世界社会報告2025――社会的不安と信頼低下の時代に、偽情報はどう位置付けられているか

世界社会報告2025――社会的不安と信頼低下の時代に、偽情報はどう位置付けられているか。 偽情報対策全般

 2025年4月に発表された『World Social Report』は、国連経済社会局(DESA)と国連大学世界開発経済研究所(UNU-WIDER)が共同でまとめた、社会開発に関する主要なフラッグシップレポートである。本レポートは、現代社会が直面する深刻な課題――「不安定さ」「格差」「信頼の低下」――を三位一体の問題として捉え、それらが相互に影響しあいながら、持続可能な開発目標(SDGs)の達成を妨げる「悪循環」を形成していることを指摘している。

 この分析は、単なる貧困や不平等の議論を超え、社会の土台そのものが脆弱化していることを明確に示す。レポートは、こうした背景のもとで新たな社会契約を模索し、来たる第2回世界社会開発サミットに向けた政策議論を促進しようとしている。


レポート全体の大枠

『World Social Report 2025』は二部構成で展開されている。

  • 第1部では、パンデミック、紛争、気候変動災害といったショックにより、人々の間に深い不安が広がり、経済的・社会的格差が拡大し、さらに社会への信頼が急速に失われている現状を詳述している。ギャラップの調査データでは、世界人口の60%が自らを「苦しんでいる(struggling)」と感じていると報告されており、これが不満や社会的不安の温床となっている。
  • 第2部では、こうした三重の危機に対応するには、単なる技術的・経済的施策では不十分であり、社会的包摂、正義、連帯に基づく新しい制度設計が不可欠であると論じる。

偽情報の位置付け

 このレポートにおいて、偽情報や誤情報は単なる副次的な問題ではない。社会的不安と信頼低下を加速させる中心的要素として、明確に位置付けられている。

 特に強調されているのは次の点である。

  • デジタル環境の変容
    SNSなどのプラットフォームが、センセーショナルなコンテンツに注目を集める仕組みを持つため、偽情報や極端な意見が拡散しやすくなっている。これは、単なる個人の情報選別ミスではなく、構造的に偽情報が拡がりやすい設計に起因している​。
  • 社会分断の促進
    「エコーチェンバー」や「フィルターバブル」により、異なる立場や世界観を持つ人々の間で共通理解が築かれにくくなり、対話の断絶と敵対化が進んでいる。
  • 実例に見る影響
    偽情報による社会的影響は、すでに現実の暴力と混乱に結びついている。たとえば、
    • アメリカ合衆国議会襲撃事件(2021年1月6日)では、選挙結果に関する虚偽情報が暴力行為を扇動した。
    • COVID-19インフォデミックでは、ワクチンに関する偽情報が世界各地でワクチン忌避や公衆衛生上の混乱を引き起こした。
    • インドでは、SNS上の偽情報が自警団暴力やリンチ事件に直結した事例が報告されている。

レポートが提案する対応策

 レポートは、偽情報問題に対して多層的な対応を求めている。

  • 国際協調による対応枠組みの強化
    国連加盟国が策定を進めている「未来のための協定(Pact for the Future)」では、偽情報・誤情報・ヘイトスピーチへの国際的対応の重要性が明記されている。
  • プラットフォーム規制
    EUのデジタルサービス法(DSA, 2022年施行)を例に挙げ、プラットフォーム企業にコンテンツモデレーション義務と透明性報告義務を課すことが、透明で責任ある情報空間を作るために不可欠であるとする。
  • メディアリテラシー教育の推進
    フィンランドの国家プログラムが紹介され、教育カリキュラムの中で情報の批判的評価能力を育成する試みが、社会全体の耐性を高める好例とされている。
  • 公共メディアと独立メディアの支援
    信頼できる情報源の持続的提供を支えるため、国家レベルで公共メディアや独立系メディアの保護・育成が重要とされる。

まとめ

 『World Social Report 2025』は、偽情報を単なる情報管理上の問題ではなく、現代社会の不安定化と信頼喪失を加速させる構造的要因として捉えている。しかも、偽情報問題は国家単位の対応ではもはや限界があり、制度設計・教育・国際協力の三本柱による総合的な戦略が不可欠であることを明確に提示している。

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