グリーン技術への偽情報キャンペーンはEU競争法違反になりうるか——Pablo Ibáñez Colomo論文の分析

グリーン技術への偽情報キャンペーンはEU競争法違反になりうるか——Pablo Ibáñez Colomo論文の分析 気候

 「Disinformation about green technologies as a restriction of competition」は、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)およびカレッジ・オブ・ヨーロッパに所属する法学者Pablo Ibáñez Colomoが2026年7月にSSRNで公開したワーキングペーパーである(SSRN abstract ID 7132458)。Colomoは同論文の基礎となる研究をLSE Law School Staff Research Seminar、およびフライエ大学アムステルダムでのAmsterdam Law & Technology Institute主催講演「Law & Economics & Technology」で既に報告しており、Adrien de Hauteclocque、Gianni De Stefano、Maurits Dolmans、Lena Hornkohl、Ioanna Kladi、Filippo Lancieri、Daniel Sokolといった競争法研究者からコメントを得たと謝辞に記している。つまり単発の思いつきではなく、EU競争法学界で一定の検討を経た主張として提示されている。

 論文の骨子は明快である。太陽光・ヒートポンプ・電気自動車・代替肉といったグリーン技術に対する偽情報キャンペーンは、既存企業(incumbent)が新技術による市場構造の変化を阻止・遅延させるための合理的な経済行動であり、その行為主体が「経済活動に従事する主体」である限り、EU競争法(TFEU第101条・第102条)の適用対象になりうる、という立論である。ここでいう「経済活動に従事する主体」には企業だけでなく、シンクタンクやフリーランスの評論家も含まれるとColomoは明記する。

グリーン技術に向けられる偽情報の実態

 論文は抽象論から始めない。まず太陽光・蓄電池・EV・ヒートポンプそれぞれについてコスト低下と性能向上を示す一次資料を並べ(Ember社のGlobal Electricity Review 2025、IEAのGlobal EV Outlook 2025等)、その上で実際に流通している言説との落差を具体的に指摘する。

 ヒートポンプについては「英国のような温帯気候では機能しない」という主張(Daily Telegraph、2023年10月7日付Mattie Brignal記事)が、北欧諸国で新設暖房設備の主流がヒートポンプであるという事実と矛盾すると指摘する。EVについては「発火・爆発しやすい」という言説(The Sun、Jeremy Clarkson、2023年7月28日付)、太陽光については「食料安全保障を脅かし、景観を損ない、有毒で管理不能な廃棄物を生む」という言説(Daily Mail、Andrew Neil、2024年6月29日付)、風力タービンについては「鳥を大量に殺し、海洋生態系を脅かす」という言説(The Spectator、Matt Ridley、2022年12月3日付および同誌John Keiger、2025年12月18日付)を、それぞれ具体的な媒体名・執筆者名・日付とともに列挙している。注目すべきは、これらの一部が選挙で選ばれた政治家自身によって発信されている点で、論文は英国下院議員Matt Hancockが自身の選挙区の太陽光発電所建設に反対して書いたDaily Mail寄稿(2022年1月6日付)を実例として挙げる。

 食品分野ではさらに詳細な事例が並ぶ。代替肉に使われるメチルセルロースという添加物について、食品業界が「不自然・安全性に疑問」という印象を作り出した経緯(Green Queen、Anai Mridul、2024年2月29日付)、培養肉が「フランケンミート」「フランケンシュタイン食品」と呼ばれ、発がん性細胞の塊であるかのように扱われた経緯(Euronews、2023年4月4日付、およびFood Facts、2025年10月29日付)を挙げる。ヒートポンプについては「騒音公害」「エアロゾル化した細菌をまき散らす”ジャーミネーター”リスク」(The Sun、2025年7月6日付)という、健康不安を煽る言説の系譜も示される。

内容・文脈・戦略——偽情報の三つの分析軸

 論文はこれらの事例を三つの軸で整理する。

 第一の軸は内容である。偽情報は(a)グリーン技術が持つ客観的な優位性そのものに疑義を呈するもの(ライフサイクル排出量が既存技術と同等かそれ以上だという主張など)と、(b)優位性は認めつつ別の問題(非効率性・不安定性・コスト・健康リスク・経済的破壊性)を強調するものに大別される。

 第二の軸は文脈、つまり誰に向けられているかである。一般公衆向け(消費者の導入意欲を削ぐ)、企業・専門職向け(暖房設備業者や小売業者の取扱い判断に影響する)、そして立法・規制当局向け(法規制そのものを歪める)の三種類が区別される。

 第三の軸は実行形態である。単独企業による発信(石油会社や都市ガス事業者が単独で行う場合)、業界団体を通じた協調的発信(食肉業界団体が培養肉の健康リスクを訴えるキャンペーンを組織する場合、Unearthed、Zach Boren、2024年7月30日付の事例が引かれる)、そして補完的役割分担による発信——シンクタンクとその資金提供企業の関係、企業とスポンサード記事を掲載する報道機関の関係、企業とインフルエンサーの関係——の三形態に分けられる。2025年のEAT-Lancet 2.0報告書公表に対する食肉・乳業界の組織的なオンライン反発(Changing Markets Foundation, 2025年報告書で分析)が、三つ目の類型の具体例として挙げられている。

偽情報がもたらす反競争効果——静的効果と動的効果

 論文は反競争効果を静的効果と動的効果に分けて論じる。静的効果とは、既に確立した代替技術の普及を偽情報が妨げることで生じる、小売価格の高止まりと市場集中度の維持、消費者選択肢の減少である。代替肉の健康影響について混乱を煽るキャンペーンが小売業者を代替肉の仕入れから遠ざける場合や、労働者・独立事業者が新技術への転換機会を奪われる場合がこれに該当する。動的効果はより長期的で、研究開発を要する新興技術(培養肉など)へのイノベーション投資意欲を削ぐことと、学習効果(learning-by-doing)によるコスト低減の機会そのものを奪うことを指す。太陽光やヒートポンプの単価がユニット累積生産量に伴って低下してきた実証研究(Journal of Economic Perspective掲載のPeter Thompson論文、2012年など)を踏まえ、偽情報がこの学習曲線の速度を落とすことの被害は、単発の価格つり上げよりも社会的に大きいと論文は位置づけている。

EU競争法における先例——医薬品業界の毀損行為からの類推

 Colomoの立論の中核は、グリーン技術への偽情報を直接扱った判例がまだ存在しない以上、既存の類似判例から要件を抽出するという手法にある。参照される先例は次の4件である。

事件名決定/判決主体と年適用条文概要
AstraZeneca欧州委員会決定2005年、一般裁判所T-321/05(2010年)、ECJ C-457/10 P(2012年)で維持TFEU第102条(市場支配的地位濫用)特許事務所に誤導的な情報を提供し、補充的保護証明書の期間を不当に延長
Hoffmann-La RocheECJ先決裁定 C-179/16(2018年)TFEU第101条(1)(協調行為)RocheとNovartisが適応外使用薬の安全性について誤導的情報を共有し、市場分割カルテルを形成
Sanofi-Aventisフランス競争委員会決定13-D-11(2013年5月14日)国内競争法ジェネリック医薬品を処方段階・代替段階の両方で毀損する二段階戦略
Teva Copaxone欧州委員会決定AT.40588(2024年10月31日)TFEU第102条ジェネリック競合薬の登場後も、自社有効成分の複雑性を「教育」する精緻な資料と複数チームを動員した毀損キャンペーン

 これらに共通するのは、単に虚偽の情報を流すのではなく「客観的に誤導的」な情報を「対象を誤らせる目的」で提供し、それが「競合の信用を毀損しうる」という構造である。Hoffmann-La Rocheでは、本来であれば販売承認保有者自身が行うはずの薬事監視報告を、競合する2社が協調して行っていたという「異常性」自体が、協調行為の目的が薬事監視ではなく競争制限にあったことを示す間接証拠として扱われた。Teva Copaxoneでは、有効成分の複雑性を強調する「教育」活動に複数のチームと「精緻な資料一式」が投入されていたことが、単なる自社製品のPRではなく毀損目的の組織的キャンペーンであったことの証拠として重視されている。

偽情報が競争法違反となる三要件

 以上の判例群からColomoが抽出するのは三要件である。第一要件は情報が客観的に誤導的であること。ここで重要なのは、虚偽である必要はなく、対象を誤らせうる情報であれば足りるという点、そして科学的に真に不確実な領域であっても、情報の提示の仕方(誇張、警鐘的な解釈)次第では違反になりうるという点である。誤導性の有無は対象の専門性・バイアス、規制・制度的文脈、業界内の規範に照らして判断される。Sanofi-Aventisでフランス競争委員会が医師の薬理学知識の限界を悪用した点を認定したように、対象の専門性が低いほど誤導が成立しやすい。

 第二要件は情報提供の目的が対象を誤らせることにあること。ここで重要なのは、この目的は主観的意図ではなく客観的要素から推認される点である。Hoffmann-La Rocheでは協調行為という行動パターンそのものが目的の指標とされ、Teva Copaxoneでは自社の主張を裏付ける科学的研究を一切提示しなかったという不作為が指標とされた。

 第三要件は当該情報が競合企業または競合技術の信用を毀損しうること。両決定において当局は、発信された情報が自社製品の長所を客観的に説明するもの(それ自体は問題ない)ではなく、競合製品の信用を貶めることを目的としていた点、そして情報が不正確または不完全であった点を重視している。

Object違反かEffect違反か——挙証責任をめぐる問題

 判例・実務は、偽情報が「目的による」違反(by object)なのか「効果による」違反(by effect)なのかについて明確な立場を示していない。当局実務では実際の・潜在的な反競争効果を示す傾向があるが、これはリスク回避的な実務判断であり、判例の論理からはむしろobject違反としての性質が導ける、とColomoは論じる。Hoffmann-La Rocheで欧州司法裁判所は、公的機関を誤導することを明示的目的とした協調行為はobject違反にあたると判示した。TFEU第102条についてはAstraZenecaが判断を留保した形になっているが、その後のGenerics事件(C-307/18、2020年)とSuperleague事件(C-333/21、2023年)は、競争制限としてしか説明のつかない行為はそれ自体で濫用にあたるという原則を確立しており、Colomoはこの枠組みが偽情報戦略にも及ぶと結論づけている。

表現の自由との緊張関係

 競争法による偽情報規制は、EU基本権憲章第11条およびECHR第10条が保障する表現の自由との緊張を必然的に伴う。この点についてColomoは、Hoffmann-La Rocheと同一事実関係を扱ったフランスの事件(Cass. Com., 2025年6月25日, n° 23-13.391)を引く。フランス破毀院はパリ控訴院の判断を破棄し、競争法の介入が表現の自由に干渉する場合であってもECHR第10条(2)の下で正当化されうると判示した上で、表現の自由への配慮は行為の性質決定の段階では作用せず、制裁金算定の段階でのみ考慮されるべきだとした。欧州委員会もTeva Copaxone決定で同様の立場を示している。つまり「これは表現の自由の範囲内だから競争法の対象外」という抗弁は、行為の違法性判断そのものを覆す力を持たないというのが、現時点での実務の到達点である。

誰が「事業者」となるか——シンクタンク、インフルエンサー、業界団体

 TFEU第101条・第102条は「事業者(undertaking)」概念を前提とする。判例上、事業者とは経済活動に従事する主体を指し、法人格・営利性の有無は無関係とされる(Höfner and Elser事件、C-41/90)。Colomoはこの定義を偽情報の実行主体に丁寧に当てはめる。業界団体を介した偽情報発信は、第101条が「事業者団体の決定」も規律対象とすると明記していることから当然に射程に入る。SNSインフルエンサーやフリーランスの評論家についても、報酬を得て役務を提供する自営業者である以上、事業者にあたるとされる(solo self-employed personsに関する2022年ガイドライン、OJ C374/2を引用)。シンクタンクについても、企業からの資金提供を受けて特定の研究や主張を展開している限り、非営利・慈善団体としての地位は無関係で、報酬を得て成果物を生産している以上事業者に該当するとされる。

このロジックの射程は広い。企業や業界団体が直接発信するよりも、独立した専門機関を経由させたほうが説得力を持つという実務上の理由から、シンクタンクを介した偽情報発信が選好される構造がある、とColomoは指摘するが、その媒介構造自体が競争法の適用を免れさせるものではないという点を明確にしている。

単独行為か協調行為か——第101条と第102条の適用範囲

 第102条の適用には単独の市場支配的地位(個別支配または集団的支配)の認定が前提となる。論文は都市ガス供給網を例に挙げる。都市ガス配送網は新規参入者による経済的な複製が事実上不可能な自然独占とされており(EU指令2024/1788)、既存事業者がヒートポンプの信用を毀損するキャンペーンを行った場合、市場支配的地位の認定に困難はなく、他の要件を満たせば第102条違反が成立しうるとされる。第101条については水平的協調(実際または潜在的な競合同士)と垂直的協調(サプライチェーンの異なる段階に位置する事業者間)のいずれもが対象となり、関与する事業者の数も問題にならないとされる。

政策的含意——EUの脱炭素・レジリエンス・イノベーション戦略との接続

 結論部でColomoは、この議論をEUの政策文脈に明確に位置づける。第一に、これは現行の欧州委員会でExecutive Vice-Presidentを務めるTeresa Riberaの担当領域(競争政策と持続可能性の両立)に合致する論点であるとする。第二に、エネルギー危機と化石燃料価格の乱高下を経験した欧州にとって、国産再生可能エネルギーへの転換を妨げる偽情報戦略への対処は、経済安全保障の文脈でも正当化されるとする。第三に、対米・対中で研究開発格差が指摘される中(2024年9月のDraghi報告書がその代表例として引かれる)、グリーン技術は欧州が「ファーストムーバー」になりうる数少ない領域であり、競争法の執行がその可能性を守る手段になりうるとしている。

背景——なぜこのタイミングでこの論文が注目されたか

 この論文自体とは別に、一点補足しておく。The Counterbalance(Balanced Economy Project発行のニュースレター、筆者Scott Chipolina、2026年7月30日号)がColomo論文を取り上げた際、その評価は「正しいが不十分」というものだった。同ニュースレターは、偽情報への対処は「表面をなぞるに過ぎない」とし、真の問題は気候変動対策を阻む金融権力の構造的集中にあるという自社レポート「Too Big to Cool the Planet」(Balanced Economy Project・Transnational Institute、2026年1月14日発行)の主張に読者を誘導する構成を取っている。同レポートは偽情報そのものは扱っておらず、BlackRock・Vanguard・State Street・Fidelityという4大資産運用会社による「共通所有」構造や、2024年にBlackRockが環境関連株主提案の支持率をわずか4%に留めた事実(Vanguardは0%)などを根拠に、競争当局が金融セクターの構造的集中に踏み込むべきだと論じるものである。

 両論考は独立に書かれたものだが、「既存の競争法の枠組み——価格効果や狭い市場画定に基づく分析——は、この種の21世紀的な権力に対応するようには設計されていない」という趣旨の結論に収斂している点は興味深い。Colomoの論文が個別の偽情報キャンペーンという比較的扱いやすい対象に競争法の適用を試みる一方、Too Big to Coolはより構造的で執行が難しい金融権力の集中を主題にしている。両者の射程の違いを踏まえた上で、Colomo論文の主張はそれ自体として——グリーン技術への偽情報という具体的かつ実務的に立証可能な対象について——独立した検討に値する内容を備えている。

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