英国が構築した外国干渉対策の制度アーキテクチャ──安全保障・経済基盤・民主制度を貫く三層構造

英国が構築した外国干渉対策の制度アーキテクチャ──安全保障・経済基盤・民主制度を貫く三層構造 情報操作

 英国議会の政策分析部門が2025年12月にまとめた The impact of foreign interference on security, trade and democracy は、外国干渉を単一の領域ではなく制度全体に対する複層的なリスクとして扱う文書である。対象範囲は、防諜・サイバー・選挙・政治資金・研究協力・技術流出・企業買収・議会の安全・越境的威圧など広く、2019年以降の法制度改革がどのようにこの多様なリスクに応答してきたかを俯瞰できる構成をとる。文書の意図は、外国干渉が国家の制度にどの経路から入り込むかを明確化し、その入口を封じるための政策体系を整理することにある。この観点から読むと、英国の制度は、活動主体、経済的基盤、民主制度という三つの層に分かれて配置されており、それぞれが異なる角度で外国干渉の進入経路を管理する役割を持つ。

外国干渉の構造と制度への作用

 文書が前提に置くのは、外国干渉が特定の出来事や一つの領域に限定されるものではなく、国家が複数の制度層へ同時にアクセスする構造的現象であるという理解である。サイバー侵害が議会や研究機関に対する情報取得と結びつき、政治資金の流れが政策形成プロセスに影響を与え、企業買収や研究協力が技術流出の経路となり、反体制派への越境的威圧が社会的萎縮を引き起こす。こうした複数の行為は独立しているのではなく、相互に補完しあう形で制度の脆弱性に作用する。

 国家別の行動様式にも差異がある。ロシアは情報空間での即時的操作や破壊活動を組み合わせ、短期的圧力を加える構造を持つ。中国は国家機関・企業・大学・研究機関を横断した長期的浸透を特徴とし、技術・研究ネットワークを資源として利用する。イランは反体制派への威圧を中心に、個人・集団を直接対象とする行為を展開する。この違いが制度に要求される防御の方向を左右するため、外国干渉を理解するには「どの国が」「どの経路から」「どの制度層へ」アクセスしているかを立体的に把握する必要がある。

安全保障層:活動主体と指示関係を可視化し、行動に介入する仕組み

 安全保障層では、英国が外国干渉の主体を明確に対象化し、指示関係を制度内部で把握するための枠組みが整備されてきた。2019年のCounter-Terrorism and Border Security Act は、敵対的国家活動の疑いがある個人に対し、港湾での停止・尋問・拘束を可能にし、国家脅威の第一次的検知を制度化した。2023年の国家安全保障法(National Security Act)は、スパイ行為・破壊活動・外国干渉を犯罪類型として整え、国家脅威に関与する個人に対して行政的行動制限(STPIMs)を科す仕組みを導入した。刑事訴追だけでは対応できない領域に行政措置で踏み込む構造である。

 この層の中心に位置するのが外国影響登録制度(FIRS)である。外国勢力からの指示を受け活動する個人や組織に登録を義務付け、未登録活動を犯罪化することで、英国は活動主体の透明化を制度の出発点に据えた。指示関係を制度内部で可視化することで、活動そのものではなく、外国勢力の影響の入口そのものを把握し、抑止することを目指す。イランとロシアは特定国として指定され、政治活動に限らず広い範囲の活動に登録義務が課される強化枠が設けられた。

 安全保障層は、外国干渉の“主体に対する制度的介入”を担い、行為の特定化、指示関係の追跡、行政・刑事的な制御を行う役割を果たす。

経済基盤層:資本・技術・供給網という干渉経路を管理する制度

 外国干渉が制度の外側ではなく経済基盤内部に入り込む現象が強まったことに対応し、英国では経済安全保障を中心とする制度改革が進んだ。国家安全保障・投資法(NSI法)は、AI、量子、通信、宇宙、合成生物学など重要分野への外国投資を審査し、必要に応じて取引停止や巻き戻しを命じる権限を政府に与える。外国勢力が技術・研究を取得する経路が制度内部に存在することを前提に、資本と知識の流れを直接制御する仕組みである。

 供給網を対象とする制度として、2023年の調達法(Procurement Act)がある。国家と密接な関係を持ちセキュリティ上の懸念がある企業を公共調達から排除することで、国家機能を支える基盤へのアクセスを管理する枠組みが整えられた。さらに2025年のCyber Security and Resilience Bill は、データセンターや重要 IT サービスを制度対象に含め、情報インフラ全体への干渉を防ぐ仕組みを創設した。

 これらは、外国干渉が活動主体ではなく制度基盤に作用する場合に備える制度であり、資本・技術・供給網という異なる経路を統制することで、制度の構造的脆弱性を軽減する方向へ動いている。

民主制度層:政治過程・議会・オンライン空間の防御

 民主制度は外国干渉の影響を最も受けやすい領域であるため、複数の制度強化が重ねられている。選挙改革法(Elections Act 2022)は政治資金の透明化を進め、資金経路を通じた外国勢力の影響力獲得を抑制する方向へ制度を再構成した。国家安全保障法も、外国勢力に関連する選挙犯罪に重い罰則を課すことで政治過程を保護する措置を含む。

 オンライン空間を対象とするのが、2023年のオンライン安全法(Online Safety Act)である。外国干渉はこの法制度の下で主要リスクとして扱われ、SNSを含むサービス提供者にリスク評価と軽減措置が義務付けられた。偽情報はこの文脈で扱われ、外国干渉の一部として制度上位置づけられる。

 議会・議員・スタッフに対する働きかけも問題化しており、情報収集・関係構築・リクルートの試みが複数の国について報告されている。越境的威圧(TNR)も社会空間の脅威として扱われ、反体制派やジャーナリストへの物理的・心理的圧力に対応する仕組みが警察・政府間で整備された。民主制度層は、政治的意思決定の中心、議会の人的基盤、公共の討議空間を守るための防御構造として機能する。

干渉手法の構造と制度配置の対応関係

 外国干渉の制度配置を理解するためには、文書に示される国家別の干渉構造と制度の関係を読み解く必要がある。中国は国家・企業・大学・研究機関を動員する全領域型の構造を持ち、研究協力・技術取得・産業ネットワークを通じた長期的浸透を特徴とする。このため、英国制度は可視化(FIRS)と経済安全保障(NSI法・調達法)を強く重視し、入口が多い干渉に対して多面的な遮断を行う形で組まれた。

 イランは主として反体制派への越境的威圧を行い、個人・集団を直接対象とする。これは制度内部ではなく制度周縁で発生する干渉であるため、保護措置や警備体制の拡張が不可欠となり、TNR への制度的対応が政策体系の一部として位置づけられた。

 ロシアは、情報操作、政治資金、企業ネットワーク、破壊行為を組み合わせる多層浸透型である。行為が合法・非合法の両方にまたがり、短期・長期の干渉が混在するため、選挙、政治資金、オンライン空間、議会など複数の制度層で同時に防御が必要になる。

 三つのモデルはいずれも制度内部に作用するが、入口の広さ、圧力の方向、合法・非合法の比率が異なるため、英国の制度群もそれに対応して異なる角度から構築されている。制度配置を読み解くには、干渉手法の構造と制度の役割を照合することが不可欠であり、この文書はその対応関係を示す基盤を提供している。

外国干渉対策を支える制度アーキテクチャ

 英国の外国干渉対策の特徴は、単一の法制度ではなく、多層的で相互補完的な制度アーキテクチャとして構成されている点にある。安全保障層は活動主体と指示関係を可視化し、行動に介入する。経済基盤層は資本・技術・供給網を制御し、制度の構造的脆弱性を軽減する。民主制度層は政治過程・議会・オンライン空間を守り、意思決定の中枢を維持する。それぞれの制度は異なる領域を守るが、いずれも外国干渉が制度内部に作用することを前提に組み上げられている。

 この構造は、禁止や排除ではなく、透明化、経路管理、中枢防護という三つの柱で構成され、外国干渉がどの入口から進入する場合にも対応できるよう設計されている。文書が示す制度群は、新たな脅威を個別に処理するための補修作業ではなく、外国干渉を制度全体の脅威として再定義したうえで組み直された政策体系である。ここに現れるのは、国家の防御概念の変化であり、制度の表層ではなく構造そのものを守るという英国の戦略的思想である。

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