米国の非営利組織Equimundoが2025年に公開した「State of UK Men 2025」および「State of American Men 2025」は、若年男性の過激化とオンライン偽情報環境の関係を、2,100人超の量的調査と21件のステークホルダー・インタビューを組み合わせて分析した報告書だ。調査はRepDataによるオンラインパネルを用い、英国では18歳から45歳の男性70%・女性30%のサンプルを意図的に構築し、男性内部の差異を詳細に検討できる設計とした。米国版も同様の方法論を採用している。
この報告書の特徴は、マノスフィアを単なる文化現象ではなく「algorithmic tides of misinformation, disinformation, and misogynist content」を流通させるインフラとして位置づけ、アルゴリズムによる露出、経済的不安、ジェンダー脅威イデオロギー、反民主的態度の相互連関を定量的に示した点にある。報告書は若年男性の過激化を、孤立・経済不安・目的喪失という構造的脆弱性と、それを利用するデジタルエコシステムの相互作用として捉えている。
アルゴリズムによる露出メカニズム――23分以内の過激化経路
英国版報告書は、Movember Institute of Men’s Healthの補足データを引用し、YouTubeとTikTokにおいて若年男性がミソジニー的コンテンツに露出するまでの平均時間が23分であることを示している。この数値は、UCLとケント大学の共同研究”Safer Scrolling”でも確認されており、アルゴリズムがユーザーの初期の関心(自己改善、フィットネス、キャリアアドバイス)から段階的により過激なコンテンツへと誘導する構造的メカニズムを示唆している。
報告書が提示する男性のオンライン利用動機は多層的だ。英国では、男性の35%が「怒りや不満を表現するため」にオンラインに行くと回答し、女性の26%と比較して顕著に高い。43%の男性が「判断されずに自分でいられる」と感じており、女性の36%を上回る。32%の男性が「オンラインの社会生活がオフラインより興味深く報酬的」と回答し、女性の24%より高い。これらの数値は、オンライン空間が若年男性にとって感情的避難所として機能している実態を示している。
しかし、この避難所は同時に過激化の温床でもある。報告書は影響力者の「認知率」と「フォロー率」の乖離を詳細に記録している。Andrew Tateの認知率は64%だが、この数値は彼のコンテンツを積極的にフォローする割合ではなく、アルゴリズムによる受動的露出の結果を反映している。Joe Roganは55%、Jordan Petersonは42%の認知率を示すが、これらの影響力者のコンテンツへの能動的関与はより低い。この乖離は、若年男性がこれらの言説を積極的に求めているのではなく、プラットフォームのレコメンデーションシステムによって露出されている実態を示唆している。
ジェンダー脅威イデオロギーの受容と政治的帰結――6倍のリスク相関
報告書が「red pill ideology」または「gender-threat ideology」と呼ぶ信念体系の受容率は、英米両国で顕著だ。英国では、68%の男性が「男性は発言するだけで評判を破壊されるリスクがある」と回答し、女性の45%と大きな差がある。63%の男性が「誰も男性が大丈夫かどうか気にかけていない」と回答し、女性の39%を大きく上回る。59%の男性が「フェミニズムは女性を男性より優遇することだ」と回答している。
米国版では、Man Box――自己解決、感情抑制、支配、異性愛規範といった伝統的男性性規範への同調――の受容がより強調されている。Man Boxを強く支持する男性は、支持しない男性と比較して自殺念慮を持つ確率が6.3倍高い。経済的不安を抱える男性は、安定した男性と比較して自殺念慮を持つ確率が16倍以上高い。
英国版の重要な発見は、ジェンダー脅威イデオロギーの受容と反民主的態度の強固な相関だ。報告書は多変量回帰分析を用いて、有害なオンライン言説を支持する男性が反民主的感情を持つ確率が6倍高いことを示している。具体的には、ジェンダー脅威イデオロギーへの支持が高い男性は、「強力な指導者が議会や選挙を気にせずに統治する方が良い」と考える確率が3.8倍高く、「投票は重要ではない」と考える確率が2.8倍高く、「すべてを破壊する政府だけが前進する道だ」と考える確率が3.1倍高い。さらに、ジェンダー脅威イデオロギーは反移民感情とも連動しており、「政府は自国民よりも移民を気にかけている」と信じる確率が4.1倍高い。
この相関は、ジェンダー脅威イデオロギーと極右政治の接合を示している。報告書は、両者が共通の物語構造――社会変化を存在論的脅威として、フェミニズム・移民・多文化主義を並行する脅威として、家父長制秩序への回帰を解決策として提示する――を持つことを指摘している。
経済的不安と目的喪失――構造的脆弱性の計測
英国版報告書は、経済的不安が男性性認識と目的意識の両方に影響を与えることを示している。年収70,000ポンド以上の男性は、最低所得層と比較して人生に意味を感じる確率が14倍高い。最低所得層の男性は、最高所得層と比較して「もっと男らしくありたい」と望む確率が40%高い。18歳から24歳の男性は、35歳以上の男性と比較して「もっと男らしくありたい」と望む確率が10%高い。
この数値は、経済的安定が依然として男性性の中核的マーカーとして機能していることを示している。報告書は、調査対象者に「男性であることの意味」を定義する18の属性を提示し、その支持率を測定した。「家族を養う」は88%の男性が支持し、「友人である」の91%に次ぐ高さだった。しかし、所得層別の分析では、低所得男性ほど供給者規範への同調と現実の乖離に苦しんでいることが示されている。
米国版では、この乖離がより極端だ。86%の男性と77%の女性が「供給者であること」を男性性の定義として挙げている。しかし、55%の男性が「住宅所有は手の届かないもの」と回答し、65%が「常に自分と家族の将来の経済状況を心配している」と回答している。最低所得層の男性は、選挙が国の福祉にとって重要であると考える確率が最高所得層より14%低い。
報告書は、目的意識の喪失が政治的過激化の媒介変数として機能することを示している。Man Boxを支持する男性は、支持しない男性と比較して人生に目的を感じる確率が1.7倍高い。この一見逆説的な発見は、Man Boxが若年男性に明確性と確実性を提供する機能を持つことを示唆している。しかし同時に、Man Box支持者は自殺念慮を持つ確率が3倍高く、この「目的」が圧力に転化する閾値の存在を示している。
英国固有の知見――階級・人種・安全感の交差
英国版報告書は、人種と階級の交差を詳細に分析している。アジア系男性は白人男性と比較してMan Boxを支持する確率が3倍以上高い。年収70,000ポンド以上の男性は、最低所得層と比較してMan Boxを支持する確率が1.4倍高い。この発見は、Man Box支持が単純な社会的周縁化の産物ではなく、より複雑な文化的・階級的要因を持つことを示している。
報告書は、安全感が男性の態度と行動に広範な影響を与えることを示している。安全感の1単位増加は、Man Box支持を33%低下させ、有害なオンライン言説への支持を0.7単位低下させ、自殺念慮を66%低下させ、バイスタンダー介入の意欲を1.3倍高める。逆に、安全感の1単位増加は武器所有の確率を30%低下させる。
人種別の安全感分析では、アジア系男性が公共空間で安全と感じる割合が18.5%と最も低く、白人男性と黒人男性の約25%と比較して顕著に低い。黒人男性はオンラインで安全と感じる割合が最も低い。これらの数値は、人種化された監視と暴力の経験が男性の安全感に与える影響を示唆している。
米国固有の知見――銃暴力と政治二極化
米国版報告書は、銃暴力と自殺の関係をより強調している。報告書によれば、自殺念慮を持つ男性の割合は英国の42%に対し米国ではさらに高い数値を示している(具体的な数値は米国版PDFの詳細分析が必要)。米国における男性の自殺率は女性の3.5倍であり、自殺による死亡の大部分が銃器によるものだ。
政治的二極化も米国でより顕著だ。米国版報告書は、政治的アイデンティティと男性性規範の相関がより強いことを示唆している。保守的な政治アイデンティティを持つ男性は、リベラルな男性と比較してMan Boxを支持する確率が高く、この傾向は英国よりも米国で顕著だ。
方法論の特徴――相関分析と因果推論の境界
報告書の方法論的強みは、単純な記述統計にとどまらず、多変量回帰分析を用いて変数間の相関を定量化している点だ。例えば、オッズ比(odds ratio)を用いて、ある変数の1単位変化が結果変数に与える影響を示している。年収70,000ポンド以上の男性が公的機関を信頼する確率は、法制度で5倍、ニュースメディアで5倍、政党で5倍、首相で4倍、国会議員で4倍、警察で4倍、地方政府で3倍高い。
しかし、報告書は因果関係の主張に慎重だ。横断的調査デザインの限界を明記し、「因果推論を行う能力を制限する」と述べている。相関が必ずしも因果を意味しないという認識論的謙虚さを維持しながら、政策介入のレバレッジポイントを示唆する書き方をしている。
データ収集の限界も明示されている。オンラインパネルの使用は、インターネットアクセスやデジタルリテラシーが限られた集団を過小評価する可能性がある。LGBTQ+集団の分析に十分なサンプルサイズがなかった。地域別分析も実施できなかった。これらの限界の明示は、報告書の科学的誠実性を示している。
政策提言の構造――10項目の介入レバレッジ
報告書は10項目の政策提言を提示しているが、その構造は単なる理念の列挙ではない。各提言に具体的な実施主体、既存の政策枠組みとの接続、期待される介入メカニズムが明記されている。
例えば、提言4「男性をジェンダー平等の同盟者として関与させる」は、内務省のSafer Streets MissionとYoung Futures Prevention Partnershipsを実施枠組みとして指定し、「拡張的男性性、共感、尊重」を組み込むことを求めている。提言5「バックラッシュとオンライン影響に対処する」は、文化・メディア・スポーツ省との連携によるYouth StrategyとOnline Safety Actへのジェンダー感受的アプローチの統合を求めている。
提言8「拡張的男性性を促進するための制度改革」は、職場ガイダンスの開発、父親向けコミュニティイニシアチブへの資金提供、有給育児休暇の延長(フリーランスと自営業者を含む)を具体的に列挙している。提言9「若年男性・少年への早期関与」は、2026年開始予定のRSHE(関係・性・健康教育)ガイダンスにおける反ミソジニー教育の義務化と連動させている。
この提言構造は、研究知見を政策実装に翻訳する際の具体性を示している。抽象的な「意識向上」ではなく、既存の行政機構と予算ラインの中で実行可能な介入を設計している。
偽情報研究への示唆――脆弱性の社会的生産
この報告書が偽情報研究に提供する最も重要な知見は、偽情報への脆弱性が個人の認知的欠陥ではなく社会的に生産されるという視点だ。若年男性がマノスフィアに引き寄せられるのは、彼らが非合理的だからではなく、経済的不安・孤立・目的喪失という構造的条件の下で、マノスフィアが提供する説明と帰属先が魅力的に見えるからだ。
アルゴリズムはこの脆弱性を利用する。プラットフォームは、ユーザーの初期の関心(自己改善、キャリアアドバイス)から、より過激で感情的に強烈なコンテンツへと段階的に誘導する。23分という数値は、この誘導の効率性を示している。影響力者の認知率とフォロー率の乖離は、能動的な探索ではなく受動的な露出が主要なメカニズムであることを示している。
ジェンダー脅威イデオロギーと反民主的態度の6倍の相関は、偽情報の問題が単なる事実の誤りではなく、世界観の転換であることを示している。このイデオロギーは、社会変化を脅威として、フェミニズム・移民・多文化主義を関連する脅威として、家父長制秩序への回帰を解決策として提示する一貫した物語を提供する。この物語は、個別の誤情報を超えて、現実解釈の枠組み全体を再構成する。
報告書が示す安全感の重要性は、カウンター戦略への示唆を含んでいる。安全感の1単位増加が有害な言説への支持を0.7単位低下させるという発見は、対抗言説だけでなく、物理的・心理的・経済的安全を提供する環境の構築が重要であることを示唆している。友人関係の質がジェンダー脅威イデオロギーへの支持を低下させるという発見は、関係的介入の可能性を示している。
偽情報研究は、しばしば認知的介入(メディアリテラシー、ファクトチェック)に焦点を当てるが、この報告書は構造的介入(経済的安定、社会的つながり、目的提供)の必要性を示している。若年男性が偽情報に脆弱なのは、彼らが事実を評価する能力を欠いているからではなく、彼らが経済的安定・社会的承認・明確な目的を欠いているからだ。この脆弱性に対処するには、情報環境の修正だけでなく、社会構造の変革が必要だ。


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