米州機構(OAS)の下部組織である米州女性委員会(CIM)が2025年12月に実務ガイド『Responding to Gendered Disinformation: A Practical Guide』を公表した。総括責任は米州女性委員会事務局長Alejandra Mora Mora、調整は米州女性委員会のHilary AndersonとFlavia Tello、執筆はSandra Chaher(「平等のためのコミュニケーション」市民団体、米州女性委員会/米州機構コンサルタント)と明記される。偽情報一般の概念整理を踏まえたうえで、ジェンダー化された偽情報が、女性・性的少数者(LGBTIQ+)・それらの権利アジェンダを標的化する際に現れる具体的な手口と被害を、演習と事例で腹落ちさせ、最後に「対応のための10の戦略」に落とし込む構成を採る。
文書の設計思想
このガイドの特徴は、抽象概念の解説で終わらない点にある。第1章で「情報障害」を、意図・真偽・文脈の扱いで切り分ける。第2章で「ジェンダー化された偽情報」が、単なる虚偽の流通ではなく、沈黙化(発言を萎縮させること)・脅し・名誉毀損・性的侮辱・脅迫・個人情報晒し・生成系AIによる偽造など、デジタル空間のジェンダー暴力やヘイトスピーチと結節する現象であることを、例と演習で識別作法として教える。第3章で、現場が使える行動単位の手順(教育・分析・検証・記録・応答判断・連帯・対抗ナラティブ・通報・啓発・政策提言)を10項目に固定し、読者が「次に何をするか」を決められる状態にする。概念は行為の入口、事例は判断基準の訓練装置、10項目は実装のチェックリストとして設計されている。
第1章:偽情報を「意図」と「文脈」で分解する
誤情報・偽情報・悪意ある情報の悪用
ガイドはまず、偽情報を「虚偽かどうか」だけで捉えると現場で事故ることを押し出す。核になる区別は三つで、(1)誤情報=虚偽だが害意を伴わず拡散される、(2)偽情報=虚偽であることを知りつつ、社会的害を狙って流通させる、(3)悪意ある情報の悪用=事実に基づくが、文脈操作や暴露によって害を狙う、という整理だ。ガイドは表と具体例をセットで出す。たとえば健康領域では「ジンジャーティーで新型コロナが消える」といった“新発見”型の虚偽、政治領域では「反対派が票箱を盗んだ、画像が証拠だ」というが実は別国の画像、災害領域では「政府がカテゴリー5ハリケーンを隠している」など、真偽と意図の絡み方が異なる例を並べる。さらに「悪意ある情報の悪用」の例として、実在の会話スクリーンショットの流出で政治家の評判を傷つける、同意なき親密画像の公開で脅迫する、実住所や電話番号の晒しで危害を誘発する、といった「事実の暴力化」を具体的に描写する。ここは後のジェンダー領域の章にそのまま接続する布石になっている。
陰謀論を隣接領域として扱う
ガイドは陰謀論を、出来事が「強力な勢力に秘密裏に操作されている」という信念として定義し、典型例として「地球平面説」「HIV/エイズ研究所起源説」「大置換理論」を提示し、それぞれが科学・教育への不信、脆弱コミュニティの烙印、暴力の正当化につながる点を危険性として併記する。陰謀論を“笑い話”にせず、ヘイトや暴力の回路として位置づけることで、第2章の「ジェンダー化された偽情報=権利アジェンダに対する政治的攻撃」という理解が準備される。
「ネット以前」から「ネット以後」へ:増幅機構としてのプラットフォーム
ガイドは「偽情報はインターネットで生まれたのか?」という問いに対し、歴史的には新しくないが、技術と流通チャネルが規模を変えたと答える。象徴例として、古代ローマでオクタウィアヌスがマルクス・アントニウスを「女好き・酔っぱらい・クレオパトラの操り人形」と描く短句を硬貨に刻んだキャンペーン(紀元前44年)を出し、印刷機の登場(1450年)が増幅の転機であること、20世紀の「宇宙戦争」ラジオドラマ(1938年)やナチス・ドイツの反ユダヤ・プロパガンダ(1939–45年)などを並べる。歴史例は「同型の権力技術」が媒体の変化で再出現することを示す役割を持つ。
行為者と目的:「稼げる産業」としての偽情報
行為者は国家に限定されず、政党、企業、宗教指導者、著名人、インフルエンサー等が含まれるとし、動機は政治・イデオロギー・商業・私怨など多層だとする。特に強調されるのは「注意経済」で、プラットフォームは滞在時間とクリックを最大化するためにデータを収集し広告を売る。情報が豊富になるほど「注意」が希少資源になるという定式化を引用し、偽情報の拡散がビジネスモデルと結びつくことを論理の中心に置く。さらに偽情報に関わる役割を、意図的に害を作る者、信念的に担う者、欺いて稼ぐ者、遊びで作る者、知らずに拡散する者、と分解し、現場の「相手が誰か」を見誤らないようにする。
共有してしまう理由:感情と認知の作動条件
誤情報が起きる理由として、(1)偽情報だと気づかない、(2)不安や恐怖が強く何でも共有して感情を鎮めようとする、(3)家族や大切な人を守るつもりで“知識”として渡す、(4)周囲とつながりたい、(5)理解しにくい出来事の説明を求める、といった動機を列挙する。そのうえで認知の歪みを四つに絞る。反復による真実味、処理のしやすさ(単純で画像が付くほど真実に見えやすい)、動機づけられた推論、確証バイアス。ここは「検証技術の不足」以前に「共有衝動の発火条件」がある、という問題設定で、第3章の「啓発」や「対抗ナラティブ」に直結する。最後に、共有前チェックとして「元ソースを確認できるか」「信頼できる媒体か」「画像の加工や文脈外しはないか」「強い感情に訴えていないか」「既存信念をなでていないか」という問いを提示し、個人行動の入口を作る。
7類型と戦術:偽情報の「かたち」を先に覚えさせる
ガイドは偽情報の類型を7つ(風刺・パロディ、誤解を誘う内容、なりすまし、捏造、見出しだけで誤認させる釣り、文脈偽装、加工)として定義し、続いて戦術として、偽の人格やサイトで信用を作る、生成系AIで偽映像等の「超偽造」を作る、不正アカウントで同文大量投稿して支持があるように見せる、疑う者を侮辱して黙らせる、相手の立場を歪めて攻撃する、論点ずらし、陰謀論の発明・拡張などを挙げる。ここで重要なのは「真偽判定」より先に「構造を見抜く語彙」を与えることだ。第2章では、同じ型が「性別役割・家族観・暴力否認・性的スキャンダル」といった内容をまとって現れるため、型を先に持っていると内容の刺激に引きずられにくい。
情報エコシステム:責任主体を一箇所に固定しない
ガイドは情報エコシステムを「人・実践・価値・技術が社会文化政治経済の文脈で構成されるシステム」と定義し、プラットフォームのバイラル機構や注意経済だけでなく、伝統メディアが無批判な増幅器・正当化装置になりうる点を明示する。政治家等の高露出者、一般ユーザー、公開フィードから個別メッセージやメール等の私的チャネルまでを含む“群衆化”が、デジタルを越えて実害に接続することも描く。対策を「プラットフォーム規制」か「個人のリテラシー」かに二分せず、複数主体の連動として扱うのが、この章の底流にある。
第2章:ジェンダー化された偽情報を「沈黙化の技術」として具体例で捉える
定義:標的・アジェンダ・差分的影響
ガイドは、ジェンダー化された偽情報には統一された定義がないと断りつつ、女性とジェンダー非同調者の自由な表現を沈黙させる戦略として注目されている、と位置づける。標的は(1)女性、(2)LGBTIQ+集団、(3)それらのアジェンダ。特徴は、攻撃が対象のジェンダー属性に結びつき、影響も差分的に生じる点だ。さらに攻撃はしばしば交差性を持ち、とりわけ人種化に結びつく攻撃が強調されるとする。ここで「個人の誹謗中傷」ではなく、権利アジェンダと民主主義の基盤(自由な討議)への攻撃として扱う論理が確定する。
典型例:政策争点に直結する虚偽の言い回し
ガイドは、典型的な虚偽の“言い回し”を複数提示して、読者に「この種の虚偽は見たことがある」と認知させる。たとえば「ジェンダー暴力の通報の80%は虚偽だ」という数字の嘘に対し、ラテンアメリカの公式統計では虚偽通報は例外的で0.1%〜7%の範囲だと反証を置く。「フェミニストが性行為に書面同意を要求している」といったミーム型の歪曲に対し、同意をめぐる議論の誤表象だと位置づける。「新しいフェミニスト法で、女性の言葉だけで男が投獄される」式の立法デマに対しては、調査開始のための初期判断と、有罪認定のための証拠要件を混同させる典型として説明する。「同性婚合法化は、養子を虐待するための抜け道だ」という恐怖喚起に対しては、性的指向と児童虐待の関連は研究で支持されないと反論を置く。「学校で彼ら/彼女らといった代名詞の使用を強制し、従わないと停学」式の制度デマについて、包摂言語の議論は存在しても法的義務や処罰は存在しない、と整理する。これらの例は「性教育」「同性婚」「ジェンダー暴力」「同意」といった政策争点を直撃しており、偽情報は女性個人の名誉毀損にとどまらず、政策形成の前提を壊す。
デジタル空間のジェンダー暴力・ヘイトとの重なり:演習で識別させる
ガイドの中核的教材が、ジェンダー化された偽情報/デジタル空間のジェンダー暴力/ヘイトスピーチが「同時に起きる」「境界が曖昧になる」現実を、行為列で分類させる演習である。列挙される行為は、求められない性的画像を含む私的メッセージの拡散、女性の写真や投稿への侮辱的コメント、フェミニスト活動家の住所・電話番号等の公開、女性の顔を使った性的状況の偽動画で屈辱や恐喝、ジャーナリストやフェミニスト指導者を貶める噂・偽ニュース・攻撃ミーム、親密画像公開を盾にした脅迫、ジェンダー暴力の否認や通報虚偽化、学校の性教育が早期性行為を促すという主張、「フェミニストは死ね」の類の投稿、抗議に参加する女性への暴行扇動、「息子が同性愛者なら殺す」といった発言、トランス排除の扇動、女性への攻撃を組織化する呼びかけ、女性殺害やレイプの正当化等である。さらに解答キーが示され、同じ攻撃でもカテゴリが違うこと、また複合することを読者に学習させる。現場が「単なる意見」「冗談」「誇張」として見逃しがちなものを、権利と安全の枠に移す訓練になっている。
家父長制の維持、政治的結集装置としての女性嫌悪
ガイドは、ジェンダー化された偽情報とデジタル空間のジェンダー暴力を「家父長制的現状を再生産する戦略」と捉える。権威主義的リーダーが女性嫌悪を政治的結集装置として用い、女性や脆弱集団の権利前進に脅威や排除感を抱く層を結びつける、という図式を紹介する。批判回避のための「ジェンダー配慮のふり(女性に優しいふりをするが実態が伴わない)」にも触れ、攻撃が単発の炎上ではなく政治的機能を持つことを示す。ここで「悪意ある創造性」という概念が出てくる。暗号化された言葉、反復ミーム、文脈依存の含意が、検知とモデレーションを難しくする、という問題設定である。
生成系AI:偽造の低コスト化と差別バイアスの再生産
生成系AIは二重に危険だと整理される。第一に、学習データが既存の差別的情報に満ちており、アルゴリズムの設計産業自体も男性偏重であるため、性差別が構造的に再生産されやすい。第二に、偽映像のように、女性を圧倒的多数としてポルノ的偽造が作られ、名誉毀損や恐喝に使われる。ここは「AIが嘘を作る」という一般論ではなく、差別バイアスの供給、偽造の低コスト化、性的脅迫との結合という因果の鎖で描かれる。
背後にあるジェンダー・バイアスの類型
ガイドは、ジェンダー化された偽情報の語りが、性別役割や家族観に根差した偏見で構築されることを明示し、代表的偏見をいくつかの型に整理する。たとえば反フェミニズムでは、フェミニズムを男性・家族・社会への脅威と描く(「女性だけの利益」「割当制は男性差別」)。伝統家族と自然な性別役割では、ジェンダー政策や家族多様性が価値観を壊すという主張を動員する(「家族を脅かす」「国際目標が伝統破壊の陰謀」)。女性リーダーへの偏見としては「信用できない」「能力がない」「知性が低い」「感じが悪い」「性的に貶める」といった型が示され、「隠れた意図がある」「割当のおかげ」「仕事が理解できない」「冷たい・攻撃的」「身体でのし上がった」といった典型句が並ぶ。これに「ジェンダー暴力否認」――「暴力は存在しない/多くは虚偽通報」――が加わり、政策議論と人格攻撃が同一の回路で回ることが可視化される。
表現の自由と知る権利への影響
ガイドは、ジェンダー化された偽情報が当事者の表現を萎縮させ、政治参加を抑制し、市民の知る権利を損なう、という筋道で影響を描く。特に選挙期には、女性政治家が政策提案を語る時間が圧縮され、攻撃対応に資源を奪われる。結果として、女性の政治的・社会的リーダーシップの参入コストが男性より高くなり、参加自体が抑制される。さらに、性教育や生殖の権利などのアジェンダが公共討議から引き剥がされ、政策の後退や制度の弱体化につながる。ここではラテンアメリカで、性と生殖に関わる権利擁護者が「家族の敵」「洗脳者」「逸脱の促進者」と呼ばれて攻撃され、脅迫や個人情報晒しが伴い、ジャーナリストが大量攻撃と殺害脅迫でアカウント閉鎖に追い込まれる、といった描写が置かれる。
政策と制度への影響:担い手を標的にして実装を止める
ジェンダー化された偽情報は、政策内容の歪曲(平等賃金や性教育や生殖医療等の目的を「子どもへの害」「社会秩序破壊」にすり替える)と、担い手への人格攻撃(性的スキャンダル化や無能化)を組み合わせることで、立法・実装・継続を阻害する。ガイドは象徴事例として、緊急避妊へのアクセスを保障する公衆衛生政策を承認した女性国家元首が、保守勢力から「違法」「不道徳」と虚偽主張され、加工画像や宗教的扇動、実装妨害の呼びかけで政治的正統性を傷つけられたケースを描く。性教育や被害者支援の手順を推進する女性閣僚が「未成年洗脳」「イデオロギー押し付け」とされ、立法後退・検閲・辞任に追い込まれることがある、とする。ここは「女性個人の被害」ではなく「政策の運命」を動かす手段として偽情報が使われる、という観察である。
同一政策を7類型で攻撃する表
第2章の終盤で、ガイドは第1章の7類型を再利用し、象徴ケースとして「女性議員が公務部門の同一労働同一賃金法案を提出した」状況を設定する。そこに対して、風刺で「男も給料をもらうのに許可が必要になる」とする、誤解を誘う内容で「女性だけ高給にする提案だ」と目的を隠す、なりすまし媒体で偽ロゴの見出し「男の給料の20%を奪って女に渡す」を流す、捏造で「秘密計画」や偽文書を作る、釣りで煽りタイトルだけを拡散させる、文脈偽装で別国別年の抗議動画を“現行の反発”として流す、加工でインタビュー編集により過激派化する、といった形で、同じ政策を別々の型で攻撃できることを表で示す。現場の注意を「相手の言っていること」ではなく「どう歪めているか」に固定する教材である。
第3章:10の戦略――対応を手順に固定する
ガイドの価値は、10項目を抽象標語で終わらせず、各項目に「何を観察し」「どう判断し」「何を実行するか」を書き分けている点にある。以下、10項目をガイドの語彙と具体物を保ったまま整理する。
1 学ぶ(自己教育=自己防衛の基盤)
デジタル環境が生活に溶け込み、現実と仮想の境界が曖昧になるなかで、批判的で意識的な視線を鍛える必要があるという立場から出発する。中核は情報・メディア・リテラシーで、ニュースの生産・流通過程を理解し、虚偽や操作を識別し、表現の自由と信頼できる情報へのアクセスといったデジタル権利を理解することが目的とされる。とりわけ権利擁護者や活動家、女性リーダーは頻繁な標的であるため、教育は「声を守る」機能を持つ。講座受講、学びの共有、学校教育への早期導入を推奨する。
2 分析する(反射行動を止める)
ショッキングな大文字見出しや感嘆符、強い感情(憤怒・恐怖・嫌悪)を誘発する語彙に警戒し、文脈全体を探す。目的とバイアスを読む(情報提供か操作か、嘲笑・差別・貶めのトーンか、誰を失脚させたいのか)。証拠があるか、意見だけか(匿名情報・根拠薄弱の言い回しに注意)。加えてジェンダー化された偽情報に特有の分析項目として、動機(標的・利益・想定受け手)、加害者のタイプ(匿名の個人か、嫌がらせ集団か、組織的キャンペーンか)、応答すべきか無視すべきか(安全と心身の負担も含む)、通報が必要か、を含める。結論は「疑わしければ拡散しない」に収束する。
3 検証する(技術的に切る)
大量の偽情報に対し、検証だけで十分な効果が出るとは限らないという限界を認めつつ、政治家や政策決定者の説明責任において不可欠だと位置づける。実務的チェックとして、URLの精読(模倣に注意)、媒体・組織の信頼性確認、複数の信頼媒体での一致確認、誤字脱字や不自然なデザイン、画像・動画の加工/文脈外し/生成物の可能性、日付・時系列の改竄、引用される「専門家」の資格の妥当性、風刺との判別などを列挙する。削除されたページの確認手段にも言及する。
4 記録する(後から争える形にする)
攻撃は削除されやすく、後追いで証拠が消えるため、記録が最初の防衛線になる。スクリーンショットやダウンロードで、投稿文、投稿者、日時、プラットフォーム、URLを保存する。証拠確保の前に通報してアクセスを失わないよう注意を促す。さらに、インシデント台帳(頻度・トピック・プラットフォーム)の作成、拡散経路の復元、アクターと増幅器の同定、パターン分析、カテゴリ判定(偽情報/デジタル空間のジェンダー暴力/ヘイトの複合)、深刻度とリスク評価、攻撃者ネットワークの把握を挙げ、記録が次の防衛と介入の資産になるとする。
5 応答を選ぶ(露出と消耗の管理)
無自覚に加担する人がいる前提に立ち、露出するか無視するかの判断を求める。露出する場合、「真実→嘘の指摘と反証→真実の再提示」という枠組みを提示し、嘘の再拡散を避ける工夫(リンクの再掲を避け、必要ならスクリーンショット等)を推奨する。組織や同盟者の支持声明を添えて、反証の到達を確保することにも触れる。他方で加害者ネットワークの暴露は、相手の知名度を上げたり反撃を招くリスクがあるため、利害を比較し、拡散が不可避になった場合に限るといった抑制条件が付く。監視と応答は消耗するため、休息や支援の手順を組み込む必要も書かれる。
6 連帯する(単独で返さない構造を作る)
攻撃が協調的に増幅されるなら、応答も協調で返すべきだという原理で、オンライン・コミュニティの形成、多部門連携による監視・応答・支援、女性やフェミニストのジャーナリズムの支援、デジタル安全の共同研修、肯定的価値を可視化する表現活動などを挙げる。「一人で応答しない」「あなたは一人ではない」といった短文例も置かれ、心理的支援が実務の一部として扱われる。
7 対抗ナラティブと代替ナラティブを作る(二層化)
特定の偽情報や攻撃に即応する短期の対抗と、人権と平等の観点から論点の見取り図自体を作り替える長期の代替を区別する。簡潔で理解しやすい語りほど信頼されやすいという性質を踏まえ、側の言説が難解になりがちな弱点を戦略変数にする。反証データの準備、被害の実例ストーリー、教育素材、連携先(メディアや発信者)の同定など、具体の設計問いが置かれる。例として「ジェンダー平等は伝統家族を壊す/洗脳だ」といった語りに対し、即応の反証と、長期の「多様な家族は避難所である」といった代替語りのキャンペーン構想が並置される。
8 通報する(制度・組織・集合的ツール)
通報はプラットフォーム内の報告に限られない。証拠保全、露出拡大や再被害化のリスク評価、可能なら同伴(支援者と一緒に動く)を前提に、通報先を多層に列挙する。プラットフォーム、司法・行政の専門機関、検証団体、メディアの倫理・訂正手続、地域・国際人権機関等である。刑事化だけでなく可視化や象徴的修復、ネットワーク形成にもなりうるが、安全で情報に基づく行動が条件だとする。
9 周囲に気づかせる(恥をかかせず、理由から入る)
偽情報は誰でも無自覚に拡散する前提に立ち、周囲への働きかけの作法を示す。まず聞く(なぜ共有したか)、共感する(誰でも起こりうる)、代替を出す(別ソース確認を促し提示する)、恥をかかせない(公開の場で吊るさず、可能なら私的に)。現場で使える会話例が用意され、対話を実務の一手段として扱う。
10 制度に働きかける(責任の分業を固定する)
最後は、個人防衛や単発応答ではなく、制度側への要求として書かれる。公共部門に対しては、教育・社会・文化政策としてのジェンダー平等推進、公共情報アクセス保障、全教育段階での情報・メディア・リテラシー、フェミニスト・メディア支援、権利擁護者の表現を「公序」名目で抑圧しないこと、女性や性的少数者のジャーナリスト保護、透明性と説明責任に焦点を当てた規制、デジタル格差の是正などが列挙される。プラットフォームに対しては、ジェンダー化された偽情報を一般の偽情報から区別して理解し対処ツールを設計すること、収益モデルと人権規範の整合、アルゴリズムと推薦の透明性、明確なモデレーションと苦情処理、プライバシーとデータ安全の確保を要求する。メディアに対しては非拡散の徹底と記者保護、研修。政党に対しては、選挙戦術としてジェンダー化された偽情報を使わない合意と、包摂的ナラティブの模範を求める。対応を個人の努力に閉じず、責任分担を明示する点が実務的だ。
このガイドの要点
本ガイドは、ジェンダー化された偽情報を「虚偽情報の一種」として薄く扱わない。情報障害の一般理論(意図・文脈・拡散機構・認知)を与え、ジェンダー攻撃の具体的行為列を分類演習として提示し、同じ「型」を政策攻撃の表に転写し、最後に10の戦略として行動単位に固定する。個別案件に遭遇した読者は、「これは何の類型か(風刺・なりすまし・文脈偽装・加工等か)」「何と複合しているか(偽情報/デジタル空間のジェンダー暴力/ヘイトか)」「どの戦略セットを起動するか(教育→分析→検証→記録→応答判断→連帯…)」を同一の判断語彙で組み立てられるようになる。実務価値は、この同一フレーム化にある。


コメント