気候変動対策に取り組む団体50以上が参加する国際連合体「気候変動対策のための偽情報対策連合(Climate Action Against Disinformation、CAAD)」が、2026年7月24日、報告書「A Summer of Extreme Lies: Heatwave and Wildfire Climate Disinformation in 2026」を公表した。CAADはCOP26以降、欧州・北米・オーストラリア・アフリカの気候・偽情報対策団体が結集して発足した連合体であり、気候変動対策の推進そのものを目的とする立場から偽情報の実態を告発する性格を持つ。本報告書も同様に、プラットフォームの説明責任を問う政策提言色の強い文書である点は踏まえておく必要がある。
報告書の出発点は、2026年6月にCAAD自身と欧州デジタルメディア観測所(European Digital Media Observatory、EDMO)がそれぞれ発した事前警告にある。CAADは山火事シーズンを前に「予測可能な」偽情報の再来を警告し、翌日EDMOも熱波偽情報が「トレンド」化していると指摘していた。両者の警告にもかかわらず、6月から7月にかけて欧州を襲った熱波と北米の山火事シーズンにおいて、過去と酷似した虚偽言説が再びプラットフォーム上で拡散した。報告書は、この反復性こそが分極化した言論空間の必然的帰結ではなく、繰り返し警告を受けながら是正措置を取らなかったプラットフォーム側の構造的失敗であると位置づける。
米加国境をめぐる山火事煙陰謀論——核兵器発言まで加速したレトリック
2026年7月、カナダの山火事による煙が米国北部の空を覆い、大気質を悪化させた。報告書はこの事案について、例年と異なり陰謀論の拡散速度が顕著に速まった点を最大の観察事実として挙げる。従来は緩やかに過激化していく傾向があったのに対し、今回は煙が国境を越えて到達したとの報道からわずか数日で、地域指導者への責任転嫁と放火陰謀論が一気に噴出した。
報告書はこの現象の分析枠組みとして、選挙偽情報研究で知られるケイト・スターバードが提唱した「参加型偽情報(participatory disinformation)」概念を援用する。これは、エリート層や広報専門家がまず言説の枠組みをトップダウンで提示し、一般の投稿者がそれを裏付ける証拠を探索・正当化していくボトムアップの相互作用として偽情報が増幅される構造を指す。気候偽情報の文脈では、気候対策を訴える政治家や活動家が山火事を防げなかった責任者として名指しされる形でこの枠組みが提示された。
具体例として、ミシガン州知事選のトランプ推薦候補ジョン・ジェームズは、X上で「3年連続の煙害、カナダの説明責任はゼロだ」と投稿し、具体策を示さないまま「本当の対策」を要求した。別の投稿者ジェフリー・コーエンは、山火事が排出する二酸化炭素がニューイングランドの空を煙らせている事実を挙げつつ「気候変動は政治的アジェンダだ」と主張し、原因と結果を反転させる論法を展開した。
報告書がとりわけ重視するのは、こうした言説がユーモアを装いながら暴力的レトリックへとエスカレートした点である。あるXユーザーは、カナダが山火事を制御できず米国の大気質が1%でも悪化するなら報復としてカナダの都市をすべて核攻撃すべきだと投稿し、一定数の同調・過激化した返信を集めた。別の投稿者はカナダが征服されるべきだと主張したが、誰による征服かは明示されなかった。報告書はこれらを、CAADが従来から追跡してきた気候活動家・抗議者への暴力的レトリック増加の延長線上に位置づけ、ジョークという体裁が暴力の社会的許容度を静かに引き上げる隠れ蓑として機能していると指摘する。加えてこの対カナダ言説は山火事固有の文脈にとどまらず、トランプ大統領が継続してきたカナダの主権をめぐる非難的言辞とも合流し、参加型偽情報のフィードバックループを形成していると分析する。
別の投稿者として報告書が名を挙げるのは、2016年米大統領選で虚偽の投票方法を拡散したとして訴追歴のあるダグラス・マッキーであり、同一人物が気候領域でも同種の扇動言説を反復している事実は、選挙偽情報と気候偽情報の担い手が重なり合う実態を示す傍証として位置づけられている。報告書はさらに、こうしたユーモアを装った暴力扇動の系譜を、イーロン・マスクの関与が指摘されたベルファスト暴動や、フェイスブックがミャンマーでのジェノサイドに加担したとされる過去の事例と並べて引用し、プラットフォームがこの種の危害を「十分に文書化されながら是正してこなかった」と断じる。一方で報告書は、カナダ政府による化石燃料開発の前倒しに対する市民社会側の批判(InstagramやFacebookでの動画投稿を通じた発信)にも言及し、対カナダ言説が一枚岩の擁護一辺倒ではないことも記録している。
英国については、報告書は過去数年一貫して観測されてきた3つの定型ナラティブを整理する。第一に山火事の原因を気候変動ではなく放火や人為的要因に限定して帰属させる手法、第二に山火事対策より気候政策を優先したとして政府を攻撃する分極化言説、第三に気候科学者やメディアが政策受容を狙って危険性を誇張しているとする主張である。三者はしばしば組み合わさって展開される。
欧州熱波とエアコン言説——再エネ批判と結びついた科学否定
米国の投稿者が対カナダで核攻撃を語っていたのと並行して、欧州向けには異なる武器が用いられた。すなわちエアコンである。米国型の広範なエアコン普及こそ欧州の熱波対策として必要だという主張だが、報告書はエアコンの大量使用自体が気候危機を悪化させる皮肉を指摘する。アレックス・ジョーンズや保守系論者グレン・ベックらは、欧州のエネルギー・気候政策によってエアコン普及が脅かされているとの言説を発信した。
この言説の土台には伝統的な科学否定が置かれている。気象専門家クリス・マーツらの投稿は熱波を通常の気象、メディアが煽った現象、自然な大気パターンの結果として長期的な気候トレンドと切り離して描写し、気候リスクが政治目的で日常的に誇張されていると主張した。これに再生可能エネルギー批判が組み合わされ、投稿者レイティマー・アルダーらは高温が太陽光発電の限界を露呈させ化石燃料の必要性を裏付けたと主張したが、報告書は実際には米国で記録的猛暑下でも再生可能エネルギーがエアコン稼働を支え続けていた事実を対置する。
報告書はまた、多くの党派系メディアが熱波を気候変動と結びつけず、暑さを楽しむ人々といったライフスタイル・娯楽的な報道枠組みに終始した点も観察している。ゲートウェイ・パンディットなどの報道は、熱波を深刻な公衆衛生上の危機ではなく季節的な話題として矮小化し、否定言説を側面から補強する機能を果たしたと分析する。
なお報告書は、欧州の熱波が気候変動なしには「事実上起こり得なかった」ことをロイターとニューヨーク・タイムズの帰属研究報道で確認し、あわせて北米の山火事シーズンも気候変動によって悪化させられたとするCBSニュースの報道を引用した上で、こうした科学的裏付けが存在するにもかかわらず否定言説が同時並行で拡散した事実を強調している。つまり報告書の主眼は科学的因果関係の再検証ではなく、確立された知見が存在してもなお偽情報が同等の可視性を獲得し続ける情報環境の失敗を記録することにある。
イベリア半島——「アラーミズム」批判とジオエンジニアリング陰謀論
ポルトガル語圏で最も頻出した否定言説は、アラーミズム(扇動的な危機感の煽り)批判と、熱波と地球温暖化の関連性への疑義提示であった。YouTubeチャンネル「Ancapsu」は3年前に投稿した動画とほぼ同内容の動画を再度公開しており、報告書はナラティブの反復性・使い回しの実態を具体的に示す事例として扱う。スペイン語圏では、熱波の死者・健康被害の否定に加え、首相が過去のコロナ禍汚職事件の量刑発表よりも熱波への注意喚起を優先したとする分極化批判が見られた。さらに独自性の高い言説として、穏やかな青空の写真を意図的な気象操作すなわちジオエンジニアリングの証拠だと主張する投稿も確認されている。
データと手法——Brandwatchによる量的把握
報告書は定性的な言説分析に加え、ソーシャルメディア監視ツールBrandwatchを用いた量的データを付録として提示する。報告書自身が明記する重要な限界として、Brandwatchが収集する会話はデジタルメディアおよび複数のソーシャルメディアプラットフォームを横断するものの、実際にはX(旧Twitter)由来の投稿が不均衡に多く含まれているという偏りがある。この偏りは、報告書がXでの事例(ジョン・ジェームズ、ジェフリー・コーエン、ダグラス・マッキー等)を中心に据えていることの理由でもあり、他プラットフォーム(TikTok、Facebook、YouTube等)における同種言説の実態は本報告書の定量データからは十分に捕捉されていない点に留意が必要である。
気候否定言説全体を捕捉する基礎クエリは、「climate」「climatechange」「global warming」等の気候関連語と、「thunberg」「extinction rebellion」「climatehoax」「climategate」「net zero」「carbon capture」等の否定・攻撃系キーワードをブール演算子で組み合わせた継続的検索式として運用されており、山火事関連の抽出にはこれに「wildfires」「fires」「brush fire」「bushfire」を、放火・人為要因の抽出には「arson」「human」を、ネットゼロ関連の抽出には「net zero」「renewables」「green policies」をそれぞれAND条件で付加する設計になっている。
英語圏の熱波関連会話は2026年5月19日から7月3日までを対象とし、6月の第2波熱波期に会話量が急増した。ポルトガル語圏の会話(欧州地域に絞り、5月1日から7月5日まで)では上位100投稿のうち29件が気候否定言説を含み、その合算到達数(リーチ)は475万8626人と算出されている。スペイン語圏では「ola de calor(熱波)」等の気象語と「red eléctrica(送電網)」「apagón(停電)」「renovables(再エネ)」等のエネルギー関連語を組み合わせたブーリアン検索が用いられた。
英国の山火事関連会話は2025年6月から2026年6月までを基準として観測され、2026年5月1日から7月19日までの対象期間では総言及数約1万件(前年同期の約3分の1の水準)だが、6月22日と7月13日を境に急増している。うち放火・人為要因への言及に絞ったクエリでは1620件、ネットゼロ・気候政策への言及に絞ったクエリでは4280件が検出された。以下は報告書付録が示す主要な検索軸と結果の対応関係である。
| 対象言語・地域 | 期間 | 主要指標 |
|---|---|---|
| 英語圏(熱波) | 2026年5月19日〜7月3日 | 2つの会話量ピーク(5月末・6月) |
| ポルトガル語圏 | 2026年5月1日〜7月5日 | 上位100投稿中29件が否定言説、推定リーチ475万8626人 |
| 英国(山火事全般) | 2025年6月〜2026年6月 | 2026年5月〜7月に約1万件、前年同期の約3分の1 |
| 英国(放火・人為要因) | 同上 | 1620件 |
| 英国(ネットゼロ関連) | 同上 | 4280件 |
何が新しいか——参加型偽情報の速度と暴力言語の正常化
この報告書が示す最も具体的な発見は、山火事偽情報の立ち上がりの速さが過去のシーズンより明確に短縮した点にある。従来観測されてきた穏健な懐疑論から過激な陰謀論への漸進的エスカレーションという時間軸そのものが崩れ、報道直後に最も過激な言説が現れる状態へと移行したことは、プラットフォームのコンテンツモデレーションが警告を受けても機能しなかったことの傍証として読める。もう一つの核心は、スターバードの参加型偽情報モデルが選挙研究の枠を超え、気候領域でも同型の相互作用が機能している点を実証的に示したことである。この点は、気候偽情報研究が選挙・地政学系の偽情報研究の分析装置をそのまま転用できることを示す事例として、方法論的にも参照価値がある。
報告書は明示していないが、対カナダ言説と対欧州言説の武器選択の違い(核攻撃という直接的暴力言辞と、エアコン普及論という間接的な政策攻撃)は、標的となる国・地域と発信者側の政治的関係性によって攻撃の様式が使い分けられていることを示唆しており、参加型偽情報がどの標的に対してどの程度過激化するかを予測する上で手がかりになりうる観察である。また、ダグラス・マッキーの事例が示すように、選挙偽情報で有罪判決を受けた人物が気候領域で活動を継続している事実は、プラットフォームの執行措置(アカウント停止等)が特定の言説領域を越えて持続的な効果を持たないことも同時に示している。
CAADは報告書の結論部で、山火事・熱波をめぐる偽情報の反復がもはや偶然でも不可避でもないと明言し、プラットフォーム企業に対する透明性・安全性・説明責任の制度化を改めて求めている。ただしこの結論はCAAD自身が繰り返し行ってきた政策提言と地続きであり、報告書が提示する実証データの厚みに比して規範的な要求そのものは目新しいものではない。報告書の価値は、むしろ具体的な投稿・数値・検索クエリを通じて予告された偽情報がどのように、どの速さで実現したかを跡付けた点にある。

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