Pop Fascism──デジタル時代に再構成されるファシズムの記憶

Pop Fascism──デジタル時代に再構成されるファシズムの記憶 偽情報の拡散

 2025年にEuropean Digital Media Observatory(EDMO)が紹介した報告書「Pop Fascism: Rewriting History in the Digital Age」は、偽情報の研究史における重要な転換点を示す調査である。
 スペインのMaldita.esとイタリアのFactaがJournalismfund Europeの支援を受けて行った共同調査は、6〜9月の4か月間にわたり、主要SNS上で拡散する500件以上の投稿を収集・分類し、そこに現れる「ファシズムの再ポップ化」現象を分析した。

 調査の出発点にあるのは、次の問いである。

なぜフランコやムッソリーニ、ヒトラーのような人物が、21世紀のソーシャルメディアで“懐かしさ”や“ジョーク”の対象として再登場しているのか。

 報告書は、これを単なる極右運動の再燃とは見なさず、文化的記憶の再構成とナラティブ操作の問題として扱った。偽情報を“誤った事実の流布”ではなく、“歴史を感情的に再編集する構造”として分析している点にこの調査の意義がある。


調査設計とデータ構成──ファシズムの痕跡をどう検出するか

 Maldita.esとFactaのチームは、Facebook、Instagram、TikTok、Telegram、X(旧Twitter)、YouTubeを対象に、ファシズム的記号・懐古的言説・独裁者称揚表現を含む投稿を収集した。収集対象は、

  1. 映像・音楽(例:ムッソリーニの演説映像に流行曲を重ねる動画)
  2. ミーム(フランコやヒトラーの肖像をジョーク化した画像)
  3. 象徴・絵文字・ハッシュタグ(⚡️、✋、#CAFEなど)
  4. 引用・懐古表現(「昔の方が秩序があった」「列車が定時に走った」など)

という多層的なメディア素材であった。
 投稿は機械的収集ではなく、言語・文化的コンテクストを理解できる調査員が手作業でコード化した。これは単なるファクトチェックではなく、文化的符号の解読作業であり、データ分析というよりも社会言語学的・メディア人類学的な調査に近い。


三段階モデル──「正常化・受容・崇拝」の回路

 報告書は、観察された現象を「Normalisation(正常化)」「Acceptance(受容)」「Idolisation(崇拝)」という三段階モデルで整理する。
 第一段階では、独裁者やその象徴をミームとして“軽く”扱い、政治的意味を脱色する。笑いや風刺、あるいは“ネタ”として流通する段階だ。
 第二段階では、懐古的言説が付随し、独裁期を「秩序」「安定」「道徳」といった肯定的価値の源泉として語るようになる。
 第三段階では、独裁者やファシスト的シンボルが“カルト的アイコン”として再神格化される。

 TikTok上では、若年層ユーザーが「#MussoliniWasRight(ムッソリーニは正しかった)」のハッシュタグを含む動画を「面白い歴史ネタ」として共有するケースが報告された。これは思想の宣伝ではなく、参加型娯楽としての歴史改編である。
 報告書の分析によれば、SNSでは“政治的内容の可視性を抑えた投稿ほど拡散されやすい”傾向があり、ファシズムがジョークやノスタルジーとして提示されることで、最も効率的に正常化される。


言語と記号のコード化──検閲回避と内輪的共感の両立

 この現象のもう一つの特徴は、コード化された言語(coded language)の使用である。たとえば、ファランヘ党(Franco体制下の国粋主義政党)を「CAFE(Camarada Arriba Falange Española)」と略記したり、⚡️⚡️⚡️(SSの稲妻)や✋(ファシスト式敬礼)などの絵文字を用いて仲間内で合図を送る。これらは自動検出システムでは無害な記号として認識されるが、文脈を共有する者にとっては明確な政治的シグナルになる。

 報告書はこれを“デジタル時代のドッグホイッスル”と位置づけ、こうした言語化の手法が規制回避の技術であると同時に、共犯的共同体の構築装置であることを指摘する。つまり、SNS上のファシズム的言説は単に発信されるのではなく、暗号的言語によって「理解できる者だけが笑う」閉鎖的文化圏を形成している。これがネットワークの凝集性を高め、偽情報拡散の“共感的加速装置”として機能している。


懐古の装いによる歴史の上書き

 特筆すべきは、これらの投稿がしばしば「事実を否定」するのではなく、「感情を上書き」する形で歴史を改変している点である。「フランコ時代には治安が良かった」「ムッソリーニ政権は近代化を進めた」といった表現は、事実誤認の訂正では対処できない。報告書は、この種の懐古的言説を「エモーショナル・ディスインフォメーション」と呼び、ファクトチェックの外側にある現象として位置づける。

 ここでは、暴力や抑圧の記憶は“郷愁的イメージ”に包摂され、負の歴史は「懐かしい時代の記号」へと変換される。たとえば、ヒトラー時代の映像にローファイ音楽を重ねたTikTok動画や、ムッソリーニの演説をリズムネタとして使うリミックスがこれに当たる。ユーザーはそれを「面白い歴史再現」として共有し、知らず知らずのうちに暴力の美学化と歴史の脱政治化に加担している。


手法上の革新──マルチモーダル分析としての意義

 Maldita.esはこの調査で、テキスト分析を超え、画像・音声・音楽・絵文字を同時に扱う多モーダル分析を導入した。各投稿について、視覚記号・音響要素・キャプション・コメントの連関を評価し、感情的トーンと拡散パターンを定量化している。その結果、懐古的・ジョーク的トーンを持つ投稿ほど高いエンゲージメントを得やすい傾向が確認された。

この発見は、偽情報研究にとって決定的である。従来のファクトチェックは言語モデルを中心に行われてきたが、SNSでは意味の大半が音楽・映像・感情反応の層で生成されている。ポップ・ファシズムは、まさにこの“非言語的層”で拡散するナラティブ操作であり、報告書は「デジタル時代の偽情報を理解するには、感情の物質化を分析単位に含めなければならない」と警告している。


歴史の政治とアルゴリズム──文化としての偽情報

 報告書が到達した結論は、ファシズムが政治的運動としてではなく、文化的コンテンツとして再生産されているという点にある。SNSのアルゴリズムは「反応率」を最優先するため、怒りや笑い、郷愁といった強い感情を喚起する投稿が拡散されやすい。その結果、ファシズム的美学が「懐古」「風刺」「トレンド」として最適化され、記憶の層に刻み込まれていく。
 報告書はこれを「アルゴリズムによる記憶の経済化」と呼び、現代の情報空間における“歴史の戦場”は教育でも政治でもなく、文化的消費の領域にあると指摘する。


独自の分析──ポップ化と偽情報技術の交差点

 この報告書の重要性は、政治学よりもむしろ情報技術と文化記憶の交差点を可視化した点にある。「ポップ・ファシズム」は、情報操作技術が進化する中で、思想ではなく“空気”として偽情報を浸透させる新たな形態である。従来のプロパガンダが命令・スローガン・宣言を通じて動員を試みたのに対し、現代の偽情報は、音楽・ジョーク・ファッションといった“楽しさ”を媒介にして態度を形成する。

 この構造は、人工知能によるコンテンツ生成とも親和的である。生成AIが再利用する文化素材の多くは、既にポップ化された歴史的記号であり、その再生産がさらに曖昧な懐古を加速させる。
したがって、ファシズム的美学の再生産は人間の意図を超えた“文化的自動化”の過程にあると言える。この観点から見ると、報告書が扱う現象は、単なる右派運動の復活ではなく、情報空間が自己言及的に記憶を再構成していく構造の実例である。


日本における同型現象──昭和ノスタルジーと「軽い記憶」

日本でも、戦前・戦中期の文化資産を「懐かしい昭和レトロ」として消費する動きは広く見られる。軍歌や国威発揚ポスターが美術的文脈で再利用される例や、戦時広告を「デザインが良い」とする再評価は、直接的な政治的意図を持たないまま、暴力の記憶を脱政治化する点で構造的に類似している。SNSでは、戦闘機や軍服を「美しい造形」として扱う投稿も多く、そこに「正義」「規律」「誇り」といった感情が付与されると、記憶の再構成は完成する。
 つまり、報告書が指摘した「軽やかさを媒介にした歴史改編」は、欧州に限らず普遍的なメディア現象である。


結論──偽情報を文化として読む

 報告書の結論は次の一文に集約される。

「ポップ・ファシズムとは、過去の暴力を美学と娯楽の中に封じ込め、記憶の再構成を通じて社会の価値基盤を再編する戦略的プロセスである。」

 この言葉が示すのは、偽情報を“政治的介入”ではなく、“文化的習慣”として読む必要性である。現代の歴史改編は、思想の対立ではなく、アルゴリズムと感情の相互作用として進行している。その中で問われるべきは、事実の真偽よりも、なぜ人々がその物語を心地よいと感じるのかという感情の構造である。

 ポップ・ファシズムは、過去の暴力を忘却させるのではなく、それを「共有可能なノスタルジー」として再利用する。それがもたらす最大の危険は、歴史がもはや“記憶”ではなく、“娯楽”として扱われることにある。偽情報研究が次に向き合うべき課題は、この文化的無意識の層をどう解析し、どう対抗しうるか、という点にある。

コメント

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