、2040年に向けた「レジリエンス2.0」の構想を提示している。ここで注目すべきは、従来なら気候危機や安全保障といった物理的課題が中心だった枠組みの中に、偽情報(disinformation)と情報操作が同列に据えられている点だ。これは、EUが偽情報を単なる通信の問題ではなく、社会の安定と民主主義そのものを揺るがす「構造的リスク」と認識したことを示している。
危機管理の対象に「情報環境」が入った
レポートの核心は「危機を耐えるだけでなく、変革を通じて前に進む」というレジリエンス2.0の概念だ。そこに含まれる脅威は、戦争、エネルギー依存、気候変動などに加えて、民主主義への圧力としての偽情報である。EUはすでに複数の加盟国で選挙干渉や偽情報キャンペーンが現実化していることを踏まえ、これを放置すれば他のすべての危機対応が空洞化すると見ている。つまり「情報環境を守ること」が危機管理の対象に正式に組み込まれたのである。
偽情報の「乗数効果」
興味深いのは、偽情報が他の課題を増幅させる力として描かれていることだ。気候変動対策に対する不信を煽る偽情報、移民や安全保障に関する誤情報、AIやテクノロジーへの恐怖を利用した操作——これらは単独で存在するのではなく、他の政策分野を歪め、社会の分断を深める。EUはこの「乗数効果」を危険視し、レジリエンス強化の中心に据えている。
提示される対応策
レポートの第3部「行動領域」では、民主主義の基盤強化の文脈で偽情報対策が具体的に列挙される。
- メディア・デジタルリテラシー教育:特に若年層を対象に、情報耐性を高める。
- 独立した情報エコシステムの支援:信頼できる報道と検証の仕組みを強化する。
- SNSやAIアルゴリズムへの対応:分断を助長する仕組みを抑制し、透明性を高める。
- FIMI対策の制度化:外国からの影響工作に対抗するためのEUレベルのツールボックスを整備する。
これらは断片的な施策ではなく、「レジリエンス2.0」の枠組みの中で、民主主義を守る根幹的な要素として位置づけられている。
偽情報の「格上げ」が意味するもの
EUはこのレポートを通じて、偽情報を「社会の外側からのノイズ」ではなく、「民主主義国家を揺さぶる戦略的な脅威」と定義した。気候危機や軍事リスクと同じ地平に置かれたことで、今後の制度設計や資源配分においても偽情報対策が優先課題となることは避けられない。言い換えれば、EUにとって「偽情報に強い社会を作ること」が、エネルギー自立や防衛力強化と同等の意味を持つ政策課題になったのである。
このレポートを読む上で重要なのは、そこに書かれた具体的な施策そのものよりも、偽情報がEUの戦略的世界観の中でどの位置に置かれたかという点である。レジリエンス2.0という未来構想において、偽情報は社会の弱点を突く「増幅器」として扱われ、その制御がヨーロッパの持続性を決める要素になっている。
 
  
  
  
  

コメント
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